情導
結論から言って、近衛トオルは死んだ。
・トオルとコノハは魔法の力を手に入れた。
・その力で未知の脅威から人々を救った。
・代償としてトオルは消えた。
三文。たった三文で表せてしまう。それだけ、それだけのことだった。
三日後
もう三日経つ。相変わらず左眼は癒えないし、近衛トオル宛てのメッセージは未読のままだ。
彼の唯一の遺品である片眼鏡を撫でる。いくら撫でても彼は出てこない。そんな当たり前のことを繰り返す。心に空いた大きな穴は塞がらない。けれども私は生きている。死者は向こう側、生者はこちら側。
生きているなら、どうあったって生きなきゃならない。
それが私の信条だ。だから私は生きる。それだけ、それだけのことだ。
「朝の決意よしっ! 荷造りするぞっ!」
私は楓コノハ。今から船旅に出かけます。そう、今から。
「誰か荷造りしないで寝た昨日のバカな私を救ってあげてくれないかな……」
船窓からは綺麗な水平線が見える。
「ま、間に合った……」
とりあえず荷物を自分の船室に置く。スーツケースの中身がぐちゃぐちゃなのは気にしない。船旅は乗ってからは気楽でいい。
「一安心、一安心……着くまでは八時間かぁ。甲板に出てみよっと」
行先は『大いモリ』。そこには魔法専門の教導士がいるらしい。私が強くなるには、そこに行かなければならない。そう、そして――
「あまり海を眺めないほうがいい。それと空も」
「!」
突然の声に振り返ると、そこには中年の男性が立っていた。
「どういう意味です?」
中年男性はそれには答えず、煙草に火をつける。煙は船尾の方へと流れていく。男はライターを仕舞うと、私の横で手すりにもたれながら煙草を燻らせ始めた。
「吸うか?」
「要りません。未成年ですし」
「何事も経験だが……まぁいいか」
勧めてきた割には随分不味そうに吸っている。なんとなく高級そうなパッケージなのだが。
「煙草、好きなんですか?」
「いや、嫌いだ。今でも吸ってて胸がムカムカする。ただ習慣でね」
「はぁ……」
よくわからない人だ。習慣もなにも、それは単なる依存症だと思うが、その姿は無駄にサマになっていた。
《―――――――》
船の霧笛が鳴る。体の芯に響く音を聞きながら舳先の方を見ると、その先にうっすらと陸の影が見える。
「邪魔したね」
と一言だけ言って船内へ男は戻っていく。
「あ、あの! お名前はなんですか?」
なんだか質問ばかりしている気がする。だが訊かずにはいられなかった。すると男は振り向き神妙な顔で
「カクカク地デジ化」
「………………は?」
……謎の言葉を放ち、船内に消えていった。
「あ、暗号……? いや、でも流石に……」
その言葉の意味を、港に着くまでずっと考えていたが答えは出なかった。
『大いモリ』はその名の通り広大な森林がある島だ。島の三分の一は溶岩が冷え固まった休火山が占めている。その休火山は、未だに有毒ガスに汚染されているので立ち入り禁止、森も整備はされていないので、この島に観光客が来ることはまず無い。ただ、そんな僻地に、一人だけ住んでいる人がいるらしい。その人に会うための許可は既に組織から取ってある。
「まぁもともと働き詰めってわけでも無かったけどね……ン?」
森の中を歩いて一時間。ついに建物が見えてきた。自然、駆け足になる。大きい建物だった。洋館……だろうか。
「やっと……着いた……」
息を荒げながらインターホンを押す。中から「はーい」と声がして、すぐにドアが開いた。中から出てきたのは
「いらっしゃい。こんなとこまで来るなんて物好きですね?」
金髪碧眼の少年だった。
「……なるほど。それで強くなりたいと」
玄関先ではなんだから、ということでソファに座り、お互いに向き合い話している。しかし……見た目は子供、頭脳は大人……まさか実在したとは。
「そうなんです。だから私を強くしてくださいコ○ン君!」
「バーロー、僕は小学生探偵じゃありません」
ツっこまないで逆にノッて流した! こいつ……デキる。
「失礼なこと考えてません?」
「考えてましたすいません」
「素直でよろしい」
そう言うと彼はソファから立ち上がる。そして手を差し出し
「今日からあなたの教師になりました」
「は、はぁ……」
「あぁ、まだ名乗っていませんでしたね」
「私は楓コノハ」
「僕の名は近衛トオルといいます」
一瞬、頭が真っ白になる。
近衛トオルは死んだ。これは変えようのない事実だ。だがもし、もしも死んでなかったら――――?
