21 強襲
乱反射するミラーボール。
会場を照らすムービングライトの光。
クラブの熱気は押し寄せる人波の中で最高潮に達していた。
ジンバックを喉の奥に流し込むと楓は隣に座るタンクトップ姿の彼の腰に手を回した。
キョーコが主催するパーティというだけあって今日はアイアンメイデンの連中も揃いの革ジャケは封印してめかしこんでいる。ここでのアピールが将来に繋がる。太いコネクションを作ることは豪翼町という町で生き延びる確率を飛躍的に上昇させる。
もっともそんなことは楓にとってはどうでもいい事にすぎなかった。
楓は己の容姿ひとつで今の地位を勝ち取って来たし、身の安全はキョーコが確実に保証してくれた。
楓はキョーコの"おたのしみ"に共感し、それを実現させるためだけに動いている。
だから面倒な幹部なんかにはならなくてもいつだってキョーコの側にいられたし、いつだって好き勝手に振る舞うことができた。
楓にそんな身勝手が許されていたのは単に彼女がキョーコにとって便利な存在だったからという理由だけでもない。
鉄扇子キョーコという女はその実、バイセクシュアルでいつだってその手の相手を欲していたということが楓の立場に与えた影響は大きかった。
楓は完璧なまでにキョーコが求める女であり続けた。
女が求める女らしさなんて自身女である楓にとって男のニーズに応えるよりも容易いことだった。
楓は自らが持つ類い希な美貌が自身を守る事もあるのだとキョーコに出会って始めて知った。
今まで容姿に恵まれていることなど男の欲望に火を点けるだけのわずらわしい物にすぎなかったからだ。
だから楓は精一杯の献身でキョーコの歓心を買った。
おかげで今はとても気分がいい。
クスリもオトコも望むものはすべて手に入る。
楓のように力のない人間にとって力のある人間のお気に入りであることがどれだけ人生に影響を与えることか。
「楓、踊ろーぜ」
彼がホールを示しながら色鮮やかな錠剤を楓に差し出す。
楓はそれを受けとるとジンバックで喉の奥へと流し込んで立ち上がった。
酩酊感と共にいいしれぬ快感が脳髄を刺激した。身体の芯を震わせるように音楽が浸透し、リズムに会わせるように自然と腰が揺れた。
今ならどれだけでも踊れる気がする。
疲れなんて完全に消し飛んでいた。
「タツヤも早くおいでよ」
手招きする。
男が立ち上がる。
腰を絡めて唇を貪る。
アルコールの臭気が立ち込める。
このままどこまでも堕ちたい。
狂ったように奏でられるトランスミュージック。身体中を支配する酒気と音楽の波。
楓はクラブ全体が作り上げる極上の快楽に身を任せ、堕ちた。
それ自体がキョーコへの奉仕であると信じて疑わなかった。
喧騒を破ったのは一発の銃声と叫び声だった。
相変わらず流れる爆音のダンスナンバーをよそに騒ぎ立てる矯声は悲鳴にすり変わる。
入り口の付近で発砲音と花火が散る閃光が見える。
挑発的な赤い髪が空調の風にさらわれて揺れる。
小柄な少女は人波を斬り分けて鮮血を降らせた。
それはとても美しかったけれども楓の心に茫漠とした不安を掻き立てた。
少女は血風を巻き上げフロアの中央へと躍り出る。ステップを踏むように、リズムを取るように身体を動かし、少女がひとつ行動を起こす度に腕が飛び、首が宙を舞った。
惨憺たる光景。
酔いが冷めてゆく。
身震いした。
楓はカウンターを乗り越えるとジンのボトルをひっつかんで身体を沈め身を隠した。直感でわかる。
アレはヤバい。
何か私の理解が及ばないものだった。
音楽は鳴り止まない。
DJは爆音でBGMを流し続けたがフロアに興を添えるのはもはやダンスではなく、少女が降らす血の雨だった。
頭から血を浴びた少女の髪はもはや元の色を失ってぬらぬらと輝いていた。
少女の赤髪は血が染みこんで抜けなくなったからかもしれない。
そんなことを思った。
「ぶっ殺してやる」
タツヤの声がした。
カウンターから顔を覗かせる。
メリケンサックを指に嵌め、拳を握ったタツヤが少女と対峙していた。
「ダメよ…」
呟いた。
届くはずもない。
あれはフツーじゃない。
タツヤが前に出た。
豪快な一撃は少女の顔面を捉えたかに見えた。
だが大降りの右拳は虚しく空を切り、タツヤは前のめりに大きくのけぞった。
振り返ろうとする間もなく少女の刀が背中からタツヤを斬り裂いた。
飛び散った鮮血がカウンターまでも赤く染めて濡らした。
歯の根が鳴る。
楓は身を沈めるとボトルに直接口をつけてジンを流し込む。
胃が焼けるように熱い。
生の実感が沸き上がる。
再び楓は身を乗り出した。
カウンターにはタツヤの首が楓のほうを向いていた。
生気のない眼差し。
だらりと口から垂れる太い舌。
血刀を下げた少女と一瞬、視線が交わった。
のけぞるように身を引くと備え付けの棚に背を打ち付けた。
微かに少女が微笑んだ気がした。
腰が落ちた。
じっとこちらを見つめるタツヤの虚ろな瞳を覗き込みながら楓はもう立ち上がろうとはしなかった。




