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最期の雷  作者: 快男児 御肉
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逆鱗

 最期の雷

 第一章 旅立つ海に思う事

 第五話 逆鱗

 私達がベンチに腰掛けてから、幾ばくかの時間が過ぎた。

 男は通信端末の操作を続けている。

 私はぼんやりと微睡みながら、時間が過ぎるのを待っていた。

(本当に、申し訳なかった)

 御雷姫様の声がする。

 私は緩慢な思考ながらも、何故、貴方が謝るのかと聞いた。、

(妾は彼奴の保護者代わりじゃ。幼い頃から、今日まで何度となく、彼奴に説教をしてきた。彼奴の行動について、少なく無い責任がある故な)

 それでも、貴方が悪い訳では有りません。悪いのも、ここまでの事をしたのもあの男です。

(妾はアレの行動を理解しているし、納得もしておる故…彼奴を止められぬ。しかし其方にまで理解を得られる内容では無い事も承知しておる。居直るつもりは無いが、謝る事しか出来ぬのだ)

 御雷姫様の声に少しづつ、微睡に揺蕩っていた意識が浮かび上がる。

 …何故、貴方の様な方が、あの男をそうまで庇うのか、私には解りません。

(うむ、まあ、そうじゃろうな。彼奴は其方の前に立つに当たり、敵として対すると決めておった。其方にはそうとしか思えぬじゃろうのう)

 敵として、ですか…私はあの男に憎まれているのですか?

(彼奴は其方の本質を垣間見た時点で、そう当たると決めた。船に乗り込む際の一幕の時じゃな。けして憎んでの事では無い。本来、彼奴はお前の様な在り方の者を好む傾向が在る。それに、お前の容姿に古い幼馴染の面影を重ねておった。他にも、お前に情をかける理由は幾らでもあったでな。偶に優しかったじゃろう?)

 本質…私を海兵もどきだと、言った件ですね。

 優しくされた覚えは在ります。しかし、今となっては、あれが優しさだったとは思えません。

 何故…キアラをこんなにも、打ちのめしたのですか。

 協力を約束していたにも関わらず、どうして私の友人が、こんな目に合わなければならないのですか。

 私にはあの男が、心底から解らなかった。

 その疑問を御雷姫様に、子供の様に何故、どうしてとぶつけた。

(その娘が彼奴を敵対者として報告した故、状況を掌握する為、其方達二人の反骨心を根絶やす事に決め、彼我の実力差を明確にしたのじゃ。其方が敵対行動に出る事を見越し、其方への幾許かの情も握り潰し、その心情をも手玉に取って牽制したのよ)

 その為にキアラはこうなったと言うのですか!敵対の意思を挫く為に、見せしめにしたと!貴方は、こうなると解っていて私を止めたのですか!

(そうじゃ、今の彼奴に突っ掛けて、この程度で済むのならば、まだマシな方よ。彼奴は良く己を抑えた)

 そう…ですか。裏切られた様な気分です。

(すまぬ。其方達の運の悪さに同情もするし、この仕打ちへの罪悪感も在るが、どこまで行っても妾は彼奴の身内じゃ)

 運が悪い?同情?そんな理由で歪められ、謝られたのですか。私達は!

(不安定な状態に有る彼奴と行き合い、喧嘩を売り、無闇に追い詰めて返り討ち。運が悪いとしか言えぬ。本来、善良である其方達がこんな事になれば、同情もしたくなるというものじゃ。しかしな、本当に歪んだならば、生き方や、精神性さえも変わる物…。其方は今、其方の矜持に従い、妾に憤りを感じて居るじゃろう?安心せよ、其方は歪んでなどおらぬ。一つ学んだと思って今は耐えよ、決して悪い結果にはさせぬ故)

 …最後です。何故あの男は制圧という判断を下したのです。素直に付いて行って事情を明かし、助けを乞えば良かったと言うのに。

(…彼奴にその選択は出来ぬ。彼奴の覚悟がそれを許さぬ)

 覚悟?恩人を救う為にと協力を求めながら、こうべを垂れる事も出来ぬとは、大した覚悟ですね。

(其方は良き者ではあるが、其方の価値観だけが正しい訳では無い。彼奴の持つ価値観にも同じ事が言えるがな。心せよ、これ以上、彼奴を追い詰めるでない。相反する価値観がぶつかりあえば、弱い者が退くが道理。彼奴の価値観と対峙すれば歪むのは其方よ。其方は今のままで居るべきじゃ)

