第一話 プロローグ
「はい、これを読んでみろ」
雑に千切ったノート紙にペンで殴り書き、渡す。彼女は何ですかコレと言いながら、眉を寄せ、気怠そうに読み始めた。
「ソーマ憲法?はぁ。第一条。手取りは年功序列関係なく均一二十万ウールとし、余りの収入は全て、資材や食材の調達にあてがう事とする。第二条。この事務所に所属している限り、娼婦と見なし、ソーマに身を捧ぐ(金額は毎度娼婦側が決めるものとする)。はぁ!?」
彼女らしくない声を上げ、片目がつり上がる。
良かった。どうやら何の問題も無く受け入れてくれたようだ。
ガタッ。ドアが閉まる音。どてどて階段を降りる音が聞こえる。誰かが僕の部屋にいたようだが、気にしない事にする。
お早う御座います。朝です。時計を見ます。九時です。寝ます。お休みなさい。
お早う御座います。朝です。時計を見ます。十三時です。腹が鳴りました。起きます。
寝ぼけた身体を無理繰り起こし、枕の横に無造作に置いた眼鏡を取る。隣にいる奴を起こさぬよう、床にゆるりと足を着かせる。部屋のドアを潜り、二階の廊下を歩きながら、「今日も夏か・・・」とまだ回ってない口で濁点だらけの言葉を呟やく。
「フゴォ・・・・?」
グルグルした髪を掻きながら、ベニヤ板が貼られた階段を降りる。時折、ギシッと鳴るたび安く造られたなと感じる。途中、一階の廊下の奥の方からシャンプーの匂いがふわりと漂う。この家には僕を含め、三人しか人間は住んでないので、恐らくどちらかが入っているんだろうと、階段の上下運動で肩から外れたヨレヨレのシャツを肩に掛け直し思う。この考察と行動の両立。これが女子特有のマルチ性能か。違うか。違うな、うん。よし。先ずは女子になる事から始めよう。
「フゴフゴ?」
まぁしかし毎回思うのだが、人はどうでもいい時にどうでもいい事を考える。どちらが入っていようが、僕が女装に目覚めようが全然関係が無い。いや、ごめんある。
無理繰り起きた理由は、単に腹が減った訳であって、風呂場から溢れ出たシャンプーの匂いを嗅ぎに来た訳では無い。今はとにかく飯を食いたい。
「フゴフゴ!」
「フゴフゴうるせぇえよ!」
僕はそいつの頭を鷲掴むと、丁度開いてあった小汚い窓に向かって、ぶん投げた。星になり、六等星でキラキラ輝いてる事を祈る。
「ふぃ・・・」
僕の隣で寝ていた奴を始末し、階段を降りると、自分の部屋より少し大きい木製のリビングのドアを開けた。途端、身体に卵焼きの甘い薫りと煙草の苦い薫りが一対二の割合で当たり、閉め切られた空間から解放された匂い達は逃げるかのように廊下に流れていく。匂いのバックドラフトかな?
寝ぼけた声で「おはよう飯」と、台所で鼻歌を交じりに耳にイヤホンを突っ込んでいる、飯担当の煙草女に挨拶をする。そして、そこかしこに置かれてる、煙草に埋もれた灰皿の中から、一番美しい二等辺三角形に積まれた灰皿のテーブルに座った。そこから手を伸ばし、窓を開ける。小鳥の囀りが聞こえ、僕は其れを聞きながら、いつの日かテレビで見た蟻塚特集を、埋もれた灰皿達を見て思い出していた。其の灰皿の横には一本だけまだ吸えるような、蛇腹の煙草があった。僕は何となく手を伸ばし、何回目の挑戦だろうか、吸ってみた。途端、口から肺に渡るニコチン。そして、吐いた時に訪れる灰色の吐息。これを浴びると目が染みる。この灰色の吐息を克服しないかぎり、僕には煙草を吸う明日はやって来ないらしい。未来永劫やって来てもらわなくていいが。二三ヶ月に一度、好奇心程度に吸うのが丁度いい。
そんな戯れ言を目を擦りながら思っていると、ふんわりとした卵の匂いと共に煙草臭い女が飯を持って来た。
リンネ。
記憶喪失の女の子。何故か道端でスヤスヤと寝ている所を助けてあげたら、ノコノコと付いて来た。セミロングのピンク髪に、加え煙草の猫背姿が特徴で、首からは言うならば、鈴の中に入れる鉛のような物を掛け、頻繁にフード付きの黒のスポーツウェアで身を纏っている。
普通はこんな女子なら、付いて来てもある程度優しくして、ほっとくのだが、訳あってここに同居人として迎え入れている。
「おはよ」
「おはよはさっき言った。おはよ」
「はい昼飯」
分かってはいたが、やはりと言うか何と言うか卵料理だった。しかし、このスクランブルエッグ何か煤けてはいないだろうか。いや、灰色だろこれ。リンネは、ちょっと胡麻擦り潰してみたのと一言。目を逸らしながら喋るリンネを見て、恐くて食えねぇえよと言うと、リンネはあからさまにふてくされた態度をとりだした。
「あなたも一応女なんですね、面倒臭いですね」
僕は承知の上でマヨネーズをぶっかけた後、箸を取り、再度、ぐちゃぐちゃにかき混ぜ、スクランブルエッグと名の煙草を口にした。
瞬間、広がる本日二度目のニコチン。喉は其れを通る事を拒否し、門番として胃液を配置に就かせた。僕の身体はあれだな。嘔吐させる気満々だな。そして僕自身もリンネにぶっ放す気満々である。
「何で煙草を入れてんだよ!」
リンネは毎回の如く、白々しく、落ち込んだ顔を僕に見せつけた。なぁこいつ、こんな顔を見せたら許されると思ってんのか。
「煙草を好きになるかなぁあっと思って・・・・好きになった?テヘッ☆」
「テヘッ☆じゃねぇえよ。気持ち悪りぃいよ。煙草吸いながら作って、間違って灰を落としただけだろ。其れも落とした後も煙草は止めれなくて、其の後も吸い続けて、また落としただろ。じゃねぇえとこんなに灰を口で感じねぇえよ。第一こんなん食ってたら、一生なんねぇえよ!お前みたいなヘビースモーカーだろうが、こんなん食ったら、肺ガンになる前に死ぬだろが!」
馬鹿の一つ覚えのように毎回の如く、下手物料理に向かって説教を吐き捨てた。ついでにまだ口に残ってる灰色も吐き捨てた。
「いつも通りの例文お疲れ様」
「おう水くれや」
僕はリンネから渡される水を受け取ると直ぐ様口を濯ぎながら飲み干した。
「大体なぁ、ほぼ毎日食わされる僕と、ほぼ毎日説教を食らわされるリンネを客観的に見てもう、飽き飽きなんだよ」
「何、巧い事言ったつもり?」
「巧い事言ったつもりだ」
「じゃあさ、ソーマが作ればいいじゃん」
「おい、ただの馬鹿。お前はな、一応居候させてもらってる身分なんだぞ。掃除は至る所を壊し、洗濯も洗剤粉を丸々一箱放り込む。天然か?天然枠を狙っているのか?」
「狙ってないよ」
知ってるよ。偽装天然風天然。
「其れに煙草は吸うから体力は無い。おまけに一日何十本吸う煙草代は全て僕等持ち。そして唯一ほんの少しだけ出来る料理も煙草味」
「兼ソーマの妹ね」
二ヒヒとリンネは笑う。そんなリンネに僕は溜め息を吐いた。
「其れも僕達の安全を守る為だ。住所不特定の記憶消失の女の子をただ預かっていたら、色々と面倒なんだよ」
あれ?僕にツンデレの才能を感じるのは気のせいですよね?
