忘導
ずっしりと重い銃を構え、横たわっている自分より小さなその躰に狙いを定める。
――この男は私の大切な人を死に追いやった。
重い銃は慣れない私の照準をブレさせる。両手でしっかりと持ち狙いを定める。
――けれどこの人も私の大切な人だ。
カタカタと震える引き金に指をかける。そしてその引き金を引く。引けない。引く。引けない。
私は、この男/人を、殺さなくては/殺しては、ならない。
指の関節が凍り付いたかのように動かない。引くことも外すこともできない。
ころすコロス殺すころさないコロサナイ殺さない
重い。この銃は私には重すぎる。あまりの重さに膝が笑っている。センセイも笑っている。
「幸せなことです――」
卑怯だ。そんな、そんな顔をされると、引き金を引くことが悪い/正しい行いに思えてしまう。だから
パァン
引けた/引いてしまった。家族のような人を殺した奴を私は殺した。そして、家族のような人を私は殺した。
だが問題はない。楓コノハ、私に家族は初めからいない。なぜなら親が居たという記憶が、記録がない。
『あなたが見ようとしていないだけです』
そもそもいないものの比喩をするのは意味がない。私に愛情を注いでくれる親なんて存在しな
『私たちの愛しい愛しいコノハ……』
ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ
4年後
「っは⁉」
耳障りな電子音をけたたましく鳴らす目覚まし時計を止める。悪い夢を見たのか体はじっとりと汗ばんでいる。よくあることだが今回も例に漏れず、見た夢はこれっぽっちも覚えていない。
「……着替えないと」
まず汗を落とすためにシャワールームへと向かい、湿った服を脱ぎ捨てる。成長期などとっくに過ぎた体をさすり浴室へ入る。
あれから4年が経った。魔法の力を不当に使い、大勢の人を殺した大罪人、近衛トオル――私がセンセイと呼び慕っていた人間をこの手で殺してから4年。あの後リーマンの調べでセンセイの作り出したドラゴンや黒い人影が未だに存在することがわかった。
センセイの魔法は虚構創造といわれ、術者が空想するものをそのまま具現化するものらしい。私が『昏きソラ』で見たあのドラゴンはその魔法によるものだったそうだ。だがあの黒い人影の群れはその魔法とは関係ないらしい。
いわく『成りそこない』あるいは『残滓』。あの人影は人間の不完全な蘇生体、ある種の幽霊だという。これについてはセンセイの部屋の中を探っていたときに見つけた一冊のノートからわかったことだ。彼は魔法を用いて死者の蘇生を行った。結果は失敗。生み出されたのは、ひたすらに『死にたくない』という生存願望を持った輪郭もあやふやな幽霊のような存在だった。
だがセンセイは何を思ったか、この存在を兵器として利用できるようにしようとした。そしてそれは成功した。私たちにとっては最悪な形で。
彼は『残滓』に一つの感情を与えた。
〝恨み〟だ。
そのたった一つの感情はもともとあった生存願望と混ざり、溶け合い、そして捻じれて、遂には生者のみを襲う『怨霊』となった。センセイはこの存在をただ『残骸』と呼称していた。この『残骸』には生きているものでしか攻撃が通じず、『残骸』に殺されたものや、過去その場で死んだ者も『残骸』になるという。人間の成りそこないでありながら、兵器としては完全なのは彼なりの皮肉だろうか。
原因は不明だが、その『残骸』とドラゴンはセンセイが死んだ後も活動し、主に紛争地域などに出現した。対立している二つの陣営に突如として現れ、人種、性別、年齢、階級すべて平等に殺す『残骸』と絶対的な脅威として空に君臨するドラゴン。ものの数分でそこから戦いはなくなる。同時に生者もなくなる。場を支配するのは圧倒的な死だ。
私はこの四年間のほとんどをその『後始末』に使った。『残骸』に対して現状唯一優位に立てる魔法を操り、空を飛び、ドラゴンの至近で鉛弾を撃てる私にしかできない仕事だった。もとは生きた人間である『残骸』を撃ち抜くことに初めは抵抗を覚えた。だが慣れたのか、それとも感覚が麻痺したのか、いつしか気にせず撃ち滅ぼしていた。
体を拭き、乾いた服に腕を通す。濡れた髪を乾かし、適当にすいて脱衣所から出る。もう髪を括ったり束ねなくなって久しい。どうせ乱れるのだから綺麗に整えるのも馬鹿らしいと思いながら、思い切った断髪もできていない。自分らしいといえば自分らしい。
片眼鏡を左眼にかけて身支度を終える。携帯端末を開いて昨日入った情報を確認する。再度目を通し端末を閉じ、ポケットにある煙草のケースから一本抜く。ライターでつけるのは面倒なので指先に火を灯して煙草の先に点ける。フィルター部分を咥え、煙を吸い込む。
「げほっげほっげほっげほっ……んぐっ」
咳き込む自分に追い打ちをかけるかのようにブラックコーヒーを飲む。口腔が煙たいやらヤニ臭いやら苦いやらで蹂躙される。まだ大部分が残っている煙草を灰皿に押し付ける。『残骸』たちの後始末をするようになってから吸い始めたが、一度も半分以上吸えたことがない。
