番外 高校生編 一話
「・・・・あの。・・・先輩待ってください!」
彼女は何か決心をすると、ドアノブに手を掛け、急いで階段を降りる。この感情は本物だったから。今まで気づかないふりをしていただけで。この気持ちが消えない為にも。彼女は叶わぬ、心を胸に走り去った。
そんな彼女を死角から見送ると僕は自身でビンタをくらい、一歩一歩と歩み出した。
まだ夏日の始業式が始まっての表彰式。名前を呼ばれると、はいと返事をし、校長からやや長い閑文を聞き、小さなメダルと表彰状を返上してもらう。このメダルは全国大会入賞に入れば貰える、数少ない物らしい。スポーツ特化の学校なら、こんな脳筋生徒はざらにいて、多少の評価しかされないのだが、ここはなんと言っても、国立連盟第三高等学校。そんな脳筋生徒は中々いない。其の為に、僕の為の表彰式があっても翌々考えなくても至極当たり前の話である。
其れでは、ソーマ・プセマ・エレオスの言葉です。
そう司会の教頭がマイクを鳴らすと、生徒指導の先生がざわついた生徒を注意づけた。
「えぇえと、ソーマです。今回は綺麗な鉛と閑文が書かれた紙切れを貰いましたが、今度はもちょい頑張って、コーヒーを飲みたいです」
そんなどっかで聞いたクソ詰まらないジョークを言い、表彰式および終業式無事終わった。が、こんな表彰式のせいで小悪魔少女に目を付けられるなんて思いもしたくなかった。
※ ※ ※
僕は今、中庭にいる。目立つというのは役に立つが立たない。こんな所で一人で昼飯を食わんといかんのだ。今頃皆は涼しい食堂でうどんを啜っているのだろう。
まだまだ続くこの暑さ。だけど今日は心地よい。海が近いこの学校は風が強い日には磯の香りが微かに漂う。こんな気持ちがいい空間で食えるなら、ここも悪くないと思うだろうが、いかんせんそうはいかない。今日はたまたまついているのだ。大体こんな一時も奴の介入ですぐに終わる。ほら、みたことか。
「あ、やっぱりぃい」
奴はニニシと笑い、ルンルンと近寄ってきた。
「また、ここにいたんですねぇ」
彼女の名前は・・・・・・えぇっとなんだっけ?
「名前覚えてくれました?アメですよ、アメ。まさか、忘れてませんよねぇ」
睨んだ声を無視し、自己紹介に参ろう。彼女の名前は アマイ アメ。第三高の一年。其れ以上にこれ以上もなし。つまる所我が後輩だ。
「ねぇ先パイ。聞いてます?」
わざわざ上目使いで聞いてくる小悪魔。こんな仕草で一体何人の男を取り替えっこ取り替えっこで捕まえてきたのだろうか。
「其の上目使い、もうちょい分かりにくいあざとさで来い。このねこ被りめ」
僕がパンをくわえると彼女はぷくぅと頬を膨らませた。
「だからまず其の仕草も止めろ。こんな短時間でどんだけ自分に嘘塗り固めてんだよ」
「なんですかそれ。ちょっとヒドくないですか。さすがに傷つきますよ私も」
またもぷくぅと膨らませ、睨みを利かせる。こいつ、実は人間の皮を被ったハリセンボンじゃね。
「まぁいいです。先パイは人の気持ちを禄に考えられない偏屈な人ってことは知ってますから」
妙に的に突かれた事を言うと彼女は僕が折角見ていた殺風景な景色を邪魔し、僕の目の前に座った。
「これで、先パイの目は私の物ですね」
「あれだな、お前が加わっても殺風景な景色は其のままだな。あ、でも其のやや豊満な胸があるからプラス五点な。優しいだろ」
そう心にもない事をシニカルに言うと、彼女は椅子をガタッと揺らし、顔を引きつらせた。そんな彼女の姿を見て僕は賺さず笑った。笑った僕に彼女はさらに顔を歪ませた。
「先パイってなんで、自ら進んでデリカシーのない言葉を淡々と言えるんですか。正直、ドン引きです」
「わーウレシーなー」
「変態っ!」