「だからお前もそうゆう僕達に感化されて、料理の基本ぐらいを一から学べ」
「ソーマを一から考えて造った料理がこれだよ」
嗚呼言えば、こう言う。
「僕の事を一から考えて作った料理なら、こんな料理にはならねぇえよ、だいたいなぁ」
僕が説教臭く喋る中、リンネは言葉に息詰まった。言い返す言葉が無くなったのか何なのか。躊躇いながらも僕の言葉を遮り、あーっと、濁点交じりに発したのち最終手段に出た。
「うんち!」
其れはいつも説教して返ってくる、ボールでは無かった。そもそも、其れは誰がどう説教しても出て来るものでは無い。
リンネは其れから僕がどう返しても「うんち」としか返さなくなった。余りに不毛な、水掛け論以下のこの会話。このままでは埒が明かないので、たこ殴りにして、この場を納めようと思ったのだが、其れも不毛な事だと思い、何故だか僕が謝った。僕が、「負けたようんち。語彙を豊富にして出直してくるよ」と言うと、うんちがリンネに戻り、「どうせそう言っても明日また、語彙力無いまま説教でもするんでしょ」と言った。二、三個程突っ込めそうな言葉ではあったが、もういいよ、明日は頼むなと、自分が広げた風呂敷を片づけた。
が、しかし。其れでもまだ、まだ色々言ってくるので、「いや分からないけど、分かった。寧ろ分からない事が分かった」と自分でも何を言っているのかを分かっているのか、分かっていないのか、分からない台詞も吐き捨てて、まだ食える物を探しに語彙の少ない僕は、冷蔵庫と言う名の市場に足を運ばせた。謝った事は誇らしく思えたが、今思えば蹴り飛ばしたくなる話だった。
市場。自分が思うに市場とは、血気盛んな婆や爺がいて、中半ば買わす、ごり押し爺婆が居たりするのが自分の妄想世界で構築された市場と言うものだが、僕達が所有している市場はどうも違った。残念ながら爺婆は死んでしまったのかな。後ろでは僕が反論をしない事を良い事に、グチグチ言い訳のごり押しをしてくる婆はいるけど。
だが、そんな婆には勿論気にも止めず、気にも掛けず、市場の中で唯一二店舗だけ経営している冷やご飯屋で冷や飯を一合半、卵屋で残り二つの内の一つを買って、市場を去った。直ぐ様、冷や飯を滓が飛び散らかったレンシレンジで一分間、暖める。
待ってる間は暇だったので、ごり押し婆が吸い終わった蟻塚のような吸い殻を片づけた。ごり押し婆は流石に疲れたのか、普通の婆となってソファに寝っ転がりながら何の感情も無く、見透かした目でテレビを見ていた。
途中、僕がテレビの視界に入ったのか、邪魔とか何とか言ってきたが、三回り程小さな塵取りで煙草を片づけているのを見ると、机に置き放しの湿ったあられを口に含みながら、「ありかとー」と無感情に言ってきた。瞬時に殺意が沸いたが、何とか脳内変換をしまくり、こいつもツンデレの才能があるのだから仕方が無いと自分の中で言い聞かせた。そして塵取りから溢れだした煙草を、もう片一方の手でサンドウィッチしながら、ゴミ箱の中にダストシュートを決め、後ろでチンっと鳴ったレンシレンジに向かった。
僕が美味くない飯を台所に腰掛け食ってる途中に、卵と煙草の匂いの間を割ってシャンプーの匂いが現れた。シャンプーの匂いは「起きてたのか、おはよう」と言うと、どうやってその様に伸ばせたのか分からない、自分の身長とほぼ同じ丈の赤髪を、徐にタオルでガシガシと拭きながら、冷蔵庫を開ける。そして其のまま隣に寄って、この家の風習なのかどうか、其れとも今日日限りの礼儀なのか、二度目の挨拶をしてきた。
ルイシ。
カンガルーと虎と人間のハイブリットが先祖の獣人。物心つく前に海辺で倒れてた所を拾われ、この年になるまで育ててくれた、僕の親。長髪過ぎる異様な伸び方をした赤毛と図体に似合わない丸いサングラスが特徴で、いつも上は百円均一でも売ってそうな無地の半袖。下は藍色で七分丈のルーズ系ジーンズ。そして仕事をする時は、上から漁師や魚屋が着る、防水エプロンを羽織っている。体格はとても大きく、先ずルイシに喧嘩を売る奴は早々居ない。その上、頭の回転も切れる為、大学の研究員として、奇々怪々な薬品を密に作っていた奇才でもある。
「おはよう、ソーマ」
「この家は二回挨拶をしなきゃ駄目とかそうゆうルールでも出来たのか。おはよう」
「おはようになんて意味はないから、ルールもねぇえよ。だから何回だって言っていいんだ」
うんな事より、飯々。
そう言いながら、横で冷蔵庫と名の市場から同じく、卵と冷やご飯を買っている冷蔵庫と同じ身体をしたルイシの腹は、以前より密度を増しているように思えた。
・・・・・・ん?なんだこの違和感。
このデブ猫、毎朝足腰を鍛える為とか何だとか言って、ジョギングをしている。帰ってからも、お湯と冷水に交互に浴び、血流を活発にさせ汗を大量に流す、自我流入浴をする。其れをルイシは乾布摩擦の上位互換だと豪語していた。まぁ逆に其れ以外は何もしないから、体重は増えもしなければ、減りもしない微妙な健康馬鹿だ。
そんな、奴の腹がでかくなってるのだ。そう言えばおかしい。食材の買い物は二週間前にしたはずだ。何で気が付かなかったんだ僕は。
そして其れを裏付けるかのようにゴミ箱は溢れ、其の横にはまん丸と太った二つのゴミ袋が肩を寄せあっていた。
僕は嫌な確信を持ちながら、訊ねる。
「ルイシ。二週間前まであんなに冷蔵庫がパンパンに賑わっていたのにお前知ってるか?」
「ああ、知ってるぞ。腐ったら不味いと思って、俺が食っといたぜ」
「死んでくれ!」
分かってた。おかしいとは思っていた。つい二週間前に、冷蔵庫一台分纏め買いした食料がこんなに早く、無くなる訳が無い。大体、そんな事を想像をして、お前がわざわざ長期保存の出来る冷凍食品やら、干物を買い込んだんだ。
と、脳裏で一人喋っている僕がガンをつけると、ルイシは口に米粒を付けながら、「ん?どうした?」と無関心に聞いて来る。僕は身体が赴くままに一発だけぶん殴り、「そんなにガツガツ食って、腹減ってるのか。減ってるならあそこに僕が残した卵焼きならあるぞ」と、まだ片づけていない、僕の朝食が置いてあるテーブルを指さした。
ルイシは、突然殴られた事に文句を垂れ怒っていたが、其の事を聞くと直ぐに機嫌を取り戻し、仕舞には、やっぱり俺達家族だよなと、ここで使うとは到底思えない言葉を言い放ち、空になった丼を流し台に放り投げ、爪楊枝を刺しながら、テーブルの方へ向かって行った。
僕は嘆息を取り、口元をニヤニヤさせる。だが、新たなる然るべき問題に気づくと、其の瞬間から僕はニヤケ面をさしてもらう事を許されなかった。
僕達、これからどうやって生きていくんだ・・・・・?
其の刹那、ルイシはソーマに物告げるかのように対峙しながら、ゆっくりと倒れて逝った。
※ ※ ※
六〇〇ウール。これが今僕達が所持している全財産だ。そして、食料は冷やご飯が半合だけ。非常に明日からの生死が危うい状態化にいる。
「今日明日くらいは生けるけど、明後日くらいからどうすんの。この金じゃ、駄菓子しか買えねぇよ」
「駄菓子以外も買えるよ」
「知ってるよ。お前あれだろ。軽い冗談でも真面目に捉える、周りを迷惑させるタイプだろ」
下呂に近い涎を垂らしながら、横たわっている腹の上に座る。そして、あくびを掻きながら、椅子に座り、太股に頬杖しているリンネに揚げ足以外の返答を待った。
「そうねぇ。どうしよっか?依頼所でも行く?」
「だよなぁお前もだよなぁ。分かってたよ。面倒臭いけど今は依頼所行く他、方法は無ねぇか」
じゃあ何で聞くのと言われれたが、そんなものは気分で聞いたものなので、説明のしようがない。
「あ、でも僕は前、ある用事で使ってもう使いたく無いんだけど、ワープはお前でいいか?」
予め用意していた台詞を、鎖骨辺りの、電池接続淡プラグに填めてある、ほんの欠片しかない魔力供給電池を、アピールしながら、リンネの前に言葉を並べた。
リンネからは、「いつもこうゆうの私じゃない。今更何言っての」と返答が返って来たが、其の台詞も大方予想がついていた為、用意してあった台詞を腹の上でバウンドボォルかの様に、バンバン跳ねながら言った。
其の内、跳ねるのが楽しくなってきた僕は、不躾に何度も腹の上で跳ね上がった。
無論、煙草焼き食わされて死んでる方からすれば、其れはもう胃の中が、圧迫と解放が繰り返され、船酔いに近い嘔吐に襲われるわけである。
「ぐはっ!おヴぇっ!!」
そして、そうなる事は因果応報。
「ふざけんじゃあねぇえよ!」
これ以上嘔吐物を浴びないよう、すぐさま距離を取る。
きっとこうなる事は頭の片隅にあったはずなのに、いざやられるとやはり、切れてしまった。分かっている。これは完全に僕に悪い。逆切れだ。
「お前がふざけんじゃねぇえよ!!」
ルイシは口の周りの毛を自らの胃液でぐっしょりさせながら、全くの正論を突きつけ怒ってきた。臭い。
「でもあれだぞ。お前が無駄なく、冷凍食品を一日三食、食ってたら、僕も腹いせであんな下手物料理なんて、食わしはしなかったんだ。お前が一日三十六食位食ってるから、僕が切れて食わしたんだよ!」
「知らねぇえよそんなの!俺はこんな食い物あってもしょうがねぇえし、消費期限が切れると駄目だからと思って食ったんだよ!」
「何もしょうがなくねぇえよ!何がしょうがないんだよ!何もしょうがなくねぇえよ!寧ろ、食材があれば、ある程困らないし、消費期限だって切れる事を心配して、干物や冷凍食品を買ったんだろ!そして其れを言いくるめて実行したのが正しくアンタだよ!」
なんとなく僕の逆切れが波に乗って来た時、僕の言葉がピクリと止まる。
「其れを二週間、家に帰って来なかった奴が言える立場かよ!」
其れは無しじゃね。少し前の事を言って口をもごもご作戦はこの家では禁止じゃね。僕は其れを言われた途端、僕の脳裏に敗北の文字しか、浮かばなくなり、顔は引きずり、あ行しか喋れなくなり、どもってしまった。やったねルイシ君。もごもご作戦大成功だね。
ルイシは俺がもごもごさしている間に立ちの姿から、構えの姿に変わった。