 ……もう聞く事はありません。


 苛々する。

 私は気持ちを切り替えようと、膝の上に目を向けた。

 失敗だった、膝の上には男の荷物があった。

 苛つきもあって放り投げてしまいたいが、得策では無いし、何より重すぎて無理だ。

 私は苛つきながらも、その荷物について考えた。

 この膝に載せたこのボロ袋の重さはなんだ?ゴツゴツと硬い感触が目立つ。

(ボロ袋では無い)

 ……。

 どれだけ武器が入っているのだろうか?まさか爆弾の類いを抱え込まされているのではないだろうな?

(大事な物だ。丁重に扱え…その袋も含めて、荷物の殆どが彼奴の逆鱗ぞ)

 ……黙って下さい。もう聞く事は有りません。

 逆鱗と言うのなら、あの男の方こそ、既に私の逆鱗に触れている。

 私の友人を痛め付け、その心を踏みにじったではないか。

 苛つきが募る。私はこの怒りをどうしたら良いんだ。

(堪えよ。今は我慢じゃ。けして悪い様にはならぬ故)

 御雷姫のその言葉に、深呼吸を一つして、怒りを飲み込んだ。

 今は、そうする事しかできない。

 

 御雷姫との会話を終えた私は、隣の友人に意識を向ける。

 彼女は揃えた膝に肘を付き両手で顔を支えながら、じっと男を見据えていた。

 顔色がかなり悪い。

「キアラ、少し休んだ方がいい」

 御雷姫と話したとは言え、あれ程の目に合ったキアラをほっぽり出して、微睡みに落ちた私はバツが悪くてそう言った。

「起きた?この状況で寝るとか流石の太さだ。少し安心した…」

「すまない、キアラの方が大変な目に合ったと言うのにな」

「あーうん、ソコは軽く返して?『太いとか言うな!』みたいに?相当参ってるね〜」

「…自分が情けなくてしょうが無いんだ。キアラの危機に私は何も出来なかった。戦意を折られた後も、アイツの行いを止める事さえ…」

 私は打ちのめされた友人への、あの仕打ちを止めに入る事さえしなかった。私は、目の前で嬲り者にされる友人を見捨てたのだ。

(それは違う。あの時、其方は彼奴によって精神的に機先を制されておった、何かしようにも、何もさせては貰えぬ)

 それでも、物理的に抑え付けられた訳でも無いのに、私は何もしなかった。

「酷い奴だなんて思わないよ?だってアイツ怖いし…」

 キアラに気を使わせてどうする…。私よりよっぽど酷い目に合っているんだ。切替えろ。

 キアラは顔色は蒼白にしたままで、男から目を離さずにいる。

「ずっとアイツを見ていたのか?」

「うん、ちょっと気になる事があってさ。それに何をやってるのか気になる。そう言えばアイツ、私達に気付いてるよね?さっき『能力』を使おうとしても、使わせて貰えなかったし」

