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ファントム=ファンタズム  作者: sT油
5/5

魔導

鉛の弾が四方八方から飛んでくる。凄まじい速度のそれを私は弾かず、エネルギーとして私の身体に取り込む。生命が尽きかけていた体は生きることを継続する。相手も馬鹿じゃない、私が生身の人間を吸収しているとわかった途端に白兵戦をやめた。今は遠方から砲弾や無人機が飛んでくるだけだ。


 私と世界との戦いが始まって、百八十と一日が経過した。


 乾いた風が私の髪を乱す。核ミサイルやら何やらが飛んできていたせいもあってあたり一面見渡す限りの焦土だ。今もなお飛来する無人機やミサイルは浮遊砲台が一つ残らず撃ち落としていく。残骸は一直線に私の元へと墜ちてくる。しかしそれは私の身体に激突する直前に灰塵と化し、その中から現れた光球のみが私の身体に溶け込んでいく。

 今の私の生命の源は魔力だ。そしてその魔力源は……〝全て〟だ。万物万象、ありとあらゆるものを魔力へと変換する。故に私を傷つけることは誰にも不可能であり、仮令(たとい)何らかの方法で傷をつけられたとしてもそれは即時再生される。死なないし、体が朽ちる……つまり老いることもない。

 私は、いわゆる不老不死になったのだった。

 だが、まだ完全無欠な存在というわけではない。周りは焦土で吸い取れるエネルギー量もたかが知れている。そのため今は主なエネルギー源を外部からの攻撃としている。だからもし攻撃が長期間止めば、私は自ら動いてエネルギーとなるものや、場所を探さなくてはならない。そしてそのエネルギーを吸収する速度を上げるためにしなければいけないこともある。

 本来ならもっとよい吸収効率なのだが、それを私の常識――『こんなことできるわけがない』という思いが阻害している。

私は生きたい。生きるためならなんでもする。命さえあればなんだって捨てる。

だから私は心を捨てた。私は私が生きることに必要なものだけを私に残して捨てた。でもそれはカタチのないものだから、カタチのないものを捨てるのは難しいから、私はそれに、もういらなくなった名前と、最低限の命のない肉体というカタチをあげた。そして捨てた。


死んだ体の楓コノハは地面に転がって、完全無欠な私を見ていた。


楓コノハのあらゆる機能は停止している。心臓は動かず、肺は呼吸を諦め、血液は流れない。脳は考えることを止め、目は景色をただ映すガラスになり、耳は鼓膜の震えを伝えない。鼻は匂いを忘れ、何も通らない口は半開きのままで、唇はひび割れ続ける。何もかもが終わっている。形容するなら、これこそが〝死〟なのだろう。そんなことを思う今の楓コノハの心も直に死ぬのだろう。いや、脳が機能していないのだから心が生きているのはおかしい。心もすでに死んでいるのかもしれない。

またひとつ、私が無人兵器を墜とした。墜落物から新たなエネルギーを得る私は、楓コノハから見ると、生きることに懸命なのではなく生きることしかできないように思えた。

別にそのことを哀れんだりするようなことは無い。なぜならそうやって生きてきたのは、他ならぬ楓コノハ自身だからだ。私は生きる。生きなければならない。――――そう、固く心に誓ったのは今から十二年前のあの日だ。心だけになってついさっき、ようやく思い出せたあの日の記憶――――



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 十二年前


「俺は将来的には世界を相手に戦える男になる! ウエエエエエエエイ!」

「ほらそういうとこ直さないと友達ひとりのまんまだよ」

 私の幼馴染の近衛トオルは今日もよくわからないことを叫ぶ。愉快な学校帰りだ。

「ぐっ……。だ、だが染み付いたキャラはなかなか変えられるものではない!」

 どうやら彼のそのイタイ喋り方は、学校に来た暴漢を撃退したくらいでは治らないらしい。……いや、多分その功績がなおのこと助長させているのだろう。

「それで? 世界を相手にって、どうやって戦うの?」

 この面白い男の子の言うことがもっと聞きたくて、私は話を続ける。

「それはな、四本の剣で戦うんだ。ラグニックとヴァーチャーって言って……」

 世界を相手に。というのはどうも比喩でもなんでもなく、彼は世界中の人に白兵戦を挑むつもりらしい。この、聞く人に呆れを通り越させ、笑いをもたらす話はいつまでも私を飽きさせない。だが、今日はここまでのようだ。

「あ、もう分かれ道だ。じゃあねトオル君」

 手を振ったが、無視される。

「あと二本の名前……あれ、なんて決めたっけ。えーと……」

 自分の妄想の世界に浸り込み、そのまま坂を登っていく彼の背中を見送ったのち、私は家のドアを開けた。


「ただいまー、?」

 返事はなく、奥のリビングから話し声が聞こえてくる。

「ええ、ですからもう半月ももたないと……」

「ふざけるな! まだ発現していない! もっと引き延ばしてくれ!」

「それは無理です。それに御両親はいったい何を発現? させるというのです。あまりオカルトにのめり込み過ぎない方が……」

「黙れヤブ医者が! とっとと失せろ!」

 父親らしき人の怒鳴り声と共に、扉が開く。中から出てきたのは若い男性――私がよく行く病院で、いつも診察してくれる医師だった。

「では失礼します……。おやコノハちゃん」

 医師(センセイ)はひどく疲れた顔をしていて、私を見ると少し驚いた顔をして、今度は泣きそうな顔になり、最後に無理をしているとわかる微笑みを浮かべた。様子のおかしい医師を心配して声をかける。

「先生、どうかしたんですか?」

「……。すまないね、本当に。元気でね」

 医師は声を震わせて、私にそれだけ言うと玄関から出て行った。

「え? あ……。お父さん、お母さん、どうしたの? 先生泣いてたけど」

 リビングに入り、顔を覆っている母と、苦虫を嚙み潰したような顔をした父に、おそるおそる声をかける。父はこちらを見ようとせず、びっくりするぐらい冷たい声でこたえる。

「……コノハ、今日からいつもより多めにする。いや、いますぐだ」

「わ、わかった」

 その声に私は頷くしかなかった。

「コノハ、頑張るのよ?」

 母は私の学校鞄を持って、励ましてくれた。

「う、うん。荷物ありがとお母さん」

 

 ずいぶん前から続けているこの訓練のようなものは、病気がちな私の身体を丈夫にする為らしい。首を絞めて殺そうとしてくる父親に抵抗せず、ただひたすらに耐え続ける。虐待じみたこれを、拒絶したこともあったが、その時の両親の嘆きようがあんまりにも酷かったので仕方なくやっている。

 首を絞めてくる父の言うことはいつも同じだ。曰く、『苦しい思いをさせる相手を殺せ、憎め、だが愛を忘れるな。愛を与えてくれる人には愛を返せ。愛しているコノハ』


 訓練を終えたあと、いつも通りの夕食が始まる。どうも今日はいつもより強くされたためか、頭がぐらぐらとして目がチカチカとする。両親の会話もいまいち頭に入ってこない。

「どう? いけそう?」

 冷水(おひや)を飲もうと台所に立つと、母が料理に使ったと思われる包丁が目に入る。私は喉の渇きも忘れて、その刃の輝きに目を奪われる。

「わからん。だが目に強い光が宿るようになった。もう少しだと祈るしかない」

 


「はぁっ、はぁっ……え? あ?」

 今の状況が理解できない私はそれを握ったまま立ち尽くす。ピチャピチャという水音だけが部屋を支配する。

バタンッ!