私、楓コノハの一日は基本こうして始まる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
安宿を出て郊外まで歩く。昨日情報をもらった時から行動は開始しているため、宿のある町は比較的現地に近い。それでも二十キロは離れているが。
町から二キロは離れただろうか。それだけ離れれば目立つこともない。
肩にかけていた楽器ケースを地面におろす。バチンバチンとロックを外す。中には私の今の相棒であるP2が入っている。ライフルを重ねたような外見のそれは銃口が二つ横に並んでいる。今回も多数との戦いになると予測されるので、P2の中央にあるロックを解除する。
真ん中で二つに割れたP2は二挺のライフルになる。楽器ケースは再び背負い、今度はしっかりと体に密着するようにベルトを締める。ケースはかなり硬い材質でできているので、盾代わりになる。
「……形態変更。普段着から航空戦闘用装束へ」
呟きとともに着ていた服が変化する。肌に吸い付くような黒いインナーの上に真っ白な服、そして同じく真っ白なロングスカート。上からは焦げ茶色の踝まであるコートを羽織る。
一見するとごく普通の材質の服に見えるが、これは魔力で創った鎧だ。並みの銃弾なら防御せずともこの服で弾くことができる。
「飛行魔法展開。テイク・オフ」
ゴオォ と轟音をたてながら離陸する。『鳥のように』などではなくジェット機の如く空気を切り裂いて飛ぶ。
目的地まで十七キロ。到着まで二分。
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目的地である砂漠地帯に到着した私は『残骸』もしくはドラゴンの姿を探す。
ここは『乾きウミ』と呼ばれる地域で、その名の通りもとは豊かな海だったそうだ。それが地殻変動だか温暖化やらでご覧のありさまになったらしい。そんな場所で数年前、紛争が勃発した。ナントカ教の〇〇派と××派の長年のいがみ合いの末の抗争が本格的になった為らしい。
だが先日出現したとされる『残骸』の群れはその宗派を分け隔てなく襲った。未知の脅威をおそらく敵の攻撃だと捉えたのだろう。団結していれば、まだ生き延びることもできたかもしれないというのに。
結果は情報によれば「壊滅」。だが生存者は未だに確認されていない。
「……いた」
前方二百メートルの地上に夥しい数の『残骸』を視認する。
「思ってたより数が多い。久しぶりにアレ使った方がいいかな」
銃は握ったまま腕を左右に広げる。腰と肩あたりに魔力を集め、あるものを構築していく。
「広域拡散殲滅砲、展開」
私の腰の左右と両肩に直方体が現れる。それはだんだんと削れて行き、大砲となった。計四門。
この大砲はP2ほどたくさんの機能は持っていないが、その場その場での構築が可能で、単純に火力を上げたいというときに最適な武装だ。そして今の自分が有するもう一つの力と組み合わせれば、更に効果は上がる。
「誘導射撃用に魔眼を使用」
一度は失った目。そこに義眼が入っていると気付いたのはセンセイの元で学んでいたころだ。いつ、だれが、どこで入れたのかは不明だが、それが魔力を通すことでさまざまな恩恵が得られると教えられ、訓練しているうちにここまで使えるようになった。具体的な効果としては自分の射撃に誘導属性を付与できることと、そこに在るとわかっているものに対しては、見えていなくても攻撃が可能になるということ。
これを先ほどの大砲と組み合わせることで、広域に正確無比な射撃及び砲撃ができるという仕組みだ。
『残骸』達の中心の直上あたりで銃を構える。
「全門斉射!」
桃色の熱線が地面を灼く。大砲から放たれる熱線は拡散し、的確に『残骸』を砕いていく。頭と思しき部分を一つ一つ貫く。『残骸』はなすすべなく倒れていく。届き得ないこちらに手と思しき部分を伸ばしながら消滅していく様はひどく人間らしく
「いや、もう人じゃない」
両手のP2の引き金を躊躇いなく引き続ける。魔眼に誘導された魔力を帯びた弾丸は銃口から標的までの最短距離を疾走る。
ようやく『残骸』達も反撃し始める。『昏きソラ』で私の左眼を穿ったあの魔弾を撃ち始める。それを私は空を駆けるかのように避ける。
空を飛ぶのは楽しい。鳥よりも自由に飛ぶことが楽しい。この地上におけるありとあらゆるモノより自由に空を支配できることが楽しい。たとえそれが自分を墜とそうとする幾筋もの魔弾の中でも。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
今回はドラゴンは現れなかった。今までもこういうことは何度かあったので特に珍しいことではない。
自分が抉った地面の孔を避けながら砂地を歩く。『残骸』の生き残りがいないか探す、というある意味矛盾したことを行い、私の仕事は終わる。
「いない、か。よし、帰ろ……ん?」