「っ!『能力ちから』を使おうとしたのか?」

「何度もね…。魔力回路に介入されて、全部止められた」

「まて、アイツは術式戦闘者じゃないだろう?先程の動きの中に魔力の流れなど無かったぞ?あんな動きを魔法無しで行うのも異常だが、どうして魔力回路に干渉できる…」

「解かんない…確かにあの時、魔力の流れは無かった。でも、魔法は使えると思う。さっき、端末を操作しながら、マスター入力でマナリンクさせてたし」

「あの端末は、魔力適性者仕様か」


 魔法理論が開示されると同時に、生活を支えるインフラの一つに激変があった。

 天道財閥により版権が独占されている、魔力的相互干渉システム──通称マナリンクシステム──搭載型端末機の登場。

 そのシステムは一言で言えば、端末機とユーザーの間に魔力通信網を構築できるというだけの物。

 使用例としては、音楽を常にリンクを通して聞けるようにしたり、時計のアラーム機能や着信をダイレクトに精神体に伝えさせたり、と現在ではかなり生活に密着している。

 これらの機能により、時間にルーズな人間は減った。

 昔はそうでも無かったらしいが、今では時間を守らない人間は、かなり厳しい目で見られる。

 何せちょっと設定するだけで、寝坊やド忘れ等の心配がほぼ無くなるんだ。聴き逃しも何も無い。

 なのに仕事や約束に頻繁に遅れて来る人間が居るなら、信用されないのは当然だ。

 使用例云々はさておき、今では生活に欠かせないマナリンクではあるが、肝である相互干渉システムを使いこなせるのは、魔力適性者だけだ。 

 適性の無い人間にも使用できるマナリンク。

 しかし…その真価である端末への命令文入力を行えるのは、魔力適性者だけだからだ。

 非適性者向けの端末には、そもそもリンク入力機能が存在しない。

 違いはただ、命令文の入力が行えるだけ。

 一般的にマスター入力と呼ばれるその機能。

 それなら、非適性者向け端末の操作板からの、簡易リンク構築パネルで充分だという論は有る。しかし、それは一般社会での話しだ。

 戦場等の、限られた装備のみで最善を目指す状況に在る時、この機能は真価を発揮する。

 昔の話しを聞けば聞く程、このマスター入力の性能と汎用性は異常と言える。

 昔の通信端末は一つの機能を構築するのに、ソフトとハードの両方を、それなりの労力をかけ、物理的、電子的、価格的限界と相談しながら、盛り込む必要があったと言う。

 それが感覚的に、リンク入力しただけで構築され、条件付け次第で、現実の使用者の状況に合わせて機械的に作動する。

 なんの機材も無く、装飾品サイズの通信端末と、使用者の入力だけでだ。

 例え、通信端末という概念を逸脱しない範囲ではあっても、限られた状況下において、その性能を頼る事が出来ると言うのは、大変なアドバンテージを持つ事となる。

 マナリンクの黎明期には、この機能を使って、単身で旧国家規模の相手と戦った人間達もく居たらしい。

 何せ、昔は様々な準備の上で可能になった『俺が死んだら…』というやつを、単身で容易く、行えてしまうんだ。

 当時は、世界中で政治的、経済的不正の告発が相次いだという。

 一番有名な所では、旧国家級自治領の自治政府主導で行われた、魔力適性実験による大量虐殺の証拠の暴露と、国際社会へ向けての救援の要請をマナリンクを介して行った人物も居る。

 結果、その訴えに応じた国際社会の働きにより、その自治領は解体され、多くの人命が救出された。今では、その人物アリー・サイード・アルシャッドは英雄として知られている。


 目の前の男は、それ程に危険な機能を使用でき、いま目の前でその仕込みをしている…。

「ねえ、さっき写真撮られたよね…」

 同じ事を思って居たのだろう。キアラが、私達に取って、最悪の可能性に繋がり兼ねない懸念事項を確認して来た。

「ああ、撮られたな…」

 肯定するしか無い。つい先程の事だ、否定しても意味が無い。と言うかキアラ、リンク入力を確認した時点で教えて欲しかったぞ。

「アタシ、あの体制だと下着見えちゃってたかも…」

「そこじゃないっ!!」

 確かに、あの時『絶景だ』とか吐かしていたが、いま気にするべきは、そこじゃない。

 男があの写真を使って端末機に何を命令し、どんな条件付けを行ったのかと言うのが最優先だ。今は、キアラの下着が写ったかどうかは、気にしていられない。

「だって…濡れちゃって透けてたかも…」

 透けるようなのを履いていたのかコイツは!?色気づいても相手なんて居ない癖に!ガッチガチの白兵戦職なのに、スパッツも履かずに何してるんだ!

 いやっ!ソコじゃない!流されるな私!

(いや、年頃の娘には死活問題じゃろう)

 五月蝿い!

「きっ気持ちは解るが!今はもっと重要な事が有るだろう!」

 まさか、さっきから顔色が悪いのはそれを気にしてなのか?いや、流石にそれは無いだろう。

「うるせーぞ、お人好し!はねっ返りも黙れ。心配しなくてもちゃんと切り貼りしてやったから、流れねーよ」

「やっぱり写ってたんだ!」

 うわー!と顔を、膝に置いた両腕に埋めるキアラ。

 本当にそれを気にして、あんな顔色をしていたのか!あっさり男から視線を切ったぞ!

「フッ、元データは俺の絶景画像フォルダにしまい込んである。暫く待ち受けにして、飽きたら変えてやるよ。クククッ」

 悪魔かコイツ!それだと元データはキサマの端末に残り続けるでは無いか!

「やめろ!写真がいるなら、ちゃんとしたの撮らせてあげるから!そのデータ消して!」

 だから!何で写真がいるのかが問題なんだ!

