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3 鋼鉄処女

静かな寝息が聞こえる。

緩んだ口許から涎が垂れている。

本当にどういう娘なんだ、この娘は。

3人殺したあとで何事もなかったかのように眠るとは。


とは言えその点に関しては他の連中も同じでさっきまでの騒動が嘘のように普通に授業は進められていた。


もちろん死体もそのまま。

落ち着かない。

死臭漂う教室の中で集中しろというほうが土台無理な話なのではなかろうか。


その弊害は授業後すぐにやってきた。


「アンタ、とうとう黒板写しまで止めたわけ?何?アタシに恨みでもあるっていうの?」


これである。

"原因はお前だ"と激しく主張したいのは山々だがここはぐっとこらえる。

というより言葉が出てこなかった。


九条茜。

妙だとは思っていたが笹垣を一瞬で倒したあの動き、ただ者じゃなかった。いったいどれだけの修羅場を潜ればあんなに淀みなく人の命を絶てるというのだろうか。

昨日はあんなに眼をぎらつかせていた武闘派の連中もすっかり大人しくなってしまっていた。


「明日までにまとめてこなかったら絞め殺すわよ」


冗談に聞こえない。


どうせこうなることはわかっていたのだ。今日は色ペンも持参していた。

鮮やかにノートをまとめてテストもばっちり。アカネも満足することだろう。


わずか2日でアカネのペースに流されている自分に恐ろしさは感じるものの長いものには巻かれるのがタイチの処世術だった。


絞め殺されるのも斬り殺されるのも御免だからな。



授業後を迎えるとさっそくノートを開きペンを走らせる。

時計は3時20分。

目標は6時だ。


"周りの音も耳に入らないほどの集中力で瞬く間にノートは仕上がっていく。色とりどりのアンダーラインが次に見るべき項目へと導き、ポイントを押さえて覚えるべき事柄を指し示す。引くべき資料、開くべき教科書のページまで網羅したそれはもはや辞書と呼ぶに相応しい"


タイチの妄想はそこで途切れる。

今日に限って廊下がやけにうるさい。

吹き荒れる暴力。

響き渡る悲鳴。


アカネの影響がここにも。

いつもみたいにさっさと帰って学校の外でやれよ。


横を向くとそのアカネ本人がいなかった。てっきりまた眠ったままかと思っていたが今日はお早いお帰りのようで。


溜め息をひとつ吐くとタイチは荷物をまとめ、殺し合いにはげむ危なっかしい連中を避けて廊下を駆けた。


こんなところで絡まれたら終わりだ。

今月はもうお金がもたない。

札の入ってない財布を想像し溜め息をもうひとつ。


タイチは息を整えると図書室を目指して歩を進めた。

あそこなら比較的静かだろう。

あくまでも他と比較してだが。



重い引き戸を開けて図書室の門を潜ると中は別世界。

頭上はるか高くまでそびえる書棚が所狭しと並び、委員の掛けるカウンターの横には膨大な書籍を管理する為に、常に轟音のような排気音を響かせる検索機。


暴力とは程遠い静謐。

とはいかないのが劉傑で、広い館内ではここでもやるのかと言いたくなるほどに乱闘の形跡が残っている。


傷ついた机、書棚に残った血痕。

うんざりだ。


だが今日のタイチの気を引いたのはそのどれでもなくさっきまで帰ったとばかり思っていたアカネが眠そうな眼をしばたきながら読書などしていることにあった。


やっぱり勉強するときはするんだな。

感心すると同時にちらりと本のタイトルを盗み見てみる。


ジョナサン・B・ロメオ著

『正しいゾンビの倒しかた』


なに読んでんだよ。


「あら、もうできたの?ずいぶん早いじゃない」


タイチに気づいたアカネがさも当然の権利かの如く右手を差し出す。


半開きの目がノートを出せと訴えている。恐ろしい。


「ま、まだだよ。これからやるんだから。君こそこんなところで何やってんだよ」


「アタシが何をしようとアンタには関係ない。それよりこれからやるってアンタどんだけノロマなのよ。いまどきカメでももうちょっと頑張るわよ」


何をもって"いまどき"なのか。

カメ以下扱いされたのだからそんなに急ぐ必要もないんじゃないだろうかと思うタイチであったが、アカネの背中で揺れるさくらんぼが"そんなこと許すわけないでしょ"と無言で語りかけてくる。


