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 メイは日ましに衰弱していた。

 あれほどの食いしん坊がなにも食べようとせず、鉄のオリの中で泣き続けるばかりだ。

 今では、その泣き声も弱々しい。

 ヤヨイがいくら声をかけても、まったく振り向かず返事もしない。

 文月博士は肉を細かくきざんで、恐竜の子の前に置いてみたりもした。しかし、その肉に見向きさえしてくれない。

「ねえ、お父さん。この子、母親を恋しがってるんじゃないかしら。だから母親がいれば……」

「母親だと? 遺伝子操作で生まれたコイツに、親というものがいるわけないじゃないか」

「でも、ずっとおっかあって。たぶんこの子には、母親って呼べるものがいるのよ。その母親がエサをやれば、もしかしたら食べるかもと思ったの」

「なるほどな。なんならここに、ダチョウを連れてきてみるか?」

「ううん、ダチョウなんかじゃないわ。この子がはじめて目にしたもの、それも動くものだと思うの」

「鳥にはたしかに、そうした母親を決める習性があったな。しかし、その母親とは……」

「あの夜、この子を連れ去った人なんじゃ。その人を母親だと思いこんで」

「そうだ、あの二人組はどうだ?」

「あの二人、アリバイがあったんでしょ。だから警察もすぐに釈放したって。ということは、たぶんちがうってことだわ」

「そうなんだがな、かといってほかになんの手がかりもない。もしかしたらあの二人から、警察でも話さなかったことが聞けるかもしれんぞ」

「そうね。できることはみんなしてあげないと。この子が死んだら、わたしたちのせいなんだもの。恐竜なんて作らなきゃ、こんなことに……」

 ヤヨイは言葉をつまらせて涙ぐんだ。

「研究は人類のためだと、ワシは信念を持って続けてきた。だが、もうやめようと思っておる」

 恐竜の研究に没頭し、人生の大半を捧げてきたことがやっと実りかけていた。その博士自らが研究をやめると言う。

「世間は少しもわかってくれんからな。これではいつか、かならず悪用する者が出てくる」

「お父さん……」

「ヤヨイ、泣くな。泣くひまがあったら、コイツをなんとかしてやろうじゃないか」

 博士はヤヨイの肩に手を添え、それから元気づけるようにほほえみかけた。

 それはヤヨイが、ひさびさに見る父親の笑顔だった。


 翌朝のこと。

 ガンタンのかくれ家に、ゲシロウたちが見知らぬ若い女性を連れてきた。

 じつはガンタン、テレビで一度、この女性を見ている。だが、気づかないのも無理はなかった。

記者会見の場では白衣。今はクリーム色のワンピースで、見かけのイメージがまるでちがうのだ。

「この人はヤヨイさんといってな、文月博士の娘さんだ。研究所では博士の助手もしてるそうだよ」

 ゲシロウが女性を紹介した。

「文月ヤヨイと申します」

 ヤヨイがていねいに頭を下げる。

「文月っていやあ、メイを作ったヤツじゃねえか。その娘が、オレになんの用だ?」

「お願いがあって来ました」

「お願いだと?」

「はい、かってなことだとわかっています。でも、父もわたしもどうすることもできなくて。それで、ぜひガンタンさんに……」

 ヤヨイは涙声になり、ついには声をつまらせた。

 そのヤヨイにかわってトウジが答える。

「メイだよ。メイがなにも食わねえんだってさ。それでさあ、それで、なんだっけ?」

 そのあとをゲシロウが引き継いだ。

「ガンタンがいたらな、メイがエサを食うんではねえかと。それでわざわざ、ヤヨイさんはガンタンを訪ねて来たってわけさ」

「メイがなにも食わねえだと? いってえ、どういうことなんだ」

 ガンタンの目が真剣になる。

「おっかあーって、いつも泣いているんだとよ。それでな、そのおっかあがそばにいりゃ、メイもエサを食うんではねえか。そうだったな、ヤヨイさん」

「はい。あの子、いえメイでしたわね。いくらエサを与えても、見向きもしてくれないんです」

「それで、アンタ。どうしてオレが、そのおっかあだってことがわかったんだ?」

「鳥は生まれてはじめて見たものを、自分の親として認識するんです」

 ヤヨイはまず、鳥類の生まれ持つ習性のことを話した。それからメイが、ダチョウのタマゴを利用して作られたことを教えた。

「ですからメイにとっては、生まれてはじめて見た人が親ってことに。それでわたし、警察に行ってゲシロウさんたちのことをたずねました。それから二人に会って、ガンタンさんのことを知ったんです」

「オメエらときたら、ほんとに金と若けえ女に弱えーんだな。まったくだらしがねえったら」

 ガンタンが二人をにらみつける。

「だけどな、ヤヨイさんはすごくいい人なんだぜ。話を聞いてるうち、かわいそうになってな」

「メイがなにも食わねえって聞いたら、だれだってほっとけねえじゃねえか」

「それにさあ。若けえ女に弱えーのは、なにもオレたちだけじゃねえしな」

「そうだぜ、ガンタンだってさ」

 思わぬ二人の反撃に、

「それで、メイはどうなんだ?」

 ガンタンはあわてて話をメイにもどした。

「ずっと、なにも食べてないんです。ずいぶん衰弱しているみたいで」

「あの食いしん坊がまったく食わねえとはな」

「母親のガンタンさんのこと、よほど恋しいんだと思います。ですからガンタンさんに会えば、ちょっとでも食べるのでは……そう思ったんです」

「メイのヤツ……」

 たとえようもないほどのいとおしさが、ガンタンの胸の内に熱くこみ上げてきた。

「ところでヤヨイさん。いくら遺伝子操作で作られたといっても、メイは恐竜だろう。それがどうして言葉をしゃべるんだ? それに泣いたり甘えたりと、人間の子供とまるでおんなじだ」

「あくまで推測なんですが」

 ヤヨイは前置きしてから、メイの誕生の経過をかいつまんで話した。

「遺伝子操作の段階で、学習された人の遺伝子が、メイの脳に組みこまれてしまったようなんです。ですから、あんなに高い知能を」

 それが父親の遺伝子であったとまでは、ヤヨイはどうしても話し出せなかった。

「じゃあな、体は恐竜でも、脳は人間と同じってことなのか?」

「ええ、おそらく。いろんなことを教えれば、もっともっと賢くなるかもしれません」

「よかったじゃねえか、ガンタン。メイは人間と同じで利口なんだ。大きくなっても、動物園のゾウみてえにいっしょにいられるぜ」

 ゲシロウがうれしそうに話す。

「でも成長するにつれ、野生にもどることも考えられます。そうなったら、とても危険に」

「なんだ、そうなのか。そいつは残念だな」

「いいえ、その方がいいのかもしれません。心は人間で体が恐竜。そんなの、神様から叱られますわ。なによりも、大きくなったメイがなんて思うか」

「そうなんだ。メイは自分のことを、オレらと同じ人間だと思ってるんだ。それがちがうと知ったら、それも恐竜だと知ったら……」

 ガンタンはメイのことを思い、おもわず言葉をつまらせた。




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