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最期の雷  作者: 快男児 御肉
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密航者とお人好しとみかりん

最期の雷

第一章 旅立つ海に思う事

第二話 密航者とお人好し


〈御乗船の皆様、この度は当傭兵団『セイレーンの涙』所属、『太平洋周遊大型魔装客船ロード・エジソン号』へ御乗船頂き、誠に有り難う御座います。これより、艦長のクレイブ・ローグマンより歓迎のご挨拶と船内における安全…〉


 船内にはアナウンスが流れていた。

 船が動き出して既に20分。

 何故…今頃なのか。

 きっと俺を置き去りにしたドサクサで、忘れてたんだ。間違いねぇ。

 甲板を後にした俺は、割り当てられた個室に入り、荷物を下ろし、寝台に座り込んで、アナウンスを聞いている。事は無く…未だ、何故か個室の並ぶ通路に立っていた。

 機嫌はすこぶる悪い。

 何故なら…目の前にコイツが居るからだ。

「なぁんで、てめぇがココに居やがる?」

「話は後でと言っていただろ」

 俺は、顔の横に置いた手で指差し、目を剥いて、下目使いで顎をしゃくり、ドスを効かせた声で問いかけてやった。

 指差す先には、俺の船室のドアを仁王立ちで遮る、案内係の女がいる。

 翔兄仕込みの、俺のメンチだが、効果は無かった。流石、傭兵だ。


 こんな態度だが、俺はこの船の傭兵達に感謝している。 

 彼等が意図しての事ではない。しかし…結果論では在るが、柚子姉と木ノ実と、ああいう形で、別れが出来たのは彼等の行動お陰だと思う。

 ああ、俺の内心はどうあれ、二人があんな風に喜んでくれた。その事はきっと良い事のはずだ。

 やっと、ちゃんと『約束』してやれたんだ。

 その『約束』が元で、より酷い泣かせ方をするとしても。また別の話しだ。選択するのは俺だ。


 目の前の女はその立役者。俺の態度は不義理以外の何物でも無い。

 だが駄目だ。

 船に乗る前から、コイツはやり込めると決めている。既に、乗船期間中の課題に加えた。

 ここで敵として行き合ったのも何かの縁だ。

 敵として、勉強させてやるって事で、感謝を示そう。それしか無い。


 故に俺は、もう一度煽りをくれてやる事にした。

「で、恋人と別れて傷心の男の部屋の前で、手ぐすね引いて待っていたと。はっ、阿婆擦れめ!その辺、泳いでるお魚のでも突っ込んでろ!」

「なっ!?お前…死にたいのか…?どれだけ自意識過剰なら、そんな言葉が出るんだ」

 女は脇に抱えていた小機関銃を揺すって見せた。

 18/毎秒の速度確か魔力機構も有って、かなりの貫通成を期待できる作りだったはずだ。

 機構のロックが外れている…。

 馬鹿なのかコイツは。アホ程本気で戦闘体勢を整えてきたらしい。確定、バカでアホだ。

「おう!こんな所でバラ蒔けるってんならやってみろや!」

「くっ」

 俺は周りを見せつける様に、身振りを入れながら女を威圧する。

 周りの客室からは、扉の外の様子を伺っている気配が有る。

 左隣の部屋なんか、扉が少し空いていて、子供が顔を覗かせていた。危ないから部屋に入ってなさい。

「どんな用事で来たか知らねぇけが、とっとと、用件済まして失せろ。でないと、そのなっげー黒髪、その辺の手摺に縛り付けて吊るすぞ?」

「はぁ!?おま、お前!なんってヤツだ!人でなしにも程がある!あの二人にもそんな風に酷い事をしていたのか!!」

 この女…。さらっと俺の逆鱗に触れやがった。

「ふっざけんな!あの二人に、んな事するわけねぇだろが!てめぇだから、するんだよ!何、何気にあの二人と同じ対応期待してんの?アホですか?いやアホだろ!これ以上俺をイラつかせんじゃねぇ!」

「うっ…」

 流石に、俺の剣幕にたじろいたらしい。

 涙が滲んだのか、微妙に、目元に水っぽさが有る。知らん。

 寧ろ、このまま泣き出すまで怒鳴りつけてやろうか…。


 そもそも、なぜ俺がコイツをこんなにも嫌うのかと、不思議に思う奴は居るだろう。

 当然だ。俺も第一印象は良かった。

 美人さんだし、スタイルも良い。案内係を仰せつかるだけの物は持ってる。

 凛とした空気を纏い、人当たりも良かった。乗客からは大人気だろう。

 しかも、乗船時間を過ぎても俺から離れない二人を見て、便宜を図ってくれた。

 別れを惜しむ恋人達に気を使ってくれた、気の良い、黒髪ロングで青い瞳と前髪に混じった金髪が珍しい、アジアンビューティーな案内係のお姉さん。

 ああ、それが俺から見た第一印象だ。

 その上、その容姿が、懐かしい幼馴染みを思い出させるもんだから尚更、印象は良かった。

 潤華うるかは今頃どうしてんだろうな…。

 まぁ、会えない奴を気にしてもしょうがない。


 その印象が崩れたのは…柚子姉がぶっこんだ直後だ。

 あの一声で、この女は俺の事を敵として認識した。それはもう、親の仇を見る様な眼で、睨み付けてきた。

 あの時、気付いた。

 見た目通りの女じゃない。正直、ちょっとヤバい奴だ。

 そのちょっとヤバイ女が、俺を睨みつけた後で何をしたかと言えば…。

 俺にしがみつく二人を、決然とした光りを孕んだ眼で一瞥し、次の瞬間…身に着けた魔力兵装を駆使して猛然と走り出し、矢のような速度で船に乗込んで、タラップを上げ始めやがった。

