嘘吐き
明るく楽しい気持ちには絶対なれません。
凹んだ気分の御方は鬱々となりかねないのでバックオーライ。
沈み込まれてあかん方向へ歩まれましても責任取れませんでこちらでご注意申し上げます。
自己責任でお願いします!!
非難中傷文句等々、受け付けませんのでごめんなさい。
大丈夫、オッケーな精神的猛者の方のみどうぞ。
神様は私に嘘を吐いた。
雨が降っている。土砂降りの雨、バケツをひっくり返したような。
そんな言い方をするひどいものでも、どんな雨だよと期待して外を見させるものでもなんでもない雨が。
何の変哲もない雨。退屈でつまらない、けれど……ちっぽけな体を凍えさせ、命を奪うことくらいは出来る。そんな雨が。
鈍色の空、曇天。雷の一つでも疾れば華やかだろうにと仰ぐ地球の泣き顔。
人の泣く顔など赤紫蘇色に染まり過ぎた梅干し、歯を剥くニホンザルの類似品。
綺麗でも美しくもないそれは、時に見るに堪えぬ醜悪なものすらある始末。
それに比べれば、味も素っ気も色気もない鉛空は面白くはないが、見れないものではない。
しとしとと霧吹きを噴きかけられ続けているかのような空気は独特の冷たさを与え、やがて雫を作り滑って落ちていく。
弾けて消える一滴。光もないのに光って見えた不思議な光彩。
細かな粒子が集まって形になっただけなのに、どうしてかとても美しいものに見えた。それは一瞬で消えてしまう儚さ故なのか、そうではないのか。
点在する思考、走っては流れていく意味のない考察。
目に見える全てに意味があり、存在する価値があるのなら、どうして私はここに居なくてはならないんだろうか。教えてくれる人なんて、きっと何処にもいない。
教えてくれた名も知らぬ誰かも、この場所にはいやしない。
人は一人で生まれて独りで死んで逝くのでしょう。
誰かが言った、誰かが描いたその言葉は一種の真理なのか。それともそう思いたいと願う独りよがりなのか。
誰の目にも留まらない場所で、何にも邪魔されない場所で、ひっそりと、ゆっくりと、汚泥に溶けて何処かへ還ればいい。
ぬかるむ地面、重みを受けて沈む土。
まるでそこにいたという痕跡を残そうと抗う断末魔のように歪を刻む見苦しさ。
何処にも行けない私を嘲笑いたいのなら、遠回りなことなどしないで欲しい。
真正面からぶつかって、指を差し、思う存分わらえばいい。無駄なことをと不遜にぞんざいに愚かしく、嗤えばいい。
空の涙が私を濡らす。冷たく鋭く、けれど鈍く温かく。
私を汚した色をなかったことにするように厳しくも優しく降り注ぐ。
濁った赤色を融かして流し、落とせない汚れを浮き彫りにするそれは、どうしようもなく無力な自分を眼前に叩き付ける行為にも似ていた。
かえりたいと思った。人魚姫のように恋に溺れうたかたの泡となり弾けて消える。
そんな残酷でも綺麗な終わりは私にはきっと訪れない。迎えることも出来ない。
汚れた私に残っているのは空っぽの何か。降り注がれる慈雨すら留めることの叶わない底なしの何か。
綺麗だったあの頃に戻ることも、元が何であったかもわからないほど粉々に砕け散ってしまうことも許されないのなら、私は何を待てばいいのだろう。
かえりたい、帰りたい、還りたい。ずっとずっと昔、何の疑いもなく伸ばされる手がやさしいものだと信じていられたあの時まで。
蜘蛛の巣に絡んで逃げられなくなった真っ白な蝶々が捕食される光景を惨いだなんて思わない。それは蜘蛛が生きる為に必要とする絶対の糧だと知っているから。
昆虫を捕らえ標本を作る。命の糧になる訳ではないその行為はひどいのかもしれない。けれど、美しさを愛でる為ではあるのだろう。
いつかは朽ちて消えてしまう儚いきらめきを、永遠に残しておく為に。
でも、私は違う。
無邪気な子供が捕らえた虫の羽を毟り取るように自由を奪われ踏み躙られた。
春を告げる為に淡く色を付けた桜の蕾を枝ごと手折るように蹂躙された。
愛を歌い奏で伴侶を得るカナリアのようにはなれないのだと音を潰された。
残っていたのは、歪な何か。黒く澱んで穢れて見るに堪えない終わりの何か。
雨が降っている。鈍色の空、重苦しい色をした地球の泣き顔。
何の感慨も抱かずに引き裂いた肌色から噴き出した鮮やかな赤とは比べ物にならないくらいにやさしい色。
愚かで意味のない言葉を並べ立て人語を介した気になっていたものより遥かに美しい一滴の光彩。
閉じ込められていた場所を乱暴にこじ開けて、初めて見た外の世界。
真っ赤に汚れた体をじわじわと洗う雨粒が代償のように奪う熱。
柔らかい皮膚が悲鳴を上げるようにぬかるみを踏んで傷ついた。
強く強く、それこそが命綱なのだと言わんばかりにきつく握り締めていた刃物が
滑り落ちて悲しく鳴いた。
人は一人で生まれて、独りで死んで逝くのでしょう。
いつか来る終わり。平等には与えられない終焉。不当に奪われる結末。
世の中では親だと呼ぶらしい私を虐げた肉塊に与えたそれは、いつ私に訪れるのでしょうか。五年、十年、三十、五十、百。そんなには待てない。
叶うならば、いまこの瞬間、やさしい冷たさに慈しみ洗われている今、終わらせて欲しい。いますぐに、終わりにして欲しい。
降り注ぐ雨、ちっぽけな体を凍えさせ、やがて命を奪うだろう慈しみの雨。
虚ろな目を鈍色の空に投げ、紡げぬ音の代わりに空気を吐き出した。
うそつき
抜けるような蒼、白い綿雲を繋ぐ虹の橋。
呼び声に招かれて、長い長いトンネルをすべり台の上を行くように勢いよく滑り降りていく。
そこにあるのは愛だと言った。そこにあるのは優しさだと言った。
そこにあるのは、幸せだと言ったのに……。
耳障りな金切り声、けたたましいサイレンの音。
バタバタどたどた床板を踏み抜きそうな乱雑さでやってくるその他大勢。
私を指差し叫んだ言葉は何だろう。聞く気もないからよく聞こえない。
きっと、どうでもいいことだ。何の足しにもならない瑣末事。
霞んでいく視界の向こうにいつか見た誰かの姿が見えた。
私をこんな場所へと送り出した名も知らぬ誰か。
だからもう一度呼吸を紡ぐ。掠れた音すら紡げない代わりに呼吸で空気を揺らす。
悲しそうに私を見下ろす誰かに、天に唾吐く愚かな行為と知りながら、それでも言わずにはいられなかった言葉を吐き捨てた。
神様は私に嘘を吐いた。
長い長いトンネルを滑り潜ってたどり着いた胎の中。
産み落とされたその先に、幸せなんか…………どこにもなかった。