無力
最期の雷
第一章 旅立つ海に思う事
第四話 無力
どうしてこうなった…。
私は協力を約束した男と、何やら不穏な勘違いをした友人とを前に考える。
しかし…そんな時間は無かった。
「良いからウダウダ言わずに掛かって来いよ。お前も、せいちゃんと同じ目に合いたいんだろ?アバズレ女」
「っ!」
コイツは本当にっ、一体何なんだ!どうして、ここでキアラを挑発する!
止めなくては!
説得して話を聞いて貰えれば、まだどうにかなるはずだ。
「〜〜っ!発動!シルフィード!!」
キアラが十八番の高速駆動に入る。
「待てっ!キアラッ!」
一直線に男に肉薄すると予測し、その軌道に飛び込む。
私はいま彼女を止められる装備を身に着けていない。
彼女が私に反応して、対応しなければ大怪我をする。
風属系中位速度補助式での高速駆動には、このタイミングでは水属系中位防御式の展開も間に合わない。
何より、仲間相手に例え防御の為でも、武器は向けたくない。
急所を庇いつつ、私は祈りながら身を固め、キアラを待ち構えた。
「せいちゃん…どうして庇うの!危ないでしょ!?」
間近でキアラがナイフを止めた。
危なかった、かなり際どかった、キアラで無かったら切られていた。
「事情があるんだ!聞いて欲しい!それに、私はまだ何もされていない!」
「嘘だね!いつもの、泣いちゃった時と同じメイクしてんじゃん!それに、まだってなに?このままじゃ危ないって解ってるって事!?」
はっ!バカか私は!キアラ相手に口論で隙を見せたら駄目だろう!ただでさえ、いつも口では勝てないんだ!こんな時に油断してどうする!
頭を抱えたい気持ちになったが、次の言葉を…っ!
「お人好し、ちっと下がってろ」
後ろに居た男が、不意に肩を掴んで私を後ろに引き戻し、前に出た。
「お前に任せておけるか!」
反射的に私は男に食ってかかる。
当然だ、コイツがキアラを挑発したから拗れているんだ。いま前に出るべきは私だ。
「悪いが時間が無いんだ。説得は無しだ。ここに援軍が到着したら、本格的に敵対する事になっちまう。どっかのメンタル豆腐の、海兵(笑)のせいでな」
「なっ!」
普段からドンだけ泣いてんだよ──と続ける男に、言いたい事が多すぎて言葉が出ない。
巫山戯るな!お前のせいだ!確かにちょっと泣く事は多いが、そもそもお前が私をやり込め…
「あーキアラつったか?お前、事情が有るって言って、素直に援軍引かせて話を聞くつもり有るか?」
男は私を置いてきぼりにして、キアラに向き直った。
本当に腹の立つやつだ!と言うか、肩から手を退けろ!
「はあ?冗談?そんなの、引っ立てられた後、牢屋で喚けば?」
「だよな?援軍が来るまで、あと二分。素直にお前の無線機をこっちに渡すなら、許してやるが?」
「バカ言わないでくれる?」
「なら私の無線を使え!それで皆に呼びかけよう!」
「駄目だ。お前等二人が、俺の手中に落ちた事を印象付けたい」
「…へぇ」
「なんだ!その発想は!」
コイツどこまで、外道なんだ!なんでそんな発想になるんだ!さっきはクズじゃないと言ったが、もしかして、それ以上なんじゃないか!?
「つーことで、ちっと怖い思いをしてもらうぞ?ほれ、お人好しはこれ持っとけ。少し重いが大事な物だ。手荒に扱ったら、その黒髪を剃りあげるからな」
私が内心で叫んでいると。
男は肩に置いた手を放し、その紫紺の目で私の眼を覗き込んで、そんな事を言う。
私の返事も待たず、傍らに置いてあった、ボロボロに草臥れ切った小汚い荷袋と、武器を包んでいるのだろう、細長い包み袋を手渡してきた。
「落とすなよ?」
「なっちょ!まて!怖い思いって一体何を…ってお、重っ…」
「やれるんならやって見れば?スイーパー志望のクズヤロー。アッハハッ」
「っ!?」
手渡された荷物の重さに耐えながらも、聞こえてきた旧くからの、友人の声にギョッとした。
キアラ〜!コイツはホントに怖いんだ!お前が負けるかは解らないが!言う事が半端じゃないんだ!あの殺気だって、今思い出しても体が震える。と言うか…もしかしてコイツ、キアラの事も気付いて居るのか?