 上がり行くタラップの向こうから聞こえた声が、まだ耳に残っている。

『お乗り遅れになられたお客様は!恐縮ではありますが!チケットの払い戻しは致しかねますので、御理解、御協力の程、宜しくお願い申し上げます!また、既に積み込まれた荷物等、有りましたら社則に乗っ取り、後日返却させて頂きますので、後程お問い合わせ下さいますようお願い申し上げます!!』

 ああ、何とも気に触る、凛然とした中にも楽しげな声だった。

 船の案内係の癖に、目の前の客を乗せずに、乗り遅れた際の対応をご案内しやがった訳だ。

 声が終わると同時に船が動き、女を見ると、正に『やってやった』と言わんばかりの不敵な笑顔で、二人に向けてサムズアップをしていた。

 背筋をピンッと伸ばし、片手をビシッと前に出して、親指を、天を衝けよと言わんばかりにそそり立てた、それはもう惚れ惚れするような、見事なサムズアップだった。

 いま思い出しても、あの親指を切り飛ばしたくなる。心底ムカつく姿だった。

 その後も、この女の行動の全てが、気に触る態度だった。

 船に乗る前の一幕、その間、俺はコイツに煽られ続けた訳だ…。

 そして確信した…。コイツをやり込めて、ボッキボキに心をへし折ってやる事こそ、ここで行き会った俺の約目だと…。だから徹底的にやるんだよ。


 実際、今もそうだ。

 船内を歩いて、遠目に見つけて、明らかに、俺に用事が有って待ち構えている癖に、腕を組んで俺を睨み付けて、動きもしねぇ。

 目の前に来て、俺が部屋の番号を確認しても、同じ。

 てめぇの用事で来ているのに、『お前から話しかけろ』オーラがバリバリ出てた。

 加えて『私、身の危険を感じてます!』の意思表示か?対海洋性危険魔法生物──対魔物──用の小機関銃を、これ見よがしに持ち出してやがる。

 自分の正しさへの確信と、相手への警戒、更には、偶に垣間見せる、ちょっと楽しげな空気、それを隠すこともなく目の前でチョロチョロと、どうにも気に食わねぇ。その在り方が地雷を踏み抜く事が有ると、教えてやる。

 


 とは言え、肉体言語に打って出れないのが辛い所だ。俺は昔のトラウマのせいで、女に傷を与えられない。致命的な弱点だ…。

 以前、無力化出来ないレベルの実力を持った女とやりあった。で、本気で死にかけた。

 殺意を持って攻撃行動に出た途端、胃の中身が口から吹き出して、殺し合いの最中に隙きだらけになったんだ。

 女の裸も駄目だったんだが、そっちはガキの頃に、柚子姉が根気良く訓練してくれたお陰で、今はどうにかなった。

 だから、コイツをやり込める方向性は『口八丁で屈服させて泣かす!』に決定だ。つーか、それしか出来ん。

 流石に、無理矢理、押し倒して泣きを見せるとかは嫌だ。出来ない事は無いがな…人としてどうかと思う。


 俺の弱点はさておき、そんな僅かな間に、敵認定が確定した女が目の前にいる訳だが…少し自分が行き過ぎている気もする。

 どうも、精神状態が乱れている。正直、ここまでのやり取りで俺が熱くなってるのは、やり込めるってより、八つ当たりだ。

 コイツが気に入らねぇのは、変わらねぇが…。

 二人と別れて、物の30分足らず…。

 既にこの有様な事に、軽い自己嫌悪を覚えるのも確かだ。

 今まで散々二人に甘えて、居なくなったら、目についた他の女を虐めて憂さ晴らしとか…。

 翔兄や克兄なら殴るな。人に甘えんのも大概にしろって話だ。

 どうせ虐めるなら、憂さ晴らしでは無く、愉しく趣味と実益の範囲でやるべきだろう。

 んあ?ええ、虐めますよ?当然。その上でやり込める。

 よって、剣幕は緩めても態度を軟化させる事はない。


 自分の現状を、少し確認して、女を見直す。

 こっちが何も言わなくなったのを訝しく思って居るのだろう。そわそわしている。

 しかし、どう返されるか不安なのか、こちらを伺いながらも無言で居た。

「はぁ…悪いな、少し八つ当たりしてたみたいだ」

 溜息をつきつつ、謝る所は謝る。

「やっ八つ当たり?ふざけるなっ!」

 む…。

「ああ悪かった。で?用件を言うか吊るされるか決まったか?」

「悪かったと言いながら、そこは変えないのか!」

 ん〜?

