第一話 自分のキャラを確認しましょう。
とりあえず、異世界に転移してみました。
目が覚めると俺は真っ白いパーティションの中にいた。
どこかのネットカフェの様だが、俺は自分の部屋で寝ていたはずだ。
起き上がって周囲を確認してみる。縦三メートル、横二メートル、パーティションの高さは百八十センチで、天井まで二メートル五十センチぐらいだろうか。ネットカフェのようだが、ネットカフェならあるべき料金表や食事メニューのパンフレットが見当たらない。
俺はパーティションの入り口側に置かれた折畳み式ベッドに寝ていたらしい。足の方には白い机があって、白いノートパソコンが置いてある。この白いノートパソコンにはメーカー名や機種名は見当たらない。海外メーカーのOEM専用機なのだろう。
俺はとりあえずノートパソコンを起動した。これでこの場所の詳細が解るだろう、多分。
見慣れたOSとはよく似ているがどことなく違うOSが起動して、転移者支援ソフトという名前のアプリが自動起動した。女性の声でノートパソコンが喋りはじめる。
「これからあなたに異世界転移していただきます。転移先は一般的な剣と魔法の世界です。あなたの能力値は以下のように設定されています。転移後の世界での行動に特に指示はありませんが、なるべく世界に混乱を起こすような行動は控えてください。よろしくお願いします」
どうやら異世界転移らしい。現実世界もいろいろとアレな状況だし、しばらく異世界で冒険者暮らしも悪くは無いだろう。異世界への転移を拒否して現実世界に戻るという選択肢もないようだしな。
で、転移先の俺の能力値と技能だが、チートらしき技能や特殊能力は全くないようだ。
名前
種族 転移者(日本人)
性別 男性
年齢 15歳
知力 ( 5) 中の中
体力 ( 5) 中の中
魔力 ( 5) 中の中
HP (10)
MP (10)
装備 旅人の服、旅人の靴、背負い袋、
旅人の杖、水筒、財布、小刀、袋、
旅人の外套、軽戦鎚
所持金 金貨5枚、大銀貨6枚、銀貨30枚
能力値の目安
12 特上の上
11 特上の中
10 特上の下
9 上の上
8 上の中
7 上の下
6 中の上
5 中の中
4 中の下
3 下の上
2 下の中
1 下の下
スキルの目安
12 超上級者
11
10
9 上級者
8
7
6 中級車
5
4
3 初心者
2
1
注1 転移した場所によっては越冬にお金が
たくさん必要な場合があります。
無駄遣いは慎みましょう。
注2 所持金と初期装備は無償で提供されます。
種族体格値は種族の身長の平均値、個人体格値は個人の身長を表す数値らしい。
俺の能力値だが四から六でほぼ平均的らしい。極端に低い能力値がないのだから良しとしよう。
空白になっている名前は夢と希望がありますようにと「ノゾム」にする。
名前を入力すると転移する異世界に関するチュートリアルが始まった。
転移先の世界でも一年は十二月である。一桁の奇数月の一、三、五、七、九月は三十一日で、一桁の偶数月の二、四、六、八月と二桁の月の十、十一、十二月は三十日である。四年に一度のうるう年には十二月が三十一日になる。
一日は昼の十二時間に夜の十二時間で二十四時間である。当然、一時間の長さが世界によって多少違うんだろうと思われる。幸か不幸か、分という単位はない。一時間の四分の一のさらに四分の一を計る砂時計は存在するから、インスタントラーメンを作る機会があってもそう不自由する事はないだろう。
度量衡はほぼヤード・ポンド法に準ずるらしい。一フィートが約三十センチ、一ポンドが約四百五十四グラムという奴だ。
次に貨幣だが、この世界の貨幣はほぼ金貨、大銀貨、銀貨しか存在しない。
貨幣はほぼ含有される貴金属と同じ価値を持つ。交換比は金貨一枚が大銀貨十二枚で、大銀貨一枚は銀貨五枚である。金貨は古代の魔法帝国時代に鋳造され、ほぼ純粋な金で鋳造されている。大銀貨と銀貨は魔法帝国の時代から今に至るまでいろいろな時代に鋳造されて、銀の含有率も上がったり下がったりを繰り返している。銀の含有率が五十パーセントぐらいの銀貨は俗に半銀貨とも言われている。銅貨は信用を保証する国家が存在しないので、今現在は使われていない。
次に非常に重大な情報が表示された。
この世界は乳児死亡率が約四割らしい。具体的に言うと生まれた子供の半分弱が六歳までに死ぬ。
さらに困った事に男の子は女の子より育ちにくいし、十五歳で成人すればオークと戦う義務がある。戦えば当然死人が出るわけで、女性が男性よりも多くなる。
厳格な一夫一婦制ならば問題になりそうだが、確実に家を継いでもらう相続人を確保するためにこの世界では一夫多妻制が当たり前なのだ。なにせ一人の女性が子供を十人産んでも運が悪ければ流行病で全滅である。