はぁ。駄目だこりゃ。
一つ嘆息をつくと、僕も取り合えず構えた。血違いだけで後は腐っても親父だ。素手の喧嘩でこいつに勝てた試しが無い。が、其れなりの悪あがきをしてやろう。そこで魔力がほんの少々ばかり残っていたので、使ってやろうかと思ったが、結局、こんな戯言に使ってもしょうがないと、僕の冷静さが勝ってしまった。其れが分かると、悪あがきも興ざめる。
あぁあ、絶対痛いよな、こいつのパンチ。あぁあ、面倒くせぇえなぁ。いや、踏ん切りがついた。一〇〇%防御に徹し、こいつの手足を止めてやろう。
そう防御に志そうした其の刹那、ルイシの手が動く。
僕の鳩尾に飛んでる強烈な右アッパー。
避ける僕。
避ける事を読んでいたいたかのように合わせ飛んでくる左アッパー。
飛び散る嘔吐物。
掛かるルイシの右腕。
優に肋骨の殻を破り臓器損傷して、そのまま弧を描いて僕の顎にヒットする、拳心が強く閉められた、拳面。
気絶る僕。
鳴り響く、ルイシの脳内コング。
下呂まみれの床下。
そして其の光景を創り出した原因の一因にもなってる煙草焼き女は、組んだ足に頬杖をつき、つまらなそうに見ていた。
「茶番は済んだ?其れじゃ行くよ」
※ ※ ※
「用意が出来たか、、。そっちは出来たかぁ」
「でけたよ。ルイシはどう?荷物纏めた?」
「おういいぞ」
今僕達は、トアル国に行く準備の真っ最中だ。
トアル国。
第五ヶ国の長であり、最も神に近いとされる王が住んでるとされる国であり、総ての源、地球の中心の核の操作がされてるとも言われてる。五大人種の白人、黒人、黄人、赤人、茶人は勿論、二大獣人種、獣人、草人、ありとあらゆる、人種が人種を人種差別する事無く、集まって構成されている。其れがトアル国。とどっかのサイトに書いてあった気がしますまる。まぁ概ね合ってるからいいが、神ってなんだよ。
其の後着々と用意を進めると下からリンネのデカい声が聞こえた。内容はよく聞き取れなかったが、今日の用事から察するに、早く降りて来いとでも言ったのだろう。横の部屋の猫も返事をしてたので、取り合えず僕も下に届く位の声で返事をした。すると、また何やら大きな声が聞こえて来たが、今度も内容が聞き取れなかったので面倒臭くなり、無視をした。本当に大事な用ならば、二階に上がって来るだろう。
「フゴフゴぉ~!」
「何当たり前のようにお前が返事してんだよ。お前も聞き取れなかっただろどうせ」
「フゴッ!?」
ユウレイ。
僕の隣にベッタリ付いてくる気持ちの悪い奴。頭と手以外は実体が無く、顔は常にほっぺが赤く、髪はセミロングの黒髪。頭上には、俗に言う天使の輪が浮いている。先々月に、木と木の間に挟まって動けなくなっていた間抜けな所を助けてやったら、リンネ同様、勝手に懐いて付いてきた。言語は喋れなく、フゴフゴとしか言わない。が一度、タップリと魔力をあげたら、身体全体が実体化し、喋れるようになった。名前の由来は見たままに、幽霊なのでユウレイ。どう見ても女の子っぽいんだが、男の子にも見えなくもない女の子。そして都合のいい僕は、見た者しか信じない口である。ので、幽霊は地球上に存在する者として見ている。もし神をこの目で見たら、すぐに宗教にはまってしまうかもしれない。
「残念だったなユウ。今日の依頼も留守番だ」
「フゴフゴッ!」
「家で留守番しとけよ。其れと今日は大事なお客が来るから、中に入れてあげろ。な?」
「フゴフゴ」
「いい子だ、じゃあな」
そう、子供をあやすようにユウレイの頭を撫でた後、荷物を整え、玄関で僕を待っている、二人の所へと足を運んだ。
玄関に行くと二人は言い争っていた。どうせ、たわいの無い些細な事だろう。日常茶飯事。リンネは別としてルイシは、こんな内輪もめをただのお話の延長戦としか思っていない。そして、お遊びだと分かっているからこそ僕も、何の躊躇する事なく、二人の間に入ることが出来る。
「すまん行こうぜ」
「ああ、行こうぜソーマ」
「ちょっと何、話し切ってんの。まだ言いたい事あるんだけど!」
リンネはプクーっと頬を膨らませた。いるよねぇいるいる。自分に自信がある人はよくやるぅ。
「後でな、後で聞くよ。なっ?リンネ」
「後っていつ。いつのいつよ」
「まぁあれだな。いつのいつかだな」
ルイシは面倒臭くもなりながらリンネに対応するも、リンネは察し能力は皆無なのか、やや大きめのトーンでルイシに吠えている。
まぁほっといても直に終わる抗争なので、僕は階段にいる奴にもう一度声をかけた。
「留守番、宜しく」
そいつは何処と無く、言葉では表せれない顔しながら、左手で敬礼をした。
「フゴフゴッ!」
おいテメェこら。
「もう行くぞ」
「おう」
「ちょっと、まだ終わってないんだけど!」
ドアを開ける。
そこには昨日と何の代わり映えもしない、いつも通りの空と草原が広がり春風で靡いていた。
「行ってきます」
※ ※ ※
ワープする。
刹那、記憶がシャットダウンし、中枢神経系から末梢神経系、総ての神経が停止不能になる感覚に襲われる。だが所詮、刹那は刹那。一秒も懸からないコンマの世界。こういった無駄な考えもしなければ、もしかしたら気づかない人もいるかも知れない。
いや、嘘です。
さてさて、僕達が今いるのはトアル国の中東部に存在する、世界的世界遺産、世界で一番美しい駅と評される、トアル駅にいる。
「着いたか。其れにしても、いつ見てもきたねぇなここは。何が世界で一番美しい駅だよ。世界一なのは見た目だけじゃねぇえか」
おっと、ルイシさん。僕の説明をひっくり返さないでくださいね。
「大体そんなもんだよ、世界的遺産なんて。中身なんて関係無い。外見が総てだよ」
おっと、リンネさん。二人合わさって元気がいいねぇえ。どうしたんだい。
・・・っとまぁ僕は統べる評価を言っただけで、僕が批判されてないだけまぁいい。まぁあいい。
そして見ての通り、さっき事なんかすぐに忘れて普通に会話してやがる。これが仲が良いか悪いか知らないが、こういうサバサバした関係なのは、とても良い事だとソーマ君は思ってますまる。
依頼所に行く道中、特に話す事無く歩いていると、ルイシが突然、意味が分からない言葉を投げ掛けてきた。
「ほんとにいいのか」
本当に何の事か解らなかったので、聞き返すと、察しろよと言い返された。あまただいぢぃいぶ?
言葉は人に情報を伝える為の道具だろうが。
「ユウだよ。ユウ。ユウレイのユウ」
ルイシは、はぁと溜め息をつき、そう言った。何其の、全く頼むぜソーマさんよぉ的な言葉使いは。
・・・・・まぁそういう事か。ようやく繋がった。端的に言わなくても通じ合える僕達を演出するなよ。家族なんてものは一番近い他人って名言ぽい格好良い言葉を知らねぇえのかよ。実際、本当に他人なのでこれが言えない事がやや悔しい。
「ま、大丈夫だろ。心配する程でもねぇえよ。其れにどの道、僕達は残りを探しにもうすぐあの家を出るしな」
其のフレーズを聞くとルイシは耳打ちでもするように静かになる。前で歩いているリンネに聞かれたくないのだろう。
「其の事はもうリンネには話したっけ?」
「話してない」
「リンネに話したら面倒臭そうだな」
「ああ、多分な」
「其の件はお前に任したよ」
「お前ふざけん・・・・」
そしてルイシは元トーンに戻り、僕がうんぬん言う前に話をするっと切り替えた。
「で、今日は何するんだ?やっぱりハネるか?」
「・・・・・・そうだなぁ。当たり前だけど簡単高収入がいいな。当たり前だけんども。そうすると戦闘向きの僕等からは、どうしてもハネなんだよなぁ」
「だよなぁ」
「ま、其れは依頼所に行ってからのお楽しみって事で。もしかしたら緊急の高額が依頼があるかもしんねぇぜ」
「自分でそんな話題ふっといて、結局自分で纏めるのかよ」
そんな事をシニカルに言い合っていると、案外早く目的地に到着した。あれだな、舌出しながら神様と勉強していたおっちゃんも言ってたな。ストーブに手を当て過ごす一時間より、仲の良い奴等と一時間過ごす方は早く時を感じる。其れがこれです。
どれだよ。僕の曖昧な改変が相まって、見違える理論が出来上がってんな。
・・・・・・まぁ入るか。
飲んだ暮れニッチ。
街外れと街のほぼ境界に建っている、横幅の広い一階建ての建物。一応表向きは飲み屋となっているが、其れはあくまで表向き。中に入ると無法地帯。4大人種、其の他人獣、仲良く揃って、どんちゃかめっちゃか。合法、違法関係無し。女、男、酒、金、仕事。三大欲求は勿論、暴食、色欲、強欲、憂鬱、憤怒、怠惰、虚飾、傲慢、七つの大罪が揃いに揃う。と、言うと少し話を盛ってる事になるけど、簡単に言えばそんな処だ。更に言えば、女も金もない。違法行為もあまり見当たらない。三大欲求も女がいないから、満たされないし、うるさすぎて、寝る事も出来ず、最後に残された欲求も、酒があるのみ。満たされるけど満たされない。七つの大罪だって、いくつか足りない。
あれ、少しって何だっけ?僕の辞書は嘘と引き間違えたのかな。
「いつ来てもここだけは変わらなく騒がしいな」
「壁一面が防音じゃなかったら、どうなってたことやら。其れでも騒ぎ声が漏れてるんだけどな。・・・あ、酒呑んできていい?」
「仕事前に呑んでどうすんの。大体、ここに来てるの原因は殆ど、ルイシのせいでしょ」
「いいじゃん、仕事前に一杯。食前酒、食前酒。気持ち良くやれるぜ」
「何言ってんのこいつ?パンチングマシーンになりたいって言ってるの?」
「お前が俺の腹をポコポコ叩いているのを想像するとワロけるな」
僕は二人の会話を置いとき、そそくさと飲んだ暮れニッチの中にある依頼所の窓口に向かった。窓口の向こうには、いつもの婆と仮娘のナノが居座っていた。婆は自分専用のテーブルに拳銃とライターを転がしながら、煙草を吸い、テレビを見ている。ナノは其の隣で壁に涎を頬に擦り合わせながら、眠っていた。僕は右手の人差し指の第二関節で、窓口を叩いた。
「おばあちゃん、依頼受けに来たよぉ」