「変えん。その感じだと吊るす方で良いんだな?」

 そう言いながら、俺は近くの階段の手摺に目を向ける。

「いや!ちゃんと言う!言うから吊るすのは辞めてくれ!」

 ふむ、コイツ…反応良いなぁ。

 少し落ち着いて話しをしてみれば…女が、俺の嗅覚をビンビン刺激して来る質である事に気が付いた。

 うむ、愉しくなってきた。

「そうか、残念だなぁ、せっかく、前衛的なアートになるように吊るしてやろうと思ってたのによぉ、くくくっ」

 家族に黒い黒いと評判だった、黒笑いを浮かべながら、手をゴキゴキ鳴らす。

 これ一本で、禄な台本も無いまま、町内会のヒーローショーで悪役を仰せつかった事がある。

 ああ、見事に務め果たしたさ、ガキ共は小6まで残らず泣かせて、極悪将軍の勝利で終わらせてやったわ。後で怒られたが…。

「っ!とっとにかく!用件だ!艦長が会うらしい!ついて来い!」

 黒笑いと強い言葉の併用は、傭兵相手にも一応、効果が有るのか?吊るすってキーワードに反応してる感じもするが…試すか。

「ちっ、今後、俺の勘に触ることしたらソッコーで吊るすかんな。荷物くらい置いてっても良いんだろう?」

「駄目だ。お前、あんな乗り方をして、乗客扱いな訳無いだろ?今のお前は密航者扱いだぞ?と言うか!恐ろしい宣言をするな!」

 ふむ…どうやらこの女、吊るすという言葉に、かなりビビっているらしい。試すついでにちょっとした保険をかけたんだが…。

 嫌らしい。

 知らん。こんなのは、言ったもん勝ちだ。

 あんな乗り方と言うのは、俺を置き去りにした船が停止した後、タラップに強引に飛びつき、進路を塞ぐコイツを、無理矢理、船内に押し込んだ時の事だろう。

 冗談じゃねぇ…。ちょっと脅すか。

「いやおい…金は払い込んであるだろうが。チケットもある。なんか文句あんのか?それとも何か?やっぱ吊るして欲しいのか?宣言通りにやるか?」

「わっ私を吊るしてもっ!お前の立場が悪くなるだけだぞ!上の人間が、お前を乗せないと決めたんだ!そっちに話しを着けなければどうにもならない!」

「はぁ?駄目だったら金はどうすんだよ?」

「まっ誠に恐縮ですが、お乗り遅れになった、おっお客様は…」

「よし解った。どうやら見せしめが必要らしいな…くくくっ安心しろ、なるべく痛くない体制にしてやるよ」

「ひっ!止めてくれ!」

 嫌がるわりに…微妙に俺の嗜虐心を刺激する様な言動を取るなコイツ。虐めて欲しいのか?

 しかし、上か…嫌な言い方しやがって、なるべく情報を聞き出すべきか…。

 取り敢えず、ここは流そう。

 船室の並ぶ廊下で話す事でも無いし、脅しは実際に出来ない以上、それしか無い。

「はぁ…とりあえず案内しろ。見せしめが必要かどうかはその後で判断してやるから」

「解った!有り難う!」


 言って歩き出す女に続きながら思う。

 『上が決めた』と言う言葉は気になるが、コイツ個人に関しては、良い兆候が出ている。

 一方的に押し付けられた宣言を気にして、こっちがちょっと退いてやっただけで、『有り難う!』とか言いやがった。

 傭兵の癖にお人好しな奴だと思ったが、本格的にチョロそうだ。

 流石は『セイレーンの涙』だ。その辺のクズ傭兵団とは違い、団員の色も一味違う。

 独特だし、アホかとも思うが、らしくもある。こんな人種が団員に居るのは、きっとここだけだろう。うむ、流石だ。


「でもあれだ。多分必要無いぞ?私に八つ当たりする位には気を揉んでいたんだろ?だったら、丁寧に事情を説明すれば、許して貰えるかも知れない。私達は、女性を使い捨てる様なクズだと思って居たからな」

 歩きながら内心で頷いて居ると、女は微妙にビクつきながら、取り繕う様に明るい調子で言いやがった。

「あぁ?何で女を置いていく理由を、人様に懇切丁寧に説明してやんなきゃあいけないんだよ?大体、気を揉んでいようが何だろうが、やってる事は同じだろうがよ」

 声を低くして応じた。たりめーだ。

「うっ、いや、そうなんだが…見せしめとか言うから…」

 コイツは…ホントに虐めてちゃんだな。

「ほう…つまり、自分が見せしめに吊るされるのが嫌だから。艦長相手に、思い会っているのに、置いていく選択をした、女達との、顛末を、語れと?言っている訳だ?俺に?」

「うっ…」

 俺から見た見解を、一語一語切りながら確認する。

「吊るす?」

「嫌だっ!」

 嫌らしい。

 顔を白くしながら、長い髪を前に回して必死に庇っている。うむ、面白い。

 相手が女と言うこともあって、やり込めるのはかなり困難かと思って居たが…。チョロい奴で助かった。

 もうこれ敵じゃないだろ?短い敵対関係だった。

 実に今更だが、俺の中では既に、やり込めたいムカつく奴から、リアクションの面白い虐めると愉しい奴に、印象が変わっている。

 今後は、チクチクやりながら適当に追い詰めよう。


(先程から聞いておれば…一体何をしているんじゃ…嘆かわしい)

 そんな事を考えて居たら、不意に、頭の中に良く知る声が響いた。

 なんだよ、みかりん。惚気に付き合うの嫌で、ふて寝してたんじゃないのかよ?

 ここまでの流れは、俺としては、かなり愉しくなって来てたんだが、相棒にはお気に召さなかったらしい。

(当たり前じゃ!後っ!みかりんと呼ぶでない!)

 うむ、まあ良いか。そろそろ切り上げたいしな、みかりんありがとな。

(ぐぅ…じゃから…みかりんと呼ぶなと…威厳と云う物がだな…)

 相棒のみかりんとは、ガキの頃に話せるようになった。

 ホントは御雷姫って名前だ。しかし、みかりんと話せる事を木実に言ったら、彼奴が『じゃあ、みかりんだね!』と言った。その日から、みかりんはみかりんになった。

(なんじゃ!その説明はっ!)