彼女は胸を抱え込むように手を添えた。ここまま引き続けて、視界から排除させてもらおうかしら。
「飯食いに来たんだろ。さっさ食べろよ。さっさ食べて消えてくれ」
「はぁ・・・・、折角一人ボッチの先パイの為に来てあげてるのに・・・・伝わらないものですかねぇ」
「はぁ・・・・、折角一人ボッチでゆっくりと飯を食ってるのに・・・・伝わらないものですかねぇ」
シニカルにオウム返しをすると凸ピンを一発食らわせれた。痛くはなかったが、反射的に痛いと言ってしまった自分が悔しい。
「いいんですよ女の子は。ワガママで自分勝手な所があって。だから明日も来ちゃいます」
「僕の嫌いなタイプはワガママで自分勝手な所があって、一人で飯食ってる時に邪魔して入ってくる女だ」
「ちょっと限定されてませんかねぇ」
「限定ではない。確定だ」
はぁと嘆息を漏らすと彼女は弁当をつつきだした。にしてもあれだな。女の弁当ってほんとちぃせぇよな。ダイエットの為か何か知らんが、どこの学校にもいる四次元ポケットかよっていうくらい甘食が入った鞄を持っている女の子から、餌付けのようにもらってたら、其の弁当の小ささも意味ねぇぞ。因みに其の女の子のパターンは薬や絆創膏を必ず持っている。ソースはイメージ。
其の後は少し間、彼女にやや見られながらも静かな時間を過ごしていたが、彼女がパァと何かを閃いたように口を開いた。ニタァとするなニタァと。お主さては悪知恵を閃いたな。
「先パイ。明日から先パイの分の弁当作ってきてあげましょうか?」
だが其れは、聞いてみると願ってもいない言葉だった。いいな其れ。こいつに弁当を作って貰えば、ルイシが僕の昼飯代に机に置いてる八〇〇ウールを使わなくて済む。一ヶ月で二万四〇〇〇ウールか。・・・えっ?二万四〇〇〇ウールかよ。毎日ありがとうございます。今回はゲームは買うのは諦めて、違うのを買うか。あ、僕ちん結局買う事は買うんですね。
でもまずは確認をしないと。
「お前、弁当なんて作れるのか?」
彼女は其の言葉を聞くとギクリと顔を歪ませた。
「だ、だいじょうぶですよ。ほら、今日の弁当だって、私が作りましたし」
あなたの挙動不審。こいつの性格。どう見てもお母さんの弁当です。本当にありがとうございました。
・・・・・でもまぁ試して見るか。
「よし、行くぞ!」
僕がシニカルに笑うと彼女がどこにですかと反応した。
「アイスだ、アイス。弁当の対価交換だ。さ、行くぞ!」
「何か嬉しい気もしますが、まだ弁当食べてる途中ですよぉ」
「いいんですよ。男の子ってワガママで自分勝手な所があっても。だからアイス食べちゃいます」
そう言って僕が歩を進めると彼女、急いで弁当を片づけ、僕と同じく、歩を進めた。
「先パイ待ってくださいよぉ」
※ ※ ※
彼女と僕は屋上にいた。今日はやはりとても暑く、夏風に乗って磯の香りが微かに漂う。折角、一人で感傷に浸っている時にわざわざ見つけて入り込めるものだ。
其の彼女は、僕の後ろ、泣きべそを掻きながら立っていた。学業より力を入れてると言っていた化粧は夏日のせいかやや薄く、其れでいてアイラインは抑えている涙のせいではがれ落ち、パンダのように黒く染まっていた。僕は踵を返すと、潤んだ彼女に近づいた。
「・・・・・近づかないでください」
化粧が崩れている顔を見られるのが嫌なのだろう。だけどそんな彼女の顔は後輩として接した中で一番愛おしく思える。僕は彼女の言葉を無視すると、使う事がないハンカチをポケットから取り出し、泣きっ面の目を拭った。
「ほらこれで可愛くなった。化粧を取って可愛くなるなんて、全女性の敵だな、全く」
僕がシニカルに笑うと彼女は俯き、両手一杯で僕を突き放した。てとてとと身体を崩しながらも、立ち直すと今日は物静かな彼女の口が開らく。僕は再度後ろを向くと、屋上の手摺りに頬杖をつきながら、彼女が喋るのを待った。彼女は溢れ出しそうな気持ちを堪え、詰まりながらも一つずつ言葉にしていく。