一言。たった一言。こんなに酔いどれ達が理性を忘れて、騒いでいるこの場所で一言。唯一防音をしていない窓口から僕の声が聞こえたのだろうか。婆の返事よりも早く、仮娘ナノが僕の背中に足を絡ませ、抱きつき、そしていきなり、唾液を注入してきた。甘味料、着色料だけで作られたガムの味がする。頬にベッタリと付いている涎が僕にもベッタリと付いた。汚いし乾けば臭い。
「待ってたよ。ソーマ!」
「一体お前は何を待ってたんだ。ナノ」
ナノは唾液の注入を僕に済ませると今度は、涎がタップリと付いた頬で僕の頬をスリスリし始めた。正しい表現をするとズリズリでジュリジュリだ。すり合わせる毎に、涎の粘着度が増しているのが分かる。
僕はナノを頬から引き離すと、たまたま入っていたヨレヨレのハンカチでナノの頬に付いた涎を拭き、僕の頬を拭いた。
「一体何を待ってたってソーマ。其れは久しぶりのソーマだよ」
「じゃ久しぶりって言う程、久しくは無いけど、久しぶりだな。ナノ」
「うん。久しぶりだね。ソーマ!」
続け様、仕事の話をするからとナノを宥めると、僕にしがみつきながら満面の笑みを浮かべ、分かったと言い、再び僕の口を奪った。口の中に甘い唾とガムが絡み合い、入って来る。あのナノさん。起きたすぐの唾液って恐ろしく汚いし臭いって知ってるかな。ガムが入ってから大丈夫だったものの入ってなかったら僕、お前をぶん投げてたぜ。ほんと何だろうな。どんなに可愛らしい女の子でも、口が臭いと好感度がだだ下がりする現象。まぁ其れでも、「家に遊びに来ませんか?」と言われれば、肯定の返事しかしなくなるのも男の心情。
・・・さて話を戻そうか。僕はガムを噛みながら、しがみついてたナノを正式におんぶすると、話題を依頼の話に移した。
「依頼を受けに来たんだけど良いの無いか?」
「内容は?」
「そうだなぁ。馬鹿らしい回答だけど、何か金になる奴。でも魔力切れてるし、疲れすぎるのは嫌だから、取り合えず、」
「ハネの仕事ありますか?」
とリンネが言葉を紡ぐかのように横からひょこっと顔を出した。ルイシの世話役に飽きたか。
「何だ何だ」
「今更かもだけど、こうゆうのってやっぱり皆で決めた方がいいでしょ」
後ろで最後のお金を使って、酒を注いでいるルイシさんは入ってないんですね分かります。
「で、ソーマに抱っこしてもらってる子は誰?」
紹介でもしてほしいのだろう。体制は崩さず、横目で僕の奥をチラチラ見ている。
「ああ、こいつはナノ。色々訳あって、少し前からこのおばあちゃんと一緒にここに暮らしている」
ふーん。リンネはあまり興味がないのか、鼻を鳴らした。自分で聞いといてそんな態度とは、先生怒っちゃうゾ。
「で、ナノちゃんだっけ?こいつとはあまり関わらない方がいいよ。ほら、其れに危ないし、降りた方がいいんじゃない」
僕をけだもの扱いした事はさておき、何やらヒートアップしそう雰囲気だ。
僕には分かる。修羅場だ。大方、妹ポジションを取られそうになってヤキモチを妬いているのだろう。可愛らしい奴め。やめて!義兄ちゃんの為に争わないでー。
が、そんな裏腹にナノの反応は違った。
ぼーっと其の言葉を発したリンネを見つめている。其れだけだった。
「まぁあれだ。挨拶はそこそこ、僕達はさっさ依頼を決めちゃおうぜ」
「そうだよな。まぁあれだよな」
何だか居心地が悪い最中、あまり酒臭くはない虎が僕達に近寄ってきた。六百ウールしか無かったからそんなには飲めなかったのだろう。
「虎だっ!」
さっきまでは凝視する程、リンネを見つめていたが、ルイシが現れた途端、ナノの興味はそちらに移った。
「ん?何だ。俺は怖いぞ。ガオォー」
さっきとは一変。ナノの潤んだ瞳にルイシが答えてあげる。ナノは其れを聞いてキャキャしている。
何だろうな。何というか何というか、はたまた何というか、この人はやっぱり色々と巧いなぁ。
そこから僕含め三人、いや、四人は其れぞれの意見を摺り潰し、依頼一覧表のファイルから探した。
数分後。僕等はお目当てのものを見つけた。
「ハッ!?いいじゃん、これ。これ決定な。異論者なんていないよな」
ルイシが緊急依頼のページを開き、そう言うと皆、好条件だと相づちを打った。
婆は引き出しから旧型パソコンを取り出し、首から吊り下げた眼鏡を掛け、カタカタ叩くと依頼文を読み上げた。
「山賊狩り。依頼成功の条件はボスの首。防腐剤は必ず打つ事。場所はスノーマウンテン梺付近。運搬関係の奴等を狙って暮らしている。はい顔」
婆は画面をこちらに向ける。顔を正に山賊に近い何か。髭はサンタクロースより少し短めの、髪は顔と同じ丈の長髪。シニカルに笑ってる口と瞳には曇りは無かった。
「悪くなさそう」
「其の言葉、よくニュースのインタビューで聞くよ」
「んな事より、報酬はほんとにこれでいいのか」
報酬は五〇〇万ウール。賞金首にも掛かってない奴にこんな報酬が支払われる事は滅多にない。依頼者の名前を見ようにも依頼者の許可無しには、表示出来ない。
・・・スノーマウンテン。報酬五〇〇万ウール。・・・まさかな。
「合ってるよ、この依頼。成功報酬は五〇〇万ウールだよ」
「んじゃ婆、其れで決定だ」
「仲介料金は三割だよ。いいかい?」
せがれた声で訊ねるとルイシはシニカルに微笑んだ。
良い旅を。そんな小ジャレた事を婆が言うと、僕等はここを後にする。
「ソーマもう行くの?ナノも行きたい。ずっとソーマの所にいたいぃい」
僕は目で伝えるとルイシは後ろ髪引く思いのリンネを連れて、外出た。
さぁあさ、後は駄々っ子ナノと僕だけだ。
ナノは僕の頬にすりすりし、駄々を捏ねている。
「お前はイイ女の子だ。凄いイイ女の子だ。だけどな、何度も言ってるように、お前にこいつ等は合わない。必ず同族嫌悪をする。そしてお前は死ぬ。直ぐに死ぬ。刹那に死ぬ。僕等の足を引っ張るだけ、引っ張って死ぬ。僕はお前を死なせたくないし、死なせない。お前は老衰で死んでもらうんだ」
僕がそう偽善溢れる笑顔で言うと、ナノはひまわりのように明るくなる。
「やっぱりソーマだ!」
どこら辺で僕を感じたのか、本日二度目。何度やろうが悪い気はしない。臭い気はする。
「後ね、ソーマ」
何度もされた後、急に躊躇った声で言った。
「私、あの時、初めてだったから、だから、その、ちゃんと、責任は取ってね」
そう聞くと、あたかもこいつと性交渉とやらをやったように聞こえるが、ただ僕等はあの時、シチュエーションも相まって、たまたまキスをやっただけである。吊り橋効果のせいだ。今ではこんなキス魔になってしもうだが。
だから僕は直ぐに乾いた笑みを作る。
「お前口臭いし、其の上キス魔だし。きめぇから嫌だ」
おちゃらけた雰囲気でそう言うと後ろから、ドス聞いた声で僕の名前を呼ばれた。何事かと思い、振り向くと声の正体はリンネだった。まだいたのか。さっき外出てなかったっけ。
「なんだよ。そんな大きな声を出して」
「行くよ」
リンネの左手には、ルイシの頭が掴まれていた。リンネ、ソイツは山賊のボスの首じゃないよ。僕の親父に当たる身分だよ。
「まぁあた、ルイシが何かしたのか?」
「行くの!」
先ほどの悶え苦しむ姿が消えるかの如く、リンネはルイシを引きずり、酒場の出口へ歩いて行った。
「って事はまぁ何だ。行ってくる。後、味が無くなったからこれは返すよ」
僕はナノを身体から降ろし、匂いと着色料だけが残ってるガムを返し別れを告げると、リンネの後ろを追って歩いた。
※ ※ ※
リンネがこの後、必要以上にナノの事聞いてきたので、少しだけ昔話をしようと思う。だから聞けよ。
ナノ。
あれはつい、二週間前の出来事。冷蔵庫二台分食材を買った時の事である。
程度の食材が買い終わったので、一人フラフラと二人の元を離れ、街外れを歩いていた。
このトアル街には人種差別は無いものの、弱肉強食、カーストが暗黙の了解として存在する。
そして今いるのが暗黙の了解。僕の街。街外れ。とは言え、街は街。外れなどはいない。僕等が勝手にそう呼んでるだけだ。其れと暗黙の了解はトアル街にも当然の如くある。ただ最も其の霧が濃い所、まぁいわゆる部落地域の別名が街外れと思ってくれていい。
で、其の街から外れて無い、街外れに、少女。ナノと出会った。この時はまだ、名前を知らなかったので、このまま少女と言う事にする。
少女は何か急いでるのか、こちらに僕がいるとはつい知らず、走って来た。無論、そういう建前をするからには、分かるだろう。少女と僕はぶつかった。僕は容易に其の事を察知する事が出来たので、受け入れる体制はばっちりだった。柔らかい。僕は胸を優しく、僕の局部に、大きめのゴムを付けるかのように包んだ。当然、優しく包んだのは少女の胸だけなので、其のおまけは地面に尻餅を着こうしていた。
が、着く事はない。僕が少女の胸を固く強く握りしめていたからだ。少女の身体は綺麗な扇を描く。
痛いと声を荒げた少女は、胸を鷲掴みされたまま、僕の左頬を全力あろう。拳をぶん投げた。僕は鷲掴みしていた胸を放し、後ろに下がり、拳を避ける。少女は自分が支えられてた手が放れ、結局尻餅を着いた。
少女は額の皺が何重にもなる程に眉を寄せ、乳を労りながら、泣き目面で怒鳴る。
「何してくれてんだよ!」
「てめぇが勝手に突っ込んで来たんだろ」
よって僕の行為は無実。異論は認めない。
だけども少女は掴む必要は無いだろ!と、言葉と共に、また拳が僕の所に飛んでこようとした。こんなのに印使うまでも無い。僕は格好付けて、最低限の運動で少女の拳を避けた。少女も剥きになったのか、何発も拳を投げてきたが、其れでも当たらないようなので、足技も使い始めた。少女は何で当たらないんだよと嘆いていたが、そんな蹴りや殴りに当たる方が可笑しい。そして少女が少し疲れが見えた頃。少女が僕に向かって蹴りを入れ、一本足になった所を足払いし、再度、尻餅を着かせた。二度も尻餅を着いた、少女の尻はきっと鈍い赤色だろう。
ああ、僕って格好いいなと思いながら、ふぅと嘆息をつき、尻餅した少女に顔を近づけると、一つだけある質問をした。
何故逃げていた?