「どうかしましたか?」
「いっ、だ、大丈夫です大丈夫」
「もしかして、同じ名前の知り合いでもいましたか?」
「っ――! どうして、それを」
「名前を知って、そんな顔されたら誰だってそう思いますよ」
「そう、ですか……」
「安心してください。僕とその人は同姓同名の赤の他人ですから」
彼のフォローによって徐々に落ち着いてきた。そうだ、わかっている。いない者はいない。
「僕の名前を無理に呼ぶ必要はありません。好きに呼んでください」
「……じゃあセンセイって呼びます」
「構いません。……さて、では荷物を部屋に置いてきましょう。鍵も渡します。もう夜も遅いですし、このまま寝ますか?」
一応、移動中に軽食はとったおかげで空腹は感じないので、提案通り今日は寝ることにした。
与えられた部屋は綺麗に掃除されていた。センセイが言うには 『突然の来客があったとき、埃っぽい部屋に泊めるわけにはいかないですから』とのこと。
寝巻に着替え、ベッドに横になると、すぐに瞼が重くなってきた。
ゴチャゴチャになった頭では何も考えられず、眠りに落ちた。
「魔法というものを発動するにあたって消費するものはなんでしょう?」
さっそく次の日からセンセイの教導が始まった。
「使用者の体力?」
「半分正解です。もう半分は使用者の想像力です」
「想像力?」
「そうです。魔法にややこしい理屈は存在しません。その魔法の質は使用者の想像力に左右されます。例えば『私は鳥の様に飛ぶ』といった感じに『飛ぶ』ということを具体的に想像することで、より効果的に飛べます。『鳥の様に』ならおそらく擬似的な翼が創られるでしょう」
「じゃあ影響力ってなんですか?」
「影響力の強い魔法は自動的に不発になります。相手に『死ね』と念じても相手が死なないのはこのためです。過程のない魔法は使えません。ただ、魔法はその過程を飛ばすことが出来るんです」
「どういうこと??」
「つまり、『これこれこういう過程を踏んで得られる結果を先に出す』ということです」
「あ、因果の逆転……」
「そうです。どこかで辻褄合わせさえすれば影響力は小さなままなんです――」
講義の後は実践だった。
「では貴方の鎧を出して下さい」
「あ、あの……ないです」
「……今までずっと私服で戦ってたんですか?」
「防御は嫌いなんです」
「その性根から叩き直しますかね」
「でも、私空を飛んで戦いたいんです。だから重い鎧はちょっと……」
「なら堅くて軽い鎧を構築すればいいじゃないですか」
「そんなことできるんですか!」
「想像力を働かせなさい」
「じゃあ――」
「では武器を見せてください」
「…………」
「武器もですか……」
「手のひらからの射撃で充分だと……」
「射撃型ですか。ならこの武器を使うといいです」
渡されたのは大きい珍妙な銃だった。
「変な銃ですね」
「普通の銃と違って火薬を用いないので、余計な部分はオミットしてあります。魔法射撃をより高威力、高精度で撃つためのものです」
「何か名前はあるんですか?」
「それは複製品なので『マークⅡ』と呼んでいます。オリジナルはいつか見せてあげます」
「何か技はありますか」
「え?魔法の良いところって頭の中で想像するだけで発動できることじゃないんですか?」
「確かにそうですが、呪文、詠唱といった感じに言葉にすることで、より強力にすることができるんです」
「そうなんですか……考えておきます」
「その左眼、どうしたんですか?」
「あぁ……昔、怪我しちゃって」
「それは……すいません」
「なんでセンセイが謝るんですか?」
「いえ、ただその眼は見えますよ」