「・・・・・先パイ、今日は暑い・・・ですね。・・・・今日は終業式なんでお弁当は作ってきてませんけど、今日も後でいつものように先パイの奢りでアイス買いにいきましょうね。ついでにジュースと今日切れたシャープシンも・・・。・・・・。・・・・・。先パイと会ったのはいつでしたっけ?・・・・。私は忘れませんよ、あの全校集会での表彰式。身長が高くて、顔もブサイクとは言いづらい顔立ちをしてて、其の癖にパーマで眼鏡掛けてて、愛想が良くて、でもデリカシーは全然無くて、そんな所がまた皆から好かれてて・・・・・。・・・私、決めたんです。この人をモノにしてやろうって。其れで皆に自慢してやろうって。・・・・・でも違った。私がどんだけ頑張って化粧してても誉めてくれなくて。私がどれだけ頑張ってねこを被ってもデリカシーのない言葉で跳ね返して、私がどれだけ頑張って取り繕ってもすぐ流されて。・・・・だけど、どんな時でも先パイは最後は笑って、笑かしてくれて、何も頑張ってない時が一番楽しかった。罵倒を言われるのが嫌いじゃなかった。デリカシーない言葉を言われて、ドン引きするのが楽しかった。今まで人と接する時、ねこを被ってた自分は何なんだって。取り繕ってた自分は何なんだって。そんな事が全部、無くなってしまうくらい、先パイと話してる時が一番落ち着いて、楽しかった・・・・・。・・・・。・・・・・・ねぇなんでですか・・・・・。なんでですか!なんで急に決めちゃうんですか!いなくなっちゃうんですか!私がいたじゃないですか!毎日毎日、先パイのお金でアイスやジュースを買ってた私がいたじゃないですか!・・・・・・なんでですか。こんな私じゃ相談相手にもならなかったですか。いろんな所にねこ被って、嘘で自分を取り繕って、そんな私じゃ相手にはならなかったですか。・・・・。・・・・・。・・・・・先パイ。私は私に納得のいく説明するまで、先パイはここから先には行かせません。・・・・・絶対にです!・・・・・ねぇ先パイ。またお昼、一緒に食べましょうよ・・・・・」
彼女は何かを決心すると手を広げ、顔を僕の背に睨みつけた。
僕は背を向けたまま、彼女との一方的な最後の会話を行った。
「なぁアメ。去り際が格好いい男って格好いいよなぁ!?」
彼女は鼻を愚図らせながらも、何言ってんですかと、睨むのをすぐに止め、笑いながら答えた。
「お前がもっと男にモテる秘訣を教えてあげようか」
「・・・さっきから唐突になんですか。後、もう私十分モテてますよ」
「もっとだよ」
「さっきから、言ってる事めちゃくちゃですよ。大丈夫ですか?まぁいいですよ。教えてくださいよ。損にならないし。ただしそんなことでここは通しませんよ」
そっか。
僕はそう呟くと、くるりと回り、また彼女に近づいた。彼女は僕が無理矢理退かそうしてきたように思えたのか、自分なりに空手の構えを利かせ、涙を一杯蓄えた眼でこちらを睨んだ。そんな彼女の姿は、とても弱々しく、少し叩けば崩れ落ちる、ただひ弱な駄々を捏ねてる小さな女の子だった。僕は彼女の手を取ると、構えを解かせた。走ってきたのか、クシャクシャになった髪を手で解いてやると、彼女は抑えていた涙を頬に一滴一滴つたらせた。僕が其れを見て笑うと、彼女はますます泣き出し、僕はまた笑った。
・・・・・さぁもう終わりにしようか。
「さぁさ!お前に授ける最初で最後のモテ秘テクニックだ!ちゃんと耳かっぽじってよく聞けよ。これを聞けば明日たからモテモテ間違いなし。其れはだなぁ」
―僕を嫌いになることだ―
僕は泣きっ面の彼女の耳に囁くと、彼女はぺたんと座り込み、僕は屋上を後にした。