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12 鉄扇子(2)

朝から気持ち良いほどに校内は暴力沙汰に満ちている。

クラス中を飛び交う怒号と悲鳴。

どんなに寝ぼけまなこをこすって登校したってこの恒例行事がいつも目覚まし代わりだ。

劉傑学園の朝は半分意識が飛んでいるような寝不足の学生の命から真っ先に刈り取っていく。


挨拶のつもりなのか教室のドアを潜るなり拳を飛ばしてきたスキンヘッドの双子を作り笑顔でやり過ごすとタイチは自分の席に着いた。

教室の真ん中に位置するこの席が今では一番の安全圏なのだからおかしなものだ。


誰もアカネの隣に座っているタイチにわざわざ絡もうとはしてこない。

入学して2年。

タイチは周りから完全に浮いた存在になるとともに本当の平和を手に入れた。

半分嬉しく、半分は人としてダメになってしまったのではないかと己を省みる。


今やまともにタイチに話しかけてくるのはアカネと図書委員のふたりくらいのものだった。


「おい、桐原ァッ!いつもいつもテメーはギリギリに登校しやがって!俺よりも遅く教室に入るんじゃねえ!」


あ、もう一人いた。

沼田だけは割りと生徒を恐れずぼやきを飛ばす。

まあタイチを恐れる理由はないのだけれどもそれでも何だかんだでこの人はちゃんと教師やってるんだなと意味もなく感心してしまった。


「1週間」


「ん?」


「1週間連続よ。アンタがアタシより遅く教室に入ったの。何様のつもりよ、タイチのくせに」


ここにもぼやきが口癖のようなヤツがいた。そもそもまともに教室登校するようになったのが1週間前のアカネがどの口でそんな事を言うのか。

理解に苦しむ。



アカネがちゃんと教室に登校できるようになったのには理由がある。

アイアンメイデンの矛先がアカネからも図書委員からも外れたのが大きな原因だ。


このところ揃いの革ジャケットが相手にしているのは新聞部の連中だった。

普段は他愛もない町のゴシップを書き立てているだけの無害な奴らだがどうやら踏んではいけない地雷に触れてしまったらしい。


劉傑学園で派閥を形成しているお偉いさん達は割りと噂話に目がない。

いつも面白い記事を上げてくる新聞部に金を払って捏造記事を書かせる者も多いのだ。


それで連中も味をしめてしまったらしい。あろうことかアイアンメイデンをネタに記事を作ってしまった。


ネタにされたのはジャックナイフ・マリア。

話題はまあ、言うまでもなくアカネとの一件だ。


当然、これはあのおっかない革ジャケ連中の怒りを買った。

おかげでタイチやアカネは悠々自適の生活を取り戻したが、がめついだけで大して実力もない新聞部はずいぶんと痛め付けられたようで虫の息だった。


そんな事もあって今のところ命の危険はない。苛烈な生存競争をついにタイチは生き残った気分だ。

平穏が訪れると新たな問題が浮上する。

いつの間にか図書委員の中に組み込まれていたタイチの現時点での憂鬱の種はもう来週に迫った文化祭である。


そもそも委員会活動などまともにやっていない劉傑学園の学生たちなのだ。

タイチとアカネを除けば図書委員であると言えるのは委員長・鴻上と3年の間宮だけだった。


これでよく機関誌なんて発行する気になるよな。




終業のチャイムが鳴るとすぐに図書室に向かうのが最近の日課。

別に今までだって割りと図書室には通っていたほうだからさして行動パターンが変わったわけではない。

違う事と言えば気だるそうな表情で着いてくる赤髪の少女を伴うようになったことくらいだ。


「それでは諸君!各々、図書委員会機関誌『図書録(ずしょろく)』に掲載する魂の書を提出したまえ!」


鴻上が小脇に抱えた"鴻辞苑"で机を一度大きく叩くと、間宮が拍手を送る。

何となくつられてタイチも手を叩いてみたら無表情でアカネも続く。

何だこれ。


ボロボロの辞書が一層いびつにかしいだ気がするのだがいいのだろうか。

いつぞやこれは鴻上家の誇りだとか言っていたのを聞いた気がするが、その言葉も今となっては空しい。


「委員長である私はもちろん鴻上家の由緒ある歴史を流麗(りゅうれい)なる言葉で(つづ)ろう。こればかりは譲れんのでな。悪いね、君たち」


嬉々として語る鴻上の眼鏡の奥が怪しく光った。

この人、ホントに自分大好きだな。


試しに読んでみることにした。

鴻上委員長のお手並み拝見。


"我が鴻上家は豪翼町に300年以上続く名家であり、代々辞書の編纂(へんさん)生業(なりわい)としてきた名門中の名門である。そもそも鴻上家の起こりはかつてこの地に都を築いた帝の教育を司る大司徒としての御役目から端を発しており…"