 唐突に部屋の扉が開かれ誰かが入ってくる。

「思い出した! シュバルツとエフェス……だ…………」

 それは自分の一番の友人の

「トオル、君?」

 流石の彼も絶句して、あたりを見渡し、そして私の手にあるものを見て

「……コノハ?」

 彼から疑惑の目線を受けたことではなく、その目に怯えを感じたことに、大きなショックを受けた私は

「あ、ああああ、あああああああああああああ!」

 もう、なにもかもわからなくなってしまった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 次に目が覚めたときには、私はその時のことを完全に忘れていた。それどころか、自分に両親がいたということすら忘れ、それまでずっと一人で暮らしてきたかのように、生活を再開した。定期的に来る仕送りは未だに誰が送っていたのかわからないが、私は何も思わなかった。

 だが今ならわかることもいくらかある。当時の私はおそらく何らかの不治の病にかかっていて、両親はそれを魔法の力で直そうとしていたのだろう。どういう仕組みで私が魔法の力に目覚めたのかはわからないが、私はその覚醒の時に、両親を殺害。時を同じくして『どうあっても生きなければならない。殺そうとしてくる相手を殺せ』という呪縛が私の中に形成された。それを結果的に植え付けることになった父親の言葉、『愛している』と『愛には愛を』が私の中で歪んだ解釈をされ、『愛とは殺意、殺意は愛。だから殺意もしくは愛を向けてくるものは殺す』というおぞましい行動理念に発展した。

 今の私には、その理念を異常だと感じることはできない。楓コノハという存在を切り離して、ようやく認識できるのだ。だから私は今もそれに身を任せて『私に殺意を向けた世界』を殺そうとしている。

そんな私を、この世界で唯一理解している楓コノハにできることは、おそらくひとつ。


死んだ(からだ)に力が籠る。手を付いて楓コノハは骸を起こす。膝を立て、なんとか立ち上がる。心臓は止まったままで、血の流れは滞ったままだが、骸を動かす。骸の輪郭がぼやけて、黒い影のようになるが、構わず足を動かす。皮膚はひび割れて、今にも崩れそうだが、耐えて手を伸ばす。

「は――。いつの間にか、あの時トオル君が言ってたことを、私がやってるよ……。おかげでおちおち死んでられない」

 拳を固く握り込んで、楓コノハは私に向かって走り始める。ようやく私も気づいたようで、吸収作業を中止してこちらに対して砲撃を開始する。極力避けて、どうしても回避不能な光線は拳で相殺する。

「搾りカスのクセに……! 大人しく死んでてよ!」

「名前もないただの生き物に言われたくは、ない!」

 私に拳を叩き込もうとすると、目の前に大砲が四門現れて、即時発射される。欠片一つ残さず消し飛ばすという意志の籠った一撃に、私にするつもりだった渾身の右ストレートをブチ当てる。だが、相殺はできず楓コノハの骸は吹き飛ばされる。

「づっ……!」

「これで今度こそ死んで! 集中砲火(フルファイア)!」

 倒れた楓コノハを取り囲む数百の大砲から容赦なく極太の光線が発射される。回避は不可能。迎撃も不可能。ならば

「あ、あああああ!」

「なっ、突っ込んで……」

 元凶を、叩く。

「ブッ――――飛べぇぇぇぇぇぇ!」

 確かに私の頬を殴ったと思ったのも束の間、凄まじい熱量を孕んだ重圧が楓コノハの背を襲う。


 あたりは度重なる砲撃で舞い上がった砂塵が煙のように立ち込めている。

「……自爆覚悟で突っ込んでくるなんて。少しくらい理性を多めに捨てるべきだったかな」

 私は口に溜まった血をぺっと吐き出しながらそう呟く。

「それにしても……どうやってあらゆるエネルギーを吸収する私に一撃を……」

「それは、私が唯一吸収したくないものだからだよ」

「っ! ……この死にぞこない」

 楓コノハはもうその骸の三分の一が黒い影と化しているが、それでも私の前にしっかりと立っている。

「もう楓コノハは死んでる。死にぞこないは、私だよ」

「黙れぇ! ……ようは直接触れられさえしなければいいんでしょ。なら、触れずに叩き潰してやる!」

 そう叫んだ私の腕からさまざまなガラクタが流れ出てくる。戦車やら鉄骨やらがどんどん積み重なって歪なオブジェが造られていく。

「いままで吸い込んできた色んなモノを手足に……なるほど」

 たった数十秒でおよそ五十メートルの金属製の巨人が出来上がってしまった。私はその胸部にいるようだ。

「うん! 私ならそこにすると思ってた!」

「何を言ってるのかわかんないから潰れろ!」

 巨人が振り下ろした腕を避けて楓コノハは叫ぶ。

「でも! あえて言わせてもらうよ、私! 今、ここにいるこのわたしこそが! 楓コノハであると!」

 再び振り下ろされた腕も避けたが、その衝撃波で楓コノハの骸は宙に浮きあがる。そして空中で身動きのとれない私に無数の大砲が向けられる。

「私が! 私だ! 勘違いするな絞りカス!」

 轟音が大地を揺らす。避けられない状態でモロに受けたのだ。仕留めきれずとも致命傷は与えただろうと思う私の頭上から声が降りかかる。

「私とは違うんだよ、私とは!」

 私がそちらを見ると楓コノハは背中から魔力を噴出して飛行していた。広がった桜色の魔力は蝶の翼のようで。

「飛行……魔法……? ありえない!」

 叩き落そうとしてくる巨人の攻撃を、ひらりひらりとかわしながら楓コノハは話す。

「ありえなくなんかない。想像することさえできるならそれはもう、できることなんだよ。それが魔導(・・)。世界でただ一人の魔道士、楓コノハの力だよ」

「違う! 魔法はそんなキラキラしたものじゃない! 人を傷つけることしか能がない、どうしようもないものだ!」

「……確かに私はこの力で、多くの人を傷つけて、たくさんの人を殺したよ。それは天地がひっくり返ったって、たとえ過去に戻ってやり直し(・・・・・・・・・・)ても変わらないし、許されない事実だよ。でもそれを受け入れることと諦めることは違う。楓コノハは、諦めて全部壊そうとする私を、助けることを、諦めない!」

 そう言った楓コノハの肩と腰に、二振りずつ長剣が現れる。楓コノハは二本だけそれを勢いよく引き抜き、巨人の胸部にいる私に向ける。

「全部切り崩して、すぐにそこに辿り着くから」

「偉そうに……! やれるもんならやってみてよ!」

 巨人の体じゅうにある銃器と、その背後から現れる大砲が、対空砲のように私めがけて突っ込んでくる楓コノハに向けて撃たれる。巨人の腕は私を守るように、胸のところで組んでいる。楓コノハは細かい弾が骸に当たるのは構わず、大きいものだけ捌いて、ほぼ一直線に進む。