「え?」
「あなたが見ようとしていないだけです」
「????」
「さぁ昨日の復習を始めますよ」
そうやってセンセイに魔法を学びながら月日は経っていった。
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五年後
もうすっかり魔法を習得したのを見計らったかのような突然の招集だった。
「センセイ……赤紙が届きました……」
「シャレにならない例えをするのはやめてください」
「迎えの船が向かっているそうです」
「では送っていきますね」
玄関を出て振り返ると五年間暮らした洋館が変わらず佇んでいる。
「行ってきます」
「じゃあここで」
「はい。帰るときは連絡します。それじゃあ」
簡単な挨拶を終え、船に乗り込む。案内された船室に入ると、そこには随分と懐かしい顔があった。
「あ、あの時のリーマン!」
「えぇ、お久しぶりです。ドーモ カエデ=サン」
「で? 依頼はなんですか?」
「五年前、あなたも経験したあの事件。その首謀者の居城をついに突き止めたんです」
あの事件。軍事演習中に突如現れた竜と黒い人影の群れ。
結局、何がどうなっているのか分からないまま終わった事件。
「依頼内容はその首謀者の抹殺です」
「なんでですか! あれだけの人を殺したんですよ⁉ ちゃんと罪を償わせなきゃいけ」
「使用されたのは魔法です。今の法では裁くことはできません」
「……っ!」
ギリギリと歯軋りする。理不尽だ。あまりに理不尽。
「ですからあの場の者の代表として、あなたにこの仕事を任せたいのです。法で裁けない代わりに、あなたが裁くのです」
「……わかった。その依頼受けるよ」
「ありがとうございます。すぐに着くので準備してください」
それだけ会話するとリーマンは船室から出て行った。
「敵は放棄された研究所を根城としています。主な任務内容は、この研究所に侵入し、所内の何処かにいる首謀者を見つけ出し、殺害することです」
船の甲板でマークⅡの点検を行う。目的の研究所は山の中腹だった。
「装備は自前のモノを使っても?」
「構いません。また、近隣に一般人はいないので周囲への配慮は必要ありません」
「所内には首謀者だけ?」
「いえ、例の黒い人影がウヨウヨしています」
「わかった」
「また、対空砲なども設置されてるそうです」
「上から飛んで行くのは無理か……」
「研究所まで送りましょうか?」
「いい。飛んで行く」
「わかりました。あ、それとこれを」
「無線機? こんなの持ってどうしろと」
すると無線機から声が流れ出す。
《僕が支援してあげます。それとも不服ですか?》
「センセイ⁉ う、うれしいですけど……」
「準備はいいかな?」
「あっ、はい」
点検を終えたマークⅡを担ぎ、舳先に立つ。頭に思い描くのは、研究所まで飛んで行く自分の姿だ。
「テイク・オフ!」
研究所内には無数の黒い人影がうろついていた。手当たり次第に撃って殲滅していく。
《おそらくその影は無限に湧き出てきます。適当に蹴散らして進みましょう》
「了解っ!」
階段を登るのが面倒だったので、天井をブチ抜いて上へと進んでいく。群がってくる影達は片手間に殲滅する。
突入から数分で最上階に到達する。目の前には『所長室』と書かれた部屋がある。
「ここかな?」
《油断せず、慎重に行くように》
センセイがサポートしてくれているのだ。これほど心強いものはないと、しみじみ思う。指示通りに慎重に部屋へ入る。
「……動かないで」
予想通り、部屋にはフルフェイスの仮面を被った人がいた。
「あなたが『昏きソラ』の事件の首謀者で間違いありませんね?」