 うむ、相棒をちょっとからかっただけだ。

(~~っ!寝るっ!)

 こんな関係だ。

 俺の考えてる事は基本的に、みかりんには駄々漏れ。

 さっき、惚気ていたら、付き合いきれずに寝ちまってたんだが。

 俺の下衆っぷりを見兼ねて、嗜めてくれたらしい。

 普段はやる事も無いので、食いはしないが寝てばかりの、ぐーたらみかりんだ。

(五月蝿いっっ!!)


 みかりんにも止められたし、こんなもんだろう。

 一度案内を促したが、艦長に合う前に、自分の状況を確認するべきだ。

 このまま密航者扱いされて、無理矢理どっかの寄港先で降ろされるのは不味い。

 その場合、徹底抗戦せざるを得ない。俺にはこの船でやるべき用事がある。

 最悪、降ろされても良いが、用事は間違い無く済ませたい。

 それに、チクチクと予想外に愉しめたが、余り同じネタで引っ張っるのも不味い。開き直られたら終わりだしな。

 とりあえず、幾つか鎖を増やしたい所だ。


「まぁ…まだ良いか」

 『嫌だ』と言ってから、立ち止まってこちらを伺っていた女にそう言う。

 よくもまぁ、みかりんとのやり取りの最中、声をかけなかったもんだ。

 そんなに怖いのか?

「ゆ、許してくれるのか?」

「ああ、今の内に聞きたい事も有るしな。悪いが少し付き合ってくれ。今一状況が掴めてねぇんだ。ほら、ここ入ろうぜ。扉を開け放しとけば良いだろ?」

 F4,5,6デッキを貫通する中央大ホール、F6デッキ左舷側の扉を開き、ホール内へ女を促して入り込む。

 この便では使用予定の無い施設だ、最低限の照明だけ点けられている。都合の良い事に人っ子一人居ない。

 見ると、入ってすぐ、上下フロアを繋ぐホール両脇にある螺旋階段の左側へと続く、広い通路の、壁際に横長の腰掛けがあった。

「おっ丁度よく椅子もあんじゃねぇか、座れよ」

「む、まあ良いか、吊るさないのなら付き合ってやる。ただし!おかしな真似をして見ろ?叫ぶし打つぞ?」

 入り口で一度立ち止まった女は、そんな事を言って続いた。

 念押しされるまでも無い、こっちは恋人二人と別れた直後だ。どんだけ警戒してんだ。扉は開けとくって言ってんだろが。

 俺は近くの壁に背を預けつつ話す。

 後、繰り返す様だが、この女、お人好しで妙に凛然とした風な傭兵だが、妙な気配もする。

 信用出来ない訳では無いだろうが、あまり近付かない方が良いだろう。

「はいはい、吊るさないし襲わない、てか、吊るすって、そんなに怖いんかよ?」

「っ!こっ怖いと誰が言った!」

「いや、態度でもろバレだかんな?」

「ぐっ!ちょっとしたトラウマだ!もう良いだろ!何が聞きたいんだ!」

「トラウマってのは?」

「……」

「言えよ、でないと…」

「~っ!むっ昔!子供だった頃に東南アジアの村で人が沢山、吊るされているのを見たんだ!本当に怖いんだ!出来れば、辞めてくれ…」

「ふーん、成る程ねー、くくくっ」

「~っ!」

 成る程…俺は運良くコイツのトラウマを刺激する単語を口にしていたらしい。

 適当な昔の事件を元ネタに、それっぽい言葉を言っただけなんだが…どうやら渦中に居たらしい。自分の引きが恐ろしいが、まぁ、悪い事をしたと思う。

 しかし…それをあっさり口にする辺り、コイツは本当にチョロい。大丈夫かコイツ?そこら中で騙されそうだぞ?

 今や俺の評価は、チョロ過ぎる奴だ。どんどん印象が変わる。


「まっ、その話しは良いや。本題だ…そもそも、何で俺をそんなに乗せたく無いんだよ?言っちゃあ悪いが、あの二人が泣いたって、お前等には何の関係もないだろうが」

 先ずはココからだ。

 現状を把握出来ていない間に船長に会うのは不味い。

「言い方は気に入らないが、確かにその通りだ」

「んじゃ、何でだ?」

「アメリカのヒュージアイランドに渡り、スイーパーとして一旗上げようという輩が、履いて棄てる程居る事は知っているか?血に塗れて幾らのスイーパーなんて仕事に、何を夢見てるか知らないが…日本からは特に多い」

 あーそこから入りますか…。

 なんか話が見えた。夢見る死に急ぎ共のとばっちりを食らって居るらしい。

 取り敢えず、詳細は聞こう。

「まぁ、土地柄ってやだろ?」

「そうだ。日本は世界的に見てもサブカルチャーがかなり発展している。夢見がちな人間を作る土壌が有る。でもスイーパーには、なれない」

 そう、日本じゃスイーパーなんて夢は、まず叶わない。

 厳密にはなれるが、日本でなるのは、ほぼ不可能だ。

 で、自分がどれだけ恵まれてるかも解らない馬鹿が、可笑しな夢を抱いてアメリカへってか。まあ、国の意図してる通りだな。

「あー悪いが、そいつらとは違…」

「よく聞くな、『俺はそんな負け犬野郎とは違う!』どいつもこいつもそう言う」

 食いぎみに返して来やがった。本当に立場からして違うんだが…後で良いか。

「つーか、そんな奴ら、お前等からしたら、何処でどう死んでも関係ねーだろ?」

「そうとも言えないんだ。別の船の話しだが、つい最近の話しだ。お前の様に女に見送られて、甘ったるい別れを交わして、乗り込んだ奴がいた時に、魔物の群れと遭遇戦になってな」

