脈導
三日前
「配属先が変わった?」
訓練活動後の疲れた体をベッドに横たえ、通信端末に映る女性を見やる。
『うん。明々後日にそっちで大規模な演習があるでしょ?だから研修を兼ねて様子を見て来いって言われてさ。これでトオル君にもまた会えるね♪』
俺、近衛トオルは半年前に『魔法』に出会い、紆余曲折を経て今は『昏きソラ』地域の見習い軍人になっている。
「馬鹿。俺がお前と会ったりしたら疑われるだろ」
『疑われるって、何を?』
「これでも一応諜報任務中なんだぞ、俺」
『あ、そうだった。忘れてた、テヘ♪』
「テヘ♪じゃねえ!」
そう。見習い軍人はあくまでここでの役割にすぎない。自分と通信の相手――楓コノハの所属している会社(名前はまだない)からの命により俺は、この『昏きソラ』地域でスパイっぽいことを行っている。
『でも実際には何もしてないんでしょ?』
「言うな。派遣されただけのヒラとか言うな。形骸化してて実質ニートとか言うな」
『そこまでは言ってないよ。というかそんなこと言うのは自覚してるんじゃない?』
「ぐぬぬ……」
ここに派遣されてからそれらしい事をした覚えは皆無だ。自覚するな、という方が難しいだろう。
『じゃあね。期待してるよ、三日後』
そういって通信を終了したコノハは玩具を期待する子供のような顔をしていた。
「ったく人の話をまるで聞かねえな。相変わらず」
明かりを消す。机の上の小包をぼんやり眺めながら意識は薄らいでゆく。
<<トゥー・フライ>>
「人は空を飛べない」
そうだろうか。私はそうは思わない。
「人は本当は飛べる」
では何故飛ばないのだろう。私はそう思う。
「人は羽ばたくのが怖い」
だから、私は思う。
「人は空を飛べない」
二日前
明後日からの休暇を与えられた。
「ふぁ?」
と間抜けな声をあげる俺に我等が上官サマは気合入れの平手打ちを添えて教えてくれた。
「カクカク地デジ化」
「さーいえっさー!」
上官サマは言うだけ言うとサッサと何処かへ行きなすった。
「よくわかりましたとも。説明する気無いんですね」
明後日から休暇らしい。理由は解らんがな!
まだヒリヒリする頬を押さえながら宿舎に戻る。リノリウムの床が自分の足音を無闇に響かせる。まだ夕方だというのに静かなものだ。
「明後日って演習だな。そういえば」
諜報員としての仕事なんてまるでしてなかったために、今まではひたすら訓練に明け暮れていた。まともな休暇はこれが初めてかもしれない。
「ちょうどいい、か」
頭には一人の友人の顔が浮かんでいた。
一日前
今日が休暇前、最後の訓練ということでミッチリしごかれた。もっと魔法使いらしいことをしたいけれど、肩書きは見習い軍人。……まぁそれ以前の問題もあるが。
「ローディング!」
「カバー!」
汎用小銃のマガジンを取り換え、すぐさま的への射撃を再開する。
「集弾性能が悪い! グリップの握りが甘いからだ!」
「イエッサー!」
少し気を抜くと必ず雑になる、それが戦場では命取り。というのは上官サマの口癖。
「小休止!」
たかが5分の休憩を終え次の訓練を始める。
△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△
結局、訓練が終わったのは日が沈んでからだった。食事をすませたらすぐにベッドに向かう。
通信端末を確認するとコノハからのメッセージが届いていた。
『明日、自然公園の北口で待ってるからね♪』
了解、とだけ返信する。
果たして上手くいくだろうか?