そう思って男に目を向けると…。
「まあ、怪我はさせねぇよ。少し心を折るだけだ」
そんな事を言いながら、目を合わせ、頭をポンポンと撫でられた。
私は今どんな顔をしているのだろう。
気づいている。コイツは完全にキアラにも気付いている。
キアラは勝てない。
男の目には一切の気後れも無かった。つい先程、十八番の高速駆動を目の当たりにしたのに。
しかし何故か、心を折ると、恐ろしい事を言っているのに、その手と、耳に残る優しげな声に安心させられた。
不思議に思いながら男の目を見た。
「私の友達に気安く触るな!」
キアラの声が聞こえた瞬間、細まる男の目。油を刺したばかりの刃物の様な鋭利な光を放つ紫紺の目。その鋭さに心臓が跳ねた。不味い…っ!
私は男の目から視線を反らし、キアラに顔を向ける。
「援軍なんかいらない!アタシが…」
「キアラ!逃げ…」
瞬間、私の視界からキアラの姿が消えた。
彼女が走り込もうと構えを取ったその場所には、私のすぐ側に居た男が、何かを吹き抜けの方に投げた様な、左手を振り抜いた姿勢で、私に背を向けていた。
「…え?」
キアラの間の抜けた声が右から聞こえた。
右を見れば。
何があったのか解らないと言う顔で、放物線を描いて落ちて行くキアラの姿があった。丁度、階下を照らすシャンデリアと同じ高さだ。
「っキアラ!!」
私は泡を食って、手に持たされた荷物を抱えたまま、吹き抜けに面した手摺に駆け寄る。
「くっそぉ!エリアル…」
それでも彼女は、床に落ちる前に対応を取ろうと、風属系魔法の発動句を口にし、宙を舞った。その発動句を言い切る前に…。
階下を見れば男が立っている。高い天井から僅かにホコリが落ちて来た。
キアラは…シャンデリアよりも高い所に居て…。
「ウィング!ちょっと!ただのスイーパーしぼ…」
何とか風属系空中戦用魔法式の発動に成功したキアラが、両足の発動機から、緑色の魔力光を帯びた飛翔翼を展開していた。
空中で戦闘姿勢を取ろうとした時、また中を舞う。
横向きにだ。先程までとは速度が違う。
緑色の魔力光の残滓が、キアラの舞う軌道に尾を引く。
そして…緑色の流星が、ホール内を縦横無尽に跳ね回り始めた、横に上に下に斜めに…その様子はまるで、光るゴムボールを狭い部屋の中で、思い切り硬い壁に投げつけた時の様だ。
言葉にならないのだろう、キアラの声が断続的に聞こえて来る。何処からか、鼻をつくアンモニア臭も漂って来た。
「やめろ…やめてくれ!」
駄目だ…これは駄目だ。キアラが殺される!今頃、どんな惨状になっているかも解らない!
「やめてくれ!何でも言う事を聞くから!お願いだから!キアラを殺さないでくれ!」
まだ声は聞こえるっ!早く止めなければ!早く!早く!
私は友人の危機に何も出来ず、ただ出鱈目な能力の違いを見せ付ける男に、懇願する事しか出来なかった。
(案ずるでない娘)
頭に声が響いた。この感覚は覚えがある。故郷に居た時に何度かこうして話しかけられた事がある。
念話!?邪魔をするな!早く許しを貰わないとキアラが…!
(大丈夫だ。彼奴は女を殺せぬ、其方にも、あの娘にも怖い思いをさせてしまい、すまぬ…)
誰だ!何処に居る!あんな目に合って居るんだ!無事なはずが無いだろう!