「あの、先輩…」


「どうしたね、ポリスマン。あまりの感動に言葉では表現しきれんのだろう。わかるよ。うん、わかる」


「いや、冒頭からウソで始まるのはいかがなものかと…」


やっぱりこの人は滅茶苦茶だ。

移民達が築いたこの豪翼町の歴史は100年そこそこ。

300年って何だよ。

こんな捏造記事乗せられるか。

なに考えてるんだこの人は。


「そうは言うがポリスマン、君はどんな物を用意してきたのだね?」


挑戦的な鴻上の眼差しを受けてタイチは原稿用紙を鞄から引っ張り出した。


"このサスペンスが凄い!『このサス』過去10年No.1作品徹底書評 本当に面白い作品はどれだ!"


綿密なデータと実際に自分が読んだ実感を交えて辛口に仕上げてみた。

俺だってやる時はやるのだ。

ノートをまとめるだけが能じゃない。


「いいですね、これ」


間宮が笑顔を向けた。


「はい。本好きならこういうの喜ぶかと思って」


「僕も"このサス"は注目してますからね。ここなんてすごく同感です」


しばらく書評の話が続いた。

ああ、常識人との会話は本当に癒される。書いてきて良かったとタイチはしみじみ思った。


「こんなの1冊も読んでないわよ。つまらないわ、もっと為になる本を読みなさいな」


アカネが口を尖らせた。

可愛くないヤツ。

人がせっかく盛り上がっているのに。

開いたアカネのバッグの中から一冊の本がはみ出しているのが見える。

そういう自分は何を読んでるんだよ。

ちらりとタイチは背表紙を目で追った。


『ゾンビスレイヤー』


聞いたこともない海外の翻訳小説。

いい加減ゾンビから離れろよ。


「ふむ、悪くない着眼点だ。続いて間宮クン、君の原稿だが」


鴻上が目配せすると間宮は先ほどまでの冷静な表情を一変させ不適に笑った。

のそりと立ち上がるとカウンターの裏から大きな巻物を持ち出し、机に広げた。


"逆転の世界史!あの時、歴史は動いた!"


巻物の中身は戦場を見立てた地図。

詳細に付箋を貼りつけたそれは間宮の解釈で成り立った戦争の再現図だった。


"こうすれば勝てた!"とか"ここが燃えポイント!"とか書かれた非常にヲタくさい図面を指示棒で指し示し、唾を飛ばしながら語る間宮の姿にはもはや常識人の面影はなかった。


ああ、何故俺の周りには変人しかいないんだ。

それに機関誌に乗せる記事を作るんじゃなかったのかよ。

こんな巻物持ってきてどうするつもりなのだろうか。


「さてゾンビガール。最後は君だ」


鴻上が水を向けると退屈そうに頬杖を着いていたアカネがあくびを噛み殺した。


"そんなのやってくるわけないでしょ。タイチ、アンタがもうひとつ書きなさいよ"