 駄目だ。私がしっかりしないと…。

 本当に、最悪の状況もあり得るんだ。

 この男は日本人にしては、妙に事情に通じている所がある。

 ここで流されると後々、仲間達に迷惑をかけるかも知れない。

「えー?更なる絶景と引き換えなら考えてやっても良いけどよ?それだと俺にメリットがないじゃん?」

「メリット?更なる絶景って何!?サイテー!ホントサイ…」

「すまないキアラ、私も最低だと思うが、一つ確認したい事が有るんだ。少し黙っててくれないか?」

「せいちゃん!なんで止めんの!」

 ちょっとな──と軽く返しながら、私は膝の上の荷物と少機関銃を脇に退け、立ち上がる。

 少機関銃は、少し前の事を考えると今は手に取らない方が良い。

 手元には左手の御雷姫だけ。

 封も解いていない為、詳細な見た目までは解らないが、鍔と僅かな反りを、包みの上からでも見て取れる。恐らくは、刀かそれに類する武器、使い慣れない武器だが、丸腰よりはマシなはずだ。

 男は端末の操作を止め、壁際に胡座をかいていたのを片膝を立てる形にして、私の様子を見ていた。

(おい!やめよ!大人しくしていろ!)

 一つ、確認するだけです。

 御雷姫にそう返答して一歩前に出た。

「で?聞きたい事ってのは何だよ」

 男が発した声からは、キアラをからかっていた時の楽しげな響きが消え、その眼光には私を射竦める様な光が篭っていた。

 だが…ここで引く訳には行かない。

「…私達の写真をどうするつもりだ」

「えっ?」

 その問いに、眼光をそのままに、口元に凄絶な笑みを浮かべる男。

 私はその笑みに、予想が当たっている事を確信した。

 確信と同時に、強い怒りが込み上げてくる。

 キアラが驚いた様な顔をしているが、取り合っていられない。

(少し脅かしているだけじゃ!最終的にはちゃんとした落としドコロに落ち着く!堪えよ!)

 嫌です。

「私達の情報を使って、私の仲間達を脅すつもりか!」

「おいおい、脅すとは人聞きが悪いじゃねーか。お前の仲間達は、どうやら、お前達を相当大事にしてるみたいだったから、ちょっとした交渉カードになって貰おうってだけさ。何せお前達は、交渉場所に到着し次第、引き渡す事になるんだ。その後、お前の仲間達が正直に交渉を続けてくれる保証が無い」

 なら、しょうが無いだろ?──と戯ける男を前に、歯軋りをした。

 腸が煮えくり返りそうだ。

(彼奴は約束を破らない、これが現状で其方の仲間に見せれる、精一杯の誠意なのだ)

 そんな物が誠意であってたまるか!

「ちょっと!脅迫って何!?交渉カードってどう言う事!?」

「ああ、それはな、はねっ帰り、よく聞け?お前達を匿ってる事実を突き付けて。俺と交渉しますか?それとも、傭兵団上げて戦争やりますか?って、この船の船員に聞くんだよ」

「何それ!巫山戯ないでよ!戦争なんてなる訳無いでしょ!?」

 キアラは本当に解っていないらしい。

 戦闘時には頼りになる相棒だが、ここまで世情に疎いとは思って居なかった。オシャレの前に新聞を読め。

 私は、内心を男への怒りに染めながらも、友人に答える事にする。

 今は、彼女が状況を掴めて居ない事の方が不味い。

「戦争は起きる…。情報の渡る先にも寄るが、コイツの読み違えに期待する事は出来ない…。いったい、何処に流すつもりなんだ?」

「うそ…ホントに戦争起きるの?私達の写真で?」

 私は友人への答えに合わせて、男に問いかけた。

「はねっ帰り、安心しろ、俺としては流すつもりは無い。どうにもお前等は人が良さそうだから、出来ればそんな事はしたく無いと思っている。流す選択をするかも知れないのは、お前等のお仲間だ」