(妾は其方の手の中におる。その包みの中身よ。御雷姫と言う)
っ!
言われて、私は手元の包みに目を向けた。そして包の紐に手を…
(おおい!辞めぬか!解くなよ?絶対に解くなよ?解いたらまた彼奴に虐められるぞ!)
かけそうになったのを全力で堪えた。
良かった。私は一つ危機を回避した。御雷姫のお陰だ。
(うむうむ、良い娘じゃ。それをあんなにも虐めよって、あのヴァカめ!…あの娘、キアラと言ったか?心配せずとも無事に帰ってくる。傷一つ付けられはせぬよ)
ですが。あれで本当に大丈夫なのですか?
(うむ、まあ心配なのは当然だが、大丈夫じゃ。昔からのトラウマでの、傷を負わせれば、途端に吐き散らかす。細心の注意を払っているであろうよ)
トラウマですか?ですが私には、あんな風に…。
(ああ、吊るすと言うのはハッタリで、頬を引き千切ると言った時は。あのヴァカ、これは俺とコイツとのチキンレースだ!などと言っておったわ……すまぬ)
ハッタリ、チキンレース……そんな…また騙された。
(また…か、其方は人が良さそうだからのう。だが気を付けよ、彼奴は男にはとことん容赦が無い。暴力への忌避感と言うのが極端に薄くなる。其方の仲間と事を構えれば、最悪も有り得る。彼奴はいま余裕が無い故、下手をすれば腹を括ってしまうかも知れぬ)
っ!解りました!御雷姫様!ご忠告有り難うございます!
(っ!!御雷姫…様!!うう…うあ…くう…)
ん?どうかしましたか?御雷姫様?
(其方!!名は何と言う!)
は?は、はい!青欄と言います。
(よし!ならば青欄!妾は其方が気に入った!雷の加護をやろう!其方が妾に敬意を払い、清く在り続ける限り、この加護が其方を護る!過信はせぬ方が良いが、上手く使え!)
かっ加護ですか!?わ、私には勿体無いのでは!?
(良い!やる!)
あっありがとございます!御雷姫様!
(くぅ!なんと、良い娘じゃ!彼奴など…彼奴など…妾の事を…み、いや言わぬ!言わぬぞ!青欄!精進せよ!其方ならば、きっと母に劣らぬ程に強くなれるであろうよ!む、ちっ!残念だが時間切れだのう)
へ?母?へ?っっ!
御雷姫様の言葉に困惑している、その横に緑の魔力光が迫っていた。
「キアラ!」
なんて事だ、私は友人が窮地に在る間、御雷姫様とずっと話し込んで居たらしい。
幾ら、御雷姫様が気立ての良い方だったとは言え、私はなんて薄情な奴だ!
(むぅ、すまぬ…)
いっいえ!御雷姫様が悪い訳では有りません!