「邪魔ァ……ッ!」

 腕に辿り着くと、二本の剣をでたらめに振り回して、巨人の腕をえぐるようにして進んでいく。

「このっ! このっ!」

「剣で掘るなんて、聞いたこと、ないっ!」

 巨人は組んでいた腕を解き、振り回して楓コノハを引きはがす。吹き飛ばされた楓コノハは空中で一回転して再び巨人に向かって飛翔する。

「くっ……こうなったら面制圧で!」

 巨人の正面に大砲が密集して展開される。それぞれの砲身が擦れあっているが、そこから放たれる砲撃は蟻の入る隙間もない。

「過密砲火・継続照射(フルファイア・オーバーリミット)!」

 最早『壁』と言うべき砲撃が今度こそ楓コノハを滅却しようと迫りくる。それに楓コノハは真っ向から突っ込む。

「これは、一度当たったが最後、対象が消し飛ぶまで放たれ続ける。それがたとえ何度でも蘇るアンデッドだとしても、同じように何度でも消し飛ばし続ける。そしてこれは同時に周りに散った魔力を集めながら行われる。つまり永久機関。あなたもこれで終わりだよ、今度こそ」

 響き続ける爆音。桜色の巨大な柱はその中にいるモノを生きて返さない檻でもある。だが

「う、あああああああああ!」

 ズバン、と大砲群が割られると同時にその裂け目から大きな剣を持った楓コノハが突撃してくる。

「……嘘、でしょ」

「魔力刃、高密度で展開……」

 もう既に楓コノハの骸はそのほとんどが影と化しているが、構わず大剣を楓コノハは振りかざす。

「生を謳歌し(スーサイド)――――」

「ふ、集中(フル)……」

 私が巨人の腕の前に大砲を並べ終わるよりはやく、その紅桜色の刃は振り下ろされる。

「死を全うせよ(ザンバー)――――!」

 鋼鉄の大砲は豆腐のように切られ、金属の巨腕は粘土のように斬られ、私の最後の盾である魔力障壁もガラスのように砕け散る。迫りくる死の刃から逃れる方法は――ひとつ。

「こ、のぉぉぉぉぉぉ!」

 私は、その刃を両手で掴み、吸収した。瞬間、


 目の前が、真っ暗になった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「やっと、繋がった」

 声がした方を向くとそこには楓コノハがいた。せっかく与えた骸は原型を留めていない。ボロボロなのに微笑んでいる気持ちの悪いわたし(・・・)が、そこにはいた。

「……私は、死んだの?」

 周りは真っ暗で、そこには私とわたししか居なかった。その問いにわたしは首を横に振る。

「ううん、まだ死んでないよ。でもまぁ、この時間が終わればすぐに死んじゃうけどね」

「……はぁ、結局あなたの思うようにいったってことか。私に吸収を使わせることが目的だったと」

「うん、そう。この空間にいる今なら、わたしの考えてたことも分かるでしょ?」

 私は、ここまで来てようやく自分の異常さを確認することができた。確かにわたしの行動にも納得がいく。

「そんなに時間も無いから……始めてもいい?」

 わたしが私の手を握ってくるのを私は拒まず握り返す。

「うん。もう、今更覚悟は聞かない。……でもひとつだけ、確認していい?」

「うん、何?」

「楓コノハは――幸せだった?」

 周りが白く変わっていく中で、その問いにわたしはさっきまでより笑みを深くして答える。

「もちろん――とびっきりの――」


「不幸せ、だったよ」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「はは、そりゃそうだ。こんな人生で幸せとか言える訳ない」

 瓦礫の中で身を起こし、私――楓コノハはひとりごちる。死ぬまであと幾ばくも無いが、私はぼうっと空を眺めていた。

「ここは青空が見えるんだ……空って、こんなに綺麗だったんだ」

 知らず私は浮き上がり、飛翔を始めていた。頬を叩く風を感じながら、上へ上へと飛んでいく。

「すごい……なんだか空に落ちていってるみたい……」

 だが次第に上昇する力も弱まり、耳も風を切る音を拾わなくなり、目もかすみ始める。

「あぁ…………やっぱ、り……届かない、ね」

 体の感覚がひとつ、ひとつとシャットダウンしていく。私が最後に知覚したのは、無限に広がる青空と

「コノハ!」

 懐かしい人の声だった。




●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●




 空に爆炎の花が咲いた。

 その中心に、先ほどまでいた少女の姿は、その花が枯れた頃にはすでに跡形も無かった。その真下で俺――近衛トオルは膝をつく。

「なんでだ……どうしてコノハがこんな目に遭わなきゃいけないんだ!」

 楓コノハ――九年前『昏きソラ』で広域爆発事件を引き起こした容疑者であり、各地の紛争を助長した張本人であり、半年前に世界全体を相手に戦闘行為を開始した史上最悪の犯罪者は、世界連合の派遣した戦闘機のミサイルによってたったいま倒された。それは何の嘘も含まない真実で、どうしようもない現実だった。

「あ、あああ……」

 十二年前、彼女はその身に宿す魔力に体を侵され死に瀕していた。彼女の両親はコノハを救うため、さまざまな方法を用いて、ついに彼女の魔法を覚醒させることでそれを達成した。しかし彼女はその時に両親を殺してしまったショックで記憶を失い、魔法のことも忘れてしまう。再び彼女が覚醒するのはその三年後。彼女はその時俺と『昏きソラ』に旅行に来ていたが、突如魔力を暴走させる。被害は甚大で何百人もの人が、一瞬で死んだ。そして彼女はその混乱の中で失踪する。

 次にトオルが彼女を見たのは、戦況を伝える無人機の映像の中だった。必死でその場に向かったが、もう遅かった。

「俺が……俺がせめて支えてやれればぁっ……」

 もちろんそれが傲慢だということはわかっている。わかっているが、それでも思わずにはいられなかった。

 俺はよろよろと立ち上がって瓦礫に歩み寄り、そこに突き刺さった剣に触れる。四つの刃で出来た大振りの剣は創造者が消えても変わらずそこにあった。

「魔法は……凄いな。こんなこともできるのか。……くっ」

 引き抜こうとするが、とんでもなく重いそれはビクともしない。

「このっ……なんでもできるんだろ! 魔法は! 魔を導くモノなら……魔女(コノハ)を救って見せろよ!」

 そう言った瞬間、剣が四つに割れて俺の体に突き立つ。

「なっ…………痛く、ない?」

 痛みを感じさせず、ずぶずぶと体に沈みきると、凄まじい頭痛が俺を襲う。

「がぁぁぁぁっ⁉ あ、頭がっ割れっ割れる! いっ、ぐぁぁっ!」

 だがやってきた時と同じように頭痛は突然消える。呼吸を整えて体に異常がないか確認するが、とくになにも変わったところは無い。

「はぁっ……はぁっ……いったい何だったんだ? 白昼夢か? あ、上着が」

 転げまわっているうちにどうやら脱げてしまったらしく、風に吹かれてどんどん遠ざかっている。俺は一歩踏み出してそれを掴んだ。

「……は?」

 振り向くとさっきまでいた瓦礫の山が三十メートルほど後ろに下がっている。いや、

「違う……俺が動いたんだ(・・・・・・・)。でも、馬鹿な、そんな魔法みたいなこと……」

 自分で言って気付く。魔法で創られた剣。その剣が入ったと思しき自分の体、魔法のような出来事。

「まさか、いやまさか」

 今度は瓦礫の方へ、瓦礫の山の上に立っている自分をイメージして踏み出す。

「…………」

 俺は瓦礫の山の上に立っていた。間違いない。これは

「魔法……」

 その後、数回試したがこの力は俺をどんなところだろうと望むままに移動させた。

「これなら、何処へだって行ける。そうだ……コノハを助けることだって出来る……! 空間を超えれるんなら、時間も超えれる! 目的の時間は、十二年前のあの日。場所はコノハの家。過去を――変えてやる!」

