惜別、約束は海風に揺れて
初書きです!
十年来の脳内作品なので長いですが、生温かく見守って上げて下さい。
最期の雷
第1章 旅立つ海に思う事
第1話 惜別、約束は海風に揺れて
「おうおう、悪かった悪かった。今は、ちょっと急ぐから後で聞いてやんよ」
大声で怒鳴る案内係の姉ちゃんに、軽く謝り、上部デッキに繋がる階段を二段飛ばしでかけ上がる。
ああ?これで謝ってるんだよ。悪いのは彼奴だ。
「いやー危なかった、ほんとギリギリだったな」
上部デッキ、右舷側の通路に出て手摺に歩み寄り、左手首の時計を確認しながら苦笑する。針は出航時間、丁度を指していた。
微妙に、周りの視線が鋭い、だがやっちまった事は仕方ない。
気にしている場合じゃない。
見送り逹の立つ岸辺が、緩やかに遠ざかって行く。
長声一発、汽笛を鳴らした船は、既にゆっくりと動き出していた。
遠ざかる見送りの中には、出航直前まで、涙ながらに、別れの言葉を懸けてくれた家族逹の姿。
出航だ。断じて乗船時間ではない。危うく、置いてきぼりを喰らう所だった。
まっ、全面的に俺が悪いんだけどよ。
「ライハーー絶対帰って来いよーー約束したかんなーー!」
「絶対だよーー約束信じて待ってるからねーー!」
柚子姉と木実、俺の恋人と言える二人だ。
ん?ああ二人共だ。反省はしている。後悔もだ。だが、文句は聞かん。俺のだ。
二人共、今生の別れになるかもって時に、嬉しそうに手を振りやがる。
だが、それも仕方ない。
(俺がちゃんと『約束』してやれるまで、半年も待っててくれたんだもんなぁ。)
ああやって、見送って貰えるような別れ方が出来て良かった。
良かったが、二人への罪悪感はどうしても拭えない…。
少しでも長く二人の姿を視界に入れて置きたい…。
俺は他の乗客を掻き分け、二人の姿を追いながら通路を歩き、後部甲板へと出る。
あそこでちゃんと『約束』してやれてなかったら、こんな別れは出来なかった。
多分、あの場所に二人は居なかった。
少なくとも、あんな風に手を振ってくれる事はかっただろう。
二人は本当に嬉しそうに『約束』『約束』と手を振っている。
その姿は、つい先程、自分の罪を強く自覚した俺には少し眩しい。
きっと、もう一度ちゃんと聞きたいんだろう。
去り際の、ついでのような一言では無く。心からの応えを期待してるはずだ。
応えてやらなきゃいけない。今まで散々待たせたのだから。
もう言ってしまったのだから、何度言おうと同じだ。
せめて今は喜ぶ二人を見ていたい。
後で、どれだけ憎まれる事になっても良い。
「ああ!約束だ!絶対に全部終らせて帰るから!それまで!しっかり女磨いて待ってろよ!」
後部甲板の後端に差し掛かり、手摺に身を預けながら、そう叫んだ。
声が届いたのだろう。
船速が上がり始め、ぐんぐん遠のく二人は、先にも増して手を大きく振っている。
たくっ、そんなに振ったら千切れちまうぞ~。
「元気でな~!」
千切れんばかりに手を降る二人に、ちゃんと見えてるからと、そんな思いを込めて叫んだ。
すると、二人は感窮まって泣いてしまったのか。他の家族達に背を擦られながらしゃがみこんでしまった。
「二人共、じゃあな…」
そんな姿を見ながら、俺は二人と交わした、最後の会話を思い出していた。
『二人共、全部終らせて必ず帰ってくるから、待っててくれ』
『言ったな!裏切ったら恨むかんな!』
『絶対だよ?絶対帰って来てね!』
『ああ、絶対に嘘にしない。名残惜しいけどよ…もう行くわ。二人共、またな!』
船に乗り込む直前に、二人とした会話だ。多分、まだ15分前位だ。
二人があんなに喜んでいた理由。
そして、俺の罪悪感の理由。