上空からはわからなかったが、よく見ると近くに砂に半分埋もれた家が何軒かあった。窓は無く、おそらく砂岩でできたそれは固く扉を閉ざしていた。『残骸』が立てこもっているとは考えづらいが、一応中を確認する必要がありそうだ。
P2を構え家に歩み寄る。隙を作らないように扉を開けるにはどうするのが最善か考えていると、突然バンッと大きな音を上げて扉が勢いよく開く。
「っ!」
「ま、待ってくれ! 俺たちは人間だ! だから撃たないでくれ!」
「え……?」
唐突な男の人の声に驚き、思わず銃を下げる。するとその家から数人の男が両手を上げながら出てきた。
「あなたたちは……?」
「俺たちは反乱軍――いや、××派の兵士だ。まずは礼を言う。あんたのおかげで俺たちは化け物に殺られずにすんだ。ありがとう」
こちらが銃を下げているのを確認した男たちの一人が姿勢を正して頭を下げる。それにならって他の人間も頭を下げる。
「も、もしかして生存者?」
「あぁ。奴らに襲われてからすぐに敵わないとわかってここに逃げ込んだんだ。他の家にも何人かまだ隠れているはずだ」
今まで一人の生存者もいなかった分、衝撃は大きかった。安心して鎧を解除し、P2を楽器ケースに仕舞う。
「すごいな。まるで魔法みたいだ。いったいどういう仕組みなんだ?」
「あはは……ちょっと説明は難しいかな。ただやればできるよ、誰にだって」
ケースを再び背負い、彼らに背を向ける。
「じゃあ、私はこれで。助けられてよかったです」
「そんな! まだ感謝し足りないし、それに色々と聞きたいことが」
「いえ、いいですから。どうかお元気で」
愛想笑いで返しながら歩き始める。このままここにいると質問攻めにあい面倒なことになりそうだ。
「例えば今あなたが背負っているP2という銃のこととか」
「えっ、がっ⁉」
背中に投げかけられた言葉に驚いたのと同時に私の後頭部を衝撃が襲う。
「っ……⁉何、を……」
前のめりに倒れた私を男たちが取り囲む。
「足りないか。よし、やれ。殺すなよ」
「ぐふぅっ⁉」
今度は鳩尾に蹴りが叩き込まれる。次に丸くなった背中が蹴られる。仰向けになると数人がかりで踏まれる。抵抗しようと持ち上げた腕は掴まれ、曲がらない方向へ無理やり曲げられる。
ゴキンッ
「あがぁっ! がっ、おうっ、げほっ……な、んで……こん、な……」
「…………」
一人が私の顎を下から蹴り上げたところで私の意識は途切れた。
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
――きつく握りしめたそれを目の前のモノに向ける。息を吸い込む。吐く。そしてもう一度吸う。
ズブリ
柔らかいものをブツリブツリと裂いてそれの根元まで深く突き刺さる。止めていた息を吐きながらそれを抜く。
ブシャアアアと飛沫が顔にかかる。ねっとりとこびり付く飛沫を浴びる私の胸は達成感でいっぱいだった――
頭に冷水をかけられたような感覚に目を覚ます。瞼を開こうとすると半分ほど開いたところで鋭い痛みが走る。
「目が覚めたか」
四分の一しかない視界で前を見ると、そこには私に暴行を働いた男達の一人がいた。確か私と直接言葉を交わした奴だ。
「ぁ……ぺっ。なんの、つもり」
口に溜まっていた血を吐き捨て相手に質問をする。
私は拘束されていた。服はボロ布のようなものに変わり、体は十字架のようなものに拘束具で磔にされている。当然ながら片眼鏡をはじめとする所持品の一切は奪われていた。窓は無く、扉は頑丈そうなものが一つ。部屋には自分とその男の二人だけだった。
「言っただろう? 聞きたいことがいろいろあると」
煙草に火を点けながら男は答える。先端が赤く光るそれを咥えながら男はこちらに歩み寄る。
「あんたが噂の〝魔女〟だろ。化け物で溢れた戦場を無に帰す死神」
「……だとしたらどうして私がこんな目に合うの?」
「質問に質問で返すな」
「あああッ⁉」
ジュッ、と煙草の先が私の肌に押し付けられる。何秒間か経ってようやく煙草を離す。
「どうなんだ、お前が〝魔女〟か」
「っ……そう、呼ぶ人もいる」
「そうだそれでいい。素直なのはいいことだ」
確かに未知の脅威を未知の力で蹂躙する私のことを〝魔女〟と呼び、畏怖する人がいるというのは聞いたことがある。だがそれにしたってここまでされる謂れは無い筈だ。
「では本題だ。……センセイを殺したのは、お前か」
「っ⁉」
「やはりな。『センセイ』で誰のことか分かるというのはそういうことなんだろう」
頭が真っ白になる。なぜ、どうして、いつ、どこで、どうやって、だれから。
「俺は別にお前のことを責めるつもりはない」
「…………、え?」
「聞きたいのは、『センセイが何を思ってあの化け物共を創ったのか』だ」
煙草の吸い殻を投げ捨て、新たに一本取り出し点火しながら男は問う。
「そんなの私が知るわけない……ぐっ⁉」
防御する術のない私の腹に男の拳がめり込む。