 視界が白で埋まった。



▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽



 バチッと静電気のような痛みが走って目が覚めて、瞼を開くとそこには見覚えのあるリビングがあった。カレンダーの日付は十二年前のものだ。

「本当に、行けた……」

 若干訳の分からない力に理解が追い付かず、ヤケクソで行った時空間移動だったが、うまくいったらしい。

「だ、誰だよ……おっさん」

 声に振り向くとそこには昔の俺がいた。そしてその後ろには包丁を持ったまま倒れている。

「あ、あああコノハ……! 今助けてやずっ⁉」

 近づこうとすると、バチィッとさっきより強く痛みが全身を貫く。

「なんでだ、魔法のせいか……いや、違うな」

 見ると目の前の昔の俺も痛みに顔を苦しそうに歪めていた。そちらに向かって手を伸ばすと再び痛みが走る。

「もしかして、俺が二人いるからか? くそっ、じゃあどうすれば……」

 むかし、何かの本で読んだことがある。全く同じ存在が同じ時間を生きることはできず、お互い反発しあい、最終的にはどちらも死ぬと、その本には書いてあった。それがいま起こっているとすれば、このままでは俺も昔の俺も死んでしまう。ここで自分が死ぬわけにはいかないし、かといって昔の自分が死ぬのも、パラドクス的な何かが起こりかねないので避けたい。

 二人の俺が死なない方法。自分の魔法で出来るのは移動することくらい。

「……やって、みるか」

 俺は痛みに耐えて昔の俺に手をかざす。

「な、なにを……」

「十二年後に、また会おう」

 昔の俺はふっと意識を失い、床に突っ伏す。するとその体がほのかに光り始めて、三つに分かれておさまる。

「はぁっ、はぁっ、とりあえず人格の分離には成功したか」

 痛みは無くなり、自由に動けるようになった俺は、ひとまず倒れているコノハの手から包丁を取りそれをコノハの両親の亡骸のそばに置き、コノハをソファに寝かせる。

「本当は両親を殺してしまう前に来たかったけど、どうやってコノハの魔法を覚醒させるのか分からなかったからな……すまん」

 彼女の頬についた返り血を拭い、今度は倒れている昔の俺――いや、その三つの人格へと振り向く。

「勇敢さに特化した人格、お前がこれからコノハと共に歩む近衛トオルだ。だから今日のことは記憶から無くし、いままでのように振る舞うんだ。それと……」

 だいぶ扱いに慣れてきた魔法を応用して、体の中から例の剣を一本だけ引き出し、それを『勇敢な人格』に俺と同じように埋め込む。

「ぐっ……一応、お前にもこれをやるが一本だけだからどんなことが起きるかわからない。まぁ、お守り代わりだ」

 そして今度はその隣に横たわっている人格に向く。

「お前は臆病な人格だ。言い換えれば、俺自身に一番近い人格だ。お前は今までの記憶をすべて忘れて好きに生きろ。コノハを助けるのに、お前は邪魔だ」

 俺はそいつを『どこかの病院』という漠然とした目的地をイメージして転移させた後、最後に残った人格に向き直る。

「おい、起きろ。お前は今日のことだけを覚えている人格だ。お前にはすべてを知った人格になり、俺に協力してもらうぞ」

「う、うぅ……? そんないきなり言われても……」

 目をショボショボさせて起き上がるその少年に手を貸して立ち上がらせる。

「具体的なことはまだ俺も決めていない。だから一緒に考えてくれ。どうすればコノハを助けることができるのか」

「……僕としても彼女を助けたいですけど、そもそもあなたは誰なんですか?」

「俺か、俺は未来の近衛トオル……だがそれだと呼びづらいな。そうだな――上官とでも呼んでくれ」



▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽



「そうかい……そんなことがあの後起こったのかい……。あぁ、やはり私は無力だ」

 目の前の椅子に座る若い医師は顔をおおって俯く。その肩に手を置きながら俺は医師を励ます。

「大丈夫です。まだ今ならこれ以上状況を悪くしなくてすむかもしれません。ですからどうか協力してください、彼女のために」

 俯いていた顔を上げて怪訝そうにこちらを見ながら医師は問う。

「君は……一体……?」

「彼女に、一度も救いの手を差し伸べられなかった一人の男ですよ」



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 俺はチンピラと通りすがりのOLにいくらかのお金を持たせて、路地裏に連れ込む。

「お願いします。ここでちょっとした三文芝居をやってほしいんです。ただここで叫んでくれればいいだけなので」

「べ、別にそれくらいならいいけどよ……」

「これは何かの撮影ですか?」

「えぇそうです。少年少女がありふれた日常の中で、魔法に出会う……そんな物語の」



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 煙草の灰を灰皿に落とす。整形した厳つい顔に合わせて吸い始めた煙草だが、今では手持ち無沙汰になる度に吸っている。

「あまりお吸いにならないほうが……長生きできませんよ?」

 元医者のリーマンはそれらしいことを言って、自分は缶ビールをあおっている。

「別に長生きしなくてもいい。必要な分だけ生きれば、それで俺は満足だ。――それで? 上手くいったか?」

「はい。無事コノハさんは魔法の力を開花させました。これで暴発することも無いでしょう」

「よし……とりあえずこれで『昏きソラ』の悲劇は回避できるな」

「トオル君も魔法を使えるようになってきましたし……あぁそうそう、彼からの要望なんですが、もっと腕を磨きたいと」

「わかった。俺が今所属してる軍に見習いで呼ぼう。しかしさすがは勇敢さに特化しているだけはあるな。頼もしいことこの上ない」



▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽



 『昏きソラ』地方で勇敢な近衛トオルに休暇をやった俺は、久々に全知の近衛トオルに会っていた。彼には剣を二本渡して、それをより戦闘行為に特化した武器に改造する役目を与えている。

「『(ひろ)い森』地方の洋館に居を構えてるそうじゃないか」

「その方が人目に触れないし何より裏の火山を超えたところに研究施設があるからね。かなりいい立地だよ。……そういえばこないだまで僕のところに臆病な人格がいたんだ」

「何? どういうことだ」

「僕がある日下町まで下りてた時に偶然見つけてね。行き倒れだったから介抱したんだけど、その時に彼が臆病な近衛トオルだと気付いてさ、世渡りできるくらいに物を教えてつい先日巣立っていったよ」

「言ったのか? 自分の出自について」

「いいや。彼は彼で新しい人生を歩んでる。下手に干渉しない方がこちらにとっても彼にとってもいいと思ってね」

「ならいい。さて、それじゃあ今度会うのは……」

 とその時、後方の広場で悲鳴が上がった。何事かと振り向くとそこには無数の黒い影がいた。

「なんだ……アレは?」

「わからないけど、アレは人を襲ってる。放置するわけにはいかない。だって今日ここには……」

「クソッ! 俺はコノハの安全を確認してくる! お前はあの影を排除できるか試みてくれ! 例のドラゴンを使っても構わない!」

「気をつけて!」



▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽



 軍基地にできた巨大なクレーターを見下ろしながら、携帯端末越しに全知のトオルに問いかける。

「……コノハは、無事なんだな?」

「うん、だいぶ塞ぎ込んでるけど怪我はないよ」

「…………あの影は、なんだったんだ?」

「確証はないし、これから確かめるけどそれでも分からないかもしれない」

「推測でいい」

「……アレは、本来ここで起きるはずだったコノハの魔力暴発事件で亡くなる筈だった人なんじゃないかな。それが僕たちの介入で歪んでしまって、強制的にああいう姿になってしまったんじゃないかなって」