「何言ってんの?皆がそんな事する訳無い!アンタは本当に流さないの?」

「ああ、流さない、約束だ。流さずに済むように全力を尽くそう。もし流れたらそん時はお前の仲間のせいだから、そっちを恨むん…」

「なんだ、その言い様は!選択を迫るのもお前なら、流す為の仕込みをしているのもお前だろう!もう一度聞く!いったい何処に流すつもりだ!」

「せいちゃん、流石に不味い。余り楯突かない方が良い」

 本当に腹が立つ、中々私の問に答えない男に焦れた私は、いよいよ声を荒げてしまった。

 そんな私をキアラが青い顔で止める。

 男はそんな私達を少し訝しむ様な目で見ていた。

「ふむ、まぁ…良いか。連邦の海伐部隊の指揮局と海戦型傭兵団『祝福の船』とその他って所だ。他に、何処に流したかって一覧もつけて送りつける」

「っ!」

 私はその答えに息を詰めた。

 解ってはいた。この男はそこを誤らない。だが、いま上げられた二つは、幾つかの可能性の中でも最悪だった。

「…不味いの?でも、私達がそうだって証拠も無いんじゃ、動きようも無いんじゃないの?」

 私はかぶりを振りながら答えた。

「最悪だ…。恐らく、写真無しでも動きかねない相手だ。間違い無く私達の身柄を要求される」

「そう、そしてお前達のお仲間は、それを素直に受け入れて、相手にお前等を差し出す様な判断が出来るか?」

 男が私の言葉を引き継いで、続きを話す。愉しそうに。

「しない…エメラダさんはそんな事しない…」

「だろ?だから戦争になる。何せ、お前達自身は良い奴でも、お前等の同胞諸君は人類の敵その物だからな」

「酷い…ずっと頑張って、魔物と戦って来たのに…よくも!なんでほっといてくれないのよ!?」

 世情に疎い友人も、やっと状況を理解してくれたらしい。私も同じ気持ちだ。

「あーそりゃ悪かったな。俺と行き合ったのが運の尽きだ。ま、心配しなくても、船員の中に馬鹿な真似をする奴が居なきゃ流れねーよ。あくまでも、交渉の場を維持する為の備えだからよ?脅迫には使わねーし?俺としても脅迫していつ裏切られるか解らない状態で協力を得るより、普通の協力体制が欲しい所だからな」

 現状を理解し、キアラがショックを受けたと見るや、男が声色を変え、優しげな声で話し出した。なんのつもりだ?

「どうだよ?その点、俺たちは協力出来ると思わないか、キアラ?」

「っ!」

 コイツ!今度はキアラを懐柔しようと言うのか!

「…協力?」

「そうだ、お前は戦争したく無い、そっとしておいて欲しい。俺はしっかりとした交渉の場を維持して、満足の行く結果に落ち着けば、なんの躊躇も無く、リンクを解除できる。上手く纏まれば、交渉の後には返って邪魔にしかならない」

 キアラは、男の優しげな声色で語られる、自分本位な勝手な理想論を、真剣に聞いている。完全に騙されている。

「なら、お前が俺に協力して、他の船員達に俺の話をちゃんと聞くように頼んでくれたら、ぐっと、お互いにとって良い結果に近づくだろう?」

 キアラは、『それしか無いか』といった風に目を閉じ嘆息する。

(抑えよ…邪魔をするな。元は其方に頼もうとした事を、あの娘に頼んで居るだけだ)

 巫山戯るな…。

「そしたら俺はお前達にだって酷い事をしなくて済むんだ。どうよ?」

「わかっ…」

「騙されるな!コイツはお前を懐柔する為に、聞こえの良い言葉で現状を言い換えているだけだ!」

「ちっ、邪魔すんな、お人好し」

「ちょと!何言って!」

(やめよ!お前達と敵対したら彼奴は『人類の最先鋒』の敵になってしまう!彼奴を人類の敵にしたくないのだ!ここは退いてくれ!)

 黙れ!もう敵と同じだ!

「すまないキアラ、協力は無しだ」

 キアラにそう返し、男に向き直る。

「例えその言葉が本当で、交渉の場を維持する為の物だったとしても!お前が私達を人質に取る以上、仲間達はそのつもりで動く!脅迫と何が違う!」

「あ…」

 そうだ、キアラ。コイツがこれから行う事は、何をどう見たって脅迫以外の何物でもないんだ。

 それも、私とお前をダシに使って脅そうとしている。

 断じて認める訳には行かないんだ。

(っ!お前の行動にはなんの意味も無い!お前では認める、認めないの話など出来ぬ!)

 …黙れ。もう貴方の言葉など聞く気はない。

 そう伝えて。私は念話を閉ざす。

 故郷に居る時に覚えた事が、こんな所で役に立つとは思わなかった。

(……!…っ!………!)

