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ガンタン死す

 神無山を目の前にして、前方に点滅する赤いパトランプが見えた。

 数人の警官が車を止め、四方から車内をのぞきこんでいる。

――くそー。

 ガンタンは舌打ちした。

 たとえ別の道を通ったとしても、そこにも検問所があるだろう。なら、ここを突破するしかない。

――しょうがねえ。

 検問所の手前で、ガンタンはアクセルを強く踏みこんだ。

 車のスピードが一気にあがる。

 赤い車が前にいた三台の車を追い越し、検問をしている警官たちのわきを一気に走り抜けた。

「突破したぞー」

「追うんだー」

 警官たちはすぐさま検問を中止して、あわてて近くにあったパトカーに乗りこんだ。

 だが……。

 赤い車はすでにはるかかなた、みるまに視界から消え去ってしまった。


 ガンタンは山の中腹で湖の標識を見つけると、それまでの道をそれ、車を矢印の方向に進み入れた。

 やがて……。

 前方が開け湖が見えてくる。

 そのほとりには二階建の白い建物があり、それは造りからして山荘にまちがいないと思われた。

――あれだな。

 湖へと続く小道に進入する。

 だがそこで、ガンタンはすぐに車を止めた。前方の上空に、神無山に向かってくるヘリコプターが目に入ったのだ。

――ヘリまで使いやがって。

 急いで車をバックさせ、木々におおわれた道まであともどった。上空から見えないよう、いったんおい繁った木々の下に車を隠す。

 山荘までは五十メートルほど。

 ヘリコプターが近づく前にと、ガンタンはダッシュで山荘へ続く小道を走った。


 山荘に入ったガンタンは、すぐにメイをバッグから出してやった。

「オッカアー、ハラヘッタ」

 メイがさっそく食べ物をねだる。

「メイ、よく聞け。ここには食うものがねえんだ。それに、今から買いに行くこともできねえ。悪いヤツらに追われてるんでな」

 ガンタンはメイを抱き上げた。

「それでだな、オレはすぐにここを出ていかなきゃならん。だからちょっとの間、オマエはここでひとりになる。いいな、メイ」

「イヤダ! オイラ、イッショニ、イク」

「ダメだ! 悪いヤツらがおると言っただろ。つれえだろうが、しばらくがまんするんだ」

 ガンタンはおもわずメイを強く抱きしめていた。

「オッカアー、イテエヨー」

「わかったな」

「ウン。デモ、オイラ、ハラヘッタ」

「なあ、メイ。オマエ、あんなオリに入るのはもうイヤだろう」

「ウン、イヤダ」

「そんなら、オレの言うことをよく聞くんだ。ここには食うもんがねえ。食うもんがねえときはな、おのれで探すしかねえんだ。メイ、わかったか」

 ガンタンは説き伏せるように話した。

「……」

 メイはキョトンとして聞いている。

「自分で歩いて探すんだ。さいわい前の湖には、オマエの好きな魚がおるそうだ。いいか、メイ。そいつをオマエが捕まえて食うんだ。それができなきゃ、腹がへって死んじまうんだぞ。わかったか」

「ワカッタ。オイラ、ハラヘルノ、イヤダ」

「えらいぞ。じゃあ、オレは行くからな」

 メイを床におろすガンタンのほほには、いつかしら涙が流れ伝っていた。

「オッカアー」

 メイがガンタンを見上げる。

「メイ、元気でな」

 ガンタンはバッグをつかむと、飛び出すように山荘をあとにしたのだった。


 ヘリコプターに続いて、パトカーもぞくぞくと神無山に集結していた。

「おっ! あの赤い車だ」

 ヘリの助手席で双眼鏡をのぞいていた刑事が山の中腹を指さして叫んだ。

「型も色も、本部からの連絡どおりだ。アイツを追跡するんだ」

「了解」

 操縦士がヘリの向きを変える。

『こちらヘリです。ただいま問題の逃走車を発見しました。山頂に続く道路の中間あたりを走行中』

 刑事は逃走車の位置を本部に伝えた。

「さあ、オレを追ってこい」

 ガンタンはヘリを見上げて叫んだ。

 ヘリがつかず離れず追ってくる。

 競争するように走るうち、車はついに山頂の空き地までやってきた。道路はそこで行き止まり、頭上ではヘリが旋回をしている。

「ガンタンにまちがいないぞ」

 刑事は双眼鏡をのぞいてうなずいた。

「どうします?」

 操縦士が指示をあおぐ。

「ここで行き止まりだ。逃げられんよう、空き地の出口に降りるんだ」

「了解!」

 上空から下降したヘリが、ホバーリングをしながら出口をふさぐように着陸した。プロペラの風が、そこらあたりの土ぼこりを巻き上げる。

「エンジンは切らずに、すぐに飛び立てるようにしておくんだ」

「承知しました」

 ヘリの位置は運良く車の運転席側にあり、前方を見すえているガンタンの横顔が見えた。

「ヤツは袋のネズミだ。じきにパトカーが到着するだろうから、それまでここで待機するんだ」

 刑事の言うとおり、パトカーのサイレンがまわりの山々にこだましている。山頂に到着するまで、時間はそれほどかからないと思われた。

 サイレンが近づくなか……。

 運転席のドアが開き、ガンタンが車から降りた。そのまま空き地の先へと歩いていく。

 先端には木の柵があり、その先は断崖で、ほぼ垂直に谷底まで続いていた。

 逃げきれないとあきらめたのか、ガンタンはなにをするでもなく車にもどった。それからは運転席で目を閉じ、じっとして動かなくなる。

「ヤツめ、カンネンしたようだな」

 刑事がニタリと笑う。

 と、そのとき。

 車が突如として発進した。

 車は空き地の柵を突き壊し、そのまま断崖の先端から飛び出していったのだった。


 およそ一時間後。

 キサラギ警部は神無山の山頂に到着すると、すぐに現場の刑事を捕まえて聞いた。

「ガンタンにまちがいないのか?」

「それはたしかです。しっかり顔を確認したそうですから」

「で、車が落ちた場所の捜査は?」

「ヘリを現場に向かわせ、ただいまロープで捜査員を降ろす作業をしております」

「歩いていけんのだな」

「道がありません」

「ここで報告を待つしかないのか……」

 キサラギ警部は空き地の先端に行ってみた。

 地面にブレーキ痕がない。

 谷底をのぞき見ると、そこから黒い煙がかすかに立ち昇っていた。

――ガンタンのヤツ、死ぬ気で……。オマエらしくもねえ、命を粗末にするとはな。

 キサラギ警部は目を閉じ、谷底に向かって両手を合わせた。

 それからほどなく……。

 さきほどの刑事があわてたようすで、キサラギ警部のもとへかけ寄ってきた。

「たった今、現場から報告が入りました。爆発によって、車は跡形もないほどだと」

「で、ガンタンと恐竜は?」

「まだ見つかっておりません。爆発したときに、おそらく吹き飛ばされたんだと思われます」

「この高さから落ちて、しかも車は爆発炎上だ。まず生きている可能性はなさそうだな」

 キサラギ警部は力なく首を振り、それから夕暮れの空をあおぎ見た。

――なあ、どうして死んだ? 今度ばかりはオレも燃え尽きそうだぜ。

 神無山はすでに夜を迎える準備をしていた。

 夕日の残光を追い払いながら……。





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