当然浴びせられるであろう言葉にタイチは身構える。

とは言ってももうネタはないわけで今から書くのは無理なのだが。


「絵」


アカネが画用紙を広げた。


「アタシは文章力とかないからこれで」


そこにはクマの女の子が読書をしている可愛らしいイラストが書かれていた。

まあアカネが書いたものらしくクマはゾンビ化していて右目の眼球は溶け落ち、体はところどころ腐っていたけれども。何とも丁寧なことにハエまでたかっている。

でも上手い。

意外なアカネの才能にタイチは開いた口が塞がらない。


アカネは色ペンを取り出すとイラストの上にポップな字体で"劉傑学園図書委員会機関誌・図書録"と書き加えた。


「どうかしら?」


「グッジョブ、ゾンビガール!今年の表紙はこれでいこうではないか!」


高らかに鴻上が笑い声を上げた。

楽しそうだな、おい。



結局、鴻上の独壇場で全てが進み今日の図書委員ミーティングは終わった。

各々、用意してきた記事はもれなく掲載されることになった。

それもそのはず、そもそも圧倒的にページ数が埋めれていないのだから。

ページの割合は鴻上8、タイチ1、間宮1。

図書録はそのほとんどを鴻上家の由緒ある歴史で埋めることとなった。


「はっはっ、完成を楽しみにしていたまえよ!最低でも10万部は刷らねばな」


「1部1000円です!おふたりも払ってくださいね」


去り際に変な声が聞こえたが気にしないことにした。

鴻上と間宮はもう少し作業をしていくらしい。

精の出る事だ。

本来なら手伝うべきところだが正直疲れた。

こういう時はずけずけと物を言い、さっさと荷物をまとめるアカネが側にいてくれて良かったと思う。



「アカネさん絵、上手だよね。びっくりした」


「当然よ。アタシに出来ないことはないわ」


その自信はどこから来るのか。

それにしてもいつまで経ってもアカネは不思議な娘だった。

学校にいる間はほとんど眠っているところしか見たことがないのにやるべきことはしっかりやってくる。

もしかして家では猛勉強したりしているのだろうか。

いや、まったく想像がつかない。


「こんな学校でも文化祭はちゃんとやるのね」


「うん。こういうイベントの時は力を誇示するいいチャンスだって考えるヤツも多いし」


「バカバカしい」


最もな意見ではあるがアカネが口にするとどうにも危なっかしくていけない。

思ったことをすぐ言う癖は直さないと彼女の周りは敵だらけになってしまう気がする。

すでにアイアンメイデンなんて一番タチの悪い連中に目をつけられているんだからこれ以上、事態をややこしくするような真似はしてほしくない。

何より自分の身が心配だ。

タイチの心労は尽きない。


「おい、ちょっとツラ貸しな」


ほら、思った側から。

校門の前にはもはやおなじみの革ジャケットが待ち構えていた。

バットや鉄パイプで武装した彼女たちはとてもゆっくりお茶しましょうと言い出す雰囲気には見えなかった。

中央の女の右腕には肘から先がない。


もういい加減、俺がいないときにやって欲しいものだ。

今まで一度だって余計な事はしてこなかったのに何故、俺がアイアンメイデンのブラックリストに名を連ねなければいけないと言うのか。


「何よ。アタシに何か用?」


「今日こそこの腕の借りを返してもらいにきたぜ」


アカネが鼻で笑った。


「何がおかしいんだテメェ!」


「前にもそんなセリフを聞いた気がするわ」


「今度は前のようにはいかねえ。取り囲んで血祭りにしてやるぜ」


「懲りないわねぇ」


隻腕の女、ジャックナイフ・マリアを中心にアイアンメイデンがアカネの周りに円を作る。


タイチはいち早くそれを察するとアカネから距離を置いて包囲を逃れた。

これでも学習しているのだ。

囲まれたら俺まで巻き込まれるのは目に見えてる。


マリアが左手にナイフを構えた。

それが合図だったのだろう、包囲の輪を縮めて女達がアカネに飛びかかった。


懐に手を入れるとアカネが銃を取り出した。

正面から打ちかかった一人の足元を払うと、左右に1発ずつ発砲。

正確な射撃が襲い来る二人のつま先をふき飛ばした。


その間隙(かんげき)を着いて背後から

鉄パイプの女がアカネの首元を絞め上げにかかった。

喉元へパイプが食い込もうとする刹那、アカネは右腕を持ち上げるとピストルをねじ込んでなんとか首が絞まるのを防いだ。


そのまま背負い投げの要領で女を投げ飛ばすと腹部へ1発。

動かなくなったのを確認すると今度は自分から前方へと切り込んだ。


「くそっ!てめえら真面目にやってんのか!さっさと囲んで袋にしろよ!」


マリアの叫びがこだましたが意味はなかった。

誰もアカネの動きに着いていくことはできないのだ。

ひとりが近づいた時にはもうアカネはその脇をすり抜けて一撃を見舞ってしまう。囲もうとすればするほど相手は自ら築いた陣形を崩し、ひとり、またひとりとアカネに倒されていった。


