ヤヨイの申し出
体は恐竜のメイ。
心は人間と同じメイ。
野生にもどるかもしれないメイ。
そんなことはなにも知らないメイ。
いや、知る必要もない。
なにも知らずに育ってほしい。
でなければ、メイがあまりにふびんだ。
「でも今は、命そのものが危ないんです。ガンタンさん、お願いです。どうか、うちの研究所で働いてください。メイの世話をして欲しいんです。もちろん、ゲシロウさんとトウジさんもいっしょに」
「あの研究所で? オレらが泥棒だってわかってのことでかい」
「そんなの、メイの命とは関係ありませんわ。メイを助けたいんです。それにはどうしても、みなさんの協力が必要なんです」
「ダメだな」
ガンタンは即座に首を振った。
「なあ、どうしてなんだ? それでメイは助かるんだぜ。またいっしょに暮らせるんだぞ。それにさあ、わざわざ危ねえ橋を渡らねえですむしさあ」
「そうだよ。それにオレらにとっても、この稼業から足を洗えるチャンスだしな」
ゲシロウとトウジが口をとがらせて言う。
「いくら命が助かろうと、あんな狭いオリに入れられてちゃあ、メイはちっとも喜ばねえ。あれじゃあ死んだも同じ、飼い殺しじゃねえか」
「でしたら、オリから出して広い部屋で」
「そんなことじゃねえ。オレはメイを自由に生かしてやりてえんだよ。野生にもどろうがもどるまいが、自然の中で自由にな」
「えっ?」
ヤヨイは思わず息を飲んだ。
そして、このときはじめて気がついた。自分の考えが身がってな思いあがりだったということに……。
「悪いがそういうことだ」
「いいえ、いいんです。わたし、今はじめて気がついたんです。ガンタンさんの言われたとおりだって」
「なら、もう用はねえはずだ」
ガンタンはヤヨイを追い返そうとした。
「ガンタン、ちょっと待ってくれよ。それじゃあ、メイが死んでしまうぞ」
ゲシロウがあわてて引き止める。
「ああ、そうだよ。そうなっちゃあ、もともこもねえじゃねえか」
トウジも追うように言う。
「心配いらねえ。こうなったら、すぐにでも助け出してやるさ」
「助け出すって?」
ヤヨイがガンタンを見た。
「メイを取り返すってことさ」
「おい、もし警察にでも……」
ゲシロウがとまどった目をヤヨイに向ける。
「たしかにそんときはよ、警備が一段ときびしくなるだろうぜ。だがな、そうであっても、そいつをやってのけるのが一流ってもんだろう」
「わたし、警察には話しません」
「いいのかい、ヤヨイさん。研究所にとっちゃあ、メイは大切なもんなんだろ?」
ゲシロウが気づかうように聞く。
「そうだよ、なにより博士が黙っちゃいないぜ。三千万円もの懸賞金をかけるぐらいだからな」
トウジもヤヨイの顔をうかがい見た。
「ええ。長年の苦労のすえ、やっとそれまでの研究が実ったんですもの。それに父は、心ない人たちに悪用されることを恐れていますから」
ヤヨイは声を落とし、でもいいんですと言って言葉を続けた。
「ガンタンさんのおっしゃるように、自然の中で自由にしてやるのが、メイにとってはなによりもいいことなんですもの」
「そう言ってくれるとありがてえ。たしかにアンタたちは人類のためを思い、苦労してメイを作ったかもしれんがな」
ガンタンはヤヨイに気を許したのか、なおも自分の思いを話して聞かせた。
「だがな、メイは研究材料になろうと思って生まれてきたんじゃねえ。なにも知らず、ひとつの命として生まれてきたんだ」
「そのとおりですわ。今は父も、メイを作ったことをとても後悔してるんです。そのこと、いつかきっとわかってくれはずです」
「博士にゃ悪いが、メイはかならず取り返す。足を洗うせっかくのチャンスだったのに、オメエらにはすまねえことになるがな」
ガンタンは二人に頭を下げた。
「なに、気にすんねえ。カタギになるなんて、オレたちには似合わねえしな」
ゲシロウは小さく笑ってみせ、それから思わぬ提案をした。
「なあ、ガンタン。それで今回のことだがな、ヤヨイさんに手を貸してもらうってのは?」
「ヤヨイさんに?」
「ああ。そうすりゃ、きっとうまくいくぜ」
「それではヤヨイさんに……」
ガンタンはためらった。
ヤヨイに迷惑をかけることを心配したのだ。
「ゲシロウの言うとおりだよ。このままだと、メイは死んでしまうかもよ。それにさ、捕まっちまったら終わりだからな」
トウジもあと押しをする。
「わたし、お役に立てないかも知れませんが、メイのためならなんでもお手伝いしますわ」
「じゃあ、一度だけ手を貸してもらおうか」
「そうこなくっちゃ」
「きっとうまくいくぜ」
ゲシロウとトウジが目を輝かせる。
「さっそくだが、メイのいる部屋と警備について詳しく教えてくれ」
ガンタンは研究所の見取り図を広げた。これまで調べていた警備員の配置などを記したものだ。
「正門と玄関のロビーに警官が二人ずつ。メイのいる部屋はここです。研究員と刑事が一人ずついて、廊下には警官が一人。それに最近、新しい防犯装置も取りつけられました。なにかあればすぐに、警察へ連絡が届くようになっています」
ヤヨイが指で図面をさし示しながら教える。
「で、夜はどうなってる?」
「昼よりも厳重になってますわ。敷地の外にも警官が数人いて、ずっと見張ってるみたい」
「そいつはまた、えらいていねいなことだな」
ガンタンは顔をしかめた。
「そうであっても、やってのけるのが一流。そう言ったのはガンタンじゃねえか」
「それに今度はさあ、ヤヨイさんがいるんだぜ」
ゲシロウたちはやる気満々である。
「そのヤヨイさんがな。オレらはともかく、ヘタすりゃ、くさいメシを食うことになるんだぞ」
ガンタンがヤヨイを見やる。
「わたしなら平気ですわ。だってこのままじゃ、メイが死んでしまうんですもの」
「そうだったな。アンタに迷惑をかけることになるかもしれんが……」
「迷惑だなんて。迷惑をかけてるのはわたしの方なんですもの。ですからもう、わたしのことは気になさらないでください」
ヤヨイは強くうなずいてみせた。