「嘘をつくなァ! センセイがただの殺戮兵器を創るわけがないだろう⁉ 必ず裏に何か意味を持たせた行為だったはずだ!」
私は痛みに耐えながら声を荒げる男に事実を告げる。
「あの男は、人の蘇生を試みて失敗し、その過程の出来損ないを兵器に仕立て上げた。その兵器は今も世界中を脅かしている。――あの男は、犯罪者だ」
「違う! 違う違う違う! あの人は! 俺はあの人に命を救われた! そんな人がそんなことをする筈が無いッ! だからこそ、お前に殺されるときにその思惑を語ったに違いない! 崇高な、俺たちでは理解しえない先を見据えた考えが!」
「私はそんなことは聞いていないし、あの男の死はあっけないものだったよ」
それを聞いた男は咥えていた煙草を吐き捨て、私に掴みかかる。
「黙れ! 何故本当のことを言わない! まだ痛みが足りないのか⁉ いいだろう、ならば四肢を一つ一つ折ってや……」
そこで男は唐突に手を放し、一歩離れる。
「ダメだな、少し熱くなりすぎた。……おい、〝魔女〟。続きは明日聞く。それまでせいぜい壊れるなよ」
「どういう……」
言うだけ言うと、男は部屋の外へ出て行った。そして入れ違いに三人の男達が入ってくる。
「へっへっへ。女相手は久々だな」
「で? どうする、早速マワすか?」
「今回はソッチは御法度だとよ」
「なんでさ」
「さぁてね。まぁこっちが専門だからな、俺たちは」
「違いねぇ」
入ってきた男達はヘラヘラと笑いながら磔にされている私を取り囲む。
「なにをする気?」
「なにってボスに……ああ、ボスってのはさっきのおっかない人のことな。ボスにあんたを痛めつけろって言われたんでな」
「一応予定通りだけど、あんときゃヒヤッとしたなぁ」
「……?」
「普段あそこまで声荒げねぇから恐ろしいのなんのって。あのままボスが痛めつけるのかと」
「まぁちゃんと俺らの出番はあったんだから良しとしようや」
「私を、拷問するの?」
その言葉を聞いた男達は一様にキョトンとした顔をして、次の瞬間大笑いを始めた。
「ハハハハハハハハ! なんも分かってねぇのなお前!」
「え……」
「〝魔女〟が聞いて呆れるぜ! これじゃその辺の村娘と変わらねぇなぁ? ヒャッヒャッヒャッヒャッ」
「いいか嬢ちゃん、耳の穴かっぽじってよく聞きな。痛めつけと拷問はまっっったくの別モンだ。拷問は話を聞き出すためにある程度手加減するんだがよぉ、痛めつけってのは相手がどうなっちまってもいいんだよぉ!」
「俺たちは痛みに苦しみ、泣き、喚き、嘆くサマを見るのが何よりも好きなんだァよォ! ヒィィィヤァァ!」
「おっ死んじまったらその先楽しめねぇしボスに怒られっから殺しゃしねぇけどよお。どうだ? 安心したか? それとも怖くて口が利けねぇか? お?」
顔を近づけられて下品な笑みで視界が埋まる。私のできる抵抗はその顔に唾を吐くことくらいだ。
「ぺっ」
「っと。へへっ、そうこなくっちゃあなぁ! 始めるぞお前ら」
××××××××××××××××××××××××
「ああああああああっ!」
「どうだ? 骨の折れたところを叩かれるのは。腫れないよう穴開けて血抜きしてやってんだから感謝しろよ?」
ガチャッ
「はい。これは傷を跡形もなく消す魔法の箱でぇす! この中に君の折れた右腕を入れてしばらくすると……?」
チッチッチッチッチッチッバンッ
「あ?」
「あら不思議! 傷が跡形も無くなりました! でも残念、あなたの右腕も跡形も無く吹っ飛んじゃった☆」
「ああああああああああああ⁉」
「大丈夫。止血はしたから死ぬことはないよ! 多分」
ジュウウウウウ
「あ、起きた? じゃあご飯にしようか」
「はーいできたよー! 特製石焼石!」
「今日も完璧な出来だな!」
「い、いやだ、もう、やめ……」
「いい顔してるねぇ! 素晴らしいよ! そんな君にはご褒美をあげよう」
「はいア~ン」
「やだ、やだやだやあがっ」
「ちゃんとお口開こうねー?」
「はーいパクっ! ちょっと硬いからよく噛んで食べてね?」
「あがっあづっんがっがっぐごっ」
ジュウウウウ
「が゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ‼」
「じゃあお休みー。また明日ねー」
「――ぁ――――ぇぅ……」
バタンと扉が閉まり、ようやく静寂が訪れる。
酷い有様だ。もともと拘束される前に受けた暴行で顔は腫れ、体は痣だらけだったにもかかわらず、今はそれに火傷や裂傷が加わり右腕に至っては完全に喪失してしまった。
「いだ、い……」
ほとんどの箇所は最早麻痺しているが、右腕の痛みだけは鮮明に感じる。傷む箇所などないというのに。
「どう、じで……いだっ……」
「幻肢痛と呼ばれるものだ。残念ながら耐えるしかない」
「ぁぇ……?」
顔を上げるとまだここで会ったことのない男がいつの間にか立っていた。入ってきたことに全く気付かなかった。
「おえがい……もう、ゆるじで……ほんどにだにもじらだいど……」
