3.きっと明日は我が身です
神薙焔 LV1 人族
ジョブ:暗黒騎士
HP 1050
MP 2200
攻撃 200
防御 50
敏捷 100
技能 60
魔攻 550
魔防 320
スキル 全言語理解 LV1/威圧 LV1/調教 LV1/暗黒魔法 LV1
称号 異世人
(うっわぁ、まさにチートじゃん…)
レベル1の時点でHP1000越えってなに。魔族の私ですら100だったんだけど。軽く10倍なんだけど、ねぇ。そしてやっぱり人間やめたの私だけなんですかそうですか。
「うわぁ、すごいね…。自分のステータスが涙を誘うレベルだわー」
「ちょっ、恵美アンタなに呑気なこと言ってるの!?」
「えっ、なんでそんな必死な顔してるの怖いんだけど」
「っ…この!」
ガンッと頭に強く響く衝撃。
…また殴られた。なぜ今日の友人はこんなにも暴力的なんだ。泣きたい。
「暗黒騎士は人間でありながら、魔王の右腕を担っていたって話、さっき王様が言ってたでしょ!?」
「…友よ。私があんな長い話をクソ真面目に聞いてると思うのかい?」
「なんで諭すような優しい顔でクズな発言してるのよ」
『暗黒騎士を捕らえよ!決して逃がすな!』
そうこうしている間に神薙くんがこの国の人間に捕らえられたようだ。
王様とその娘と思われる女性の前には庇うように剣や杖を構えた人たちがそれぞれついていて、神薙くんの周りにはひーふぅみぃ……えっ、なにあれ神薙くん1人に8人がかりかよ大人げない。
さすがのチート神薙くんも騎士8人がかりとなると手も足も出ないみたいだ。まぁ、さっきまでただの男子高校生だったもんね。しょうがないよね。
『人間でありながら魔に属した者がよくものうのうと顔を見せたな!生きて帰れると思うな!』
どうやらその暗黒騎士?とやらが呼び出した人間の中に混じっていたことが衝撃的だったのか知らないが、王様は頭に血が上っているようだ。さっきから殺してしまえと騎士たちに怒鳴り散らしている。
その姿はどこか滑稽で、先ほどまでの理知的な姿は全くと言っていいほど残ってなくて笑えた。
こんなカオスな空気の中、我らがクラスメイトの反応は様々だ。
「はっ、神薙のくせに生意気なんだよ!てめぇなんか死んじまえ!」
「ちょっと何言ってんのよバカ!…王様!王様お願いします!今のはきっとなにかの間違いです!神薙くんは私たちと同じ人間ですよ!」
クラスの中でも虐められっ子だった神薙くんが自分よりも能力が高かったことが気に食わないのか、殺してしまえと王様に同調する者。我関せずと遠巻きに見つめる者。クラスメイトという繋がりのもとに、どうにか助け出せないかと動き出すもの。
私はもちろん傍観者だ。野次を飛ばすこともなければ、庇うこともなく。ただ静かに成り行きを見守る。
そんな私たちを神薙くんは憎らし気に睨み付けてくるが、どうせ立場が違えばお前だってこうしただろうと、その視線すらくだらないと鼻で笑うことができる。
ただ、私の友人は違った。
「ぁ…、うそ、ねぇ、どうしよう恵美…。神薙くんが…っ、ねぇ、どうしたら」
クラスメイトが殺される。
そんな場面に立ち会わされた彼女は、奥歯をガチガチと鳴らして震えていた。
どうにかしたい。でもどうすればいいのか分からない。結局、嫌だ嫌だと、どうもできずにただ怯えるだけ。
私は私に縋るようにこちらを見る彼女をただ見つめる。
友人の情けないくらい弱弱しい反応が、酷く人間らしくて愛おしいと思った。
そもそも私を含めて現代人はあまりにも死に鈍感だ。
それはゲームやテレビで人の死をフィクションとして見ることが多いせいか。それとも生きていく中で死にかけることが少ないせいかは分からない。死を軽く見てるとまでは言わないが、ただ彼らが悪口や軽口の延長で『死ね』という言葉を随分と軽々しく使い、その言葉を投げかけられた側も大して気にせず受け止める現状を思うと、よほど鈍感なんだろう。