俺がこの言葉を二人に言ってやれるまで、半年もかかった。
そう…ホントに最期の最後の土壇場になるまで、この『約束』をしてやれなかった。
その事で二人を酷く傷付けた。
俺は二人に、それはもう、酷い仕打ちをしたクズヤローだ。
二人の姿が見えるうちに、この思いを確かめて置こう。
俺は今、自分の罪に向き合って置くべきだ。
俺の罪を掘り下げる上で、まずは二人との関係を思う。
彼奴等は俺の恋人だ。
関係を持ったのは、この船のチケットを取った日。
出発の日取りを決めて、家を出る決意を家族に伝えた。
今から半年前の事だ。
その日の晩、二人は俺を強く引き留めた。
それまでは、各々想いはあれど、離れる事になると解っていたから一線を引いてた。
でもその日、二人から関係を迫られた。
そうだ…元々、想いはあったんだ。周りからも勧められていた。一線を引いていたつもりでも、想いは募っていてた…。
どちらかを選ぶ事を求める事もせず、身体を差し出した二人と、なし崩しに関係を持った。
ああ、普通なら舞い上がっても良いくらいには、良い女達だ。
だが俺は無茶苦茶、後悔した。
二人には悪いがな。それはもう、後悔しまくった。
当時、夜0時に寝て、朝3時から活動していた俺が…だ。
明くる日の朝、修行や勉強に出かけるでもなく。
学校に行く二人を見送ってから、夜二人が帰ってくるまで、一切なにも手に付かなかった。
自分で言うのもあれだが。
ガキの頃から、常に修行や勉強の事ばかり考え。
日常の全ての事を、練磨の片手間で片付ける俺が、1日中布団の上で頭抱えてたんだ。
重りも無しで、本も無しで、我が家じゃ大事件だ…。
きっと家族は、あの日に突如、核の炎が世界を覆っても、ああ、やっぱり…──で納得しちまったはずだ。
まあ、そんくらい後悔した訳だ。
後悔しながらも俺は止まれなかった。
二人が帰ってきたら、前の日と同じ。たった一晩で、完全に二人に嵌まっちまった。
二人は文字通り、身体を張って俺を引き留めていた。
後悔の理由はハッキリしている。
元々、俺には帰るあても、そのつもりも無かった。でも、行かないという選択肢は存在しない。
なのに関係を持っちまった…。最低だ。あの日、俺は自分が嫌いになった。
だったら手を出すなって話しなんだが。
好きだった。
他の奴に渡したく無いぐらいには、惚れていた。二人共それくらい大事で…。
その二人に、『今日もらってもらえなかったら、明日、学校行かずに、その辺の与太公に二束三文で売って来るから』って言われた。
ああ、売ろうとしてたのは二人の処女だ。
あの日、俺は脅迫されたんだ…。
それくらい、二人は覚悟してた。
優しく説得して、服を着せて、部屋から出す。とか…無理だ。あの時の二人は本当にやる。そういう目をしていた。
二人がそこまで覚悟を決めちまった理由には、覚えがある。
ガキの頃…泣き叫びながら、自分の胸の内を吐露した事があった。
それを知る二人だからこそ、必死に引き留めてくれたんだ。
二人も、止められるとは思っていなかったはずだ。
それでも、関係を深めて言い募れば、『約束』くらいは引き出せると考えたのかもしれない。
半年間、毎晩体を重ねながら、二人はいつも、それをせがんだ。
なのに俺は、今日までずっと『頑張るから』とか『きっと』って言葉しか返してやれなかった。
しかもそれを『約束』にしようとしていた。
二人は身体を盾に取ってまで、俺に『約束』を迫っていたのに…。ずいぶんと傷付けただろう。
自分でも、卑怯で、情けない言葉だって解っちゃいたけど。ちゃんと言ってやれなかった。
いやいや、思い出せば、思い出す程、最低だなぁ、俺。
二人が何を望んでいたかは解ってた。