「…で?」

「邪魔だからと嗜めたらしいが…女との別れも有って、息巻いて魔物の前に飛び出して、バックリといかれたらしい」

「……」

 無言で顎をしゃくり先を促した。腸が煮えくり返りそうだ。

「他の客がいる手前、見捨てるのも外聞が悪いから何とか助けたらしい。手が千切れていたと聞いたな。その馬鹿を日本に送り返したら裁判沙汰にされた」

「んな奴、治療してるフリして海に捨てちまえよ…」

「おまっ!悪魔かお前はっ!」

 ホントにそう思う。斬り殺してやりたい。俺にまで迷惑かけやがって。どうして俺が、その夢見るバカのツケを食らうんだよ。

「どんな奴だ…」

 どうせクズだとは思うが、一応聞いとく。

「ああ、金髪に染めた髪で、ヒュージアイランドで、『ブリングルズ』のレイダーと組んで仕事をすると言っていたらしい」

「…レイダーと?」

「ああ、日本の新聞を持って自分が写っている記事を見せて回って、乗客達からはちょっとしたヒーロー扱いだったと言う話だ。駆け出しのF級だが、何でも、日本人初の国産スイーパーだったらしい。お前も知って居るんじゃないか?ちょっとした事件だったんだろ?」

(ふむ…騙りか…実力も無い癖によくやるものよのう)

 だな…。どうでも良いクズ野郎だ。ソイツのツケを回されるとか…なんだそれ。

「その自分のケツも拭けねぇクズ野郎を斬り殺して、お魚共の餌にしてやるって約束したら収まるか?」

「だから、どうしてそんな発想になるんだ…もう違約金も払い終わってるから意味ないぞ」

「ちっ…」

 あ~イラつく。少しお攫いでもして頭冷やすか。


 あー、魔物ってのは今から25年前に起きた事件で、海中に大量の高位変異性魔力が散布されちまってから。世界中の海で大繁殖し出した、海洋性危険魔法生物の俗称だ。

 海洋性とは言うものの、基本、魔物は海にしか居ない。と俺は認識している。陸に居るのはまた別の奴だ。一般には同じ物だと思われてる。

 魔物の発生で、当然…世界中の海運、水産は大打撃を受けた、今はもう、漁師なんて仕事は無い。

 それ処か、世界中で、海から攻め上がって来る魔物に、人類の生活圏が脅かされている。 

 その点、日本は頑張ってる。

 四方を海に囲まれながら、生き残って居る処か、まだ1度も大規模な上陸を許した事が無い。

 現存する数少ない人類の生活圏とされる島の中でも、有数の防衛力を持つ、旧国家級自治区だ。

 だから恵まれていると言うんだ。それを捨ててスイーパーとか夢見て女を泣かす奴は、アホ意外の何者でもない。うむ、俺も近くはある。近いだけだが…。件のクズは論外だ。アホにも劣る。


 因みに、大打撃を受けた水産、海運事業だが、無くなった訳じゃない。

 それらの事業は、魔力兵器、魔力兵装で武装した、大小様々な傭兵団が、船舶を保有し、地球連合国や世界企業連合、傭兵連合組合等の後押しを受ける形で運営されている。

 スーパーに並ぶ海鮮は、そいつらが切った張ったの末、取ってきた魔物。故に一般では、お魚とも呼ぶ。

 純粋な昔ながらの魚なんて、今じゃ限られた人間の口にしか入らない。しかも野菜の生産者宜しく、魔物の顔写真付きだ。嫌がらせとしか思えない。

 味も風味も食感も健康にも何の問題も無い。

 でもまあ、さっきの話に有った様に、何処かで人を食った個体かも知れない、という思いも有るのか、忌避感を抱く奴は、魚を食わなくなって久しい。俺は気にしないが。

 タバコの吸い殻と一緒に捨ててある生ゴミを漁って、ゴミと一緒に酸っぱい臭いのする食い物を食った事だってあるんだ。人の指が入ってたって気にしねぇ。

 この御時世、俺の経験だって恵まれてる方だしな。

 俺の経験はともかく、目の前のこの女も、人類の食卓を担うべく戦う、傭兵団の一員な訳だ。何とも頼りない奴だが。

 それも大傭兵団『セイレーンの涙』、海運、水産事業を担う傭兵団の最大手だ。

 まあ…だからこそ、こんなにもお人好しなのだろうが。

 よし、お攫い終了だ。クズには腹が立つが、今はどうでも良い。


「あー、とりあえず、事情は解った。何か有っても無茶しませんって、一筆書いときゃ良いか?いや、つーか今回の航路は、スイーパー試験用の振り落とし航路だろ?他にもスイーパー志望っぽい奴は結構居たよな?死傷者がその中から出たとして、問題なんてあんのか?」

「確かに、今回の航路はスイーパー試験の予備選考を兼ねて居る。受験者の中から死人が出ても問題は無いだろう。だが、お前の場合、一筆書いても駄目だろうな」

「いや、なんでだよ」

 事情は解ったと言ったが、全然掴めてなかったのか?