「勿論、俺はそういう強迫観念を払拭する形で交渉を進める。それでも、そう感じて行動する様なら、信用出来ないそっちが悪い。もしも、交渉の後も強迫観念が抜けない様なら、俺は譲歩しない。何時までもお前達は人質のままだ」

 私の言葉に男は淡々と答える。

「信用を得ようと、礼を尽くして頭を垂れる事もせず。自らも、こちらを信用するつもりも無い癖に…。信用出来ないこちらが悪いだと?お前、巫山戯るのも大概にしろよ?」

 その物言いが気に入らない。自分は悪くない様な顔をするな。

(……!…!)

「あ?言わせてもらうがな、お人好し。先に俺を敵認定したのはお前等だ。俺自身は、それで救われた部分も有ったが、そこを履き違えるなよ?」

「それでも、片手で殴りつけながら、握手を求めるような相手を信用など出来るものか、協力が欲しいのなら、誠意を持って艦長の前に立て!」

 苛立ちが声に乗る。

(…!…!…!!)

「こっちは、待ち構えていた相手を遠目に見つけ、両手を広げてフランクに話しかけようと近付いたら、両手で胸板を突き飛ばされて、それでも頑張って笑顔を向けたら、頬にツバを吐きかけられた様な気分なんだよ。それも…人生をかけた話を、真剣に聞いてくれると見込んだ相手にだ。だったら、どんな手を使ってでも話をしようと思うのは当然だろうが」

「勝手に見込んで、当てが外れたら被害者意識で逆ギレか?お前がちゃんとした筋も通せない、半端者のクズだからそうなるんだ」

(……!…!)

 念話を遮断したはずだが、それでも御雷姫が何か言っている気配がする。

「ああ、自覚は有るがな。『クズを乗せる道理無し』だっけ?巫山戯んな。ちゃんちゃらおかしいんだよ。人の事情に、お得意のお題目振り翳して、最もらしい事を言いながら首突っ込みやがって。テメー等の日頃の鬱憤バラシに他人を使うんじゃねぇってんだ。そもそもは、オメーの大事なお仲間が、当事者のクズを守れねえくらい弱かった、ってだけの話だろうがよ」

「……」

 ここまで、違うのか…。

 私の言葉に、男が言葉を返す度、怒りが募る。

 男の価値感は何処までも、自分勝手だった。

 もう、聞いてやる価値も無い。

 私は、手にした包の紐を解き、御雷姫を抜き放った。

(………!!)

「……どういうつもりだてめぇ」

 男は訝しげに声を掛けた。

 本当に私の内心が解っていないらしい。

「そんな内心で、よくも助けなど求めて来たものだ。私は言ったはずだ、お前の要求が仲間達の不利益になる時は、例え殺されてもお前に敵対すると」

「まだ何も要求してねえだろうが…キアラを使ってハッキリと実力差を見せてやったつもりだったが、足んなかったみてーだなぁ」

 膝の上で虎爪の形にした手の骨を鳴らしながら、男が凄む。

「ふん、種が割れてしまえば滑稽なものだな。最早、コケ脅しのハリボテにしか見えん」

(っ!…!…!)

「あん?」

「御雷姫から聞いたぞ?お前は女を殺せぬのだろう?」

「っ!」

「は?」

 男は目を見開き愕然としている。

「キアラ、アイツは女を殺せない、さっきお前にしたのが限界なんだ。ならば、やり様はある。そうで無くても、コイツは今、私達に必要以上の危害を加えられない」

「っ!なら…ここでコイツを倒せば…」

「ああ、皆に迷惑をかけずに済む」

「なるほど…」

 男が声を上げる。一時、目を見開いて動かなかった男は、今は下を向いていて、どんな目をしているか解らない。

「道理でお前の反応がおかしいと思ったんだ」

 男が顔を上げる。

 その顔には皮肉気な笑いが張り付き、紫紺の目はドコか暗い色を湛えながら、御雷姫を見ていた。

「予想では今頃びくびく見を震わせて、ご機嫌伺いに必死になってるはずだったのによ。御雷姫の入れ知恵があった訳だ?俺を止めろとでも言われたか?」

(……!……!)