俺も頑張ってたつもりだった。
でも、今思い返せば、完全な空回りだったな。
無駄では無かったが…もっともっと、二人の事を考えて、そのいじらしさと、思いの深さに、真摯に向き合ってやんなきゃあいけなかった。
二人の、そういう所に惚れてたはずなのにな。
責任だの自信だの言って、肝心の二人の思いに、応えてやれなかった。
俺が頑張ったのはもちろん、修行。
二人と、ちゃんとした『約束』をする、という目的の上では、激しく無駄だった。
全然、気付かなかった。
無駄な修行に拘ったのにも、理由は有る。
言い訳にもならんが…。
根っこは、今日アイツらと別れるのと同じ理由だ。
復讐。私怨故にってやつだ。
先にこなすべき課題も有るが、究極的にはソレ。
現状、俺の復讐劇は、どんな風な終わり方をするのか解らない。どんな風に終らせたいのかも、決まって無い。
全くのノープランって訳じゃあないが、かなりの出たとこ勝負。
結末次第では、二人の下に戻れるような人間では、無くなっているかも知れない。
そもそも…復讐を成し遂げてしまった俺に、あの二人との未来を描く資格が在るのだろうか…。
そう思うと、二人との絆を深める事に戸惑った。
当然だ、本来、絆なんか結んじゃあいけない相手だ。
でも、言ってやりたかった。二人との絆を失うのが惜しくて堪らなかった。
だから…どんな道筋を辿ろうとも、積み上げて、積み上げて、そうして得た心と技と体なら、きっと自分を裏切らないと、そう信じた。
盛大に空回りした後の、今もそう思っている。
鍛え上げた自分自身だけが、俺の拠り所なんだ。
それだけは曲げれねぇ。
例え、空回りしようが何だろうが、俺にはこれしか無い。
まあ、そんな訳あり物件な俺が、二人の思いに応えられる自分に成りたいと思った結果が、この半年間の二人への仕打ちな訳で…。
二人との未来を想えば思う程。自分の不足ばかりが目に付いた。
まだ足りない、まだ言えないと、毎日毎日、修行を続け。今より高い所に行けたなら、二人の思いに応えられると、本気で思ってた。
修行で草臥れきった体で、毎晩二人を求めた。自分で行くと決めて、『約束』だって、してやれない癖によ。
残り少ない二人との時間が惜しかった。言いたい事も言えず、想いだけが募った。
そして、無茶苦茶な修行を更に厳しく、って半年間だった。
自分もよく潰れなかったもんだと思うが。二人共よく、こんな俺に付き合ってくれたよなホント。
二人はこんな俺の横に居て、一体どんな気持ちでこの半年を過したのか…。
それを思うと、自分の在り方に怒りが湧く。
どんだけ女に甘えてんだよ。自分の事ばっかじゃねーか。
つーか、ちゃんと落ち着いて考えりゃ解ったんだ。
当時、そんな余裕無かったとはいえ。半年も有ったんだ。
その時間を全部、自己の練磨に使った。どれだけ強ければ目標に届くのかも解らず、どんな結末に至りたいのかも定まらないままで。
アホか俺…。
そりゃ空回って当然だ。
どれだけ積み上げたって、二人に絶対の自信を持って『約束』してやる事なんて、出来る訳が無かったんだ。
二人と、ちゃんと『約束』してやりたかったはずじゃねーか。
いつの間にか、確実な『約束』を二人に残す事が、目的にすり替わってやがる。
似ている様で全く違う。
俺は絶対の覚悟で持って、二人の思いに応えるために放つべき言葉を、絶対に安心な状態で吐くために、この半年間二人を傷つけ続けたクズヤローだ。
もっと早く気付いてやれていれば、ああして喜んで泣いている二人を、抱きしめてやれたのによ。
ここまでこの半年間を振り返って来たが、一度纏めよう。ここまでだけでも相当クズだ。
ドンダケ有るんだ俺の罪…。
最初の間違いは、自信を持って『約束』をしようとした事。