人が死ぬかもしれない。そんな場面に直面し、死ねと喚く者、殺さないでと庇う者、我関せずと見守る者。行動こそ違うものの、誰もが死に鈍感だ。本当に死を理解しているのなら、友人のように足が竦んでしまうのが本来あるべき姿だろう。
(まぁ、そんな鈍感な側の私が、どうこう言うことじゃないけどね…)
「どうしようもないことで悩むのはやめなよ」
「…え?」
「王様はをどうやったって彼を殺すだろう。この国の最高権力者が王である以上、私たちのような小市民に彼を助ける術はないさ。彼を庇うなんて無駄な行為をして王様の殺意の矛先を自分に向けない方がいい」
友人は、静かに、ゆっくりと、目を見開いた。
何度かぱちぱちと瞬きをして、茫然をしたように私を見つめる。
「………ひどい」
「そうだね。自分でもそう思うよ。…でも、事実だ」
「どうにかしたいって、助けたいって、思わないの?」
「思わないね。普段全く関わらなかったクラスメイトより、私は自分が大事だもの」
くしゃりと泣きそうに歪められた顔を見て、こらえきれずに抱きしめた。
友人は好きだ。彼女の泣き顔はみたくない。
そうさせてしまったのは自分だと分かっていたけれど、傷つけたいわけじゃなかった。
「恵美は、酷い…。きっと私が神薙くんみたいになったら、そのときは私も見捨てるんでしょ?」
「そうなってみなきゃ分からないよ。ただ、そうならなければいいなとは思ってる。君には生きてほしい。こんなわけの分からない状況になったからこそ、下手な同情心で死んでほしくないんだよ」
声を上げるクラスメイトの努力や空しく、神薙くんは騎士に後ろ手で捕まえられたまま連れていかれてしまった。助けられなかったという事実に目に見えて落ち込む様子に、普段仲良くないくせによくもそんな風に自分事のように反応できるなと感心する。
いやしかし目の前で殺されなくてよかった。さすがの私も、目の前で彼の首が刎ねられたら正気でいられた自信がない。
『ふむ…。では、あとは任せたぞ』
『はっ!』
王様は神薙くんの騒動で気疲れしたのか、ちらりと私たちへ視線を向けると、後は任せると告げてこの場を去った。まぁスキルカードの確認は神薙くんが最後だったようだから、あとは王様自身がいなくてもよかったのだろう。
王様がいなくなり、私たちの前に来たのは白髪の眩しい年配のオジサンだ。
『君たちの能力別にこれから訓練を受けてもらう。名を呼んだ者から順に並んでほしい』
そう言って、おじさんはクラスメイトの名前を一人ひとり呼んでいく。
まぁ大まかに戦闘組と保護組に分かれるわけだが、その名前を呼ばれる順番が顔面偏差値順だと感じたのはきっと私だけではないはずだ。
『次、エミ・ハシノ』
「はい」
私が呼ばれたのは戦闘組の最後から2番目。ブービー賞だ。
どうやら私の後ろに呼ばれたのはふくよかな体が特徴的な男子・満山くんのため、実質私が戦闘能力のビリなんだろう。
『君のジョブは狩人だ。弓と短剣が君の主な武器となる。ただ短剣の使い手は少なくてな…。少し若い者になるが我慢してほしい』
そう言ってオジサンが連れてきたのは少し細身のイケメンだ。
スキルカードを渡してきた彫りの深いイケメンとは違い、柔和な顔の優しそうなイケメン。
『リック・カーマインです。よろしくお願いします』
『端野恵美です。こちらこそ、よろしくお願いします』
そんな彼が私を見て、そして私より顔面偏差値の高い右側の女性を見渡し、少しだけ残念そうな顔をしたのに気づき、あぁ、いつかこいつ泣かしてやろうと思いながら静かに笑った。