「つまり、これは俺たちが引き起こした惨事ってことか」

「そうなるね」

 全知のトオルが淡々とした口調は、余計に自分たちがしでかしたことを強調した。

「だがそれだとおかしくないか。何故、勇敢な近衛トオルが死んだんだ?」

 その問いに彼はしばらく考え込み、あくまでこれは推測だから多少の矛盾点はあるが、と前置きをして答えた。

「彼の性質上、コノハの為にその身を犠牲にするのは仕方のないことだとして、彼が死んだのは三つに分かれた人格の一つだったからというのと、そもそも完全な状態で存在する『近衛トオル』は君だからじゃないかな」

「そうか、今世界に存在している『俺』はここにいる俺だから……」

「そう。だから『近衛トオル』でありながら本来の『近衛トオル』とは非なる存在である勇敢な人格は、言い方は悪いけれど死ねた(・・・)んだ」

「なぁ、もしそうなら……」

「うん。……コノハの死は、おそらく避けられない(・・・・・・ ・・・・・・・・・・)」



▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽



 船から降りて『大い森』の町へと進んでいくコノハの背中を、甲板から見送り煙草に火を点ける。彼女は、俺が医師を介して紹介した全知のトオルの住む洋館で、数年間魔法の訓練をするのだろう。

全知の近衛トオルが確かめたところ、あの影についての仮説は間違いのないものとなった。それは同時に、楓コノハが死ぬという事実は変えられないことを意味していた。

「……運命、ってやつなのか。コノハは非業の死を遂げることを定められていると」

 自分の転移能力はもう、過去に来たときほどの力はない。おそらく四本の剣のうち、三本を失っているからだろう。だからこれ以上のタイムスリップは不可能だ。完全に手詰まりだった。

「まだ、諦めるのは早いですよ」

 うな垂れていた俺の肩を叩いたのはリーマンことあの医師だった。

「だが……死ぬ運命は変えられない。諦めるも何も……」

「そうですね。確かに彼女は死ぬのでしょう。ですがそれが非業のものであるかどうかは我々の頑張り如何で変えられるかもしれません」

「それはどういう――」

「『昏きソラ』では彼女が容疑者になることも、失踪することもなかったじゃないですか。結果は変えられなくても、過程を変えることはできるんですよ」

「…………」

「そしてこれが全知のトオルさんから預かった計画書です。今から九年と半年後に起こる世界対戦の過程を変えるためのものです」

 封筒を俺に渡しながら医師は俺をまっすぐ見つめて言う。

「ただ、これは多くのものを犠牲にすることになります。あなたにはそれを無慈悲に見捨てて、ひたすら前に進む覚悟がありますか?」

俺は顔を上げて封筒を受け取りながら答える。

「彼女の終わりを、少しでもよくできるなら俺はなんだってやるし、何物にも邪魔はさせない。それに、やりだしたのは俺なんだ。俺が挫ける訳にはいかない」

「ふふ、そうですか。では早速始めましょう」



▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽



「……ありがとう」

『なんだい急に。気持ち悪い』

 端末越しの声はいつも通りの落ち着いた平坦なものだ。いったい何度この声に自分は助けられたのだろう。

「謝るのは筋違いな気がしてな。いままでの礼を言ったまでだ」

『礼を言われるほどのことはしてないよ。それにこっちだって礼を言いたい』

「俺に?」

『うん。君がいなければ僕が今の【僕】という自意識を持つことはなかった。いわば君は僕の生みの親なんだ。ありがとう』

 突然の感謝の言葉に驚き、しばらく呆然とする。俺がもし彼の立場なら、あんなことを強いる奴に礼なんてとても言えない。

「だが、それじゃお前はあまりに……」

『勝手に憐れむのはやめてよ。そもそもこれは僕が発案したことだよ?』

「それでも……もっと他のやり方があったんじゃないかって……」

『いい加減にしなよ、上官サマ。君は覚悟したはずだ。コノハを少しでも助ける為に何もかもを踏み台にすることを。だから君はこの五年間、各地で『残滓』を排除してきたんだろう? 君が殺した人の成れの果て達、そしてこれからも君が殺す人達。僕もその一つなんだよ』

「…………そう、か」

『そうだよ。それにこれは、コノハの死の運命を変えることができるかもしれない作戦の第一手なんだから』

「わかった。もう何も言わない」

『うん。それじゃもう切るね。そろそろ彼女が支度を済ませる頃だ』

「あぁ、じゃあな。……センセイ」

 ブツッと通信が切れる。これから数時間後、彼は『勇敢なトオル』を死に追いやった犯人としてコノハに憎まれ、殺される。これでコノハは憎しみをはっきりと認識して、あの日の記憶を思い出しやすくなる。他にも目的はあるが今はまだ不確定なものだ。

 自室のベッドに体を沈めながら、俺はそれでも枕を濡らさなかった。



▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽



 後ろの扉が閉まり、足音が遠ざかっていく。俺は拳銃を下ろし、目の前に倒れている男を蹴り飛ばす。

「ぐぁあっ!」

「やはり、お前を最初に殺しておくべきだった。そうすれば彼女が腕を失うことも、酷く心を傷つけられることもなかった」

 俺のその言葉にボス――『無知』のトオルは身を起こし反論する。

「嘘を吐くなぁ! アイツはどう足掻いても救われない存在ってことは、あんたもよく知ってるんだろ⁉」

「……どこで知った」

「俺がセンセイの墓参りに洋館に行った時だ。センセイの机の中にあんたらのいままでが全部書いてあったよ。もちろん、俺の出自もな」

「なら、我々がやろうとしていることもわかるはずだ。そしてその為にお前が死ぬことも」

 息を荒げながら『無知』のトオルは壁にもたれかかり座る。彼の手が押さえている腹部はかなりの量の血で濡れていた。もう長くはないだろう。

「それじゃあ何故頭や心臓を撃たなかったんだ。少しでも苦しませる為か?」

「無論それもある。だが俺は動機が知りたかった。彼女をあそこまで執拗に痛めつけたのは何故だ、『全知』の奴の復讐だけではあるまい」

「あんたらと同じだよ」

「……何?」

 下卑た笑みを浮かべ彼は続ける。

「運命とやらに抗おうとしたのさ。楓コノハは今日から半年後に死ぬ。ならそれより早く死んでしまうなり心が壊れてしまうなりすれば、何か変わるんじゃねぇかってな!」

 俺は我慢できずその襟を掴み立ち上がらせる。彼は視線をそらさずまっすぐこちらを睨みつける。

「クソ野郎が! 元はお前の親友でもあったんだぞ! それを……」

「その記憶を俺から消したのは他ならぬアンタだろう! 何も覚えてない俺にとっては赤の他人だ! そんなやつに、どうして自分の人生を左右されなきゃならないんだ!」

 その言葉に思わず手の力を緩めてしまう。落ちた衝撃で彼の腹から更に血が零れる。

「ぐぅうあぁ……ほらもう聞きたいことは聞いたろ? 直に俺は死ぬ。だからさっさとどっかへ行け」

 何も言い返せない俺は言われるがままに踵を返し、部屋から出ようとする俺の背中に『無知』のトオルの言葉が届く。

「お前の終わり方もきっと同じだ。なんたって……」

 扉は閉まりきり何も聞こえなくなる。だが俺には彼の言葉の最後がなんだったかが容易にわかる。

「……あぁ、お前は俺に一番近い近衛トオルだからな。多分俺も、同じような終わり方なんだろう」

 何はともあれ、これで三人格全てがこの世からいなくなった。後は半年の間、コノハが戦い続けなくて済むように今から地上に出て、助けなければならない。

 とその時、俺のいる地下施設を大きな揺れが襲った。

「地震……?いや、違う。まさか、もう始まって……⁉」

 俺が走り始めたのと同じタイミングで、天井に無数のヒビが入り割れた。頭に凄まじい重圧を受けたことを認識したのを最後に、俺は意識を失った。



▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽



 ピーッピーッと電子音が規則的に鳴っている。酷く重く感じる瞼を上げ、ぼやけた視界を徐々にクリアにしていく。多少マシになった目に最初に映った人物は、俺のよく知る人間だった。

