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19 捜索(2)

鉄扇子キョーコ。

これから探さなければいけない相手はそう名乗っているらしい。

町の支配者から寵愛を受ける女。

彼女を敵に回すということは事実上、豪翼町そのものを敵に回すことに等しい。


命の保証などどこにもなかった。

だがそれがどうしたというのだ。

キョーコという女は今までずっとその地位に安住してきたに過ぎない。

だれも本気でキョーコと闘おうなんて人間は現れなかったに違いない。

ならばアタシが教えてやる。

この世に敵わない相手がいるということを。

膝を屈することのない相手がいるということを。


「さあ、聞かせてもらおうかしら。キョーコって女はどこにいるの?」


倒れたひとりの腹部に蹴りを入れて叩き起こすとアカネは尋ねた。


「知らねえよ…私ら下っ端には総長の居場所なんてしらされてねえんだ」


薄ら笑いを浮かべる女の下腹部をアカネはもう一度蹴り飛ばす。


「だったら知ってるヤツの居場所を教えなさい」


無駄な事は嫌いだ。

たまにいるが質問したら質問したことにしか答えないヤツは何を考えているのだろうか。

その質問の真意を読めないのか。

頭が足りないのだろうか。

そういうバカだから何度も蹴りを入れられることになるのだ。


「幹部の連中なら知ってる…特活室に行きなよ。私らが集会所としていつも使ってる場所だ…」


最初から素直にそこまで答えればいいものを手間をかけさせるヤツだ。

手間賃として最後にもう一度腹を蹴り上げて女の意識を飛ばすと、アカネはまだ腰を抜かしたままだった貴子の肩を抱いて助け起こした。


「ありがとう」


「礼には及ばないわ」


「ひとりで行くの?」


「あなたも行く?冗談じゃないわ、足手まといよ。遊びに行くんじゃない」


「わかってる。だからこそ聞いてるのよ。殺されちゃうわ、アカネちゃん」


「黙ってたらアタシの前にタイチが死ぬわよ」


それを言われて貴子は口を閉ざした。

口先だけの心配なんていらない。

力の伴わない正義なんて無意味だ。

だからアタシは誰に対しても容赦しない。


目的の為なら手段は選ばない。

道を阻むヤツは誰であろうと斬り捨てる。

それだけ。


「安心なさい。アタシが絶対と言った以上はタイチは必ず戻ってくる」


「ホントに?」


「ええ。ホントに」


「じゃあ約束してくれる?あなたもタイチも無事に帰ってくるって」


約束。

空虚な言葉だった。

アカネにとっては何の意味もない言葉。

約束なんて次に会えることに何の疑いも持っていない人間だけが使える言葉だ。

世間はそんなに甘くない。

再会の日が訪れるとは限らない。


「わかった。約束よ」


それでもアカネは答えた。

いや、何の意味もない言葉だからこそ気軽に発することができたのかもしれなかった。

どちらにせよそれは始めての"約束"だった。

何にも縛られずに生きてきたアカネの始めての約束。

それが心の内側に何かを残すことは別段なかったにせよ。





特別活動室。

通常の授業とは別に主に生徒会活動やクラブ活動、ディベートなどの目的に供せられる教室。


というのが本来の特活室の在り方らしい。我が劉傑学園においてはごくごく私的な閉鎖空間において各人が気の向くままに暴力行為にのぞむ場所でしかない。


そしてそれすら過去の話になって久しいという。

今では学内最大派閥・アイアンメイデンがクスリや麻雀を楽しむための吹き溜まりにすぎない。


集会所とはよく言ったものだ。

タバコの煙で充満した室内に足を踏み入れてアカネは眉をひそめた。