「あー、吊るさないか?」

「あ?なんだよ?んな事、確認したくなる様な事なんかよ?」

「出来れば、確約して欲しい」

 ちっ、警戒しやがって!話しが進まん!やっぱ鎖を増やそう。

 俺は、考え込むふりをして回りを見る。船員は他に居ない。

 だが子供が居る、追い掛けっこをしていたガキ共だ。お攫い中に入って来た。はしゃいだ声を出していたから無視してたが、良いタイミングだ。後で飴でもやろう。

 ああ…コイツはお人好しだ。

(おい…)

 みかりん、悪いが黙っててくれ。

「解った、約束してやる。でもな、今後、俺に楯突いたり、おかしな約束を求めて情報を出し渋ってみろ?エジソンの血管がブチッと千切れ飛ぶぞ?」

「はっ?エジソン?っ!なっなっ…」

(おいぃぃ!?妾は協力せんぞ!)

 知らん!みかりんの協力などいらん!素手で充分だ!必要なら血管どころか心臓だってやってやる!

 因みに、エジソンとはこの船の事だ。俺は元々知っていたが、さっき放送でも言っていたな。

(いや!心臓は不味いだろう!)

 みかりんも解ってるらしい。まあ、俺の考えが筒抜けなんだから当然だ。

「おっおまっお前っ!エジソンは関係無いだろう!ふざけ…うっ!くっ…ちょっ!」

「おい、そんなもん向けてみろ?お前の事をそこら中に触れ回るぞ?」

 流石のお人好しな傭兵も、船を人質に取る様な物言いに激昂したらしく、小機関銃を向けようとした。

 俺は、銃口がこっちを向く前に、女の身体に密着し、銃を構える隙間を無くし、その身体を後ろの壁に押し付け、その右手は銃と一緒に互いの身体の間に挟み、左手は、女の腰に着いている無線機の電源を切った後に、右手で掴んで制し、足は椅子に座った体制のまま、右足を曲げて横向きに上に乗せた。

 離れて立っていたとはいえ、予想できる動きだ。少し訓練を積めば誰でも容易く出来る。俺ならば、尚更だ。

 無線は壊していないが、取り敢えずこれで良い。大声など上げさせないしな。

「くぅ!私の事?…なんの…事だ」

「ああ、とぼけても良いがな、もし『固有能力』を使うなら覚悟しろよ?ソコにガキ共が居る。怯えてこっちを見てるぞ?使うならあいつ等も消さなきゃな?お前は紛れ込んでるんだろ?不味いよなぁ?」

「っ!!どうしてっ…」

 女は押さえられて呼吸を詰める以上に、息を詰まらせる。

 顔を伺えば、元々白い肌は、血の気を失い、間近にある頬の血管の色が透けて見える程に白くなっている。

 軽くリップを塗っただけの、薄紅色の唇も一瞬でチアノーゼに陥ったかのように紫色に変色し、青い瞳は凛然とした光りを喪い、怯えた様に揺れている。

 しかし、まだ甘い。驚きと混乱も手伝って動かないだけだ。畳み掛けろ。

「解るんだよ…今までにもお前の様な奴は見た事が有る。そういう奴等が、俺に見つかってどうなったか聞きたいか?くくくっ」

「~~っ!」

 脅し文句と黒笑いに、女は息を飲み、間近から覗き込んでいた瞳が見開かれ、その怯えの色を更に強くする。もう戦意は感じられない。

 傭兵で、しかもこんな存在の癖して、何とも脆いもんだ。

 いくらお人好しで、子供の目があったと言っても、何の抵抗も無くここまであっさり、戦意を失うとは…。

 ちょっと虐め過ぎたか?仕方無い、飴でもやるか?

「まあ、お前がおかしな気を起こさなきゃ何もしない。どうやら相当なお人好しみてーだし?エジソンにしたってそうだ。元々俺は、この船で用事を済ませて、アメリカへ行きたいだけだからな」

 女の怯え様に、流石に罪悪感を覚え、身体を離す。

 すると、女はもう四肢の力は完全に抜けていて、力無く手が落ちた。

 ここまで追い込んだんだ、おかしな真似はしないだろう。しても意味がないがな。

 すぐソコで怯えている、ガキ共を手でシッシッと追い払う。ガキ共は慌てて逃げて行った。

「ほ、本当に…何も…しないのか?」

「ああ、お前が俺に敵対せず、必要な時に俺の要求を飲むのなら何もしない。ほれ、もう少しシャキッとしろ。この状況を、他の船員に見られたらどうすんだ」

 そう言って上着のポケットから取り出した、糖分補給用の飴を放る。うむ、イチゴ味だ。

「っと、は?」

「飴ちゃんだ、飴と鞭は使い分けなきゃな」

「なっ!私は動物か!っ!」

 うむ…飴と鞭と言われて動物扱いと連想する辺り、本当にアマちゃんだ。それは人に使ってこそ意味が有るのだ。

 不意に飛んで来た飴に油断したんだろう。少し強く反応してしまった事に気付いて、慌てて口元を抑え、俺を怯えた目で見てる。

 妙に俺の気を逆撫でる様な態度は、完成に鳴りを潜めたが、ここまで怯えられるのもイラつくな。ちょっとリアクションが面白い位が丁度良いんだ。

「それ位の受け応えも許してやるし、そっちからの要望も聞いてやる。あんま怯えた態度を見せるな。イラつくぞ?とりあえず飴ちゃんでも食っとけ」

「あ、ああ…」


(お前と言う奴は…)

 女が歯切れの悪い返事をして深呼吸を仕出した隙に、みかりんが話しかけて来た。

 だって俺、イジメっ子だもん。虐め甲斐の有る奴はなるべく長く虐めたいのだ。

(もん、ではないわ。時間が出来たら説教じゃ。全く、全く、嘆かわしい!)