「だいぶ弱っているな……今外してやる」
「へ……?」
ガキンッ、と音がして、首、足、左腕の順番で自由になる。拘束具から解放され、よろめいて倒れそうになる私を男はそのがっしりとした腕で抱き留める。
「〝魔女〟を捕まえたと聞いてどんな奴か見に来てみたら、知ってる奴だったとはな」
「だれ……?」
「無理に喋らなくていい。私が誰か……そうだな。カクカク地デジ化、といえば分かるかな」
「あ……!」
そうだ。確かにこの人とは短い間だが会っている。だがたったあれだけの会話で、ここまでしてくれるというのは一体どういうことなのだろう。
「疑問かね。私と君との関係はおそらく君が思っているよりは深いよ。あぁ、この行動は私にとっての義務とも言える」
ますますわからないが、この人に詳しく説明する気は無さそうだ。
「さて、どうにかして君をここから逃がさないとならないんだが……。君、〝魔女〟なんだから何か魔法は使えないか?」
今は無理という風にジェスチャーをする。
「そうか。ではまず君の持ち物を回収しに行こう。おそらくすべて同じ場所にある筈だ」
男はそっと扉を開け、外の様子を確認しこちらを見る。
「今なら行ける。息を殺して、足音を立てず――ついて来れるか」
こくり、と頷く。私は右腕の痛み(ファントム・ペイン)に耐えながら歩き出した。
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どうやらここはあの砂漠の地下だったらしい。思いの外、生存者は多かったが巡回している者はおらず、簡単にやり過ごすことができた。
「どこにあるのかはわからないが、彼らがボスと呼ぶ男のもとへ行けば何かしらわかるだろう。運がよければそこにあるかもしれないしな」
しばらく地下通路を進んだつきあたりに、大きめの扉の部屋があった。他の部屋からかなり離れていて装飾もこちらの方が少し豪華だ。おそらくあれがボスと呼ばれる男の部屋だろう。隣で足を止めた男は腰から拳銃を抜く。
「扉を開けたら私がこれで部屋を制圧する。制圧が完了したら君は自分の持ち物を探してくれ。もしあれば早急に着替えてここを脱出する。もし無ければ聞き出した情報の場所へ行く。銃声抑制器を付けてあるから銃声でバレることは無い筈だ。脱出経路は、ここからまっすぐ行って最初の曲がり角を左に行ったところに上へ続く階段があるから、そこから出られる」
こくこくと頷き首をかしげる。今話すということはこの人は外までついて来てくれないのだろうか。
「あぁ、すまないが外までは君一人で行ってくれ。私にはやることがあるのでね。大丈夫、外には私の仲間がいるから彼らに保護してもらうといい。だが……」
何かを言い淀む男は、がしっと私の左肩をつかむ。
「君にとってはおそらくどちらの選択も辛いことになるだろう。私には、どうすることもできない……」
「?」
私の肩から手を離した男は拳銃を構える。
「三、二、一で飛び込むぞ。三……二……一ッ!」
ばんっと勢いよく扉を開けた先には、机で何やら作業をしているあの男がいた。ボスは突然の来客に驚き、席から立ち上がろうとする。
「なんっぐぁっ!」
チュンッチュンッと小さく音が鳴り、その瞬間ボスの体が後ろに倒れる。
「制圧完了!」
その言葉を聞いて私も行動を開始する。だが探すまでもなく私の持ち物はすべてボスの机の上にあった。
「ツいてるな」
私は頷き、すぐに着替え始める。男はボスに注視しているので特に気にする必要はないだろう。
「ばかやろおおおおお! 誰を撃ってるうううう⁉ ふざけるなあああああ‼」
悶えて苦しむボスに男は銃を構えたまま無言だ。
「っ! お前……そうか、そういうことかぁぁぁ!」
チュンッ
「がぁっ! 俺が……死ぬ……? 馬鹿な……ありえない……」
「準備出来ました」
銃を向けたままの男の背中に声をかける。男は無言で頷き銃を下ろす。ボスはもう虫の息だった。
「…………」
目の前の男を見ていたボスの目が突然こちらに向けられる。
「楓コノハ……俺は、真実を隠したお前を……死んでも許さない……!」
「⁉」
この男に名前を呼ばれたのは初めてだった。ボスは私を睨みつけながら尚も続ける。
「俺も始めはお前が仕方なくセンセイを殺したと思っていた……。だが違った! 調べると色々分かったぞ! お前は殺したいから殺したんだ!」
「コノハ……というのか。もう着替えは済ませたんだろう? 手筈通り早く脱出するんだ」
訳の分からないことを喚きだしたボスを放って、男は私を部屋から出るよう促す。
「は、はい」
ようやく声をまともに出せるようになり、返事をする。ボスはまだ喚いていた。
「お前は根本から狂ってるんだよ! 無かったことになんてできるはずない! だからセンセイも殺したんだ! この……」
駆け出した私の背に、閉まる扉の隙間を抜けた声が届く。
「親殺しが!」
扉は完全に閉まっても、私は足を止めなかった。