「おい、何だてめぇは。誰の許可とってここに入ってんだよ」


相も変わらず同じようなセリフに出迎えられるとアカネもそろそろうんざりしてくる。

耳障りな雑音。

黙らせるのは容易い。

けれども今回ばかりはそれだけで終わりという訳ではなかった。

鉄扇子キョーコの居場所を吐かせなくてはならない。

面倒極まりない。

だがやると決めたからには手を緩める気はなかった。


「あんた、幹部?」


「は?」


間の抜けた返事を返した金髪の腹部へアカネは鞘に納めたままの刀を突きいれた。


金髪は呻き声を上げて床へとうずくまる。震えが止まったのを見計らってもう一度腹部へ鞘の先端をめり込ませた。

今度は大きく咳き込んで金髪が体を丸めた。


「幹部かって聞いてんのよ」


「赤い髪…お前、九条か?」


さらにもう一度腹部を鞘で突く。

金髪はえづくと吐瀉物を地面に撒き散らした。


「質問してんのはこっちよ。アンタは幹部かって聞いてる」


「ち、違げえよ…ここに幹部なんていねえよ…」


誰も何も言えずにいる。

臆病者の群れ。

群れなければ何もできないあわれな羊達。


「幹部はどこ?」


いい加減質問を繰り返すのがバカらしくなってきた。

次で答えなければ斬る。

視線に殺気を込めた。


「あ、開かずの間…」


「開かずの間?」


わずかに刀を握る手元を動かした。


「体育倉庫の中にある私らのもうひとつの集会所だよ。ここはホントに幹部しか使えない場所で、私らは鍵だって持ってない。だから開かずの間って呼ばれてる」


「それで?」


「それでって…」


「鍵は誰が持ってるのかって聞いてる」


「ゲートキーパーの南錠さんが」


「どいつ?」


何もできずにただ立ち尽くすだけの女達の顔へ向かってアカネは刀を突きつけて行く。怯えきった眼差し。

学内最大派閥が聞いて呆れる。

こんなのにいいようにされているこの学校の連中にもため息が出そうだ。


「だから幹部はここにはいないって!」


金髪が声を荒げた。

ちっ。

振り出しに戻る。

あと何回これを繰り返したらキョーコに辿り着くのよ。

このままじゃ目的を忘れそう。

何のためにこいつらを痛め付けてたんだっけ。


そう、タイチよ。

タイチにノートを書かせるためにアタシは今、これをしてる。


「南錠さんなら今、ハッスルボウルで(セント)ブラッディーの連中とやりあってるとこだ…命が惜しくねえならいってみなよ」


白く濁った煙の立ち昇る教室へ背を向けるとアカネの意識はもう学校の外へと向けられていた。




店の前を守っていた雑魚は打ち倒した。

呑気なもので警備の為に残されていたにも関わらずチョコレートなんかを手にわきあいわいとやっているから訳もわからない内に死ぬことになるのだ。


まだ顔に笑みを貼り付けたままの(むくろ)を横目に南錠アケミはボウリング場の自動ドアをくぐり、中ではしゃいでいる茶色いセーラー服の一団へと対峙する。


自分の後ろへ居並ぶ黒いジャケットの群れが彼女達へ恐怖を伝播していくのがわかった。


ボールを投げる手が止まる。

連鎖的にセーラー服の顔がこちらを向いていく。

澄まし顔でアイスクリームをなめていた黒髪の女もアケミへ一瞥をくれるとにこりと微笑んだ。

それは完璧すぎる笑顔で余計にアケミの神経を逆撫でした。


(セント)ブラッディー女学園高等学校は豪翼町には珍しく清廉と貞淑を旨とする校風を掲げるいわゆるお嬢様学校である。

学力の水準も全国平均を上回る。

目の前の女達の完璧な容姿と振る舞いは、粗暴であることでしか己の存在を証明できないアケミの心をかき乱した。