「ち、ちくしょう…」


明らかにマリアの眼には動揺と恐怖があった。

終わりだ。

もうアイアンメイデンに勝ち目はない。

学内最強を謳われる最大勢力がまるで子供扱いだった。


「死にやがれ!」


不意に耳元で声がした。

振り向くと右からナイフを握った女がタイチに向かって突撃を始めていた。

しまった。

アカネの戦いに気を取られすぎた。

やっぱり逃げるべきだったのだ。

タイチは学生鞄を持ち上げると目を伏せた。


鈍い音がする。

ナイフが刺さったのか?

だとしたらどこに?


「ボサっとしてんじゃないわよ、マヌケ。見てないでアンタも少しは片付けなさいな」


目を開けると女は倒れて既に気を失って

いる。

後に残されたのはアカネの白い眼だけだった。


「す、すいません…」


何となく謝った。

もはや付いていけてない自分がそこにはいた。


「ちくしょう!死ね、赤毛っ!」


アカネがタイチの方を向いている隙にマリアが襲いかかった。

まっすぐ向かってくる。

恐怖にかられているのだろう、実に直線的な動きだった。

ナイフを持った左腕を蹴り上げるとアカネは銃口をマリアの額に突きつけた。


「チェックメイト」


引き金を弾くと撃鉄が弾かれる音だけが夕焼けの空に響き渡った。


「あ…」


唇を震わせるとマリアが尻餅をつく。

完全に戦意は失われていた。


「悪運の強いヤツ。命拾いしたわね」


空になったマガジンを排出するとアカネはもう興味はないと言うようにあくびをひとつついてからピストルをしまった。


またしてもアカネは事も無げにアイアンメイデンの襲撃を退けて見せた。

これで3度目。

彼女のでたらめな強さはそろそろ学校を飛び出して町へと広まり始めてもおかしくなかった。


それにしてもしばらく大人しかったアイアンメイデンが校門で待ち構えているなんておだやかじゃなかった。

新聞部の一件が片付いたからだろうか。

何故か感じる一抹の不安をタイチは拭い去ることが出来ないまま、アカネと共に学校を後にした。





足がすくんでいる。

立とうとしたが力が入らなかった。

仕方がないのでそのままマリアは地面に寝そべるとジャケットのポケットからタバコを取り出して火を点けた。


何てヤツだ。

舎弟20人を引き連れて勝負に臨んだというのにまるで相手にならなかった。

こんな事があっていいのか。

あたしはジャックナイフ・マリアなんだぞ。アイアンメイデンの斬り込み隊長と称されどんな時も真っ先に敵へ突っ込み誰であろうとナイフの錆と変えてきた。

そのあたしがまるで歯が立たないなんて。


いや、瞬時に右腕を切り落とされたあの最初の邂逅(かいこう)の時、すでにマリアは敗北のイメージを九条茜に植え付けられていたのだった。

どう足掻いてもこいつには勝てない。

心の奥底でそれはわかっていたことだった。


あんなデタラメ人間とまともにやりあうにはそれこそこちらにもデタラメな力が必要となることだろう。


まあいい。

今日はちょっとした挨拶だった。

目的はアカネじゃない。

図書委員会そのものだ。


マリアはようやくまともに動き始めた体を動かして上体を起こすと校舎に眼をやった。


あとは総長に任せればいい。

すべて鉄扇子キョーコが決着を着けてくれるに違いなかった。






机の上に雑然と散らばった資料を片付け終えると間宮衛門之介(まみやえもんのすけ)は思わず微笑んだ。

こんな感情を抱いたのはこの学校に入学して3年、始めての事だった。


暴力が支配する町、豪翼町。

その最前線を担う劉傑学園において間宮のような比較的穏やかな人間が日々を過ごすことは苦痛でしかなかった。

入学して早々、気の弱そうな間宮はすぐに血に飢えたケダモノどもの良い餌食となった。


吹き荒れる暴力に耐えながらそれでも間宮の心が荒まずにいられたのは本があったからだった。

そして彼がこの学校で命を失わずにいられたのは鴻上図書之介という男と同じクラスとなったからだった。


"私も君と同じように書物と知識を愛する者だよ。どうかね、私と共にこの学園に秩序をもたらそうではないか"