二つ目は、究極的には強さが絶対に必要になるからと言って。それを相手の戦力も知らない現時点で、自信に繋げようとした事。
一つ目の間違いだけでも相当のクズだが、二つ目なんか、ただの現実逃避だ。
救い用がねえアホだ。
二人を悲しませない為にも、俺の復習と二人との約束を、両立できる様な、都合の良い結果に繋げたい。
その結果に至るまでの間に、積み上げた物が役に立つなら、俺のアホな頑張りも、二人への半年間の仕打ちも、完全に無駄とはならないだろう。
何とも頼りない物言いだが、これでもかなり進歩したんだ。
最初は、仇討ちして全部終わったら、腹切って死ぬって、本気で思ってた。
大した進歩だと思う。
二人のお陰で、俺に一つの選択肢が出来た訳だ。
結末次第じゃ…そうなっちまうかもしれないがよ。
それでも、もしも、二人との未来に行き着けたなら、きっとこの盛大に空回りした半年間も意味が有る。
ん?さっきも似たような事を思ったな?でも何度でも思うさ。
俺は二人との未来が欲しい。
二人と出会ってからの八年半と、二人と恋人として過ごした半年を、無駄にしたくない。
本当に心からそう思う。この想いは本物だ。
たった半年の、泡沫の夢でなんて終わらせたくない…。
とは言え、今日の別れに際して俺の頑張りなんて、全然、全く、これっぽっちも、意味が無かった。
今日こんな別れが出来たのは、二人の必死の頑張りと。運と、後、この船を動かす傭兵達の、暴走?あーいや血迷った傭兵達のお陰だな。今は感謝してる。
本当に二人は頑張ったんだ。
俺との絆を残す為によ。
半年間、さっき思い返した様に、頑張って二人がかりで、俺から『約束』を引き出そうとして。
女なのにさ、その身を汚してまで、自分達を置いて行く様な、糞ヤローとの絆を求めてくれた。
でも俺は言わなくて。
それでも、二人は諦めずにいてくれて。
自分達だけで引き出す積もりだった言葉を、悔しかったろうに、家族達の協力に縋ってでも引き出そうとしてくれた。
今日の見送りは、昨夜の送別会に比べて、雲泥の差と言うほどに、きっちりと取り纏められていた。
40人で駆け付けてくれてさ。一人一人、一人1分の持ち時間を一杯に使って俺に言葉を送ってくれた。
きっとあの二人が家族一人一人、関係の親かった一人一人に話をして回ったんだろう。嬉しかった。
二人は、祈るような眼差しで、その様子を見ていた。
それでも、俺は、ちゃんと言わなかった。
だから二人は泣いて、出来ることなら時間を引き伸ばそうと、俺に縋って。
乗船時間を回っても俺を放そうとしなかった。
でも俺は、それでも二人の望む言葉を言わなかった。
出航時間が差し迫った時、柚子姉が機転を効かして。オーディエンスまで巻き込んで俺を引き留めにかかった。
ああ、あれは酷かった…。
柚子姉は妙に煽動が上手いと言うか、なんと言うか。
柚子姉がぶち上げると何時も、何故だかすぐ近くに同調する奴が居るんだよな。
『こいつ!アタシ等の事傷物にしたくせに、放り捨ててアメリカに移住して、スイーパーやる。とか言ってんだ!アンタも女ならアタシ等の気持ち解るだろ!?お願いだからもう、それ、しまっちゃってよ!!』
そんな風に、タラップを指差して、時間が迫っている事を教えてくれた、案内係の女に叫んだ。
自分が恥じを欠くのも顧みず、盛大にぶち上げたんだ。
正に起死回生の一撃だったな。
この言葉を受けて、妙に使命感に燃えた、案内係の女をはじめとした、船のクルーたる傭兵団『セイレーンの涙』の傭兵達が血迷った。
結果。船は、乗船時間を越えて下ろしていたタラップを引き上げ、出航時間を待たず岸を離れた。ああ、離れた、俺を置いてだ。