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
「はぁっ、はぁっ」
ボロボロの体はただ走るという行為に悲鳴を上げる。乱れた息は片眼鏡を白く曇らせる。右腕の痛みが治まる気配はない。
ようやく曲がり角が見えた。あの部屋から百メートルほどしか離れていないが、凄まじく遠く感じた。だがここまで来れば、上へと続く階段はもう目の前だ。
「はぁっ、はぁっわっ⁉」
曲がった先にあった『何か』にぶつかり、しりもちをつく。見上げるとそこには出来ればもう見たくない顔が三つあった。
「あぁん何だいったい……ってお前!」
「脱走しやがったのか!」
「抵抗する気は失せてなかったのかよ!」
一斉に銃を向けられ万事休す。こけた際に楽器ケースが開き、P2が手を伸ばせば届く距離にあるが、それは右側――つまり銃を掴む腕が無い方だった。仮に腕があったとしても動いた瞬間撃たれるだろうが。そしてなにより……私は恐怖で動けなくなっていた。
「あん? なんだ怯えて固まってんじゃねぇか」
「イイ顔してんじゃん」
「でもよ、こいつあの部屋じゃなくてボスの部屋の方から走って来たぞ?」
「つまりどういうことだってばよ」
「コイツの服装も元に戻ってることから察するに……」
「ボスを殺りやがったのか!」
「勘のいい男は嫌いだよ」
機関銃のようなトークをする男達から逃げるように身を引く。
「じゃあコイツ殺した方がよくね?」
「んだんだ」
「惨たらしく絶命しろ!」
男達がさっきとは方針を変えて、私を殺すために引き金にかかった指に力をこめる。
「私を……殺すの?」
「あぁそうさ! まず腹にドカドカブチ込んでやって、それから四肢を痛めつけながらゆっくりと殺してやる!」
「おいおい、コイツの右腕はもう無ぇぞ? ヒャッヒャッ」
「おう、こいつはすまねぇ。でも仕方ねぇよな? おかげで傷は無くなったんだしよォ!」
「ゆっくり死んでいってね!」
この男たちは私を殺すつもりだ。そうだ、私は殺される。なら私がすべきことはなんだ。
『お前には愛し、愛されるような人間になってほしい』
『私達はお前を愛している』
『コノハ。私達の愛しい愛しいコノハ』
ズバァッ
「……は?」
私に一番近かった男が膝から崩れ落ちる。否、膝から下が無くなり倒れる。
「ファ?」
「何が起こったんだ?」
他の二人が首を傾げている間に倒れた男は六つに割れる。一瞬遅れて辺り一面に血が撒き散らされる。私は左腕に持つソレを数秒前までヒトだった肉塊に突き刺す。
「お前……なんだそれは!」
「銃だったんじゃなかったのかよ」
彼らの声は耳に入らない。私はただ無心に突き刺したP2の切っ先に意識を集中させる。すると刺さっている部分から赤い煙が立ち昇ってきた。その煙は私の右腕があった場所に収束していく。二人の男はその様子を呆然と見ていた。
赤い煙が晴れると、私の赤黒い右腕があった。
私は二度、三度右手を開いたり閉じたりしてから、その手で突き刺さった剣のようなモノ(P2)を握る。すると剣は二つに割れ、二振りの剣となる。それらを両手に持ち、肉塊から引き抜く。
「ひっ……!」
「やべぇよやべぇよ! こんなのもう〝魔女〟じゃねぇ! ただの化け物ぎゃああああああああああ!」
長ったらしく喋る男の腹に、左の剣を突き立てる。そのまま動けない男の首を、右の剣で刎ねる。噴き出した返り血に濡れるのも構わず左の剣を引き抜く。
「ま、待て。もう殺さない! 殺さないから許してくれぇ!」
最後の一人の命乞いに動きを止める。この男は私を殺さないという。
「……本当?」
「ほ、本当本当! お、俺達は貧しい家の出で娯楽なんて無かったんだ。だから人を痛めつけることで感じる快楽を得るしか無かったんだよう」
もしそれが本当だったら……いや、それが例え嘘であっても私はこの男を殺すわけにはいかない。だとすればもう武装する意味はない。P2が纏っていた刃のような魔力が消え、元の銃の状態に戻る。右腕もただの血液となってぼたぼたと崩れ落ちていく。
私は男の前を通り過ぎ、奥の階段に向かう。
「馬鹿め! 少しは人を疑うべきだったな!」
後ろから届くその声と同時に背中に重い衝撃が加わる。おそらく楽器ケースに当たったのだろうと思う頃には、腹部に同じ衝撃が鋭い痛みと熱とともに加えられた。
「ヒャハハハハ! 仲間の仇討ちってのは気持ちイイもんだなァ! ほら顔上げろよ。その痛みに歪んだツラのド真ん中に鉛玉ブチ込んでブッ殺してやっ」
男はその顔に下品な笑みを貼り付けたまま倒れた。額から血が流れるのはやはり一瞬遅かった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ただでさえ少ない魔力がさらに少なくなってしまった。センセイは魔力は精神との結びつきが強いとかなんとか言っていたが、何を源としているのかまでは教えてくれなかった。