ここは街外れ。こんな場所で走り回ってる奴は、誰かに追われてるか、薄汚れた子供や酒や薬でトランス状態になってる奴くらいしかいない。少なくとも、少女のように身なりの整っている子がきゃきゃうふふと、走る場所なぞではない。
「そんな事より、ちゃんと僕におっぱいの件を謝罪し」
と、少女が文句っ面で喋り、立ち上がろうした其の時、奥の道から複数人の足音が聞こえた。
何かがおかしい。
僕は取り合えず、彼女の口を抑える。後ろから誰か、確実に来ている。馬鹿がはしゃいでいるなら分かるが音のベクトルが違い過ぎる。
少女は、急に口を抑えられたので怒ってるか、苦しいのか、其れとも両端か、少女は僕の腕をこれでもかってくらいに殴っていた。何かしらの武術でも習っていたのか、まるで分かってるかのように、何発も腕の壊れやすい所を躊躇なく、殴っていた。
「誰だあいつ等。取り合えず、ここは離れた方がいいな」
僕は腕の痛みを声と身体で表す前に、少女を肩に担ぐ。少女は何やらあうあうあーと言っているが気にしない。僕は瞬時に全神経を踝に集中させ、膝まで伸びた印<ペダン>に魔力を注ぐ。そして辺りを見渡し、割と丈夫そうな家の壁に向かい跳んだ。右往左往と壁伝いに、一段二段三段、非常識な動きをする。
印。
突如現れた、ヘンと言う魔法書に書かれてあったいう力。印の種類は限られているが、使う者によって全くの異なりを見せる。印を発動させるのには二つの方法があり、一つは無機質の物に印を入れ、発動させる、半永久型。そしてもう一つは、半永久型の三倍の能力を発動させる事も可能な、永久型。人の身体に入れる事で発動させる事が出来る。半永久型は永久型に、能力は劣る反面、身体に入れない分、負担は極端に緩和される。逆に永久型は、己の能力を上限まで発動させる事が出来るが、身体の負担は大きく、幼少期から使う者は世界標準寿命の半分もいかず、死んでしまうと言われている。其のため世界の大半は半型(半永久型)を使い、永型(永久型)を使う者は、五十万人もいないと聞く。
ま、後先考えてない僕ちんには、どうでもよいことでちゅけどねぇ。
そんな事とはつい知らず、少女は驚き、目丸くしていた。先程までの怒りや嫌悪感はどこへいったのか。感情豊か、喜怒哀楽。少女は正しく、其の言葉を使うのにふさわしい人物だと思った。僕はそんな少女を横目で見ながら、屋根へと足を着かせた。
「凄い。何今の。何か使った!?」
「ああ、何か使ったよ。凄いよな」
他人を誉めるように僕を誉めると続けて言う。
「でもなぁ、其れを聞く前に僕が聞いてた事がある。何故逃げてるんだ?」
恐らく、集団で走ってきてた奴等から逃げているのだろう。幸いにここの街外れは誰かが暴れていない限りは割りと静かなもので、音が聞こえやすい。誰かが近くに来ても直ぐに分かる。
「ああ、それはねぇ、」
今の行動、印を見てある程度の信頼と安堵を得たのか、少女はさっきの驚きを忘れたかのように、照れながら足をもじもじさせた。
「奴隷市場、爆破させちゃった」
少女はああはと声を漏らし、僕は絶句した後、乾いた声であははと笑った。
奴隷市場。
暗黙の了解。このトアル国に存在する、世界最大の奴隷市場であり、風俗街の裏。国の収入の五分の一を補っていると言われている。世界中のあらゆる、富豪が集まり、一日に何十億も動くことも何ら不思議では無い。数十年前は奴隷制度があったと言うが、今では法も整備され、キッチリと罰せられる対象である。国も検挙を行っているが収まらず、イタチごっこだそうだ。
まぁ全ては噂なので詳しくは知らないが、火の無い所から煙は立たないだろう。
僕は少女に乾いた声で、理由を問い詰めた。少女は「ちょっと長くなるかもだから座って」と言うと何一つ悪びれる事無く、話し始めた。
其れから少女は少しばかり昔話をしてくれた。どうやらこいつは家族に売られ、奴隷市場にいたらしく、買われた家族を皆殺しして、逃亡者として一人で生活していたらしい。案外平穏に時が進んだ数年後、たまたま目に映った、奴隷に物を運ばせてる貴族を見て苛立ち、そして今日。奴隷市場に忍び込んで、爆破させたそうだ。何とも稚拙な理由で爆破させたものだが人の怨みなんてものは案外そう言った単純なものでスイッチが入るのかもしれない。僕も唐揚げ弁当の唐揚げ全部食われたたらただじゃ置かないからなぁ。そうお前の事だよルイシ。
前を見てみると遠くに、黒い雲がせっせと、これから豪雨でも降らせるかの如く、広がっている。僕は久しい驚きにとても面白がった。そこには乾いた笑いは一つもなかった。
だが同時に少女に少しの苛立ちを覚えた。
「で、どうするんだ?」
「どうするって、またこれから逃げようと」
「お前の事を言っているんじゃねぇえよ。奴隷達の事だよ」
少女はあまり僕の言葉に要領を得ないのか、訪ね返してくる。
「だから奴隷達の今後はどうするんだよ。仮にだ。お前がやった今回の爆発で奴隷の誰かが逃げ切れたとしよう。お前はそいつを養えるのか?」
「なんで、」
少女は引きつった顔で僕を見る。
「なんで、ってだってそうだろ。お前は確かに奴隷の奴等の為と思って今回の騒動を起こしたのかもしれない。ただ其れはお前が思っているだけだ。お前は今回、運が悪く、ゴミのように扱った家族を殺した。ただ一方では、しっかり働けば、奴隷でも三食の飯が与えられる暮らしを保証する貴族共もいたかもしれない」
「でもそれって」
「確率の話だよ。ただ今回の爆破で一喜一憂して逃げ出した奴隷達がこの世界で上手く生きれる確率の方が確実に少ないって事は確かだ。僕が知っている。ちゃんと奴隷になっていれば、酷い仕打ちを受けるかもしれないが、殺される事はほぼ無い。買った方からすれば、殺しと奴隷の二つの法を破ってるわけになるからな。死刑になってもなんら可笑しくはない。ただどうだ?このまま奴隷になれず、されど金も無く、住所も戸籍もない。結局は女は衛生のかけらもない所で娼婦をし、男は暴力で金を奪い取る。子供達に至っては何も出来る事は無いから、ただ飢え死にしていくだけか、また捕まって売り飛ばされる」
「でもそれって、なんで、」
「だから確率の話だよ。偶々心優しい老夫婦の養子として迎えられるかもしれない。児童施設に拾われるかもしれない」
少女は今頃になって自分のやった事の重大さ気づき始める。
そんな少女に僕は近づき、シニカルに微笑む。
「お前は確かに正しい事をやったのかもしれない。ただ一つ。確信を持って言える事がある。お前は穴の拭き方が汚過ぎだ」
だけども僕もぐだぐだ説教しているわけじゃない。少女の私情現状を知ってしまった以上、見過ごすわけにはいかない。僕も金にものをいわせて、同意も無い、女男を人形扱いするのは虫酸が沸く。最近偽善者ぶってなかったし、こんな機会だ。
「だからやろうか」
僕の心はうずうずしている。
「え?何を」
「お前がやったんだろ。しょうがないから僕が穴の綺麗な拭き方を見せてやるよ」
少女は其れを聞くと直ぐ様はぱぁと明るくなり、笑顔でぶんぶん頷く。
「僕は、ソーマ・プセマ・エレオス。ソーマでいい」
「僕は、ナノ宜しく」
ナノが右手をこちらに向け、握手を求めてきた。僕は握手するのが嫌いなのだが、この時ばかりは応じようと思った。
・・・動かない。僕の右腕第二関節が動かない。腕を見る。そこには、まん丸と関節だけが膨らんだ右腕があった。僕のアドレナリン君。君が痛みをかき消すのが上手いってことは分かっていたけれど、僕が怪我を認識したら、直ぐ様どこかに引っ込むのはやめようね。
少女改め、ナノは言う。
「あ、ごめん」
僕は少し青くなった。
※ ※ ※
回想もそこそこ、僕等は昼食と取りに、中央通りの広場の汚い猫が乞食をしている、小汚い喫茶店に来ている。僕等はそんな汚い猫には見向きもしないで椅子に座る。大きな猫の引いた椅子が当たり、小さな猫は逃げた。大きな猫は、飯の時間になったのか、はしゃぎだした。
「いいか。飯の時間って言うのもは、この世で一片足りとも欠けてはならない時間なんだぜ」
「飯になって急にはしゃぐなよ。子供か」
僕は顔を合わせずにルイシを正すと、ルイシは子供だと言い張った。
「あ、はーい。分かりましたー」
いちいちルイシの面倒臭い言動に興味の無い発言をし、僕も席についた。
皆席に座ると、テーブルの真ん中にあるメニュー本を手に取る。
鼻にまだ匂いがこびり付いてたのか、其れとも単に食べたかったのか、僕はオムライスを注文した。リンネが遠回しの嫌みかと言ってきたが、特にそんなつもりは無かった。
其れから程度に食い終わり、店主に似つかない可愛いメイド店員の娘を眺めながらもやや談笑し、小一時間休憩を挟んだ。そして、飯が腸に下り、食い過ぎからくる嗚咽が無くなると皆阿吽の呼吸で席を立ち上がった。
「悪い店主。後で絶対払うから」
無銭飲食。
三人の中では一番足が遅い、煙草で肺が灰になってるリンネをルイシの肩に担がせ、走る。店主は飾ってあった、印が刻まれてるサーフボードに怒鳴りながらも急いで手を掛けた。が、突然、ハッとなると乗るのを止めた。
「ねぇねぇ!?行っちゃうよ?」
娘が腕を引っ張り、はねる音を発しても、ま、大丈夫だろうと無感情に根拠無い言葉を発し、三人が食い散らかした、食器を片づけ始めた。其の時見た親父を娘はどこかで造られたロボットように感じただろう。