「目が覚めましたか」

「……あぁ、いったい俺はどうなったんだ」

 リーマンは俺の寝ているベッドの横の机に、水を入れたコップを置き答える。

「あなたは世界対戦の負傷兵と一緒にこの病院に運ばれてきたんですよ。よかったですね、所属不明の人間も分け隔てなく治療してくれるところで」

「そうだな、まだ死ぬ時ではないからとはいえ……待て、対戦が始まって何日が経過した?」

 俺のその問いかけに、リーマンは少しの間の後答えた。

「…………百八十一日です。あなたは開戦の日からずっと今まで眠り続けていたんです」

「な……に……? じゃあ、例の日が……」

「えぇ。今日です」

 鏡を見なくても自分の顔から血の気が引いていくのが分かった。俺は急いでベッドから降りる。

「……やはり、行くんですか」

「当たり前だ。いくつかの計画が失敗したことになるが、まだ最大の計画は失敗していない。今からなら間に合う」

「わかりました。では……お気をつけて」

「あぁ、行ってくる」

 体に残っている剣はたった一本しかないが、空間転移なら可能な筈だ。頭の中に強く、あの焦土の地を思い浮かべる。そしてそこに立つ自分の姿を想像する。

 俺は一歩足を踏み出した。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 飛んでくる廃車を避けながら溜め時間を短縮した高速砲を撃ち返す。しかしその弾丸は()の展開する障壁を貫通するには至らない。楓コノハ(・・・・)はその事実を再確認して大きく後方へと飛び退く。

「やっぱり威力が足りない……普通の鉛弾じゃ吸収されてしまうし……」

「うだうだ言ってる暇があるなら、早く潰れて死ねッ!」

 私はそう言うと今度は、もとはビルであったろう建造物をその体から取り出して投げてきた。

「我ながらなんて馬鹿力……! ならこっちは!」

 楓コノハは手に持っている銃を、自分を圧し潰そうと迫ってくる建造物に向ける。

広域拡散砲撃(クラスターキャノン)!」

 楓コノハの持つ銃――p2から無数の砲撃が放たれ、それぞれ着弾した箇所で爆発しビルを粉々にする。楓コノハは、破片が額に当たって流れてきた血を拭いながら、p2の排熱機構を動かす。どうもこの銃は本来は剣らしく、誰かが無理やり銃に改造したようで、酷使すると銃身が焼き付いてしまい動かなくなってしまう。だからこうして規模の大きい砲撃を行った後は冷まさなくてはならない。

「一体その尽きない魔力は何処から湧いてくるの……?」

 私はいったん攻撃を止めて楓コノハに問いかける。

「あなたの死んだ体の何処にそんな力が……!」

「心だよ」

「は……? 何を言うかと思えば、そんな少年漫画みたいなこと。心みたいな不安定で不確定な、存在するかどうかも怪しいモノに死を覆すだけの力はない!」

「それは……そのとおりだよ。たとえどれだけ強い力があっても死から逃れることはできない。だから楓コノハという死人が死人であることに変わりはない。でもね」

 楓コノハは排熱の終わったp2を私に向けて話す。

「心に、限界は無いんだよ。そして魔法の力は楓コノハの想像力に等しい。だからこの身がたとえ朽ちていても、楓コノハの魔力が尽きることはないんだ。この体に、心が在る限り」

 p2の銃口に桜色の魔力が集められ、それは凄まじい勢いで膨張していく。

「そんなの……ありえないッ!」

 私は障壁を何十枚も重ねて防御を厚くする。

「私も受け入れるべきなんだ。わたしたちはもうとっくに死んでるってことを」

「ああああああああああああああ!」

「夢は夢で終わり(ファントム)、(=)少女は幻想を喪う(ファンタズム)」

 放たれた超威力の砲撃に、数百の障壁は一瞬で蒸発し、私の体も吞み込まれた。



 土煙が収まるのを待たず、楓コノハは私に向かって歩き始める。ボロ雑巾のような体で転がっている私は何もせずただじっと待つ。

「最大魔法も使うなんて……馬鹿じゃないの?」

 最大魔法――ファントム=ファンタズムと呼ばれるそれは、ありとあらゆる魔法の頂点。故に代償も大きく、発動した者は必ず死ぬ(・・・・・・・・・・)。事実、楓コノハの(からだ)は既に崩壊を始めている。

