ゲシロウとトウジ
ヤヨイがガンタンのかくれ家を出て、しばらくしてのことだった。
ファン、ファン、ファン……。
サイレンの音が聞こえ始め、それはすぐにマンションに近づいてきた。
それも一台や二台ではない。
トウジがいそいで三階の窓からのぞき見る。
すると……。
数台のパトカーがマンションの前で止まり、今まさに警官たちが道路に降り立つところであった。
「やべえことになったぞ」
トウジの声に、ゲシロウもあわてて窓辺にかけ寄った。
「こりゃあ、えれえことになっちまった」
「なんでヤツら、ここがわかったんだ?」
「たぶん、オレたち尾行されてたんだ。すまねえ、ガンタン」
ゲシロウが振り返って、申しわけなさそうな目をガンタンに向ける。
ガンタンはメイを抱き寄せると、おろおろしている二人に向かって叫んだ。
「オメエら、すぐにここをずらかるんだ!」
「逃げるたって……」
トウジが情けない声を出す。
「へこたれるんじゃねえ」
ゲシロウはトウジの肩をつかんでゆすった。
「そうだな」
「こうなったのもオレらのせいだ。オレたちがオトリになって、なんとしてもガンタンを逃がすんだ」
「ああ、望むところだ」
二人が顔を見合わせる。
「待て! 逃げるときはいっしょだ」
「それじゃあ、みんなまとめて捕まっちまう。オレたちがオトリになってるスキに、ガンタンはメイを連れて逃げるんだ」
「それしか方法はねえ。ガンタン、ここはオレたちの好きなようにさせてくれ」
二人がガンタンの手をつかむ。
「すまねえ」
ガンタンも二人の手を強くにぎり返した。
「こいつを借りるぜ」
ゲシロウはゴルフバッグからクラブを引き抜き、さらにトウジにも一本渡した。
「こいつはいいや」
トウジがニタリと笑う。
「そいつはな、オレのお気に入りなんだぜ。返すまで死ぬなんて、ぜったいに許さねえからな」
ガンタンは二人に小さく笑ってみせた。
「ああ、もちろんよ。こいつはかならず返しに来るさ」
ゲシロウが片目をつぶってみせる。
「そんときはこいつ、ちょっくら曲がってるかもしれねえけどな」
トウジは泣き笑いの顔だ。
「ほんとにすまねえ」
「気にすんねえ。オレたち、オマエのことが好きなんだからさ」
「こいつ、かならず返しに来るからな。かならず、かならずだぜ」
「行くぜ、トウジ!」
「おう!」
二人は視線をかわし合うと、ゴルフクラを手に部屋を飛び出していった。
ガンタンも逃げる準備を始める。
七つ道具をバッグに詰め、最後にメイを入れた。
ゲシロウとトウジは通路をかけ抜け、エレベーターを使って一階に降りた。
エレベーターのトビラが開く。
するとホールの入り口、玄関の広い窓ガラスを通して、表通りに大勢の警官たちが見えた。
「行くぜ!」
「がってんだ!」
二人はホールを一気にかけ抜けると、
「うおー、うおー」
あらん限りの大声で叫びながら、勢いよく表通りに向かって走り出た。
その二人を、五、六人の警官たちがいっせいに取りかこむ。
「捕まえられるもんなら、捕まえてみやがれ」
「そんとおりよ。オレたちを捕まえてみろってんだ」
ゲシロウとトウジは警官らに向かって、ゴルフクラブを大げさに振りまわした。
「そいつを捨てろ!」
「おとなしくするんだ!」
警棒をかまえた警官たちが、ジリジリと二人との間合いをつめてゆく。
ガキーン、ガキーン。
ゴルフクラブと警棒がぶつかり合い、あたりにかん高い金属音がひびく。
警官たちの注意が二人に集まった。
このときぞとばかり。
ガンタンは非常階段をかけ降り、それから一気に裏通りをめざして走った。
「ガンタンがいたぞー」
裏にいた警官が叫ぶ。
数人の警官たちは、すぐさまマンションの裏手へ走ろうとした。だがその進路にいち早く、ゲシロウとトウジの二人が立ちふさがる。
「ここは、なにがあっても通さねえぜ」
「通れるもんなら、通ってみやがれってんだ」
二人は前にもまして、クラブをブンブンと振りまわしたのだった。
研究所の裏通り。
走って逃げるガンタンを、数人の警官たちが懸命に追う。
メイを入れたバッグをかかえていては、ガンタンの走るスピードにも限りがある。じわじわと警官たちに距離をつめられていった。
――これまでか……。
覚悟しかけたそのとき。
背後から走ってきた車がブレーキ音をきしませ、ガンタンのすぐ横で急停車した。
「早く乗って!」
車の窓からヤヨイが顔を出して手招く。
「すまねえ」
ガンタンが乗りこみドアを閉めるいなや、追いついてきた警官が車に飛びかかった。
だが、その寸前。
ヤヨイは車を急発進させたのだった。