「違うな。保護者面で、お前を擁護する様な事を言いながら、運が悪いだの、同情だので謝られ、散々煽られた」

 男の瞳の陰りが若干和らいだ様に見えた。

「まあ、大体解ったわ。全く余計な事してくれちゃってもう、別にコイツ等に憎まれようがどうしようが、どうでも良いってのによ」

 男はそう言いながら脱力する。目の前で剣を抜かれていると言うのに、何の危機感も抱いていない。

(……)

 御雷姫の声も、何を言っているのかは解らないが、気勢が弱まったのを感じる。

 持ち主もそうなら、その刀までも、脱力している。

 完全に舐められている。

(っ!)

「御雷姫の言葉が無くともこの状態になったはずだ。全ては、お前の在り方が招いた結果だ。自分の強さに慢心して、他者を踏み躙る様な真似をするからこうなったんだ。素直に助けを信じて縋っておけば良かったものを…」

 巫山戯るな。お前の心配は御雷姫の裏切りだけか…。

(くのっ!どうだ!これで繋がったか!バカ者っ!この状況で念話を拒絶する奴が有るか!何処から聞いていなかった!)

 無理矢理に念話を繋げたのか…邪魔をするな!

「ああ、ハイハイ、悪かった悪かった。取り敢えず刀しまえって海兵ちゃん。つーか何で解かんないんだよ。お前も恩人が居るって言ってたじゃねーかよ。お前、ホントに俺の気持ち解かんねぇの?俺の恩人は危ねぇんだよ!マジで詰みかけてるんだよ!」

(っ!大事な事だけ伝える!彼奴はただ必死なだけなのじゃ!それを追い込んだからこうなった!)

 必死ならば他の何もかもどうでも良い、と言うのは、ただの甘えだ!

「私を海兵と呼ぶな…。お前の考えなど解らない、解るはずが無いし、解りたくもない。恩を受け、恩人を尊敬するのなら、自らの在り方を律する物だ。助けたいと願うのなら尚更に。お前の行いが、その恩人をも貶めると何故思わない。お前はただ、我を通そうと我が儘を言っているだけの子供にしか見えない」

(っ!それ以上言葉を重ねるな!この流れは不味い!良いか!彼奴はただ一つだけ、約束を取り付けられればそれで良いのじゃ!何も、お前達に全面的な協力を願う訳ではない!)

 脅迫の上で取り付ける約束事に、なんの意味が有る!そんな事で恩人に報いる事など出来るものか!

「ああ、ホント、流石の海兵ちゃんだ。身につまされる、有り難いお説教有り難うよ。でもよ?今は俺の在り方を筋にしてる訳じゃねえんだよ。もしも、お前が俺の立場なら、恩人の危機に際して、助けを求めようとしたら敵認定食らわして来た相手に、素直に頭を下げて助けを求めるのか?って話だ」

(最後だ!これが一番重要じゃ!お前は勘違いをしている!彼奴…)

 五月蝿い!例え、貴方にとってアイツがどんな人間であったとしても、私はコイツの行いが許せない。恩人の為と言いながら、暴挙に及ぶコイツを認めてたまるか!

(違う!そういう事ではないのじゃ!)

「頭を下げるだろうな。恩人を思えばこそ、地に頭を擦り付けてでも助けを乞うに決まっているだろう。それとも何か?お前の恩人は、お前の様な下衆の頭を下げるにも値しない様な下劣な人間なのか?……っ!」

 私が言った途端…男から強烈な殺気が放たれ、その顔から表情が消えた。

 先程までの、私を嘲るような笑みは、もう何処にも無い。

 その急変に、言葉を失った私の頭に彼女の声が聞こえる。

(〜〜っ!逆鱗だ…。不味い!早く土下座でも、色を使ってでも、謝り倒して許しを乞うのじゃ!確かに彼奴は女を殺せない!だが!)

「お前の様子に違和感が有ったから、話しに付き合ってやったがな。お前って、ホントウゼーのな?もういいわ」

(壊すくらいなら幾らでも出来るのじゃ!)

 御雷姫の声は、男の、身を凍らせる様な殺気を孕んだ言葉に重なって聞こえた。

 自分が目を見開くのが解った。

 時間の流れが途端に遅くなった様に感じる。

 叩き付けられた殺気に、私の身体が警鐘を鳴らして居る。

 男はまだ目の前に座っている。

 だが…身体が死を予感する程の危機に在って、引き延ばされた時間の中でさえ、座ったままの男は、一瞬でその場から消えた。

 次の瞬間。

「っ!かっ…は」

 背中から床に叩き付けられた。

(其方に…選択肢など…有りはしないのじゃ…すまぬ、それをちゃんと伝えてやれなかった)


「海兵モドキが、利いた風な口を叩くんじゃねぇよ!」

 男は激昂し怒声を上げながら、私が身悶えする間もなく、腹を踏みつけて来た。

「ぐっあぁ…」

 何故だ、ただ腹を踏まれているだけなのに、全身が痛い。

(幻視痛覚法だ!体の小さかった頃、彼奴が編み出した。精神体を直接痛め付ける為の技じゃ!早く謝れ!このままでは不味い!)