P2を近接武器として使えるとは知らなかったが、かなり魔力を消費するようなので使用は控えたい。義腕についてはなぜできたのかもわからない。
「はぁ……はぁ……」
血が止まらない腹部を左手で押さえながら、壁にもたれながら一歩一歩階段を昇る。口の中は焼かれたのにも関わらず、鉄錆のような味でいっぱいだった。
「あと、もう、少し」
もう外への扉は見えていた。その向こうには少なくとも敵はいないはずだ。外へ出れば休める。その一心で歩を進める。
「はぁ……やっと着いた……」
最後の一段を登り切り、扉に手をかける。鍵のかかっていないそれは、満身創痍の私の小さな力でも簡単に開いた。
昼の陽光が久々の私の視界は真っ白になった。
「おい! 出てきたぞ!」
「邪魔をするな! このっ」
「どけ! アレは我々が手に入れる!」
太陽の光に目が眩んでいた私は反応が遅れた。唐突に何人もの人に地面に押さえつけられる。それ以外にも人がいるようで私の周りを取り囲む気配がする。
「⁉ な、なにを」
「この女は我々が保護する!」
「何を言うか! ここは我が国の領土だ!」
「馬鹿を言え! この肌の色、私達の血が流れているに違いない!」
「ソレは怪我をしている! すぐ医療が発達した我々の国に運ぶべきだ!」
私を押さえつけている人達は私そっちのけで何かを言い争っている。「保護」と聞こえたが、この人達があの男の人の仲間なのだろうか。だとしたらだいぶ想像と違う。
「ならコイツに判断させようじゃないか。このままお互いいがみ合っても仕方がない」
「……いいだろう。おい」
私を押さえつけていた無数の手が引かれる。だが依然として取り囲まれたままだ。
「おい、なんて乱暴な聞き方をする国に行きたくは無いよな? お嬢さん、私の国にくればその一生、全て保証しよう」
「わ、我が国に来ればなんでも欲しいものを与えよう。な?」
「我々の領地は美しい自然で溢れている。そこで一生遊んで暮らせる自由をあげよう」
「私の――」「我が――」
さっきまでいがみ合っていた人達は皆一様にこちらに笑顔を向け、私を自国へ勧誘してくる。さっきまで押さえつけいていたくせに。
「あ、あの。私をあなた方の戦力としてスカウトしようとしているのはわかります。ですが私はどの国にも、どの派閥にも、どの宗派にも与する気はありません。私はただあの化け物を倒すことだけを目的としているので」
その言葉を聞いた人達は突然真顔になる。そのうちの一人が私に問いかける。
「……その言葉はつまり、世界中のどの国にも所属しないということか?」
「そういう、ことになると思います」
その人はため息をつき、周りの人とアイコンタクトのようなものを交わし、私に向き直る。
「よろしい。ならば戦争だ」
「えっ?」
取り囲んでいた人達は私に背を向けて去っていく。今の言葉はいったい
「どういう意味ですか!」
「言葉通りの意味だ、〝魔女〟。お前がどう思っていようとその戦力は危険だ。いつ我々世界に対して牙を剥くか知れない」
「だから私はそんなこと……」
「話を聞いていなかったのか? お前がどう思っていようと関係ない。少しでも我々の平和が脅かされる可能性があるのならば、それを潰すのが合理的なのだよ」
「そん、な」
私に交渉を持ちかけた人達は砂丘に登り、私を見下ろす。同時に地響きや風切り音が聞こえてきた。すぐにその音の正体は丘から顔を出した。
戦車、装甲車、自走砲、輸送トラック、機銃付きジープ、戦闘ヘリ、輸送ヘリ、戦闘機、爆撃機、そして無数の兵士。大規模な戦争でも始めるのかというほどの軍隊、いや本当に始める気なのだろう。私という個人を抹殺するためにこれだけの兵器を用意したのだろう。
「出し惜しみはしない。我々はお前のことを人間とは認めていないのでな。〝魔女〟(バケモノ)を殺す戦力としてはまだ足りないのかも知れないな」
拡声器を使って話す男に私は叫ぶ。
「私を! 殺すの⁉」
「無論だ。どこにも所属してないのだからお前が死んでも、この世で悲しむものは誰もいないさ。では……死ね」
無数の銃弾、砲弾その他etc.etc. なすすべなく吹き飛びながら私の意識は無くなった。
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●年前
「俺は将来的には世界を相手に戦える男になる! ウエエエエエエエイ!」
「ほらそういうとこ直さないと友達ひとりのまんまだよ」
「ぐっ……。だ、だが染み付いたキャラはなかなか変えられるものではない! ……そもそもお前ひとりいれば問題な」
「ン? 最後なんか言った?」
「いや何も」
「嘘だッ!」
「ウノだよッ!」
「それで? 世界を相手にって、どうやって戦うのよ」
「それはな、四本の剣で戦うんだ。ラグニックとヴァーチャーって言って……」
「あ、もう分かれ道だ。じゃあねトオル君」
「あと二本の名前……あれ、なんて決めたっけ。えーと……」
「ただいまー、?」
「ええ、ですからもう半月ももたないと」