緑の魔力光を纏ったキアラは、殆ど垂直に落下して、床面ギリギリ15cmの距離で止まった。
男に抱き止められた彼女は、迫る床に目を瞑って居たのだろう。身体を強張らせ、固く瞼を閉じて居る。
効果時間が残っているのか、緑の魔力光は輝き続けている。
思念操作により動作する魔法式は、彼女の自意識に強く影響される。今や、その光り輝く飛翔翼はピクリとも動かない。
「よーし。ここまでだ。もう怖くないぞー」
男は、自らここまでやった癖に、白々しくもそんな事を言い、身を固めたキアラの背を擦る。
私もあんな感じで慰められたのだろうか…。
少し前、弱っていた私は、男の声色や、何の下心も見せない優しい手の動きに、コイツはちょっとひねているだけで、実はちょっと良い所も在るのかも知れないと思った。
自分でも少しチョロ過ぎるんじゃ無いかと思ったが、そう思っていたんだ。
間違いだった…。
友人には悪いが、この状況を目の当たりに出来て良かった。
男は、優しくキアラの背を擦り続けている。
怯えを見せながらも、体の強張りを少しづつ解いていくキアラ。
まだ怖いのだろう、この短い時間では、強張りが全て取れる事は無く、絶望したような目をしながら、小刻みに震えている。
「キアラ?その…大丈夫か?」
「…によ…れ…もの……ば…」
声をかけてみても、目の焦点は合わず、ブツブツと、取り憑かれたように何かを呟いている。
男は、優しい声をかけながら、手を宥める様に動かしていた。だが、その顔には、先程からずっと、悪魔の様な笑みが張り付いている。
まるで、弱りきった獲物の様子を、一つ一つ確認するように目を動かしながら…。
その様子が余りにも不快で、少し目に力を込めて睨みつけた。
「〜っ!」
寒気がした。
目かあった瞬間、男が笑みを深くした。『お前の時もこうだったんだ』と、その目が言っている。
私の様子に更に笑みを深め、男は口を割った。
「さてと、もう少し優しくしてやりたいが、時間も無いんでな。少し手荒になるが、許してくれよ?お嬢さん?」
何処か楽しげに、そんな風に言う。背を撫でていた手を、自然な動作で彼女の後ろ襟に持って行き、そのままうつ伏せに引き倒す。
まるで、『そうするのが当然』と言わんばかりの滑らかな動きだった。
「ひっ!いやぁ!放せぇっ!」
キアラの叫びにも構うこともなく、腰を下ろす…。這いつくばって恐怖に震える、彼女の上に…。
「五月蝿せーぞ。このまま畳んじまうぞ。くくくっ」
黒い笑いを浮かべ、掴んだままの後ろ襟を無造作に引き上げ、キアラを海老反りにさせる。
「やめっ!辞めて!」
「大人しくしてろよ?お前もだ、お人好し」
「あ、ああ…」
私はそんな答えしか返せなかった。
御雷姫様にトラウマの話しを聞いても、男が恐ろしくて堪らない。
男は、空いている右手をキアラの胸元に滑り込ませ、上着の内側を弄り出した。
「くぅ…いやぁ…うぅ…」
「おっ?あったあった」
手を引き抜くと、彼の手には無線機が握られていた。
何故、無線機を出せと、言わなかったのだろう。
今のキアラなら、躊躇いつつも渡すだろうに。
もう彼女は完全に屈服している。
私とて、普段なら女性にあんな仕打ちをする人間を許しはしない所を、黙って見ていたと言うのに、何故…。
「っ!」
そこまで考えて思い当たる男の真意、きっとそうだ。
認識させたのだ。他でも無い、私達自身に。
こうまでされても、反抗する気力さえ起きない所まで、屈服してしまって居るのだと。
そう理解させたんだ。
先程、男は『心を折る』と言っていた。
私達はコイツに歪められてしまったんだ。
「そこまでするのか…」
どこまで徹底しているんだ…。何なんだコイツは!つい先程、協力して欲しいと言って来たばかりで!何故こんな仕打ちをする!