 御雷姫の声がするが思考が纏まらない。

「俺はあの人を助けに行くんだよ!」

「なっつぁ…あぅ…!」

「一生一緒に居てやりてぇと思った女達によぉ!袖引かれんのを振り払って!一度出たらもう戻らねぇと決めていた、居心地の良い場所を捨てて来たんだよ!」

「あっ…くあぁ!ぃぎ!」

 昂りに任せ怒声は続き、声に合わせる様に全身の痛みが増す。

「せいちゃんに何すんのよ!」

 痛みに見開いた視界の中で、キアラが男に踊りかかる。しかし、振り翳した二本の大型ナイフは簡単に男の片手に掴み取られる。

「もっともっと一緒に居たかったんだよ!でもなぁ!いま行かなきゃ間に合わねぇんだよ!」

「んなこと知るかぁ!クソッ!放せぇ!」

 キアラは全身を使ってナイフを引こうとするが、ナイフはピクリとも動かない。

「絶対に許さない!それ以上、せいちゃんに何かしてみろ!絶対に殺してやる!風よ!」

 キアラは気丈にも、そう言い放ち、『能力』を使用しようと、魔力回路に魔力を回し始める。

「おせぇし練りも甘めぇ!てめぇにゃ何も出来ねぇよ三下ぁ!」

 男は、言うと同時にナイフを摑んだ左手を振り、キアラを跳ね飛ばす。

 キアラは勢いを殺せずに、踊り場の奥側まで、横滑りする様に転がされる。

「ぐっ…あ…く」

「キアッ!…あぐぁ!」

 跳ね飛ばされた友人を追って反射的に声を上げたが、また全身の痛みが強まり、それさえもままならない。

「自分がクズな事も!泣かせちゃいけねえ人を泣かしてる事も!捨てちゃなんねぇもんを捨てようとしてる事も!解ってんだよ!その俺の前に!自分の言葉でもねぇ、薄っぺらい借り物の御題目振り翳して!楽しそうに立ちやがってよぉ!」

「あぁぁ…!ぎあぁ…!」

「挙句の果てに、頭を下げて縋ってみせろと来たもんだ!届かねぇんだよそれじゃあ!船長じゃなくて、エメラダに認めさせなきゃならねぇんだよ!牢屋で叫んで!一体何人の同情を買えば届くんだよ!巫山戯んじゃねえ!」

「っ!あっ!っっ…!」

「クソッ!何で動けないの!せいちゃん!」

(向こうは、封魔の陣を直接叩き込まれたか!助けは期待出来ぬ!命乞いをしろ!何とか声を出せ!駄目なら彼奴の服を掴むだけでも良い!どうにか気を引くのじゃ!完全に我を忘れている!)

 無理だ…。

 男の昂りに比例して強まる痛みは留まる事が無く、言葉は最早、悲鳴にもならない。

 四肢はもう、痛みが走る度に痙攣する事しか出来ない。

 キアラの声が聞こえるが、視線を向ける事も出来ない。

「大体!てめぇは恩人を助けるって事を何も理解してねえ!恩人の命を!顔も知らねぇ奴等の胸三寸に預ける様なマネができる訳がねぇだろ!だから、少しでも高い位置で取引をするんだよ!矜持だの、気概だの!カッコつけた言葉に酔って!ふやけきった頭で俺の邪魔をすんじゃねぇよ!」

「お願い!解ったから!許してよ!もう充分でしょ!?」

 キアラの声に、ほんの少しだけ痛みが弱まる。

 もう、声も出せない。

 圧倒的な暴力に曝されて、ボヤける視界の中、男が私を見下ろしていた。

「足んねぇよ…のたうち回れや、海兵モドキ!」

「あああああ…!」

 男の声と共に痛みが跳ね上がった。

 私は男の言う通り、身を捩り四肢をバタつかせ、のたうち回る事しか出来なかった。

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