「まあもう死んでる身だから、二回死んでも変わらないかなって。それにそもそも私が半年前に最大魔法を使うから……」

「はいはい。私はもう死ぬべきなんでしょ。早くしなさいよ」

「うん。じゃあ」

 楓コノハの手が私の手と重なり光を発する。眩しい光が収まり、私が目を開くともうそこには誰もいなかった。

「ふぅ……これでようやくトオル君のとこに行けるんだね……」

 徐々に心臓の鼓動が小さくなっていくのを感じる。段々と瞼も下りてくる。もうすぐ走馬灯が見えてくるはずだ。

「まだ、まだ終わらない。終わらせない!」

「え……?」

 人の気配と声に目を見開くと、そこにはいつか私を助けてくれた男が立っていた。男は私の落としたp2を拾い、私に向ける。

「三本……足りるはずだ。これで……」

「何を……?」

 カシンッと引金が鳴り、私は撃ち抜かれる。いや、私の中の何かが撃ち抜かれた。

「かっはっ……」

「ぜぇっぜぇっ……成功、したか……?」

 すると突然私の心臓がしっかりとした鼓動を刻みだし、頭もはっきりし始めた。

「なんで……? あなたは一体私に何をしたの⁉」

 男は今にも死にそうな顔で答える。

「お前の……死を、決定づけている、『魔法』という……存在自体を、お前から、切り離した……。これで、死ぬのは、分離されたモノ。お前は生きることが、できる、はずだ」

 私の後方には黒いスライムのようなものが落ちている。男の言う通りならば、あれが私の『魔法』なのだろう。

 男は瓦礫のひとつに寄りかかりゲホゲホと咳き込む。

「大丈夫ですか?」

「あぁ、ちょっと病み上がりでね。……煙草、持ってないか?」

 私はポケットから潰れたケースを取り出し、その中で一番マシな煙草を一本渡す。

「火は要りますか?」

「いや、いい。ライターは持ってる」

 男は煙草を吸いながらじっとこちらを見てくる。

「……あっ、あのまた助けていただいて、ありがとうございます」

「礼を言いたいのはこっちの方だ。生きててくれて、本当にありがとう」

「……? それはどういう……」

 言葉の真意を聞こうとしたその時、男が突然私の体を突き飛ばした。

「きゃあぁ⁉ い、いきなり何す……」

 起き上がった私が見たのは、さっきまで私がいたところに巨大な鋼鉄の足があり、男が今まさにそれに潰されそうになっている光景だった。

「ぐぁああああああああ!」

「い、今助けま……」

「来るなァ!」

 男の大声に思わず足を止める。

「いいか! おそらくこれは、お前から切り離した『魔法』だ! だからお前は今すぐここから逃げろ! コイツに捕まればお前は死ぬ!」

「で、でも……」

「行けェ! お前は、()が必ず守るッ!」

 その言葉を最後に、名前もまだ聞いていない男は圧し潰された。p2も共に。

「そん……な……」

 男を踏み潰した鋼鉄の巨人は、今度は私を潰そうとこちらに向かって歩き始める。魔法を失った私はどうすることもできず、ただ立ち竦んでいた。

 ギギギギギと金属が擦れあう嫌な音がすぐそこまで迫った時、目の前に大きな光の柱が立った。

「っく……⁉」

 巨人もそれにたじろぎ、二、三歩下がる。

「仮にも名前が近衛だからな。幼馴染ぐらい守れないと恥ずかしくて名乗れない」

「…………え? トオル、君?」

「十年ぶり、いや五年? 半年? 数分ぶりでもあるか?」

 光の柱が消え、そこに立っていたのは、十年前に死んだはずの近衛トオルだった。



〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



 手を何度か握ったり開いたりして自分の体があることを再確認する。

「トオル君……死んだはずじゃ……⁉」

「トリックだよ。いや、俺も死んだと思ったんだけどな」

 魔法を失った無力なコノハを腕に抱いて、鋼鉄の巨人から距離をとりながら、自分がここにいるわけを説明する。

「俺の魔法は転移しかできない。だから『ただ消える』って行為は不可能なんだ。俺は『昏きソラ』で大量の黒い影――『残骸』だっけか。それと時空間転移をした。ただ用いたのが最大魔法だったからな、その時点で俺は死んだ」

 追ってくる巨人をp2(・・)で牽制しながら話を続ける。

「だがそれを上官サマとコノハのセンセイが救ってくれた。俺、近衛トオルがここで生きているという形で」

「センセイも……⁉」

「俺はもともとの近衛トオルが三つに分かれたうちの一つの人格だった。それで上官サマ――先代近衛トオルは『全く同じ存在が世界に両立する』という事態を避けた。だからついさっきまでは、正しい意味での近衛トオルは彼だったんだ。……だがそれも彼が死んだことで変わった。本来死ぬはずのない人間が死んでしまった場合、その穴を埋めようと『何か』が動く。それが何かはわからないが、リーマンの昔の言葉を借りるなら『修正力』とでも言うべきものだ」

 巨人はまだ本調子ではないらしく、動きは酷く鈍重だった。

「俺はその力の働きでここに現れた。分かれていた人格と合わさった、完全な状態の近衛トオルとして」

「待って、じゃあもしかしてセンセイも……?」

「あぁそうだ」

 三つ目の人格が彼女を酷い目に遭わせた人間だということは伏せておくことにした。それは俺がこれから贖うことで、彼女が思い出す必要はない。

 巨人から数キロ離れた地点で彼女を降ろす。

「? どこ行くの?」

「俺はこれからアレを倒しに行く。それが俺たちの計画の最終ミッションだから」

「ダメだよ! 勝てっこない! トオル君の力じゃ……」

「ははっ、大丈夫大丈夫。今の俺は剣を四本所持してる。十年前とは比較にならない程強くなってる」

 そう言い、p2を二つに分けて体から二本の剣を抜き出す。

「これは先代のコノハが創った剣だけど、元になったのは俺の戯言(たわごと)だ。この剣の機能や使い方は俺が一番よく知ってる」

 するとそれまで同じ銀色だった剣らが、それぞれ別の色に染まり始める。

「白色は【ヴァーチャー】、黄色は【ラグニック】、黒色は【シュバルト】、そして空色が【エフェスークリッヒ】。一三歳が考えた、聞くだけで恥ずかしくなるような名前だが」

 それぞれ二本ずつ剣の柄を合わせて、二振りの双身剣にする。それを両手に一振りずつ持って、コノハを振り返る。

「武器として、これほど信頼できるものもない。必ず帰ってくるからここで待っててくれ」

 再び巨人に向き直り、転移の魔法を発動させ、巨人の直上に移動する。

「喰らえデカブツ! これが人生二回分の重みだァッ!」

 大きく振りかぶって投擲した二振りの双身剣は寸分の狂い無く、鋼鉄の巨人の両腕を切り落とした。

「まだまだ!」

 十年前にコノハにあげていない方の右眼を使い、腕を切り落とした剣の軌道を捻じ曲げ、同じように両脚も切断する。

「これで、終わりだ!」

 双身剣を転移魔法で手に戻し、胸部にあるスライム状のコアに突撃する。

 だが突然目の前から巨人がいなくなる。

「なっ……⁉」

 違った。巨人がいなくなったのではない。俺が移動させられたのだ。

「コノハにやった左眼か……!」

 次の瞬間、巨人の体中から無数の光線が放たれた。それは魔眼の力で歪曲し、すべて俺へと照射される。

「お、おああああ!」

俺も魔眼を使い、それを逸らす。だがあまりの数に何本かの光線は俺の体を貫く。

「ずっ――。こんの野郎ォ!」

 今度は投擲でコアを狙うが、双身剣も転移させられ危うく俺自身が斬り飛ばされかかる。直接コアへ零距離転移を試みるも、シールドが張られそれを壊す間に転移させられる。

「こんなことなら眼をやらなきゃよかった」

 再生された巨腕を避けながら俺は思わずボヤいてしまった。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 遠くからではよく見えないが、トオルが苦戦しているのはわかった。

「でも今の私じゃ何もできないしなぁ……」

 無力な、何もできない自分が悔しく歯噛みする。魔女だなんだと言われながら、力を失えば幼馴染に守ってもらうことしかできない。

 十年前も、そうだった。

 迫りくる『残骸』の相手を十分にできなかった私は近衛トオルに助けられ、彼に全てを任せてしまった。そして彼は――結果的に生きているとはいえ――死んだ。私を守るために死んだのだ。

 五年前も、そうだ。

 センセイは私を死から救うために、その命を使った。今思えば、あの時の私の復讐心を煽るように仕向けたのも、全部その為なのだろう。センセイも、私を守るために死んだ。

 数十分前も、そうだ。

 あの男、先代の近衛トオルもセンセイと同じ理由で死んだ。彼も近衛トオルだったのなら、あの時転移で逃げることもできたはずなのだ。彼も、私を守るために死んだ。

「…………今度も、私のために、トオル君は死ぬ?」

 嫌だ。ダメだ。それだけはあってはならない。何故かはわからない。いや、

わかってはいるがそれを考えとして纏めてはならない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。

 だがどうすればいい。力を失ったこの身で、どうすれば彼を救えるのか。

(あなたは力を失ってなんかいない)