 少し可愛く受け応えしたんだが駄目だった。俺の怒られタイムが確定した。

(当たり前じゃ!妾の眼が黒い内は、好き放題出来ると思うなよ?全く、昔はあんなに可愛かったと言うのに…)

 ヤバい、眼なんて無いはずの、みかりんがそんな事を言って、昔は可愛かったモードに入った。あんまり掘り下げられるのは嫌なので、女との会話に集中しよう。

 つーかみかりん、寝るんじゃないのかよ…。

(寝てられんわ!)


 女は俺が言った事を理解したのか、深呼吸をした後に、両手で頬を張っている。

 真面目な奴だ。ホント、こんな奴も居るんだな。

 そんな感じの昔話を聞いた事は有ったが…目の当たりにするとは思わなかった。まあ、昔話では河童だったが…。

 まあ、良いや。そろそろ良さそうだ。

「もう良いか?」

「あ、ああ、大丈夫だ。それでだな、さっきの言葉を少し確認させて欲しいんたが…良いか?」

「ん?なんだ?」

「必要な時に要求を飲めと言ったが、お願いが有る。わ、私の事はどうしてくれても構わない、無論、こっ殺されるのは嫌だが、それ以外なら何だってする。でも、お願いだから他の船員の不利益になる事や、危害を加えさせる様な要求はしないでくれ。それだけは飲めない。私を今まで匿ってくれた人達なんだ。その時は、私の事が露見する事になって、お前に殺されるとしても、お前に敵対する。それ以外なら、つっ吊るされたって構わないっ」


 俺は腕を組んだまま天を仰いだ。

 あ~そういう奴か~。つーか、何処まで吊るすの拘るんだよ。事情を聴いてから、一度もその言葉使って無いだろうが…。

 お人好しだから可能性は有った。

 でも、コイツの出自を考えてそれは無いと思っていた。甘かった…。

 ここまで持ってくつもりは無かったんだが…。やっぱ追い込み過ぎたか~。だって、他にネタが無かったからさ~。

 つーか船員共、解ってて匿ってんのかよ!あー見た目良いもんねー。

(出逢って数刻も経たぬ内に婦女子に、ここまで言わせるとは…外道め!お前で無ければ斬っているぞ!)

 いや違うんだ、みかりん!コイツが予想以上にコロコロ、転がってっただけなんだ!

(だまれ!殺気を放って、命を奪うとまで脅しておいて!言い逃れなど聴かぬわ!言って置くがな、雷覇!此奴がもしもお前に仇なす時が来ても、妾は手をかさぬぞ!否!お前の邪魔をして此奴の手助けさえしてやるわ!良い奴では無いか!もっと優しくせんか!)

 はっ?殺気?いや出してねーって!つーかコイツ!みかりんにここまで言わせるとは何て奴だ!

(だまれ外道っ!お前が黒笑いをする時は何時も出て居るわ!後!此奴への対応じゃがな!良いか?残して来た二人の事も有る!良いな?堕とすなよ?絶対に堕とすなよ?その上で最大限、優しくせよ!良いな!)

 イヤイヤイヤ!難しいってそれ!最大限ってなんだよ!ふってんの?それ、ふってんの?つーか黒笑いの時、殺気出てんのかよ!!言えよ!いつからやってると思ってんだよ!

 

「そっその!せっ性的な事でも、じょっ常識的な範囲でなら最大限努力する!だから…」

「せんわっ!!言及すんじゃねぇっ!」

 天を仰いで動かない俺に不安を感じたのだろう。そこまで切り込んできた。

(お前が最大限の努力を引き出してどうするんだっ!たわけ者っ!)

 あー!みかりんうるせー!

「しっしないのか?」

「せんっ!お前、俺が女の敵だと思ってる様だから、それで譲歩を引き出せると思った様だが。大間違いだかんな」

「っ!」

視線を戻し、歩み寄りながら断言する。

女は見透かされて危機感を持ったのだろう。顔色を若干悪くしながら、唇を噛んでいる。

(優しくせんかー!)

 だから!みかりん五月蝿いって!解ってるよ!

「はぁ…あのな?確認して置くぞ?そりゃ、お前の容姿なら、そこら中から引く手数多で、需要は沢山有るだろうがな?俺はつい一時間前に恋人二人を泣かせて船に乗ったばかりなの、そんな俺がホイホイ他の女に手を出すわけねぇだろ?よって、お前の目論見は不成立だ」

 ため息を一つ入れて、青い瞳を覗き込みながら、噛んで含める様に言ってやる。

「そっそうか、前に乗った同じ様な客は、乗ってすぐに私に迫って来たので、つい…」

「それは、そいつがクズなだけだ。俺もクズだが、まだその域までは達して居ない」

 女は、まだ、か──とか言って微妙な顔をしている。どうも、コイツの俺への印象が邪魔をするな。そのせいで、心情がイマイチ伝わって居ない。ちょっと丁寧にやるか…。

 俺はベンチに座る女に近寄り、少し屈んで両手で頬を摘まむ。

「っふぁ!」

 うむ、柔らかい、無駄にスペックたけーな案内係。

 そのまま青い瞳と視線を合わせて、ホッペタを優しくプニプニしながら話す。

「良いか?黙って聞けよ?俺はアメリカへ行きたいだけだ。その為に必要な範囲でしか、お前の協力は必要としない。お前が上手く立ち回り、俺に必要な情報を与え、密航者扱いが解かれれば、それでお役御免だ」