要するに気に入らないのだ。

豪翼町には相応しくない。

ここは暴力だけが物を言う世界のはずだ。楽しくJKやりたいならよそに行きなよ。


(もっとも聖ブラッディーの理事長は豪翼町でも有数の犯罪組織・JOKERのナンバー2でありその資金の出所は決して誉められたものではない。加えて聖ブラッディーに自分の娘を進学させる親達の考えは権力欲と他者に対する優越感情に過ぎずこれまた決して誉められたものではない。学園に通う聖徒達もまた権力闘争に明けくれ、誰が1番かを証明したがっている点においては劉傑学園と変わりがない。ただしその方法は単純な暴力によるものよりはもっと陰湿で彼女たちは親のコネクション、自らの容姿、金品とありとあらゆる物を駆使して敵対者を貶め、絶対的なカースト制を敷く。階段の下に転げ落ちたものに待っているのは地獄である。学園に通い続ける限り、永遠に終わることのない上位者への隷属。いったいそれのどこに清廉と貞淑があるのか。つまるところ彼女ら聖ブラッディー女学園の淑女達はどうしようもなく豪翼町に染まりきった人種なのである。)



「アイアンメイデンさんですか。わたくし達、今はレクリエーションの最中なのですわよ。御用ならちゃんと執事を通してもらわないと困りますわ」


完璧な笑顔を崩さぬまま黒髪の淑女はアケミへ告げた。


聖徒会長・鮮血のメアリー。

彼女が笑顔の下に隠す顔を知ったときアケミは戦慄した。

彼女と関わった男達はみな例外なく数ヵ月以内に死体となって発見される。

発見現場はまちまちだがメアリーをよく知る人間によればその時々の彼女のお気に入りの場所だと言う。

男達の共通点は首のない死体となって発見されること。

死体が見つかった次の日には必ずメアリーは血まみれのセーラー服を身に付けて学校に現れる。


彼女は気に入った男を永遠に自分のものにするために首を狩る。

彼女の愛が臨界点を超えたとき、男がひとり生を終える。


切り取られた首は防腐処理を施されて彼女のベッドの周りに飾り付けられているという。


人の命を奪うことに何の躊躇も覚えないアケミ達、アイアンメイデンですら背筋が凍った。


それが許せない。

いつだってこの町における暴力の最前線は劉傑学園であり私たちのはずだ。


蚊も殺せないようなツラで平然と冷酷になれる。そんなヤツらの存在を許してたまるか。


「ここ、私らのシマだったはずだよな、メアリー。領域侵犯だぜ。弁解してみせろよ」


「あら、そうだったかしら。わたくし達どうしてもボウリングがしたくって。使用料、払うわ。500万くらいあればお小遣いには足りるかしら?」


「舐めてんじゃねえぞ、クソが」


アケミの合図で控えていた部下達が獲物を構える。

それでも聖ブラッディーの連中は機械的に笑みを浮かべ続けていた。

気色悪い奴らだ。

まるで人間味が感じられない。

入り口を守っていた奴ら同様、死のその瞬間までこいつらは作られた笑みを絶やさないのだろう。


「すぐに暴力に訴えるのね、あなた達は。短気はお肌に悪いですわよ」


「知ったことじゃねえよ」


「あらあら、野蛮人」


メアリーはようやくアケミのほうへ向き直るとスタンガンを懐から取り出してスイッチを入れた。

笑顔のすぐ側で火花が散って消えた。


「わたくし達、怒らせると怖いですわよ」


メアリーが間合いを一歩つめたその時だった。



「道を開けなさい」


扉口で声がした。

人波を掻き分けてずかずかと店の中に分け入ると声の主である小柄な女はアケミとメアリーの間に割り込んだ。


赤い髪に背中にせおった目立つ太刀。

柄の先にはさくらんぼのストラップが揺れていた。

まさか。

噂に聞いていた転校生か?


