「愛は鶏で出来ている」
「ふんふーん」
今日も夕方までのお仕事を終え、私は荷物を持って家路をのんびりと歩いて帰った。
今日のお仕事は少し大変だったけど、まぁたまには身体を動かしておかないといざという時に困るし、何より罪ある者を野放しにしておくには罪人の数が多過ぎる。
「お腹が空いても〜、家では〜、ご飯が待ってるぅ〜」
自分でも変な歌だと思いながらもそれが今の私の心情なのだから、手に持っているものを振り回しながら山の中を歩いて行くと、ようやく私の旦那様が待つ愛しのマイホームが見えてきて、部屋には灯りがついていたから今日の夕食は作り終えてあるのだろう。
私は料理が出来ないから家事洗濯は旦那様に任せているけど、この時代の洗濯機というものは素晴らしい物だ。
なにせ私でも使えるのだから、懐かしき洗濯板と冷たい水との戦いも過去の物となってしまったのだ。
それは嬉しくもあり、その代償はこのザマなのだからあまり嬉しいとは言えないのが残念で仕方ない。
「旦那様〜、戻りました〜」
私は家の扉を開けて、ちゃんと靴を脱いでから居間に入ると、なんと今日は『かれーらいす』という料理を作っていてくれたみたいだ。
机に並ぶ『かれーらいす』の中には鶏肉が入っているから、今日も尊き命を頂くのだ。
しっかりと懺悔と感謝すべく、洗面所に向かって汚れた服を脱いで、浴室でシャワーを浴びながら道具の汚れを落としていると、後ろでは旦那様が歩く音がしたからきっと着替えを持ってきてくれたのだろう。
『ブォォォ……』
「ありがとー」
この時代の便利な薬剤である『しゃんぷー』とやらも使って身体の汚れを落としてからシャワーを止め、洗面所に出るとやっぱり私の寝間着が洗濯機の上に置かれていて、私は身体をフワフワ布で水分を拭き取り、『どらいやー』と呼ばれるこれまた摩訶不思議な道具で髪を乾かした。
そして、ある程度乾かしてたら寝間着に着替えて居間に入ると、旦那様が私を見るなり『もっと髪を乾かしなさい』と怒ってきた。
「どうせ乾くよ〜」
「ブォォォ……」
「あっ、この電気だってきっと人間が何かしらの罪を犯して作った電気だよ!だから使っちゃダメなんだよ!」
「ブォォォ……」
「へ、屁理屈じゃないよ!」
旦那様は私に何を言っても無駄だと分かったのか私の首根っこを掴んで洗面所に連行すると、旦那様は大きな手で器用にドライヤーの電源を入れ、私の代わりに櫛で髪を梳かしながら私の髪を乾かしてくれた。
私は櫛とドライヤーは一度に両方を使えないからドライヤーが好きではないのだが、こうして旦那様がしてくれるのは温かくて気持ち良くなるから大好きだ。
旦那様がドライヤーの電源を切る頃には私の髪をすっかり乾いていて、私もウキウキで居間に戻ってちゃぶ台の前で正座をして『てれび』を点けた。
『今日の午後2時頃、何者かによって首を切断された男性の遺体がビルの屋上で見つかり』
「うへぇ、まーた殺人。人間は人を殺すのが好きだねー」
「ブォォォ……」
「他の生物を見習って欲しいよ、全く」
「ブォォォ……」
「分かってるよ。このしゃもじみたいなの持ってる女の人は『邪婬』と『飲酒』、それと『妄語』。優先して狙う程じゃないし、短い余生を過ごした後にじっくり楽しんで貰えばいいよ」
付け合わせの野菜を持ってきた旦那様に突然女の人の罪が『視える』かと聞かれたから当然見えていた通りの事を伝えると、私の能力が長い間使っていなかった所為で衰えていないかを確認したかったみたいだ。
でも、私の能力も至って正常に使うことが出来ているし、身体の方も長い間愛し合うことばかりに使っていたから、久々の運動としては『代行者』の仕事は丁度いい。
「鶏さん、君の命は悪逆非道の限りを尽くす現世の者達を狩る私の糧となり、これからも立派に『獄卒代行者』として悪人を地獄に落としていきます」
「ブォォォ……」
「あと、私が愛してやまない『ギュウ君』との子がはやく出来ますようにギュウ君に精を分けてあげてください」
「ブォォォ」
「いただきまーす」
およそ900年前、地獄の門が開かれた時に門の近くにいた所為で現世に引きずり出され、500年も現世を彷徨った果てに元奴隷の私と出逢った地獄の獄卒である『牛頭』であり、今は私の愛しき旦那様である『ギュウ君』。
そして、およそ400年前に起きた大仕事を二人で終わらせたご褒美として現世での時間に換算して400年の間、閻魔様の許可を貰って無間地獄で愛を育んだ私達は休暇を終えて現世に出てくると、現世の様子はすっかり変わっていた。
様々な罪を犯した者達が平然とした顔をしてそこら中を歩き回っていて、殺生をした人間がテレビに平然と映っていたりも現世の方が余程地獄のように変わり果てていた。
そこで私とギュウくんは再び世直しをする為、日夜極悪人を三途の川を通さず直接地獄に堕とす『執行人』として任務を果たしている。
この物語は、『獄卒』のギュウ君と『獄卒代行者』の私の愛の世直し奉行を書き綴った物語である。
「ブォォォ」
「えっ?それ?閻魔様への報告書」
「ブォォォ」
「ああ、破らないでー⁉︎」