僕等はそんな事はつい知らず、相変わらず走っていた。リンネの魔力で印を使えば、走らずとも行けるが、この前一度、こっそりと食べてるふりをしながら、椅子の下にワープシートをしこうとしたのがバレてしまい、そこから走って逃げる行動にシフトチェンジした。
ここはトアル街。印をこの街で使うには、先ず国に印の登録。いわゆる届け出を出して、国に認可されなければならない。もしも認可されてない印を使えば、警報が鳴り、即座にブラックリストに登録され、トアル国の出入りを極端に制限される。僕等は勿論していない。否出来ない。
「リンネ!」
「あーぃ」
関係無い僕等は、阿うんの呼吸で担がれた状態でリンネは、くるっと回り、ルイシが背負っているリュックサック型の三・二九次元バックから、ワープシートを取り出した。
次元バック
三次元バック(普通のバック)より、物が入るバック。僕等が持っているのは、三・二九次元バックだが最新のだと、三・三二次元まで開発されている。いや、開発されたと言うよりは、新しく半永久型の印に魔力を多く詰める事が成功したと言った方が正しいかも知れない。つまる所、このバック。一定の期限を過ぎてしまうと、印が消え、元の三次元バックに戻ってしまう。下手に例えると、保存料を目一杯使ったが、其れでも時間には勝てなかった消費期限過ぎの食材だ。下手だなおい。
で、消費期限ギリギリのバックから取り出したワープシートで僕等は、世界一高い村があり、世界一奇妙な旧友が村長をしてる、世界一高い山。スノーマウンテン麓に着いた。トアル国の警報は鳴らなかった。
※ ※ ※
午後九時。丁度、晩飯が食いたくなる、この頃。二人は、山賊溜まり場を見つけ、山賊狩りの作戦を実行する為、作戦会議を実行していた。
「で、作戦はどうする?」
「そうだな。お前が女装して、山賊達を誘惑している間に俺らがこっそりと一人ずつ殺るってのはどうだ」
「女装の件はスルーだとしといて、誰がルイシみたいな毛むくじゃらの山賊達に尻振ってちゃならないの」
「いいのかそんなこたぁ言って。猫の呪いが降り注ぐぞ。あれだぞ。明日起きたら、身体中傷跡だらけになってる系の呪いだぞ」
「呪いでも何でも無く其の傷跡、満場一致でルイシのでしょ。後ね、私は女。男じゃない。誰がどう見ようと女。十人中九人が結婚して下さいレヴェルの女」
「スルー出来てねぇえじゃねぇえかこの自惚れ女。俺が女装って言ったのは、お前が男に見えたからとか、そう言う悪口とかボケじゃなく、お前が男物の服ばっかり着てるから言ったんだよ。其れにいつも、ほぼ同じの黒のスポーツウェアーじゃねぇえか」
「レディース!お・ん・な!列記とした、レディース用のスポーツウェア何ですけど。其れにルイシだっていつも、同じ短パンシャツに謎の防水エプロンでしょうが」
「謎じゃあねぇえよ」
そんなノンステップで行われている脱線した作戦会議の最中、鈍った音が邪魔をして入ってきた。其れは二人がとても聞き馴染みのある、音だった。
二人は振り返る。
やはり其れは、血生臭い聞き馴染みのある音で間違いなかった。
「お前らがいつも通りに喋ってるから、見張り人が来ただろうが」
返り血を浴び、汚くなっている僕に、二人はえへへと頭を掻いた。木々が多く伸びている所でこそこそと殺したつもりだったが、ガサゴソと草に触れる音でどうやらややバレたらしく、山賊共が騒がしくなっていた。ので折角草の茂みに中腰になって隠れていた身体をあげ、膝に付いた土を払った。
「で、敵に見つかっちゃったから、作戦は結局、いつも通りのアレですか」
「で、敵に見つかっちゃったから、作戦は結局、いつも通りのアレですよ」
「で、お前等のせいで敵に見つかっちゃったから、作戦は結局、いつも通りのアレだよ」
僕は急所を貫かれた、人から塊になった物体から、物体の小刀を抜いた。そして、山賊が薪を焚き、酒を飲みはしゃいでいた、整地したのだろうか。不自然に森林が開いている広間に躊躇いも無く、入って行く。
「作戦名。作戦無視!」(なし)
※ ※ ※
其れは誰しもが、己の縄張りに入られたら起こす、本能的行動。威嚇。
ぐるりとほぼ全員であろうか。二十人程度が、僕等の周りを囲んだ。そして、どんな所にも社会はあるようで、切り株に座ってる奴が一人。其の後ろで、悠長に立ってる奴が五人いた。
「よぉ。こんにちわ」
ルイシの割りと丁寧な挨拶が終わると、切り株に座っている奴が応答に答えてくれた。察するまでも無く、あいつがボスだろう。
「なぁんだぁお前等ぁ何しにきた!」
一言で酒に酔いどれの気の高い男だと分かる。そんな酒で湯上がりしたてような顔色の山賊に、何故か勘に障った僕は、自然に口を開いた。
「何しに来たって・・・。分かってんだろ。この広場に入った途端に囲む速さ。まだ傷が直ってない者。前にもいっぱい来たんだろ。大体、社会不適合な面構えしているお前等の集まりに、わざわざ入って来て、野糞しにきただけです。って奴とか、山菜取りのついでに休憩しにきただけです。って奴はいねぇえだろ。馬鹿じゃねぇえのお前。僕はお前等を殺しに来たし、お前等はここで死ぬの」
「何で、いきなり切れ口調なんだお前」
ルイシは呆れた声で僕に言った。
「ハッハッハッ!べらべら喋るな。面白くないぞ」
「面白く喋ってねぇえよ」
「そうなのか?で俺達を殺すのか?」
野太い声から出される、お気楽な言い返しっぷりにしどろもどろになる。見た目に反してこのボス、かなりの極楽爺だ。其れとおい。後ろで笑ってる糞猫と糞女。後で分かってんだろうな。
「おもんないぞぉ」
「面白くねぇえな」
「俺の方が三倍面白い」
「の二倍」
「お前等も相当面白くないよ」
何だかボスの後ろでめんどくさそうに棒立ちしている五人組もうざかった。もしかするとここにいる奴は全員、こんな奴等なのかも知れない。
まぁいい。そんな事を考えたって、金額が増える事もメリットが出る事も無い。
「さ、やろうぜ。ぱぱぱのぱっとさ」
ルイシの気楽な声に我に返った僕は、「ああ、やるか」と答える。
あっち側も時間掛けても解決する事ではないと分かっているのか、山賊共も戦闘準備に入った。
「ま、いい。殺した後にでも、また楽しく酒を飲もう!」
「イエッサー!!!!ボス!!!」
「行ってこい」
極楽爺の其の言葉で、士気が高まった連中等が一気に僕等へと飛び込む。
悪くない連中だなとは思った。酒が入ってると思うが、其れでも勢いが取り柄だけの連中だけど、酒で囲えば、一日で仲を深めそうな連中だと主観的には思った。
だが死んだ。直ぐ死んだ。僕達の五○○万ウールの為にうざい彼等は儚く死んでいった。
僕がリンネに声を掛けるとリンネは、肩からショルダーバックのように担いでいた、鍵穴。魔法書ミデンのページ開き、そこに手を当てる。
「頼んだよ」
すると、別次元からひょっこりと口だけ付いた火の玉達が、何やらうがうが呻きながら囲ってる山賊目がけて、飛んで行く。山賊達は避ける間もなく、あんぐりと口を開いた火の玉に食べられ、焼け、悶え苦しみ、灰になる。
続いて僕とルイシ。円を描いた灰を飛び越え、次に構えてた五人組を僕は小刀、ルイシは素手で殺す。否、そいつ等は構えてたというより、只呆然と立っていた。無理もない。今の今まで、酒を注ぎ、はしゃいでいた仲間が突如、姿を変えたのだ。人事ではあるし、殺ったのは自分達だけれども、仮に僕に近しい動物が同じ事になっていたら、彼らと同じくデグの棒になっているだろう。仮にもそんな事は絶対無いのだけれど。
と、残るは本日最後のディナー。
ボスはがっしり構え、この光景を見ても逃げずに立っていた。足を小刻みに振るわせながら。主たる意地だろう。これから殺される、勝てる見込みが無い、最後の勝負。僕はボスに声を掛ける。
「お前の事なんて微塵も分からないし、どうでもいいけど、お前の部下はお前のボスでよかったと思うよ」
「皮肉か。それと数分立ち会わせたお前にはそんな事言われたかねぇえよ」
そんな短い会話をし、ボスがハッハッハッと笑い終わると剣を持ち、こちらへ特攻する。目でも伝わる気迫の一刺し。僕は剣をゆるり交わした。つもりだった。横に避けた剣が僕の頬を掠った。油断していたのか、どうなのか。事が事に驚いたが、小刀で剣を握った両手を切り落とすと、足払いする。頭から転ぶボスの顔を地面に叩き、マウントポジションを取る。時間差で両手で握ったまま剣が遠くで突き刺さる。
僕の頬に血が伝う。
「お前、名前は」
ボスは何かを言っていたが聞こえなかったので、顔を横向きにしてあげた。
「で、名前はなんてい」
「俺には名前など無い」
ぜぇぜぇ息を吐きながら、ボスは喋った。其の言葉に僕の身体が棒になった。たかが名前が無いだけの事だ。人事で他人事だったのに何故か、笑う事が出来なかった。
「いや、ボスと呼ばしていたから、名前はボスなのかも知れんな。ハッハッハッ」
ボスの身体は小刻みに震え、泣き面になっていた。其れは死に対しての恐怖なのか、仲間の死を受け入れてる恐怖なのかは知らない。
こんな仕事をやっているくせに、情があっさり移る僕は、早くこの状態から早く抜け出したかった。
「極楽爺「ボス」と其の子分と共に」
彼は抵抗しなかった。仲間が殺られてる時も逃げずに抵抗しなかった。戦う時も、自分から真っ向から立ち向かった。
だが、そんな彼も死に抵抗した。身体を目一杯動かし抵抗した。彼もまた、殺し殺され、等しく人間だった。
僕は彼の首をハネ、服に見事な返り血を付ける。頬の血と彼の血が混じり、落ち、彼の今日が終わった。
※ ※ ※