でも、他の客の見送りとかもいる手前、『最早、乗り込めまい』と言わんばかりの距離で停止した。
あまりの事態に、気が遠くなったな。
でも…俺はまた、随分と甘えさせて貰ったんだと思う。
きっとこの時だって、柚子姉は頑張ってたんだ。
それでこの行動なのが、柚子姉の柚子姉たる所以だろう。
外野まで巻き込んで一悶着起こし、その中で俺が口を滑らせる事を期待したのか。
泣いて縋って困らせた俺を、最後は笑い話になるような状況で送り出そうと、恥を欠いてくれたのか。
俺を怒らせて、口論をして、その勢いで『約束』を取り付ける事を、期待したのか。
或いは、その全てだったのかも知れない。
柚子姉のぶち上げから始まって、同調して血迷った傭兵達の行動で拡大したドタバタの後。
ぽっかりと時間が出来た。
船が乗客の見送りをさせて、定刻で動き出すまでの短い時間だったけど、その時間は、今日始めて、最後の最後の土壇場で出来た、二人と落ち着いて会話が出来る時間だった。
それまでは、泣きながら俺にしがみつくばっかりだった。
この時はそんな二人も、予想外にも、船が離れちまって気が抜けたのか。
ヤッチャッタ?って顔で俺の横でヘタリこんでいた。
半ば呆然とする二人の顔を見て、やっと俺も、今日一日の二人の思惑に気が付いてな。
二人が堪らなく愛しかった。
そんな思いで最後の会話をしたんだ。
会話をしてみると二人共、もう引き留めなかった。
半ば、俺はもう帰らないのだと、諦めていたのかもしれない。
少なくとも、ちゃんとした『約束』を引き出す事は、諦めていたんだろう。
あれだけ頑張っても言わなかったんだ、それも仕方ない。
半年間、必死に引き止め続けて、つい先程まで、催促の言葉を何度もかけながら、俺の言葉を待っていてくれた。
でも…船が行ってしまうのを見て。
もう、それをして良い時じゃないと、俺の邪魔にならないように、引いてくれたんだ。
先程までとは打って変わって、感情を押し殺し。普段と同じ態度で話す二人の姿が、とても痛々しく見えた。
この段になってやっと、今日までの俺の仕打ちが、誰よりも自分を想ってくれた二人を、こんなにも傷つけてしまったのだと、自分の罪深さを自覚した。
二人の思いに触れ、その姿を見たらさ。
何とも都合の良い話しだよな。
今までの俺の頑張りは何だったんだ?ってくらい、すんなりと、『約束』の言葉が口を割ってこぼれ落ちた。
葛藤も何もなかった。
ただ、二人に応えてやりたい、という思いしかなかった。
この時の思いは、忘れずに胸の奥にしまって置こう。そうだ、これが俺の罪だ。
いやホント、気付いて良かった。
あそこで気付いて無かったら、二人の頑張りを、本当に全部、無駄にしてしまう所だった。
この船の傭兵達には感謝してもし足りないな。
一人を除いてだが…。
アイツだけはダメだ。俺はアイツを許さない。きっとアイツも俺を許さない。
そういう奴だ間違いない。かなり厄介な相手だが…。
どうにかしないと俺の気が収まらん。
それはさておき、ここまで、自分の罪と向き合うと言って、盛大に惚気て来た訳だが。そろそろ纏めたいと思う。
あ?ああ、惚気てましたよ?何か文句アンのか?あぁ?あほか、ふざけんな。
他所様に惚気たり出来るか。脳内で惚気ているだけだ。文句は聞かん。
あー、とりあえず、今ここに至るまでの流れを思い返して、確信した事が在る。
俺はクズ人間だ。
よく解った。正に目を覆いたくなる程の、グズッぷりだった。
以前から、もしかしたらそうなんじゃないか、と思いながらも、目を反らし続けた現実を思い知った。俺はグズだ。ああ、流石に認めよう。
今までみんな優しかったから、気付かなかった。