そんな思いとは裏腹に、私が口にした言葉はとても小さな呟きにしかならなかった。
「ふむ、もう扉の前に待機してるのに踏み込んで来ないな…。ああ、タイミングを合わせるのか、はねっ反りの声でも聞こえたか?扉全てを抑えるまで、あと50秒…」
男は啜り泣くキアラの頭をポンポンとして、慰める様にしながら、彼女の上で呑気に独りごちる。
言葉の内容から察するに、どうやってかホールの外の様子を手に取る様に把握しているらしい。
「お前、ここまでやっておいて、この後どうするんだ…。と言うか、キアラの上からどいて欲しい」
悔しさと怒りは有る。
だか…不用意に刺激する訳にはいかない。
どうにか絞り出した言葉は、当たり障りの無い質問の言葉。本当に言いたい、怒鳴り散らして吐き出したいはずの言葉は、最後にやっとの思いで付け足した。
男の顔色を伺う自分に嫌気がさすが、いま食って掛かる訳にはいかない。
「ん?悪いなお人好し、まだ駄目だ。こっからが大事なんだ。お前達はもう暫く屈辱に堪えて貰おうか。くくくっ」
お見通しか…。
目の前で笑う男はこんな事を、今までどれだけやって来たのだろう。
人を屈服させ、踏み付ける事に躊躇も無ければ、悪びれもしない。
こんな人間が居るのか…。知っていたし、目の当たりにした事もあった。でも、当事者として踏みにじられた事は無かった…。
男の言葉に軽い絶望を感じる。
男はその間に無線機を操作し始め、いつの間に奪ったのだろう、キアラのナイフを彼女の頬にヒタヒタと押し当て始めた。
キアラはすっかり怯えきってしまい、男の動作一つ一つにビクビクと身を震わせ、弱々しい声を上げる。
私はこんな彼女を見た事がない。
(すまぬ…どうか堪えてくれ)
解っています…。
「こちらセレモニーホールの密航者。クレイブ艦長以下ロード・エジソン号の諸君、聞こえるか?」
何が楽しいのだろう。
男は、器用に薄ら笑いを浮かべたまま、低く威圧的な声で無線機に話しかけた。
「諸君の大事なお姫様二人は俺が制圧した。つまり、これから二人に何をしようと俺の自由な訳だ。今、キアラ譲の頬に彼女のナイフを突きつけている。ホールへ突入しようとしている船員共、お前達の姿を俺の前に晒すな。一部でも見えた瞬間、彼女の耳を切り飛ばす。それが嫌ならその場で待機しろ」
その言葉にリアクションがあった。開け放した扉の一つから同僚達の悪態が聞こえる。
「今後、諸君の行動のツケは、この二人が血と屈辱とそうだな…恥辱もつけよう。それらを以って支払う事になる。諸君が下手な真似をしなければ、彼女達の安全は保証する。色んな意味でな?俺からの要求は一つ、交渉の機会を得たい。それが飲まれれば、彼女達を引き渡す。解ったら、船内の意思を統一した後、クレイブ艦長から連絡をくれ。くくくっ」
何とも下衆な言い回しで、男は言葉を止めた。
要求その物は、ただ交渉がしたいという物なのに、途轍もなく邪悪な取り引きの様に感じる。
やがて、ホールの扉から物音が聞こえた。
待機していた仲間が一定距離にまで下がったのだろう。
男はその間、無線機をキアラの背中に置き、腕時計型の通信端末から操作ウィンドウを呼び出して、何かを操作していた。
私は何も出来ない。男に抗議するでもなく、中途半端な位置に立ち尽くし。キアラに声をかける事も出来ずに居た。
何かをして男の気を逆撫でる事が怖かった。
私は俯き、何も無い床を見ている事しか出来なかった。
「おい、お人好しこっち見ろ」
不意にかかったその声に顔を上げると、乾いた音がした。
は?写真を撮られた…のか?
「おし、んじゃ、ハネッ返りもだ。俺が退いたらコロッと仰向けになれ」
そう言いながら、男は無線機を手に取り、立ち上がる。ウィンドウは開いたままだ。
キアラは次は何をされるのかと怯えながらも、男に言われるまま力無く仰向けになる。
そんな彼女に向けてまた、乾いた音がした。
「おし、うむ絶景だ。二人共、もうそっちのベンチ行って座ってていいぞ。お人好しは、もちっとだけ、荷物持っとけ」
「あ、ああ」
男にそう言われ、私はやっと動く。
なんて情けない。
(すまぬな…ウチのバカが…)
いえ…。
御雷姫様が謝ってくれたが、私はそれだけ返すのがやっとだった。
何だか、酷く心が疲れていた。
「キアラ…すまない、私のせいでこんな事に…立てるか?」
「せいちゃん…助けられなくてごめん…」
友人は、そんな事を言いながら、私の手を取ってくれた。私こそ、彼女の窮地に、何もしてやれなかったというのに。
(すまぬ…きっとこの後も迷惑をかける…)
キアラを支え、重い足取りでベンチに向かう私の脳裏に、そんな声が響いた。
御雷姫様、不吉な事を言わないで下さい…。
私は、疲れ切った思考でそう答えた。