少し変わり者の鴻上も間宮と同じく入学してすぐに学内の主だった派閥に眼をつけられ始めた。

だが彼が間宮と違ったのはただ一点。

鴻上は賢いだけではなく腕っぷしも強かった。それもこの町をひとりで生き抜いていくことができるほどに。


鴻上と共に図書委員を務め、少しづつ学校に本を増やしていく日々は間宮にとって産まれて始めての居場所を作る作業でもあった。


そして今、たったふたりで始めた劉傑学園での機関誌製作に新しい仲間が加わった。


可愛い後輩たちと話している時間が今の間宮には何よりも大切だった。

この町でも普通の生活が送れる。

それが単純に嬉しかった。


「委員長、僕たちもそろそろ上がりましょうか」


「うむ、今年はいつになく良い出来の機関誌が出来そうだ。あの愉快なふたりのおかげかもしれんな」


鴻上もこのところ穏やかな表情を見せることが多くなった。

それもふたりの影響によるところが大きいだろう。


アイアンメイデン。

あの野蛮な不良少女たちが力を持つようになってから校内の流血沙汰は一層多くなった。

彼女たちは暴力を持って次々に対立勢力を叩き潰し、劉傑学園に君臨した。

その背後には町の支配者、田所弓彦の影さえも見え隠れする極めて危険な連中。


そんなアイアンメイデンが図書委員を目の敵にするようになってから鴻上の表情は以前より影を帯びるようになっていた。


ヤツらはあろうことか図書室をダンスパーティに利用するために使いたいなどと要求してきた。

冗談じゃない。

ここはやっと手に入れた間宮にとって唯一の居場所なのだ。

誰にもそれを奪わせなどしない。


鴻上ももちろん同じ考えだった。

間宮は一度、鴻上に提案したことがある。九条茜。あの娘とならアイアンメイデンを打倒することが出来るのではないかと。


鴻上は首を横に振った。


"闘争は我らの望むところではないよ"


どんな状況にあろうとも鴻上図書之介は自分から暴力に訴えることはしない男だった。

どこまでも優しく、常に正しくあろうとする。

だからこそ彼の周りには人が集まるのだろう。


検索機の電源を落とし、空調を止めると後は部屋の電気を消すだけだ。

やたらと広い図書室の電気を消して回るのはそれなりに労力を使う。

鴻上とふたてに別れて室内を回ろうとした時、引き戸の扉が音を立てて開いた。


「あ、すみません。今日はもう終了です。また明日以降のご利用を…」


言い終わる前に何か固いものが間宮の頭上から振り下ろされた。

衝撃が脳を揺らし、額を割って流れた血が視界を曇らせた。

背中から床に倒れると長い打ち掛けを引き摺って女が間宮の上に立った。


「何だったっけ?ごめんね、よく聞こえなかった」


にこりと笑う少女の顔はあどけなくもあり、妖艶でもありぼっとする間宮の頭の中を余計に混乱させる。


顔の上に立たれているのでスカートの中の下着は丸見えだ。

殴られたばかりの状況だと言うのに何故だが気まずくなって間宮は目蓋を伏せた。


「あら、カワイイ。意外とうぶなんだ」


打ち掛けの女と取り巻きたちが笑い声を上げた。


「アイアンメイデン総長・鉄扇子キョーコ。ずいぶん久しぶりだな。何の用だ?ここは君のような人間の来る場所ではない」


鴻上が静かに良い放つ。

そうか。

これがあのアイアンメイデンのトップなのか。

やっぱり野蛮極まりない。


「もう、図書っちはカワイクないなぁ。そんなんだから顔は良いのにモテないんだよ」


「無礼な。私には常に知の女神・ミネルヴァが微笑んでいるのだよ」


「ふーん、そうなんだ。ま、そんな事はどうでもいいわ。今日はふがいない部下に代わって総長の私が頑張ることにしたの」


キョーコが鉄扇を広げると鴻上に向かって首を切る仕草をして見せた。


「さぁ、楽しいパーティの始まりよ。あなたはどんな風に私を楽しませてくれるのかしら?」




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