大切な恋人達を散々傷つけたあげく、二人の頑張りが身に染みたからと言って。
都合良く、最後の最後で、二人のこれからを縛り付ける様な『約束』を取り付けて。
離れた今になって、二人の思いに報いてやりたいとか言ってる。
自分勝手で我が身が可愛い、最低の二股クズヤロー。
でも、何よりクズなのは、二人と『約束』を結んだという事実その物。
確かに二人と『約束』したかった。
でも嘘はつきたくなかった。
嘘で二人を縛り付ける様な真似をしたくなかった。
何が二人が惜しかっただ。
都合の良い結果?復讐の結果次第では?はっ、そんな物わかり切っている。
何が『絶対に嘘にしない』だ。その言葉その物が、嘘としか言えない様な物なのに。
二人を手酷くふって、憎まれてやる事も出来ず。
何も決定的な事を口にせず、フラッと蒸発して見せる事さえ出来なかった。
最後の最後で二人の期待する言葉を口にして、二人をつなぎ止めちまった。
俺はもう、堕ちていくだけの人間。そのつもりで、あの家を出る事に決めた。
俺は人を殺す。
これからスイーパーとしてやっていく間に、その為の訓練をする。
笑いながら人を殺せる様な、そんなおぞましい物に成り果てる。
それはもう、きっと人間じゃない。
そうやって、血の海に全身ドップリ浸かりきって、その先で復讐に臨む。そうでなければなし得ない。
それを為し遂げて、仮に生き延びたとして、どうしてあの二人の下に帰れる?
終わった後、自分がどうなっているか、解らないなんて嘘だ。
俺はそうなると決めて居たんだ。
二人と共に在る未来が欲しかった。
ホントは『約束』なんかじゃなく、二人とずっと一緒にいると言ってやりたかった。
でも、どれだけ修行して、命掛けの修羅場を潜っても、自分の中の『憎悪』を振り払えなかった。
振り払えなかったから。鋼の様な精神を持てれば、血の海に浸かりきっても、這い上がれるんじゃないかと考えた。
馬鹿か俺は。それ、どんな人間だよ。
笑いながら人を殺して、その骸を足蹴にして、踏みにじって。
でも約束だから全部終わったら二人の所に帰って、一緒に仲良く暮らす?ありえねぇ、絶対にありえねぇ。
修行を頑張ったなんて、只の悪あがきだ。
二人の思いに応えられない自分を虐め抜いて、自己満足に浸ってただけだ。
そうだ、俺は、そんな、ありえねぇ『約束』をしちまったクソにも劣るクズヤローだ。
ああ、本当に、気が狂いそうだ。でも狂う訳にはいかない。
狂いきった頭で、斬り殺せる様な相手じゃない。
これ以上は不味い、この思考は自分を駄目にする。
あまり深く考えるべきじゃない。
二人の事をひとしきり考え続け、自己認識が最低のクズヤローに完全に決定した頃。
船は大分、陸から離れていた。
もう、二人の姿が見えなくなって久しい。正直、寂しい。
だが、寂しいからと言って、いつまでも二人の姿を追い、陸を眺めている訳にも行かない。
周りの様子を見ると、どうやら他の客達は、その殆どが船内に引っ込んだ様だ。
俺が居た後部甲板では、幾人かの船員が作業をしている。他には、数人の子供がおいかけっこをしていた。
なんだか、船員は時折チラチラこっちを伺っている。
子供達は実に楽しそうだが、可哀想に、その笑顔も風前の灯火だな。
この船の正確な航路を知る俺からしたら、この便に家族連れで乗り込んだ親に、手を合わせたい気分だ。
どうせ、スイーパー志望者向けの格安価格に間違って飛び付いた口なんだろうが、その子供達は不憫なもんだ。
とりあえず荷物でも置いて、船内の探索でもするか、船員達の反応も気になるしな。
そう思って歩き出そうとした時、遠間からこちらによって来る奴に気が付いた。
