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23 強襲(2)

辿り着いたClub Elizabeth は思ったよりも普通の店構えだった。

何の変哲もない、伴すればそのまま通りすぎてしまいそうなほどに。


街の風景にそのまま溶け込みそうなこの小さな箱の中に街中から恐れられる女がいる。


これはあからさまな罠だった。

ここにはあのアイアンメイデンの連中が待ち構えているに違いなかった。


アタシはどうしてこんなところまで来てしまったのだろうか。

アカネは今さらながらにそれを思った。

ノートなんてどうでもいいじゃないか。

こんな面倒を押して、眠い身体を酷使してこのクラブを突き止め、そして自分は今、後戻りできない一歩を踏み出そうとしている。

このクラブの中へと斬り込もうとしている。


正気じゃない。

これは越えてはならない一線というヤツだ。


鉄扇子キョーコを葬ればこの街の権力抗争に足を踏み入れることになる。


その覚悟はあるか?


いや、あるわけがない。

そんな深い事を考えながらここまで来た訳じゃなかった。

何がアカネを突き動かすのか。

アカネ本人にすらそれはわかってはいなかった。


だからアカネはシンプルな心の声に従うことにした。

"気に入らない"

あのアイアンメイデンの連中は我が物顔で学校をうろつき、なぶるように弱者を殺し、土足で他人の心を踏みにじる。


だからアタシも同じことをするのだ。

ただタイチひとりの命のために連中を皆殺しにしても構わないとアカネは思った。


ドアを開けるとすぐにもう一枚、防音壁が目の前に飛び込んだ。

右手には小窓が見えて、ヤニ臭い息を循環させながら男が椅子に寝そべっている。虚ろな眼差し、だらしなく垂れ下がった下顎。

イベントは始まったばかりだと言うのにこの男は既に多量のクスリを摂取しすぎて意識が半分とんでいる。


アカネを認めると男が絞まらない顎から唾液を振り撒き小窓を見つめて顔を覗かせた。


「今夜はアイアンメイデンさん貸し切りだよ。何か証明ある?」


「キョーコに呼ばれた」


「キョーコさんに?特別枠だねぇ…で、証明はあんの?」


「鉛玉でもいいかしら?」


アカネはブレザーからシグを引き抜くと呆然とした表情で虚空をにらむ男の右手の甲へと銃弾を見舞った。


叫び声をあげる男を横目に防音壁を抜ける。大音量のクラブミュージックが飛び込んだ。音に身を任せて少しだけ身体を揺らしてみる。


悪くない。

気分がのってきた。


アカネの赤い髪を認めた何人かが隠し持っていた武器を構えるのが見えた。


さあ、始めようか。


背中から刀を引き抜くと左手に握ったシグを天に向かって一発放った。


「てめぇ、九条」


反応した女たちはアイアンメイデンだろう。


近づこうとしてくる前に眉間を撃ち抜いた。銃声が会場を満たすと一斉に皆の視線がアカネを向く。


今度はこちらから仕掛けた。

ダンスホールの中心へと駆けると立ち塞がる女たちの胴をすれ違い様に切り払う。


切り株になった腰から鮮血が天井まで吹き上がる。アカネの赤い髪も血を吸ってさらに艶やかに輝いた。


音に合わせてステップを踏む。

ステップに合わせて刀を振るう。

振るった刀が血煙と共に道を開く。


首からリボンを外してブレザーに押し込むと返り血でべとつく右手にループタイを巻き付けて刀を固定した。


半狂乱になった女たちはしゃれたドレスを血で染めながらアカネに向かってくる。

せめて苦しませないように逝かせてやろう。


一直線にアカネを目指してくる愚直なまでの素直さに敬意を示して一撃で葬る。

心臓をシグが抉る。

空気を震わす左腕の振動が心地良い。


バーカウンターで恐怖に満ちた声が上がった。

スカイブルーのチューブトップにデニムのミニスカート。

切り揃えた髪にはカチューシャがちょこんと乗っている。

あれもアイアンメイデンなのだろうか。


だとしたらずいぶん可愛らしい子猫を飼っているものだ。


チューブトップの女の側からタンクトップを身にまとった筋肉質な男がアカネの前に立ち塞がった。

男はメリケンサックを指にはめると拳を構えてアカネを誘った。


刀を握った右腕を持ち上げそれに答えるとふたりの間には微妙な緊張感が漂い始めた。


シグは10発も撃っていない。

まだ残弾はかなり残っている。

だがこの男は斬り倒してやる。

正面切ってアタシに挑む無謀をわからせてやる。


それに女の柔らかい身体は斬り飽きた。

見た目の通り骨太だと燃えるんだけれども。


男が前に出た。

右の拳。

大振り一発。


こんなの何て事はない。

ギリギリまで引き付けて紙一重で避ける。男は自分の身体の重さにつられるように前のめりにバランスを崩した。


無様な背中に向かって一太刀を浴びせる。分厚い筋肉が裂ける確かな感触がアカネを高揚させた。


どうしたの?

まだまだ足りないわ。

これで終わりってわけじゃないでしょう。



男がアカネに向き直った。

逆上した動きはさっき以上に単純でそれはもはやアカネを捉えることは到底、不可能だと思えた。


拳を避けながら少しずつ一撃を加えていく。男の身体から飛び散る鮮血がアカネの頬を濡らしていった。


次第に男の動きは緩慢になっていく。

タンクトップを真っ赤に染めた男は肩で息をしながら限界を迎えたようにうなだれると足を止め、固めていた拳を降ろして膝を折った。


なかなか楽しかったが余興はもう終わりだ。筋肉だけが自慢といった風体の男も身体を暖める役にくらいは立ってくれた。


アカネは太刀を振りかぶると男の首を一刀で叩き落とした。

勢いよく飛んだ首がカウンターで音を立てて落ちると、女の悲鳴が上がった。

チューブトップの女だった。


軽く視線を交わした。

恐怖に震える負け犬が一匹。

こいつはほかっておいても問題はないだろう。


正面のステージではまだDJが皿を回している。こんな状況でも仕事に徹することのできるプロ意識には感心。

例えそれが薬物の興奮がもたらすまやかしだったとしても。


女たちが向かってくる。

彼女らは何を守りたいのだろう?

死ぬとわかっていてアタシの前に立つのは何故だろう?


斬られるために

撃たれるために

女たちがアカネの前にやってくる。


だから、斬る。

だから、撃つ。


ポーリングの絵画のように血を飛ばして壁を、床を、彩る。


綺麗だ。

高揚していた気分が静まっていく。


全てが赤色に染まった世界にアカネはたたずみ何を思うでもなく同じように目の前にたたずむ女と対峙した。


血と同様の深紅の打ち掛け。

手にした鉄扇。


鉄扇子キョーコ。

一瞬でわかった。


構える。

互いに。


一歩を踏み出した。


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