 唐突に脳裏に声が響く。これはつい最近聞いたことがある。そうだ、『私』だ。

(楓コノハ、あなた自身が言っていたことだよ。魔力は、どこから湧いてくるの? それを思い出せば、今のあなたに力が無いなんてことは間違いだとすぐにわかる)

「……心。心だ。私の想像力と魔力は等しい」

 そう呟くと、もう脳裏に声は響かなくなった。『私』はもう楓コノハ(わたし)に溶けて消えてしまった。だがその最後の言葉のおかげで私は立ち上がる。

「この体に、心がある限り、私の魔力が尽きることはない!」



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 背面からの攻撃も変わらず転移で位置をずらされる。

「魔眼の能力を視界に縛られずに使うとは……厄介にも程がある」

 もはや俺はあの巨人に傷ひとつつけるのも困難になっていた。

 膝をつく俺に巨腕がまた振り下ろされる。飛び退いて避けようとするが足が滑り、体制を崩してしまう。

「しまっ……」

 その時迫る腕に桜色の光の奔流が衝突した。

「これは……!」

「大丈夫? トオル君」

 驚く俺の横に、よくわからないものを大量に装備した楓コノハが降りてきた。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「どうして出てきた! それ以前に何故魔法が使える⁉」

 到着早々叱責を受けるが、トオルに怪我は無いようだ。

「もちろん、トオル君を助ける為だよ。それとこの力は魔法じゃなくて『魔導』。魔力は一緒だけど」

「俺を助ける? そんなことよりお前ははやく逃げ」

「そんなことじゃない!」

 私の大声にトオル君は黙る。

「トオル君にとって、私が守りたいものであるように、私にとって、トオル君は守りたいものなんだよ! もう二度と無くしたくない、大切なものなんだ!」

「コノハ……」

「だから、さ。二人で戦おう? きっと一人より二人の方があの巨人も倒しやすいよ」

 私はそう言って手を差し伸べる。トオルはしばらく悩んだ後、その手をとった。

「……どうやって倒す?」

「トオル君はあの光線、どれくらいの数曲げられた?」

「数百がいいとこだな。あとは避けるしかなかった」

「なら簡単だ。私が数千のビームを撃つからトオル君はそれの誘導をして。巨人の転移能力の限界が来たところで最大威力の砲撃でコアをブチ抜くから」

「最大威力ってお前……」

 とそこで再び巨人から光線が放たれる。私は上空に飛び上がり、トオルは後方に転移する。

「戦術は立てた! 知恵もあるし技もある! 失敗する要素なんて何処にもないし、憂う必要もない! 準備はいい?」

「……あぁ!」

「それじゃ行くよ! 第一波、斉射開始!」

 私の両手両足についていた箱が割れ、そこから無数のミサイルが放たれる。当然、迎撃されるがそのミサイル群は炸裂すると同時に煙幕を張る。

「これで私自身を転移させることはできない。第二波、発射!」

 空中に現れた千を超える砲門から桜色のビームが一斉に発射される。

「トオル君!」

「なんて、数だ。はぁっ!」

 無秩序だったビームはトオルの魔眼で統制され、巨人に向かって殺到する。巨人も魔眼の能力でそれらを逸らし続ける。だがついに何本かのビームが巨人の体を穿ち始めた。

「今だ! コノハ!」

 トオルの声を聞き、私は最大魔導(・・・・)を発動させる。

「此れは魔法と似て非なるモノ。魔法を導くモノ、即ち魔導なり」

 私の肩と腰にある細長い直方体が、巨人の方に向けられる。

「あれなるは魔法そのもの。人が渇望し、それでも手に入らぬ力。夢と幻の結晶(ファントム=ファンタズム)」

 そしてその先端に魔力が集まり始める。

「魔力充填完了。障害物皆無。姿勢制御良好」

 あげた左腕にも魔力が集まる。

「これが私の全身全霊、全力全開、渾身の一撃!」

 そして私はその腕を鋼鉄の巨人に向かって振り下ろす。

「魔法は、私の夢。夢が一人歩きを始めればそれはきっと(ファントム=ファンタズム)――――」

 肩と腰の直方体四つと私の左手から放たれた光の槍は、煙の壁を突き抜け胸部を守ろうとする巨人の腕もすり抜けてコアへと到達する。

「目が覚める合図(ブレイカー)――――!」

 スライム状の私の『魔法』だけが消えていく。ひとかけらも残さず、一瞬で。


 こうして、私たちの最後の戦いは終わった。



〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



「じきにここへ軍隊がやってくる。俺達が戦っているのは静観しても、事情を知っていそうな人間をただで帰すような真似はしないだろう」

「……うん、そう、だね」

「コノハ?」

 元気のない返事に振り向くと、そこにはうずくまって苦しんでいる彼女がいた。

「コノハ⁉ やっぱりお前……!」

「へへ……魔導、なら大丈夫かなって、思ったんだけど。そんなわけ、ないよね」

 抱き起したコノハは弱弱しく微笑むが、その口の端から垂れる血が全てを物語っていた。

「この、馬鹿野郎! ……そうだ、今俺の魔法でお前の死を何処かへ転移すれば……!」

 だがそうしようとした俺の手を、コノハが思いの外強い力で止める。

「ダメだよ。それに、トオル君の魔力源である剣も、さっき私の魔導で消しておいた」

「どうしてだ! そんなことをすれば自分が死ぬとわかって……どうして!」

「人は死ぬんだ。それは生きてる以上逃れられないし、逃れてはならない。私は本当なら半年前で死んでる身なんだ。もう十分。延命措置は必要ない」

「でも!」

「もう……いい年した男が駄々をこねるなんてカッコ悪いよ? うん、でも確かに別れは悲しい。じゃあ、また会えればいい?」

「は? それはどういう……」

「言葉通りだよ。天国とか地獄があるのかはわからないけど、トオル君が死んだらまた会おう」

「それなら今俺もここで……!」

 ぺしっと頬をはたかれる。

「だぁめ。トオル君には百歳まで生きる呪いをかけたから。……トオル君はいままで私の為にその時間を使ってきた。だからこれから七十五年はトオル君の生きたいように生きてほしい」

「そんな……」

「じゃないと会ってあげないよ? ゴホッゴホッ」

 握っているコノハの手が段々と冷たくなっていく。

「わかった?」

「……あぁ。でもその前に一つ言いたいことがある」

「?」

「俺はお前が」

「わ、わわわちょっとストップ。待って、今それを言うのはよくない。その続きは、ね? また今度」

 こっちは大まじめだったのだが流されてしまった。

 コノハの息はもうかなり浅くなっていた。

「じゃあ別の質問だ。――幸せだったか?」

 コノハはその問いに目を閉じたまま答えた。

「それは、もう……とび、きり……」

 言葉の最後で笑みを浮かべながら。

「しあわせ、だったよ」







△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△



「時計屋のじいちゃん! アメくれよアメ!」

「戸棚にあるやつ好きなのもってけ。ひとつだぞ」

「わーい! ありがとじいちゃん!」

 少年がアメを握って出ていく。入れ替わりに少女が入ってくる。

「また昔話聞かせて!」

「この前、全部話したろう?」

「えぇ? でも結局あの二人って天国で会えたの? それとも会えなかったの?」

「それはまだわからない。……もうすぐわかることだ」

「わかったらまたお話ししてね!」

 少女も出ていき、時計屋を針の音だけが支配する。


 老人は缶コーヒーを飲み、瞼を閉じた。




                       END


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