やっぱ恐いなあ。



「ちーっす!」


勢いよく開け放たれた扉と共に揃いの革ジャケットを着込んだ女生徒の集団が図書室になだれ込んだ。


慌てた委員が先頭の女の前に駆け出すといきなり地面に頭を擦り付けた。


「ちょっと、何よ。まだ何も言ってないんだけど」


「ど、どうかご容赦を。委員長には強く言って聞かせるんで。今日のところはこれでご容赦を」


委員の手には茶色の封筒が見えた。

分厚くふくらんだそれの中にはいったいどれだけの額の札束が入っているんだろうか。


「おいおい、ホントにそんなつもりなかったんだけどな。ま、貰えるもんなら貰っておいてやってもいいけどよ」


茶色い巻き髪を少しかきあげると女は封筒を委員から引ったくった。


「で、あんたらいい加減この部屋あたしらに差し出す気ないわけ?そろそろお金じゃ解決できないよー、あたしも」


やっぱりそういうことか。

タイチはようやく合点がいった。


ここ劉傑学園にはいくつかの派閥がある。


ルール無用の学校生活の中でも秩序と序列はあるということだ。

実を言うとタイチのようなひよりみ主義者や笹垣のような殺人狂は劉傑では珍しい。


劉傑学園で楽しく(この場合、己の欲を満たすという意味においてだが)過ごすためには必ずどこかの派閥に所属するか、あるいは派閥に従属し、みかじめを払うことによって生き延びるしかないのだ。



そしてこの揃いの革ジャンは学内最大派閥、アイアンメイデンの制服だった。


先頭の女はその中でも実働部隊のトップ、斬り込み隊長を務める通称ジャックナイフのマリア。


マリアは委員の頬にバタフライナイフの切っ先を突きつけた。


「あした、あしたまた来るわ」


そのまま思いきりナイフを引くとぱくりと開いた傷口から噴き出すようにしぶきが上がった。


絶叫と共に床に転がる委員。


弱者はとことん虐げられるしかない。

それがこの学園の、いやこの町の掟だ。



「うるさい」


隣で声がした。


「あ?」

「うるさいって言ったの。ここ図書室なんだけど」


アカネだった。

今朝に続いてこの娘はいったい何を言い出すのか。


タイチは息を飲んだ。


「それ、あたしに言ってんの?」

「アンタ、バカ?他にだれがいるのよ」

「てめぇ」


帰りかけていたマリア達アイアンメイデンが一斉に踵を返すとアカネを取り囲むように陣を組む。


と言うことは隣にいたタイチも囲まれているということなのだが。


「あたしらをアイアンメイデンって知ってケンカ売ってんだな?死にてえってことだな?」

処女(メイデン)?笑わせないでよ、クソビッチ」

「ぶっ殺す」


マリアがナイフをアカネの頬に突き出した。


図書委員の頬を切り裂いたように腕を引く。


だがアカネの顔に傷はひとつもついていなかった。


マリアが眼を丸くしたのとほぼ同時、ごとりと鈍い音を立てて床の上に何かが転がった。


ナイフを握りしめた右腕。


それを確認するとアカネは刀をふるって血を払い背中に納めた。


眼にも映らぬ早技。

いったいいつ抜いたというのか。


「う、嘘だろ」


肘から先が無くなった自分の右腕を見つめながらマリアが絞り出すように呟いた。


「帰るわよ、タイチ」


アカネの周りを囲んでいた輪は自然と消えていた。


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