零日前
「やっほー! 元気にしてた?」
「あぁ。お前は聞くまでもなさそうだけど」
演習の行われる自然公園、その北口で俺はコノハと再会した。
「ま、これといって行くところは」
「あそこのカフェに行こ?」
「……」
「ん?」
「へいへいあの店ね」
大変な一日になりそうだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「なんか軍事演習ってつまらないなぁ」
となにやらアンニュイな溜息をつくお嬢さん。
「だいたい何処もこんなもんだろう」
「もっと大砲をバカスカ撃ったら面白いのに」
今日の演習内容は民間の人を対象にしていることもあって、あまり無茶なことはできない。という事情があるが、それはともかく
「女子が大砲バカスカとかそんな乱暴な……」
「え?だってわたし日常的に撃ってるもん」
「そういや射撃が得意だったか」
射撃、といっても昨日自分がしていた実弾射撃ではなく、射撃型の魔法のことである。自分と違い、魔法を扱いこなしたコノハの一番の得意分野だ。
「確かにコノハみたいな奴からしたらあの演習なんてお遊びみたいなもんだろうな」
「そうだね。でもやっぱり見たいなぁ。こう」
ドカアアアアアン!
「そう! こんな感、じ……」
その爆発音は演習場の方から聞こえてきた。今のはどう考えても大砲の発射音じゃない。
「様子を見てくる。コノハはここに居てろ」
走り出そうとした自分の袖を誰かに掴まれる。言うまでもない。コノハだ。
「私も行く」
好奇心の塊のような奴が大人しくしている筈はない。わかっていたことだ。
「危なくなったら逃げろ、いいな?」
その時の彼女の表情は鮮やかに俺の脳裏に刻まれた。
「うん!」
顔に満開の花を咲かせたコノハを連れ、黒煙立ち上る演習場へ向かう。
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「なんだこれ……」
其処にはジェノサイドという単語ですら生ぬるいコトが展開されていた。
群衆は逃げることもせず呆然と演習場で行われていることを眺めている。
地上では無数の黒い人影が軍人達を蹂躙している。空には大きな化け物がいた。
実在る訳がないと頭では理解している。だが視覚情報はソレがアレであることを如実に伝えている。
ソラを覆うかのような翼。
ぬらぬらと輝く鱗の表皮。
時たま炎が見える凶悪な顎。
そして何より目立つ二本の角。
間違いない。アレは……
「竜だ」
「魔法があるからそういうのもいるとは思ってたけど、ね」
恐らく群衆にパニックが起こってないのは一重に理解の遅さ故だろう。だがそれも長くは続かない。ある一人が叫びだしたのがトリガーとなり連鎖的に恐慌は伝染する。
「トオル君」
「わかってる。諜報とか言ってる場合じゃない」
そもそも自分達の所属する組織は治安維持がネックにあるのだ。
「まさか初戦からあんなファンタジーの住人とやる羽目になるとはな」
「いくよ!」
そういうや否や駆け出す。一人でも多くの人を救うために。
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ひとつ分かったことはファンタジーの住人にも実弾は効くということだった。
弾を撃ち尽くしてスライドが降りたままの拳銃を放り、近くの軍人の遺体に駆け寄る。その顔は血で汚れていたが、表情は読み取れた。疑問符が残る表情だった。
弾丸は、一発も消費されていなかった。
あらかた弾を集め終わるとコノハと合流する。
「そっちはどうだった?」
「民間人の避難誘導はしてきた。……効果は疑わしいけど」
「充分。さて、どうする?」
するとコノハは手を掲げ、いくつかの光球を生み出す。
「わたしの得意分野は一対多数の戦闘でござるよ?」
「ヒテンミツルギスタイルですねわかります」
「ここは私に任せて。トオル君は……」
「銃身に歪みなし。今宵は燕ではなく竜を墜とすとしよう」
お互いの言いたいことはただ一つ。
「「また会おう」」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆人影の群れを食い止めるべく魔弾の射撃を始めたコノハを背後にソラを睨む。さっきまでちょっかいを出していたので向こうもこちらを睨んでいる。
「俺は空を飛ぶ魔法なんて使えないからなぁ」
自分――近衛トオルの使える魔法はただ一つ。
「そら、後ろがガラ空きだぞ。ドラゴン君」
竜の首筋に叩き込まれる銃弾、竜が咆哮する。
「飛べなくてもソラまで移動くらいはできる」
転移魔法。それ一点に特化した魔法使い、それが自分だ。