僕達、否、僕は、気分をあっさりと切り替え、防腐剤を打ち込み、首をクーラーボックスに入れたのち、山賊達が盗んだ盗品を、盗みに入る。が、あったのはコーヒーと其の豆ばかりで、酒は少々、目欲しい物はあまり無かった。飲み食いが好きなルイシの目には、めぼしい物にしか写らないだろうが。
「そろそろ、依頼所に戻るか」
「そうねぇ、バックの中に酒とコーヒーを詰めるだけ詰めたら帰りましょうか。ルイシ。任したよ」
ルイシは、よし来たと言うと、せっせとバックの中に放り込む。数分後、ラスト数本の所でバックがパンパンになった。このバックが帰宅中に、魔力が切れ、溢れ出さない事を祈る。
其の後、腐臭が漂うとスノーマウンテン付近の住人に迷惑が万が一にも掛かるかもしれないので、大きな穴を掘り、山賊達の遺体をそこに纏めて放り投げ、埋めてやった。何となく、余った酒とコーヒーを墓らしき前に置く。汚れた手が汚れ、疲れた。
「んじゃ、帰るか」
片手に首。腰の帯には小刀と刀。隣には主夫のデブ猫。の隣には、無尽蔵の魔力と第零の魔法書ミデンを持った少女。改めて客観的に見て、近寄りがたい集団だった。近寄って来られるのも、乗り気はしないが。
で、僕等は帰った。余り急ぎもせず、かと言って遅歩きでも無く、可も無く不可も無く、五○○万ウールで何を買うかと言う、たわいの無い会話をして帰った。ろうとした。
そんな時、不気味な音がやって来た。
「みぃいつけた」
聞きたくも無い、嫌な声。振り返る。何かがガサゴソ動いたらと思うと、草の茂みからさっき殺した山賊達のどれかであろう、奴が立ち上がった。
身体はほぼ正常なものの、胸に空いた傷口からは、血が足先までに滴っていた。
紛うことなき、そいつは死んでいた。恐らく、最初に僕に刺され、死んだ見張り人だろう。すっかり忘れ、埋めるのも忘れていたようだ。すまそん。
そんな忘れられた死体が平然と喋り、血に絶っている。
だが、僕は驚かない。怖がった。何故なら、僕は其の存在を知っていたからだ。知ってると言うのは、さっき殺したから、知ってると言う意味では無く、其の行動を知っているのだ。死が平然と立って、喋る其の行動を。
「お姉ちゃん・・・」
「ありくい!?」
そして、この行動も知っていた。身体が蘇生し、変わる其の行動を。人形と契りを交わした、其の女を。
「そ~ま~、るいしぃ会いたかったよぉ」
ありくい。
僕と同じく、海辺を倒れていた所をルイシに助けられ、あんな風になるまで育てられ、とある人形と契約した異常者。背丈は僕と同じ位で、長い黒髪。ありくいを一言で言えば、妖美な妖怪。他人に対する嫉妬心が強く、其れが原因で事故が起こり、僕はルイシと共に、ありくいを決別した。そして今はこいつから逃げて見つかる、逃げて、見つかるのこの頃である。殺人鬼が本物の鬼に追われてる気分である。
で、こちらに向かい、大粒の涙を垂らし抱きつこうする、姉改めありくいに一先ず、距離を取る。其の後素早く、ルイシにサインを送る。ルイシは頷き、隣で普通に驚いていたリンネを抱え、僕より更に距離を取った。
「あれがちょこちょこ怪談じみた雰囲気で話してくれた、ソーマの実の姉!?初めて会った。凄く綺麗・・・・」
「別に実では無いけどな。海辺で仲良く抱き合って、寝てたから、ソーマより少し背丈が大きかったありくいを姉と言う設定にしただけだ」
「何其れ。もし、助けた時にソーマの方が大きかったら、ソーマが兄になってたわけ?」
「ああ、多分な。過去の俺に聞いてくれ。其れよりお前。バックからワープシート取り出して、ワープがいつでも出来るように準備しとけ」
「もう。でも今バックの中酒だらけで、ワープシート取れないんだけど」
「大丈夫。こんな時の為に、ワープシートはサイドのポケットの中に入れといた」
「ふーん。やるじゃん」
「其れ取り出したら見とけよ。結構面白いから」
無駄な戯言が無数にあったが、これで準備も整った。後はこの女をどうするかだけだ。
言っても、こんな緊急じゃ、逃げるしか方法は無いんだけどな。面白くも何ともない。
「お姉ちゃんどうした。こんな所で」
「どうしたも何もだよ、ソーマ」
「いや、だからどうして、こんな場所にいるんだよ」
「其れは人の勝手だよ、ソーマ」
「いや、まぁそうだけど」
「じゃいいじゃん。早く抱きつかせて」
「駄目だ。抱きつく通りが無い。で、抱きついたら其のまま僕を拉致しかねない」
「抱きつく理由は好きだから。ほら後、抱いてみないと分からないよ」
「いぃや駄目だ。僕は抱かれない」
「何やってるの、あの人達は」
呆れた声でリンネが言うと、「なっ?面白いだろ」とルイシが答えた。
ありくいがこちらへと近づいて来る。僕は何でこっちに来てんだよと言い、後ろに歩を進め、ありくいは、何で後ろ下がってんだよと言い、前に歩を進めた。別に怖いからと言う訳では無い。仮にも姉だ。殺され、食われ、化けられても、姉は姉だ。結論、怖い。そして勝てない。で結果として、逃げるしか選択方法が無い。あれ、僕って実は弱くね?
「ルイシが抱えてる女の子は誰?」
しまった。ありくいが近づいたのは、僕に抱きつく為では無く、リンネに近づく為だった。
あ、駄目だ。駄目だ駄目だ。今直ぐに殺しはしないだろう。食べたりもしないだろう。拉致したりしないだろう。だが駄目だ。ありくいの其の一言で思考停止した僕は直感のままに、最後の魔力を使い、地面と平行して跳び、其のままルイシに抱きついた。跡地は、大きく地面が抉られ、僅かながら残っていた魔力電池は、完全に空になった。
「あの、私、リンネって言います。あの、お世話になってます」
「・・・リンネちゃんね。よろしくね。ソーマの姉のありくいだよぉ」
「馬鹿!何、丁寧に挨拶してんだよ!リンネ、早く飛べ!」
「あ、突然ですが、また会う時にでもゆっくり」
「其の時までソーマをよろしくね。ばいばぁ」
ワープ。
ありくいは追いかけもせず、箇条に話し、手を振り、ただ見送った。
結局、何も無かった事に驚き、一人祭りに恥じを掻き、家に着く。
僕の直感とは、ただの恐怖心。其の一点だけだった。
※ ※ ※
靴を脱ぎ捨て、家に上がると僕等は荷物も放り投げ、エンジンが切れた僕達はなんとなく、同じソファーに腰を揃えた。僕はルイシの肩に寄り添い、リンネは頭を僕の股に乗せる。僕はリンネの頭を無感情に撫でる。誰一人喋らず、秒針が幾度も回った頃。
「僕のお姉ちゃん、綺麗だったろ」
突然、僕は徐ろに話し始めた。リンネは其れを無言で相づちし、僕が話す言葉を待つ。嘘のようにルイシは早々と隣でぐっすり眠っていた。
あいりくが僕の事をどれだけ愛しているか。
ありくいが人形と契りを交わした事。
ありくいが僕達の旧友を殺した事。
僕達がありくいから逃げる理由。
そして、ありくいが人間を食べる理由。
洗いざらい、僕の持ち合わす言葉で全て喋る。
そして、話も終盤に差し掛かった。
「あいつは食った人間をコピー出来るんだ。体型から声色まで」
「へぇ」
「あいつは嫉妬心が人より、何倍も強いんだ。昔、僕とルイシと仲良く遊んでた二人がありくいに食われた事もある。幸い、まだ生きてた所を僕達に見つかったお陰で、一人は死なずには済んだが、もう一人は殆ど食われてた。で、僕達は其の一件もあって、ありくいを本気で殺そうとしたんだ。でも駄目だった。あいつは僕とルイシなんかより強いんだ」
そして、僕の姉でルイシの子供だ。本気で殺しに掛かっても本能が殺させようとはしてくれない。
僕が結論を出す。
「で、この小話を纏めるとだ。お前も含め、僕達と仲良くしている奴はいつか、ありくいに殺され、食べられるかもしれない。これが僕が恐れる理由。逃げる理由だ」
少しだけ黙ってたリンネの口が開く。
「其れじゃ、何でみんなと仲良くするの?仲良くしてる所バレたら殺されちゃうのでしょ」
真っ当な質問、正論だった。そうだ。そんな事が分かってるなら、何でみんなと仲良く連んでる?ありくいに見つかれば殺され、食べられる可能性もあるかもしれないのに何で?
答えは考えなくても出てきた。
「それは嫌だ。だって面白くない」
「はぁ?」
「だって、そんな事で僕の人生が面白くなくなったら困る。だから、お前や友達を仲良く連む事を絶対に止めたりしない。知ってる。僕は果てしなく屑だろう。人間の屑の中の塵の中から選ばれた糞だ。こんな人間、どこにもいないだろうし、いてほしくも無い。女に困りは無く、面白い家族や友達に恵まれ、性格は偽善者面の人格破綻者で、顔は中の上。おまけに、今は妖美な姉に逃げ隠れしながら、お宝探し。そしてこんな事を堂々と言える僕は僕が大好きだ。だから僕は、僕が僕で在り続ける為、僕はこの性格と人生を止めたりは絶対にしない」
其れを聞くとリンネは溜め息を吐き、少し間を空け、知ってたと言った。僕も知っていたと言い、頭を撫でた。撫でられている時のリンネは小動物のようでとても可愛らしい。
さて、一通りは話し終わったし、今後の予定でも考えるとしよう。今日は晩飯食えないから、風呂入って寝て、明日の朝に依頼所に行って、五〇〇万ウール貰うと・・・・・・。
・・・・・・ん?あれ?
突然、僕の脳裏に走馬燈に近い感覚が陥り、何かに引っ掛かる。
あれ何だ。この気味の悪い感じは。何か大事な事をリンネに言い忘れているとか。いいや其れは無い。無いはずだ。
そこから少しの時間。自問自答した僕は、一つの引っ掛かりを見つけた。
何で僕等は家にワープした?