「ふざけるな! まだ発現していない! もっと引き延ばしてくれ!」
「それは無理です。それに御両親はいったい何を発現? させるというのです。あまりオカルトにのめり込み過ぎない方が……」
「黙れヤブ医者が! とっとと失せろ!」
「では失礼します……。おやコノハちゃん」
「先生、どうかしたんですか?」
「……。すまないね、本当に。元気でね」
「え?あ……。お父さん、お母さん、どうしたの? 先生泣いてたけど」
「……コノハ、今日からいつもより多めにする。いや、いますぐだ」
「わ、わかった」
「コノハ、頑張るのよ?」
「う、うん。荷物ありがとお母さん」
「っ……! うぁ……」
「いいか、私はお前を殺す。苦しいだろう。憎いだろう」
「かはっ……がっ……」
「強く心をもつんだ。今自分を殺そうとしている相手を殺すんだ。殺してやる、そう思え」
「コロッ……してっ……かはっ……やる……!」
「そうだ。いい調子だ」
「ごはん出来たわよ~」
「よし。続きは飯のあとだ。愛してる、コノハ」
「ひゅーっ、ひゅーっ、ひゅーっげほっげほっ」
「ごちそうさまでした」
「どう? いけそう?」
「わからん。だが目に強い光が宿るようになった。もう少しだと祈るしかない」
「そう……」
ズブリ
「……ごはっ!」
ブシャアアア
「あなぐっ⁉」
「コノ、ハ……お前……」
「はぁっ、はぁっ」
「! は、ハハ。おい、見ろよ……アレ」
「ぇ……あぁ!」
「やったぞ……! 発現、した……!」
「これで、コノハは生きられる……!」
「あぁ、私たちの愛しい愛しいコノハ……どうか、どうか末永い、人生……を――――」
バタリ ドサッ
「はぁっ、はぁつ……え?あ?」
バタンッ!
「思い出した! シュバルツとエフェス……だ…………」
「トオル、君?」
「……コノハ?」
「あ、ああああ、あああああああああああああ!」
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目が覚める。最早どこがどう痛いという次元を通り越した体は、ピクリとも動かない。そもそも動かないというか動かせない(・・・・・)。右腕が無いのは先程からだが、今度は両足の感覚がない。恐る恐る自分の下半身に目をやると、腰から先の地面が紅く染まっていた。そう、地面しかなかった。
「……はは」
滑稽だった。可笑しかった。もう、笑うしかなった。これで四肢のうち無事なのは左腕だけとなった。その左腕も無数の銃弾で穴だらけになっている。P2は離さず握っているが、手を開くこともままならない。体も左腕同様穴だらけになり、逆にまだこれだけの血が私にはあったのかと思うほどの血液を垂れ流し続けていた。
ざっざっざっ
大勢の足音が聞こえてくる。死亡確認だろうか。もしそうなら意識が戻らなければよかったのに。
「〝魔女〟発見。まだ息があるようです」
『よし、では殺せ。可及的速やかに、油断することなく殺せ』
「了解」
十人ほどの兵士に囲まれ銃口を向けられる。センセイも私に殺される時はこんな景色だったのだろうか。そう思ってようやく自分の死を間近に感じる。
いやだ、死にたくない。
「うあああああああ!」
「⁉ な、なんだコイツ」
「いいから撃つぞ! ぐあっ!」
周りにいた兵士の銃が全て暴発する。折れた銃身には凝固した血液が詰まっていた。
体は動かない。動かす器官が無い。ならその器官を補填する。
「なっう、うわああ! あ、足が! 俺の足が!」
引き寄せた/引きちぎった足を、私の足として最適化して繋げる。だがまだ足りない。
「あがああああ⁉ うごっ」
今度は兵士の一人を体ごと引き寄せる。そしてその体に触れ、必要なモノを奪う。右腕を。血液を。栄養を。
体のほとんどは赤黒いが、なんとか動けるようになる。
「このっ……化け物が!」
「火力支援要請! 対象は健在! 我々にかまわず攻撃を開始せよ!」
P2で周りの兵士すべてをなぎ倒す。同時に鎧を展開する。落ちていた片眼鏡をかけなおし、前を見据える。
「誘導射撃用に魔眼を使用。広域拡散殲滅砲、展開」
腰と両肩に大砲が装備される。P2は左手に剣、右手に銃の状態にして持つ。
次の瞬間、砲弾が飛んで来る。私は魔眼でその軌道を捻じ曲げ、砲弾は私のかなり後方で炸裂する。土煙が晴れ、向き合う兵器がよく見える。あの全ては私を殺そうとしている。
「ははっ」
今度は自然に笑みが零れる。ギチギチと軋む体を一歩前に進める。
「私は、私を殺す/愛す人を愛/殺さなくてはならないんだ。そのために私は魔法を使う」
また一歩進む。
「その魔法は偽物」
また一歩進む。
「その身体も偽物」
また一歩進む。
「その心すら偽物」
また一歩進む。
「ただ一つの本物はこの命」
歩みを止める。
「だからそれだけは渡さない」
私の背後に無数の大砲が構築される。
「これが私の魔法。虚構による魔砲」
轟音が地を震わせる。大量の魔弾と実弾がぶつかり合う。
私の、半年に及ぶ世界対戦が始まった。