振り向く竜の首筋にさらに突き刺さる銃弾。
「空中くらい自由な空間がないとまるで使えないのが珠に傷だけどさ」
竜が動揺しているうちに手早く蜂の巣にしていく。第三者から見れば発射炎があちこちで発生して、まるで竜が大人数に囲まれて撃たれているように見えているのだろう。
「そろ、そろっ……終わりに、するか」
持っていたグレネードのピンを抜き、ある場所に転移させる。
「ま、これもある意味、因果の逆転、か」
今のグレネードはその場所にあるという結果が先にある。それ自体がもたらす『影響力』は大したことがないため『抑止力』は働かない。
突然、竜が泡を吹いて墜落する。
当然だ。動物にとって最も大切な器官、脳のど真ん中でグレネードが爆発したのだ。無事でいられるはずがない。
横たわり動かない竜の体で落下エネルギーを殺し、着地する。
「ゴフォッ! ガフッ……」
この魔法の欠点はもう一つある。それは使えば使うほど身体のどこかが傷つくこと。今回は内臓のどこかに傷を負ったらしい。
「……まぁ倒せたからよしとするか」
血を拭い、コノハの様子をうかがう。
「くそっ!」
次の瞬間には駆け出していた。その先には被弾して膝をつくコノハの姿があった。
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「大丈夫か!」
訊くまでもない。敵の弾は脳にこそ届いていないものの、彼女の左眼を確実に穿っていた。
「ゴメン……ちょっと気を抜いたら弾幕が雑になっちゃって……」
「謝ってる場合か! 撤退だ!」
治療するにもここではできない。背後からは確実に人影が迫っている。
「足手まといになるからおいて行って。……わたしのミスだから、わたしが始末をつける、よ……」
バカなことを、と罵りそうになるのをすんでのところで止める。コノハの顔はいつになく真剣で目は強い光を宿していた。
――確かに戦術的には、ここで自分が撤退して民間人を避難させることに従事すれば多くの命を救えるだろう。
だが、だがしかし――
「何してるの……?」
コノハは一つだけ勘違いをしている。
「別にお前を切り捨てなくても多くの命を救う方法はあるぞ」
「……え?」
手を広げ地に付ける。
「あいつらを全滅させればいいだろ?」
「それができたら苦労はしない、よ……まさか」
かつてない規模の魔法だが成功する確信があった。あのリーマンも言っていたではないか。
《思い描くモノがそのままカタチになる》
「なら、成功しない道理はないな」
「待って! そんなことしたらトオル君が……!」
術式の構成は粗方終わった。あとはキーワードを唱えるだけだ。
「なんで! まだ間に合うよ! 早く逃げっ」
何も言わず、ただコノハを抱きしめる。
「悪い。俺は器用じゃないからさ。こんなことでしかお前を助けられない」
「冗談言ってる場合じゃ……っ!」
腕の中でぐったりするコノハ。『意識』を転移させたため一時的に気を失ったのだ。
「……そうだ。効果があるのかわからないけど」
自分の左眼に手をあてる。
「さて。やってみるか」
コノハに言うべき言葉はある。けれどそれを言うのは今じゃない。
今、紡ぐべき言葉は一つ。
「夢の、また夢の向こうへ」
そして昏いソラを光が貫く。
当日
目が覚めたのは知らない天井の下だった。
あの出来事が夢じゃなかったことは狭い視界が物語っている。
力無くベッドに腰掛ける。
そのまま何時間座っていただろう。もしかしたらほんの数分のことだったのかもしれない。突然インターホンが鳴った。無気力に立ち上がりドアに向かう。
「お届け物です」
「あー、はい。ありがとうございました」
部屋に戻るとすぐに開封にかかる。なにか作業していないとそのまま体が動かなくなる気がしたからだ。
中には一つの小包と缶、そしてメッセージカードがはいっていた。とりあえずメッセージを見てみる。
『お誕生日おめでとう』
「……!」
食い入るように続きを読む。
『直に渡すのは恥ずかしいからこうして手紙で伝える。俺は、お前が好きだ。コノハのためなら命も惜しくない。
どこがどう好きとかそういうことは直に伝える。以上』
『追伸 プレゼント気に入ってくれると嬉しい』
嬉しかった。嬉しくて嬉しくて漸く――涙が出た。
このときやっと、私は近衛トオルの死を理解した。
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小包の中には片眼鏡があった。
どうせ見えない左眼に掛けておくことにした。
打ち合わせる相手のいない缶ミルクティーが開けられることは、ない。