いや、そこはいいんだ。そこに関してはいいんだ。何の引っ掛かりも無い。憶測だが、焦っててとか、急に言われたからとか、そんな理由だろう。馬鹿野郎、依頼所にワープすれば、すぐに五〇〇万ウールが貰えて、手間が何個も省けただろうがとか言ってればいい。引っ掛かる問題点は別だ。リンネがあそこで、何を使ったと言う点が問題だ。僕は心の引っ掛かりを見つけ、そうであってほしくないと願い、リンネに問い掛けた。
「なぁリンネ。お前あの時ワープシート使った?」
「はぁ何言ってんの。使わないでどうワープするのよ」
淡い希望もどこへやら。至極当たり前の答えだった。
突如、焦りと恐怖と面倒臭さが同時に混在し、何で気が付かなかったんだと自分を悔やんだ。汗が頬を伝り、リンネの顔に落ちる。リンネはひゃと変な声出し、股に頭を乗っけたまま、顔をこちらに向けた。怒鳴ろうと思っていたのだろうが、僕の顔色を見て、怒鳴るを止め、どうしたの?と割と心配そうに聞いてくる。其の声で少し落ち着いたが、汗は一向に止まらなかった。
だが、切り替えも大事だ。これを逆に都合の良い話として捉えよう。この話を上手く使えば、例の件も上手く纏められる。かもしれない。
再度、リンネが聞いてきたので、聞き返されないよう、ゆっくりと丁寧に答えた。
「この家を爆破する」
リンネの身体が起き上がり、無言のまま、数十秒こちらを見て、えっ。と答えた。
※ ※ ※
「えっ?」
「二度まで言うな。今から、箇条に端折って説明するから」
冷静になった僕は落ち着けと言わんばかりに、冷静ではなくなったリンネを元の位置に戻す。
「・・・違うよ」
自分の場に戻ったリンネは少しの沈黙ののち、小さく俯きながらも言葉を放つ。
リンネの言った言葉のボールの意味が捕らえきれなかったので、うやむやに話しを続ける。
「?いいかよく聞け。とてーも大事な事を言い忘れていたが、僕の姉はワープの回路に侵入する事が出来る」
「違うよ」
あん?何だこいつ。そこは驚嘆の声を上げる所だろ。「えぇ!?ソーマのお姉ちゃん、ワープ回路に侵入出来るのぉ!?すっごいー。何でさっき言わなかったのよっ!」とか言う所だろ。其れにさっきから、何を否定してんだこやつは。
「いいや、違うくない。僕等は今、ワープを使ってこの家に着いた。超ブラコンストーカーの目の前でワープして。と言う事はだ。ワープ回路をハック出来るって事は僕等の所在地がバレたとイコールで繋がる。今までの経験上、姉は大体一日位で所在地を割り出せる。ハッカーの中でもかなり早い部類だ。だから其の前にここを爆破して逃げる」
違うよ!
リンネは、僕の顎にドカッと当たりながらも顔上げ、今度は立ち上がった。いてぇえよ馬鹿。顎をさする。横のデブ猫はよく起きないな。
「全く持ってソーマのお姉さんは、意味不明に凄いんだけど、家を爆破させても、ワープした場所、つまり所在地は変わらないわけだし、私達はここから逃げればいい訳だし、別にこの家を爆破する意味は無いでしょ。だから違う」
「馬鹿。其れこそが一番重要なんだよ」
「重要・・・」
よしよし。其の調子。其の調子。
「そうだ。重要だ。考えてもみろ。ほぼ肉親の姉が弟の家に勝手に上がり込んで、弟の私物を舐め回すように舐め回す姿を。親近相姦が好きな奴からすれば、これ以上ない展開なのかも知れないが、生憎僕は、苦手でないが得意じゃない。だから単純に気味が悪いし、気持ち悪い。これが爆発させる理由だ」
「そんなの理由にしないでよ」
「そんな肉親を持った事の無い人にはそんな理由なんだろうな」
「違うよ。そんなので家を壊したら」
何故かリンネの目はうっすらと濡れていた。自分でも其れが気づくと恥ずかしくなったのか、顔を俯かせ、再度言葉を発した。今のリンネは他者から見れば、凄く面倒臭い女に見えるんだろうな。やはり、可愛いは正義。不細工だったらぶっ飛ばしてた。
「違うよ・・・」
うーむ。ほんとどうしたんだこいつは。違うよ違うよの一辺倒になりやがって。やはりこの家が相当好きだったのか。
其の後も理由を何個か挙げたが、何故か納得のいかない顔ばかりしていた。って顔が俯いてるから、判断つかねぇな。けど態度から察するに納得がいってない事は確かだろう。
まぁあれだな。もしかすると僕も分からんでもないかもしれんな。僕もルイシに「明日、家壊すべ」とか言われたら、パニック必須だろうし。だからまぁ僕もリンネに言ったんだけども。
僕は最後にテキトーな言葉で彼女諭す事にした。
「まぁあれだ。お前、居候だろ。だからあれだ。僕はお前の意見で左右される事はないし、今ここで駄々こねても無駄ってことだ。つまり諦めろ」
あれ?諭すってなんだっけ?
「ばかっ」
リンネが俯きながら、ビンタを繰り出してきた。何で直ぐに手が出るかねぇ。
僕は其の手をなるたけ優しく止めると、其の手を引っ張り、宥めた。
「ほぉらぁ泣き虫小僧こっち来てみ」
リンネは抵抗無く指示に従ってくれ、元の位置に戻る。そして頭を撫でると髪に隠れた顔を見せた。
「ズルい・・・」
「あやすのだけは巧いかもな」
リンネは落ち着き、撫でるのを止めると今度はリンネが僕の手を掴み、無言にも催促してきた。灰で肺が染まっていても微妙にまだ子供だ。甘えたいのだろう。僕は何も考えずに頭を撫で、リンネもまた撫で続られた。そして僕は確信した。勝ったな。
「んなわけで、今日もう疲れたし、風呂入るぞ」
撫で撫で続けれの数分の沈黙を一言で切って、うとうとしていたリンネをどかし、代わりに隣で寝ているルイシをおんぶした。
二階に上がりルイシの部屋に行き、ベッドにぶん投げ、一瞬の重さに耐えれなかった肩を回すと風呂に直行した。
ふて寝をかましてそうな顔だったが、まぁ気にしないでおこう。
風呂場に入るとシャンプーでかき混ぜる為にシャワーの水を跳ね返すパーマに水を染み込ませる。
この湯船に浸かるのは最後かぁ、とか思いながらも、眠気眼なリンネも入りたいと言う事なので、わりかし早くに出た。上下灰色一色のパジャマに着替え、何と無くテラスに出て星を見ながら、僕はリンネを待つ事にした。
風呂からあがったリンネからは、まだ起きてたの?と言われたが、其れ以上は何も言わず、僕にやや寄り添い、煙草に火を点ける。
僕は星を見ても、綺麗と思わず、只虚無感に浸っていた。
何分経っただろうか。何十分経っただろうか。時間を忘れた頃、リンネが口を開いた。
「今日でこの家と景色ともお別れなんだね」
「あぁ」
「今から、考え直す事出来ない?」
「あぁ」
「そっかぁ」
「其の代わり、今度住む家は雪合戦がしたい時にしたいだけ出来るぞ」
「ほんと!?」
「ほんとほんと」
「なら私もこの家を爆破させるのに賛成」
「其のフレーズ、すげぇシュールだな」
「ほんとだね、ふふっ」
多分、そんな理由で絶対に賛成はしていないだろう。全ては総て偽りで、自分の感情にストップを掛けている。
「この家とももうお別れかぁ・・・」
リンネは一言言うと、今度はあんあんと泣き出した。あれ?感情ストップ出来てなくね。其れにしても、泣き所を分かってるなぁ。良い夜景に良い面した女の涙。普通の男だったら、速攻落ちてるぜ。策士かお前は。まぁ僕はそんな泣き面見て笑うけど。
其の後も途切れ途切れに中身の無い会話を淡々と続け、いつもまにか僕等はテラスで寝てしまっていた。
ハッと起きると、空は夕暮れに輝いていた。テラスで寝てしまっている事。リンネが僕に抱きつきながら、寝ている事。空が夕暮れに輝いている事。通常ではあり得ない光景と寝起きの脳のせいで、状況が理解出来なかった。取り合えず出来る事をと思い、リンネをおんぶし、ソファに寝かそうとする。
其の時、リビングのドアが開く。家には三人しか住んでないので、其れは言うまでも無かった。
「ん?これはどうゆう状況だ?」
「知らねぇえよ。僕も今起きた所で困惑してる」
「なんだ其れ」
そうルイシだった。僕は急いで回転しない脳で聞かないといけない事があった。
「今は朝だよな?」
「?ああ、そうだが。どうしたお前」
よかった。命拾いした。紛らわしいんだよ。夕方だと思っただろうが。
「いや、空を見たら夕日だったもんで。其れよりルイシ。昼前にはここから出るから、今日中にこの家を出るぞ」
「あ?」
「今日の予定は依頼所に行ったのち、新居に向かう。其れだけだ」
「は?新居?どゆことだ?は?」
「昨日話しただろ。ありくいの事と例の件」
「は?」
ハッ!そうだ。こいつは寝ていたんだ。すっかり忘れていた。
僕は前日、リンネに話した時より、更に端折って説明をした。ルイシはありくいの親だと言う事もあり、まだ脳が起きてない、言葉足らずの文章でも理解してくれた。
ルイシは話してる途中から顔が青ざめ、話し終わると、めんどくせぇと発狂し始めた。其の声でリンネが起きたので、背中からゆっくり降ろす。リンネは大きな欠伸をしたのち、この状況はなに?と言う。僕は、「そんな事より昼前にはここを出るから私物纏めろよ」と言った。
荷物纏めは大方、整理中に見つけた懐かしい物に浸って過ごす時間となった。
結果、朝早くに始めたわりには、気付けば正午になっていた。其の後は流石に不味いと思い、急いで用意を済ませた。
「もう行くぞ。用意はいいか?」
そう言うとリンネは驚きの声を漏らした。
「えっ?あれ?爆破は?」
「なんだそれ?爆破?ルイシ何言ってるか分かるか?」
「知らねぇえぞ爆破って。一体何を爆破すんだ?」
「あれっ?ねぇえソーマ。あれっ?」
「首を傾げてこちらを見てもお前がおかしいだけだよ」
僕は今度こそリンネを諭した。
「夢でも見てたんだろ」
諭す言葉を今度からは調べて言う事にする。
「ソーマ。そーま。そーまぁ」
ここで女の子はサプライズに弱いと立証されますたね。これぞ、感情の起伏を利用した、落として上げる恐怖政治大作戦。ありくいがどうしようと爆破なんてするかよ。馬鹿らしい。
だが作戦にまんまとハマったリンネは唐突に僕に抱きついた。ルイシがシニカルにニヤケる。何に対しての含み笑いだったのかは今は考えないようにしよう。
さて、行こうか。
これからは毎日1000~5000文字程度で投稿しようと思う(嘘)
まだまだ修正も入れていくので宜しくお願いします。
なろうは改行があった方がいいのかな?
アドバイスの方も宜しくお願いします。
今後も頑張っちゃうぞ~(はぁと)