「おっ?兄ちゃん、さっきは凄かったなぁ、今までずっと表に居たのかい?」
「ああ、ちょっと名残惜しくてよ。おっさんはこんな所来てどうしたんだよ、寒いだろ?」
男だ、船に乗って間もないこのタイミングで既に赤ら顔だった。草臥れた容姿で、どうにも嫌な気配をさせる。
まあ、当然だが出航前の一幕を知っている様だ。かなり目立っていたからな。
「二人共えらい別嬪さんだったもんなあ。どうやって引っ掻けたんだよ兄ちゃん」
男は俺の方に寄りながら言う。酒臭い息が海風に乗ってこっちに届く。
(下らねぇ奴だ)
「別に、昔馴染みだよ」
そう言いながら辺りに目を向ける。
船員はまだ作業中、子供は何処かに駆けて行ってしまった様だ。
もう少し、この辺りの作りを見ておきたかったが、付き合ってらんねーな。
「教えろよ兄ちゃん、もうヤったんだろ?」
「うっせぇ、海にでも落ちちまえ、酔っ払いが」
傍らに置いていた荷袋を肩にかけ、その場を後にする。
下らねぇ奴が、あの二人に興味持つんじゃねぇよ。
船旅は後二十日、なかなかに胸糞悪い旅になりそうだ。
惜別の思いを、酒臭い息に汚された様な気がして、苛つきながら歩く。
もう少し、二人の事を想っていてやりたかったんだがな。『約束』報いてやりたいが、どうすりゃ良いんだよ、実際…。
想いはある。絆も結んだ。結んじまった。
だが…目を閉じるだけで脳裏に浮かぶ光景が在る。
俺にはこの光景を振り払う事など出来ない。
本当にどうすりゃ良いんだ。
あんな『約束』しちまって、そりゃ生きたい、あの二人と生きて行けたら、どんなに良いか……。
でも、やると決めた、俺はその為に生きてきたんだ。
九年前、故郷を焼かれ、憧れた人達を無残に殺され。
愛し育んでくれた、当時の自分にとって、世界の全てだった人達の、理念も矜持もその魂の有り様まで、ぐちゃぐちゃに犯され踏みにじられた。
父が何時も月見酒をしていた、隠れ里を一望できる小山の上。
いつか、父と兄と並んで座って月を見た大岩に、借り受けたナイフで、泣きながら漢字、仮名文字混じりで刻んだ名前…。
その数、千と十。
その一角。紫瞳の家の六番目──四番目に書いた母の隣、産まれて来る事さえ出来なかった、妹の名前の隣──に、一人分、四文字分の空きを作った。
里の理に反する事をする。
全て終えたら此処に自分の名を入れ、腹を切る。そう決めた。
もっと勉強をしていれば良かったと泣いた。
一番親い人達を除いて、仮名書でしか名を刻めなかったから。
もっと体が大きければと泣いた。
必死に伸ばした手は何も掴めなかったから。
もっと早く産まれていたらと泣いた。
歴代で並ぶ者の居ない才覚も、鍛え上げなければ意味が無いのだと知ったから。
もっと強かったならと泣いた。
斬るべき者を、斬れなかったから。
何よりも、許さんと決めた。
父の亡骸から刀を貰った。里が護り続けた刀だから。
記憶に有る限り、拾い集められるだけの皆の片身を、兄がお役目の時に使った荷袋に詰めた。寂しかったから。
そうして俺は、山を降りた。
そうだ…俺は復讐者だ。
泡沫の夢…見れただけでも、救われたと思うべきだ。これ以上を望むのは、贅沢だ。
そう自分に言い聞かせ、自分の内に燻る殺意に火を焼べながら。
船室に向かった。
まずは一つ、修羅場を超える。
復讐に臨むのはその後、力を蓄え、有無を言わせぬ精神を持って、斬り尽くす。
こうして、この俺、光牙衆、筆頭家系、紫瞳の次男坊、紫瞳雷覇は八年共に在った第二の家族と別れ、旅に出た。
この時の俺は、この旅立ちの先が、人類史上最悪、空前絶後の戦乱の真只中に続く道になる事など、気付くはずもなく。
内に抱えた相反する『憎悪』と『約束』との間で揺れるばかりだった。