意外にもその仮面の人は頷いた。そして唐突に背を向け、窓を開ける。
「何を……⁉」
こちらが吹き込んできた風に、一瞬怯んだ隙を突いて、仮面の人は外へ身を躍らせる。
《相手も魔法が使えます! 逃げられますよ!》
「逃がさない――!」
私もそれを追って外へ飛び出す。
ちょうど研究所の裏側のそこには、綺麗な湖が広がっていて、首謀者はその畔に立っていた。その正面に降り立ち、銃を向ける。
「ここまでだ。……あの場で犠牲になった人の仇、とらせてもらうよ」
すると相手もこちらに銃を向けてくる。それは
マークⅡによく似た形をしていた。
「どういうこと、センセイ?」
《複製品はマークⅡだけではないので、いずれかの複製品でしょう》
マークⅡと違って、銃口が二つあるその銃の引き金が引かれる。乾いた発砲音が鳴り、すんでのところで避けた私を掠めて銃弾が飛んで行く。
「実弾⁉」
《おそらく魔弾と使い分けられるのでしょう。実弾は威力は魔弾に劣りますが、速度は勝り、弾道が見えずらいので気を付けてください》
センセイの言うように、実弾と魔弾が入り混じって飛んでくる。私も応戦するが、思ったより仮面の人は小柄で、弾がまるで当たらない。
「くっ……」
こんなときの対処法は、流石に教えてもらっていないが、対実弾の戦法は習った。
『実弾銃には魔弾を用いる銃と違って、弾の装填という作業があります。装填中は完全に無防備なので、狙うとしたらそこです』
「なら――〝囲み、逃がさず〟」
首謀者の周りに魔力で編んだ鎖をこっそり仕掛ける。
また実弾が飛んで来る。だが今度は避けきれない。だから
「ごめんっ!」
マークⅡを盾にして銃弾を受ける。衝撃が身を襲うが、致命傷は避けられた。使い物にならなくなったマークⅡを降ろすと、相手も実弾が尽きたらしく、装填しようと退く動きをみせる。
「今だッ!」
そのタイミングで魔法を発動させる。鎖が蛇のように動いて首謀者に絡みつく。
「〝縛り、固める〟……これで、終わりにする。でもその前に……」
縛られ、動けない首謀者に近づき、仮面を外す。
「あんなことをした奴の顔がどんなの、か……」
その仮面の下にあったのは、私がよく知った顔だった。
「強くなりましたね、コノハさん」
「セン、セイ……?いや、でもさっきまで無線で……」
「仮面に無線機を組み込むの、大変だったんですよ?」
笑顔で語るセンセイを見ていると、これはきっと冗談なのだと
「あぁ、『昏きソラ』でのことは全て僕がやったことです。君の幼馴染が消えたのも僕が原因です」
淡い期待はすぐに消えた。
「さぁ、仇がここにいますよ? それに、あなたの任務は僕の抹殺です。迷うことはないでしょう?」
「どうして。どうしてなんですか⁉」
「理由は自分で探しなさい。さぁこれで」
首謀者/センセイは持っていた銃を差し出す。
「これは卒業試験だったのです。だからこれはその祝いです。複製品というのは嘘で、これこそがマークⅡのオリジナル、P2(ピーツー)」
それを受け取り、実弾を込める。マークⅡよりずっと重いそれを、センセイ/首謀者に向ける。
「今日、この時の感情を忘れてはいけません。それがあなたを先へと導く。――あぁ、でもこうして教え子に殺されるのは――」
その時のセンセイの表情は本当に
「幸せなことです――」
「―――――――!」
湖に乾いた音が鳴り響く。
すべてが終わってから、ここが『大いモリ』の反対側だと知り、リーマンの誘いを断り、火山を越えて洋館へと戻る。
インターホンを押すが、主のいない館の玄関扉が開くことはなかった。