 ──プニプニ──

「艦長との交渉が決裂さえしなければそれで終わり。もし決裂しても、その場合。お前は俺の敵になる。もう俺の支持に従う必要も無い。ここまでは解るな?解ったら首を振れ」

「コクコク」

 ──プニプニプニ──

「よし、続けるぞ?だが俺も、それなりの理由を持ってアメリカへ向かっている。その中には語れる物もあれば、語りたく無い物も有る。二人との顛末など論外だ。だがアメリカへ行く目的くらいは話せる。全部では無いが、納得はしてもらえる範囲で話す」

 ──プニプニプニプニ──

「この船に乗ったのも、ただ安かったから乗っている訳じゃない。『セイレーンの涙』の船だから、この船にした。もっと言えば、艦長のクレイブ・ローグマンに用事が有って乗っている。敵対する様な用事じゃない。OK?」

「…コク」

「反応が遅いな、大丈夫かぁ?」

「コクコク!」

 ──プニプニプニプニプニ──

「よし、じゃあ次だ。明確な目的が有る上、俺には余り時間も無い。用事も果たせず交渉が決裂した場合、確実にお前達に敵対する。仮に、これから行く艦長室で、四人以上に四方八方から銃を向けられても、切り抜けられるくらいの備えは有る。敵対したならば必ず、この船のクルーに被害を出す事になるだろう。ここまで、理解しろ」

「ん~!フルフル!」

「いいから返事しろ。お前の心情やクルーの練度は度外視で、俺はそのつもりで居ると理解しろ」

「……コク」

「遅い」

「コクコク」

 ──プニプニプニプニプニプニ──

「よし、理解したな?ならばお前はどうするかだ。敵対すれば仲間が傷付く。数人なら大丈夫と、このまま俺を艦長室に連れていくか、たった数人の被害も重く受け止め、俺が仲間と敵対しない為に尽力するかだ。人質を取る様で悪いが、お前が仲間を大切に思っている事を知っている俺は、こういう言い方で、お前に協力を求める事にした。当然、お前は敵対させない為に動くよな?」

 ──プニプニプニプニプニプニプニ──

「コク」

「よし、お前はそういう奴だと信じていたぞ。ならば必死になって考えろ。俺が艦長と交渉する上で、知っておくべき情報は何か。自分がどんな言葉で援護すれば交渉が決裂せずに済むのか。死に物狂いで考えろ。敵対すれば俺は最低、船のクルー800人中300人を殺す!最高で、乗員全て、エジソン諸とも海の藻屑だ!解ったか!」

 ──プニプニプニプニプニプニプニプニ──

「んー!んんー!んんんー!!」

「だまれ!この柔らかいホッペタを引き千切られたいか!」

 そう言って指に少しずつ力を入れて、このなんとも柔らかいほっぺたを、ギチギチ締め上げる。くくくっ、俺がやれる限界まで耐えられるか?こっからは俺とコイツとのチキンレースだ!俺が吐き散らかすのが先か、この女が頷くのが先かだ!

「ん~!ん~!」

「ほれほれ、早く頷かないと千切れるぞ」

(おいぃぃぃ!キサマ!何がチキンレースだ!優しくせよと言ったじゃろうが!何故、最後に脅しを入れた!?)

 いや、だから、優しくホッペタ、プニプニしてただろうよ。声色だって穏やかにして。内容も噛んで含める様に、優しく言って聞かせたぞ!最後のは気分だ!あんなにプニプニしてるのが悪いんだ!ウズウズしたんだ!

(なんじゃその残酷さと表裏一体の優しさはぁ!!最大限優しくしろと言っておろうがぁ!)

 スッゴいプニプニしてただろ?最大限優しく。

(それは、お前が柔らかな頬に気を良くしただけじゃろうが!もっと、この健気な娘をいたわらんか!)

 いや、だから、そういう対応しちゃうと、堕ちちゃうかも知れないだろ?単純なんだから!

(いいから!はやくその万力のように、力を込めている指を放さんか~!)

 いや、みかりんもう少しだけ待ってくれ!もう少しで頷くんだ!俺はまだ行ける!

(行くな!放さぬか!!外道が~!)


「ううぅ…ぐすっ、ぐす、頬が…ぐすっ痛い、ほんっぐすっとに千切れっぐす、かと…」

 くくくっ…。結局この女、自分の頬肉、惜しさに頷きやがった。俺の勝ちだ。

 女に過度の危害を与えられない、俺だが、これは良い方法だ。今後も活用しよう。

(ふっざけるな!お前!見ろ!あんなに頬を赤くして、泣いておるわ!可哀想じゃと思わんのか!)

 イヤー愉しかったな!ここまで愉しませて貰ったんだ、こっから、はみかりんの言う通り優しくしてやろう!

(本当だな?虐めるなよ?絶対!虐めるなよ?)

 え?ナニソレ?フリですか?

「おらぁ!頷いたからには行動しろ!泣いてねぇで、さっさと情報寄越せや!」

「うぅ…」

(喧嘩売っとるのか我ぇ!)

 うむ、そろそろホントにみかりんが怖い。

 仕方なく、俺は女を必死に慰めた。

 頭を優しく撫でてやり、背中を擦り、なるべく優しく声をかけて女のご機嫌とりをした。泣き止むまでに15分かかった。

 俺、何やってんだろう…。

 恋人二人と別れて、一時間半。

 俺は初対面の名前も知らない女を必死に慰めながらそう思った。

(キサマが悪いんじゃボケェェ!!)

 みかりんのドスを利かした怒鳴り声が頭にガンガン響いた……。

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