第五話 宿屋で晩御飯を食べましょう。
俺達は森からナルヴァの街に帰ってきた。
森で集めた薪を冒険者ギルドで売ろうとしたのだが、エリナさんが向かいの冒険者宿の方が高く買ってくれると教えてくれたのでそうする事にした。やはり、宿だけあって薪の需要が多いらしい。
できればタクミさんとお話したかったのだが、夕方の診療の為に寝ているそうだ。暇だから寝ているわけではない。魔力を回復するために寝ているらしい。一般的な白魔法使いは魔力が尽きればその日の営業は終了なので、タクミさんはそれだけ患者が多いとエリナさんが自慢そうに説明してくれた。どちらかというと患者の皆さんに良いように使われているだけな気もするが黙っておく。
冒険者の宿で薪や野草、団栗を売って銀貨三枚を手に入れた。
その後、冒険者の宿で食事をしようとしたら暖かい料理は売り切れだと言われたので、冒険者の宿でリンゴを買って齧っているわけだ。二時間ぐらい頑張った結果がリンゴ三個とは少々情けないが、異世界だから仕方がない。エリもマリも嬉しそうにリンゴを齧っているし。
「これからどうなさいますか?」
宿のお嬢ちゃんが訊いてきた。宿としてはリンゴ三個で居座られるのは面白くないのだろう。
「二食付で一泊したいけど、一番安いのだと幾らになる?」
エリとマリが何やら緊張している。何だろう。
「大部屋で食事はカーシャだけならお代は銀貨九枚です。先払いでお願いします」
「うん。ちょっと待ってね」
背負い袋から財布を取り出して、銀貨を探す。ズボンのポケットに財布があるわけではないので面倒で仕方がない。
「じゃ確認して」
「銀貨九枚ですね。確かにいただきました。夕食が出来ましたらお呼びしますので、隣に建物の一階でお待ちください」
「じゃ部屋に行こうか。相談したい事もあるし」
「……はい」
二人とも何かを観念したかのように素直に頷いた。正直、少々気味が悪い。そーいや遺跡の入口でアレコレやってる連中がいたな。
「心配しなくてもいい。今日は何もしない」
俺としては安心させるつもりで言ったのだが、面倒な事に言われた方はそうは受け取らなかった。
「それって使えない奴に情がわくような事はしないって事ですよね?」
エリの言葉にマリが固まった。全く身も蓋もない言い方だが事実でもある。下手に手を出して情が湧けばそう簡単に捨てられないからな。
「その辺は潜ってみてからだな。食うだけ食って放り出すわけにもいかんだろう」
「よろしくお願いします」
二人がそろって頭を下げる。俺もよろしくやれればいいと思ってるのだが、こればっかりは中々思う通りにいってくれない。
隣の建物に移る。一階は大部屋になっていて、寝具代わりの藁が敷かれている。
「あの遺跡に潜るには明かりや解毒剤は要るのか?」
「一階と二階なら大丈夫ですよ。生きてる照明がありますし、毒を持った生物もいません」
エリたちが入口から一番遠い隅に、つまり一番いい場所に座る。新参物が一番いい場所を使って大丈夫なのか?
「ここは一番いい場所だと思うけど、後から来た奴に文句言われないか?」
「大丈夫です。場所取りは早い順です」
マリが自信たっぷりな口調で答える。
「それなら問題ないか。ところでトイレはどこにある?」
「裏庭の小屋です」
いささか意外だったが、トイレという概念と単語はあるらしい。エリがこの宿のトイレの位置を知っている理由が気になったが、暇なときにバイトでもしていたのだろう。場所取りが速い順だというルールを知っていたし。あるいは新市街の家屋はほぼ同じ構造になっている可能性もあるだろうが。
「新市街は転移者の方が設計したので下水道完備なんですよ」
エリは自慢そうに説明する。君が設計したわけではないだろう。
新市街は要塞として建設されたそうだから、長期の篭城戦の為に下水道は必要不可欠なのだろう。城内でコレラなどの流行病が蔓延すれば戦争どころではないし。下水道は完備なのに上水道がないのは、飲料水は井戸で確保できるからだろうな。遠隔地から水を運んでくる上水道では、途中で水に何を混ぜられるか解ったものではないし。
過去の転移者の皆さんはいろいろ頑張っているらしい。出来れば食事も改善して欲しかった。
一階に降りると宿の娘さんと遭遇した。訊いてもないのに夕食のメニューを教えてくれる。
「晩御飯はオート麦のカーシャに野菜のスープです。夕食の準備が出来たらお呼びしますね」
「よろしく」
どうやら肉とはしばらく縁がないかもしれない。中世欧州的社会で一般人が肉を食える機会はかなり限られているらしい。冬至のお祭りとか年に数回あるかどうかだろう。お貴族様でもそうそう頻繁には食えないらしいからな。なんだか日本の食生活が無性に恋しくなってしまう。
用を足して大部屋に戻ると幸いな事に宿泊客はまだ増えていなかった。何故幸いかというと娯楽がほとんどない世界である以上、やる事は限られている。こちらは諸般の事情で見てるだけなのだから面白くない事この上ない。開き直ってあの二人を食ったら面倒なことになりそうだしな。
「おかえりなさい」
エリとマリは相変わらず入口の反対側、大部屋の一番いい場所にちょこんと座っている。俺も細かい事は気にしない事にして二人の傍に座る。
「君たちに聞きたいことがあるんだが?」
二人はやや警戒している。つまり、訊かれたくない何かがあるわけだろうな、出自とか。
「なんでしょうか?」
「君らは何が出来るんだ?」
「私は怪我の手当とか、毒のある野草を見分けられます」
医学と薬学か。エリちゃんは有能だな。あんまり期待すると痛い目を見そうだけど。
「マリちゃんは?」
「荷物運びとか不寝番とかいろいろできます」
「解った」
まあ、そのうち何とかなるだろう。
「ノゾムさんが優しい方で良かったですね、マリ」
「はい……。やっぱり武器はダメですか? スライムぐらいなら何とかなりますし」
「武器は十分信用が出来てからだな」
「はい……」
「ところで、夕食は何時頃だろう?」
「まだしばらく先だと思います」
夕食は宿泊客がそろってからという事でまだまだ先らしい。こんな事なら遺跡で時間潰せばよかった。
お疲れ様でした。
おかしい。こんなはずではなかったのに……。