「あんたがゲートキーパー?」


九条と思われる女が問いただした先はアケミではなく何故かメアリーだった。

ボケかましてる場合じゃねえんだよ、何なんだこいつは。

いったい、私に何の用だってんだ。


「あら、カワイらしいお嬢さん。何かしら?」


特に否定もせず受け答えているメアリーもこの状況を楽しんでいるように見えた。当然と言えば当然。

ウチの制服を着た女がいきなりのこのこ乱入してきたのだから。

鉄砲玉かと思われても仕方がない。


だが次の展開まではアケミにもそしてメアリーにも予想の範囲外だった。



九条(仮)はブレザーの内ポケットから小振りの銃を取り出すとメアリーの太股に向かって2回引き金を絞った。


くずおれるように体を地面に横たえると絶叫があっけにとられていた周囲の人間を現実に引き戻した。


アケミ達も聖ブラッディーの連中も一斉に九条(仮)へ武器を向けた。


だが九条(仮)はまったく意に返す風でもない。だるそうに瞬きを何度か繰り返すと思い出したようにメアリーの腹へ強烈な蹴りを叩き込んだ。


「ちょっ、待って…」


完璧な笑顔がついに崩れた。

苦悶に顔を歪めながらメアリーが制するように右腕を挙げる。

だが無駄だった。

もう一撃が再び腹部を捉えメアリーはそのままうずくまることとなった。


「待てって言ってるだろうが!話を聞けよ、ドチビ!」


おいおい。口調変わってるぞ、メアリーさん。


九条(仮)はメアリーの眼前で腰を据えると顎の下にシグ・ザウエルの銃口をあてがった。

流れるような手際の良さ。

ずいぶんと血生臭い現場に慣れている。

この人数を前に臆する様子もない。

ただのバカ、でないのは確かだ。

噂ではあのマリアさんの右腕を切り落としたと聞いている。

何の冗談だろうか。

私らがまったく頭の上がらないアイアンメイデンのNo.2が簡単にやられるなんて。


「おいおい、ホントに待てよ!良く見ろ!制服!」


口調なんてもうどうでも良くなっているメアリーが必死に手振りで自分のセーラー服を指し示す。

額からとめどなく流れ落ちる汗が化粧を崩し、完璧だったはずの顔は見る影もない。


顔面まで作り物。

聖ブラッディー伝統の顔面偏差値の高さにケチが着いた瞬間だった。


「糸がほつれてるわ。それがどうかしたの?」


「そういうことじゃねえ!わたしらは劉傑学園じゃねえって言ってんだ。気づけよ、バカ!お前が探してるのはそっち!」


メアリーの指先はアケミの顔を捉え、それに導かれるように九条(仮)が振り返る。

茶番は終わりだ。


「あんたがゲートキーパー?」


のそりと立ち上がると右手のシグを持ち上げながら左手で鞘に収まったままの刀を背から取って構えた。



「だったらどうする?九条茜」


「キョーコはどこ?」


「知らねえ。知ってても教えねえ」


命知らずにも限度がある。

総長を探してどうする気なのだろうか。

あんな恐ろしい人をアケミは知らなかった。


正直に言えばあまり関わりあいになりたくはない。


アイアンメイデン総長とは別に鉄扇子キョーコには別の顔がある。

町の支配者・田所弓彦の愛人。

もちろんそうだ。

だが彼女はその美貌だけで支配者の愛人としての地位を確立したわけではない。


彼女が田所DSCへ納める資金は他の追随を許さないほどの額に上る。


違法ドラッグの密売と人身売買。

彼女が提供する娯楽に物好き達が魅せられる。特にキョーコが集めてきたドレイの品質は正に折り紙付きだった。

ドレイはひとりひとりキョーコの面接を経て役割を割り振られる。


強制売春から私設の拷問クラブ、臓器の提供。キョーコはこれで莫大な財を築いた。


頭の芯から狂っているのだ。

ガキの遊びとはわけが違う。


何が目的かは知らないがキョーコに近づくことは死を意味する。

アイアンメイデンに所属するメンバーにとってすら住む世界が違いすぎる人間だった。


「じゃあ開かずの間ってとこの鍵を渡しなさい」


「へえ、ずいぶんうちらの事情に詳しいじゃねえか。欲しけりゃ力づくで―」


「あー、ちょっと待ちなさいな。そういうのいいから素直に渡しなさい。もう、疲れたわ」


