神無山へ向かって
ヤヨイの運転する車は、あっというまに警官たちを置き去りにした。
ガンタンが肩で息をしながら聞く。
「なんで、あそこにヤヨイさんが?」
「帰る途中、たくさんのパトカーとすれちがったんです。心配になってもどってみたら、ガンタンさんが飛び出してきたものですから」
「いつまでも迷惑をかけるな」
「とんでもありませんわ。それで、ゲシロウさんたちは?」
「たぶん、今ごろは警察に」
「捕まったんでしょうか?」
「おそらくな。アイツらオトリになって、オレとメイを逃がしてくれたんだ」
「そうでしたの」
「だからアイツらのためにも、オレはぜったい捕まるわけにはいかねえ」
「でしたら、この車を使ってください。だって逃げるの、車の方が便利ですわ」
「いいのか?」
「そのかわり、ひとつお願いがあるの」
「オレにできることであれば」
「メイの顔を見せてほしいんです」
ヤヨイがバッグに視線を送る。
「そうだ、メイがいたんだ」
ガンタンはあわててバッグの口を開けてやった。
「オッカアー」
メイがひょっこり顔を出す。
「メイ、また会えたわね」
ヤヨイはメイの頭をなで、それからガンタンに顔を向けた。
「これからどこへ?」
「とりあえず、どこか山奥にでも隠れようと思っとるんだがな」
「だったら神無山がいいわ。そこに父の山荘があるんです。まず人は来ないでしょうし、寝るにもこまりませんもの」
「山荘か。で、山のどこらへんにある?」
「中腹に湖の標識があります。そこから矢印の方向にしばらく進むと、道路から湖が見えますわ。そのほとりです」
「ずいぶん山奥のようだな。たぶん、メイの食えそうなもんはねえだろうな?」
「ええ、畑もないし。でも魚なら……。湖に魚がたくさんいますけど」
「そいつはよかった。魚はメイの好物なもんでな」
「これ、山荘のカギです」
ヤヨイは運転しながら、ハンドバッグからカギを取り出した。
「すまねえな。アンタには、なにからなにまで世話になっちまって」
「気になさらないでください。そこだったら、いつだってメイに会いに行けますもの」
ヤヨイがメイを見てほほえむ。
二人を乗せた車は街を走り抜け、神無山へと続く幹線道路に出ていた。
正面に神無山が見える。
この神無山、荒々しさとやさしさの両面の顔を合わせ持つ。表側はふもとから山頂にかけ、なだらかな森林が続くが、一変して裏側は険しく、山頂には切り立った断崖があった。
「ヤヨイさん、そろそろここらで。警察が追ってくるのは時間の問題だからな。これ以上、アンタに迷惑はかけられねえ」
「ええ、それでは」
ヤヨイは車を路肩に止めた。
「メイをお願いします」
「ああ、オレがかならず守り抜いてみせる」
ヤヨイは小さくうなずき、ガンタンに山荘のカギを渡して車を降りた。それからメイに向かって車窓越しに手を振った。
「メイ、会いに行くからね」
「じゃあ、また会う日まで」
神無山に向かって、ガンタンの運転する車が走り去っていく。
そのころ。
警察署の中は、詰めかけたマスコミの者でごったがえしていた。おのおのが矢継ぎ早に、廊下を歩くキサラギ警部に向かって質問をあびせている。
「犯人は逃走中だそうですが?」
「恐竜の子もいっしょだそうですね」
「犯人のメボシは?」
「警備をしていたのに盗まれるなんて、警察はいったいなにをやってたんです?」
あちこちで記者たちの声が飛びかう。
「捜査中だと言ってるだろ!」
キサラギ警部はイライラしたようすで、記者たちに向かって大声でどなりつけた。
一瞬、報道陣がひるむ。
そのスキをついて、キサラギ警部は足早に署長室に入った。
「なあ、キサラギ君。今回の不始末、君らしくないではないか」
机の向こうで、署長が不機嫌な顔をしている。
「申しわけありません。今一歩のところで思いもよらぬ邪魔者が現れ、車でガンタンを連れ去ったものですから」
「だれだね、そいつは?」
「文月博士の娘、ヤヨイさんです」
「文月博士は、れいの研究所の所長じゃないか。なんで、その娘が?」
「詳しいことはまだわかっておりません。ただヤヨイさんは、衰弱した恐竜の子を助けるんだ、そう言っていたそうでして」
それからキサラギ警部は、ガンタンをとり逃がした事の顛末を報告した。
「その娘、ガンタンといっしょだと言うのだな?」
「はい、おそらくは」
「で、その二人。今どこにいるのか、見当はついてるのか?」
「残念ながら、それがまったく。ただいま懸命に、行方を探しているところであります」
「いいか、かならず見つけ出すんだぞ」
「主要な道路で、すでに検問を始めています」
「そうか。ところであの二人、ガンタンの立ち寄りそうな場所を知らんのか?」
「なかなか口が固くて。たとえ知ってても、おそらくしゃべらんでしょうが」
「なまぬるいぞ。なんとしてでも吐かせるんだ」
「承知しました」
「このままでは、警察のメンツはまるつぶれだ」
「おそれ入ります」
「捜査員が足りんというのであれば、これからすぐにでも応援の手配をしてやるが」
「できましたらヘリの応援をお願いします。上空からであれば、発見が早いと思われますので」
「わかった、さっそく手配しよう」
「失礼します」
一礼して、キサラギ警部は署長室をあとにした。
――ガンタンめ……。
キサラギ警部は腹だたしげにつぶやくと、ゲシロウとトウジのいる取調室へと向かった。
次回は「ガンタン死す」です。