九条(もうカッコ書きは必要ないな)はさも当然の権利かのようにアケミへ手のひらを差し出した。

ここに鍵を置けと言うことらしい。

バカにしやがって。

誰が渡すか。

血祭りにあげてやる。


「おい、メアリー。一時休戦だ。先にこいつを始末する」


「気が合うわね。わたくしもそうするつもりでしたわ」


太股を抑え、床に転がったままの姿勢でメアリーが言った。

化粧はぼろぼろ。

いくら口調を元に戻してもさすがにそのキャラにはもう無理がある。

写メ撮っとくべきだったな。

それでこいつの"お嬢様"人生は終わりのはずだった。


「やるぞ、てめえら!九条の首を引っこ抜いて校門に飾り付けてやるんだ!」


「みなさん、やっておしまいなさい!わたくしに恥をかかせた愚か者を八つ裂きにするのよ!」


まずは聖ブラッディーが九条を目掛けて突撃を敢行した。

茶色のセーラー服に取り囲まれて一瞬で小柄な体はアケミの視界から消えて見えなくなった。

続いて黒いジャケットがセーラー服の背に覆い被さっていく。

十数人が武器を振りかざし目の前の標的へと押し進む。

決まりだ。

どう考えてもこれで無事な筈がない。


マリアさんの恨みだ。

報いを受けろ。

明日からはまたアイアンメイデンの天下が学校に戻ってくる。

ついでにメアリーの首も持ち帰れば鍵当番なんて使い走りからも解放されて一挙にNo.3までは駆け上がれるだろう。


ゲートキーパーだって?

都合のいい名前をつけたって体よく利用されてるだけなのはわかってる。

だがそれも今日で終わりだ。

もう誰にも文句は言わせない。

名実ともにアイアンメイデンの幹部になるのだ。



眼前で血飛沫が撒き上がった。

胴を切断されたセーラー服と革ジャケットの上体が全く同じタイミングで地面に転げ落ちた。

一瞬の静寂。

九条が振るった刀の切っ先から鮮血が散った。


同時に残された下半身の切断面から勢いよく赤黒い血が天に向かって噴水のように立ち上る。


かろうじて生き残った数人が背を向けて逃げ出した。

刀身の血を払うと九条は追いすがるようにひとりの首を背中から切り飛ばした。

勢いよく飛んだ首が毬のごとくに跳ねてボールリターンの上へ落ちボウリングの玉と肩を並べた。

腰を抜かした革ジャケのもうひとりが助けを請うようにアケミを見た。


差し伸べるように右手を持ち上げた。

眼前で首が胴から離れた。

まっすぐに飛んだそれはボールリターンの上を滑り穴の中へと吸い込まれるとスイカ割りの後のスイカのように勢いよく爆ぜて飛び散った。


血に濡れた九条がシグを構えている。

銃口が光った。

右足を燃えるような熱さが襲う。

膝を着いた。


九条が目の前に立っていた。

額に突きつけられた拳銃。

虚ろな眼差し。

死ぬ。


「鍵」


歯の根が鳴った。

九条の体の奥に轢断(れきだん)された仲間の死体が物のように転がっている。

自分もああなるのか。

恐怖が襲ってきた。

以前にも感じたことのある恐怖だった。


"あなた、見た目よりずっと真面目ね。この鍵、預けるわ。私たちの大切な場所の鍵。ヨロシクね、ゲートキーパーさん"


キョーコの声がしたような気がした。

なぜそんなことを思い出すんだろう。


「鍵」


女がアケミの顔の前に手を出した。

言うことを聞くしかない。

そう思った時にはジャケットのポケットから出した鍵を女に渡していた。


それを受けとると女は踵を返して店の外へと消えていった。

後に残されたのは血溜まりで喘ぐ仲間たちと魂の抜けたかつての仲間たち。

今はモノになってしまった宿敵たち。


「何よ、あれ?」


メアリーが涙に目を潤ませていた。


「知るかよ」


緊張感から解放されたことによって全身の筋肉が弛緩(しかん)している。

その時になって気づいた。

命を繋いだことに言い様のない安心を覚えていることに。


ああ、私はとっくに死んでいたのか。

肉体的にではなく精神的に。


南錠アケミにもはや再起を期すだけの気力は残されていなかった。

そっと瞼を閉じた。

何か重りのようなものから解放された気がした。




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