したがって、余裕がある家は複数の女性に子供を産んでもらって跡継ぎの男子を確保しようとする。もちろん重婚には女性全員の同意が必要である。そうでなければ結婚生活がうまくいかないから当然だ。その上、夫は妻全員に平等に接すべし、という愛と婚姻と戦争を司る大地の女神の教えがある。もし諸般の事情で女性が離婚を望むならば、全ての都市と村落に存在する大地の女神の神殿に保護を求めれば断られる事はない。望めばしかるべき再婚相手も見繕ってくれる。
なんかやたら女性に有利な気がするが、産んで育てる性を優遇しないとすぐに人口減少で世界が滅びそうだよな。なんたって乳児死亡率四割以上だし。
で、さらに問題をややこしくしているのは武器や農具、調理用具などの金属製品が非常に高価だということだ。自然森の木を大量に伐採すると森妖精とオークの連合軍というありえない集団が攻めて来る。
中世欧州のように製鉄のために自然森を切りつくすという野蛮なことがこの世界では不可能なのだ。最後は竜族が出てきて国家ごと滅ぼされるのは目に見えてる。
需要に比べて供給が少ないから金属製品の価格も高くなる。つまり、離縁の際には鍋釜の所有権を廻って一騒動起きる。対策がなされていないわけではない。ヒトは林檎や栗などの人工林を作って製鉄のための木炭や食料となる果実を確保している。金持ちの貴族や冒険者は山妖精の作った高品位の鉄製品を使っている。お値段は人間の鍛冶師の製品よりもはるかに高い。山妖精の鍛えた鋼鉄の剣は騎士様達のステータスアイテムだそうだ。
次は医療で、ファンタジー世界らしくほとんどの怪我や虫歯を含む病気は白魔法で治る。腕は無理だが指の一本ぐらいなら時間はかかるが魔法で再生できる。だが、食後の歯磨き習慣は異世界でもつけておくべきらしい。
最後は奴隷である。
奴隷には重犯罪奴隷、犯罪奴隷、一般奴隷の三種類がある。
重犯罪奴隷は殴ろうが殺そうが問題ない。それだけの事をやったから重犯罪奴隷なわけだからな。
犯罪奴隷を殺すと犯罪だが殴る事は問題ない。矯正の範疇と見なされる。言って聞かせて理解できる奴は犯罪奴隷にはならないから仕方がない。
一般奴隷は権利と義務に一部制限があるが、自由人と同様に扱われる。奴隷商あるいは所有者は一般奴隷に十分な食事と清潔な住環境を提供する義務がある。下手に虐待して衰弱した奴隷は流行病の発生源になるからだ。流行病は村落や都市が全滅する原因になりかねないし、奴隷は貴重な商品なので心身の状態を良くしておく必要がある。衰弱した奴隷や精神が壊れた奴隷を買う物好きはほとんどいない。その上、ほとんどの奴隷商が奴隷の付加価値を上げるために、奴隷に教育を施すらしい。それなりに費用は掛かるが文字の読み書きができる奴隷とできない奴隷では売値が教育費以上に違うから得をするわけだ。奴隷のモチベーションも上がるし、いいことづくめである。
その結果として一般奴隷の待遇は貧乏な一般人よりもいいらしい。貧乏な村では奴隷になりたがる子供が少なくないそうだ。しかし、奴隷商も商売なので容姿の良い子供か賢い子供しか買わない。奴隷になりたいのになれない子供がたくさんいるらしい。
ここでようやくチュートリアルが終了した。
画面に表示された「転移しますか」のダイアログのOKボタンをクリックすると再度確認のウィンドウが表示される。ここもOKをクリックすると転移先が複数表示される。
転移先の候補はヒトの都市、森妖精の森、山妖精の鉱山の三つである。えらく大雑把な選択肢なのが気に喰わないが、俺は「ヒトの都市」をクリックする。最寄のヒトの集落まで歩いて三ヶ月とか言う状況はイヤだからな。
周囲が暗転し、落下感が数秒続く。
転移現象が終ったらしい。周囲の風景が見えるようになる。
俺が転移した場所は街道上にある休憩場所のようだ。周囲に木が植えられて雨風を凌ぎやすい空間になっている。旅行者が野宿するための場所なのだろう。
空はすでに明るいが気温はまだ低い。
周囲の確認が終わると体格の変化による違和感を感じる。身長が百七十センチ弱ぐらいだろうか。すっきりとした体型だ。すぐに新しい体に慣れるだろう。慣れると良いなあ。慣れたいというか慣れないとかなりマズいような気がする。
周囲にヒトと敵対的な生物がいない事を確認し、自分の装備を確認する。
まずはメインウエポンである右手の軽戦鎚で、簡単に言えば長さが六十センチ弱の片手用ツルハシである。
衣服は一番上羊毛製の袖なし外套で、これが冒険者セットの外套だろう。その下には麻製の半袖膝上のトゥニカに麻と思われる下着をつけている。外套とトゥニカは染められたりはしていないようで、素材そのままの色のようだ。
履物は丈夫そうな麦藁のサンダルである。
背負い袋の中を確認すると皮製の水筒らしき物体と財布らしい麻袋、異世界生活の手引きと日本語で印刷された薄い本が入っている。
ちなみに現在地はノルトランド王国のナルヴァという都市の近くらしい。
このナルヴァという都市はナルヴァ川の河口に位置し、ノルトランド東部の水運の中心地である。その重要性から東方辺境伯の領主の居城が設置され、東方の亜人族、いわゆるオークに対する防衛の拠点になっている。
つまり、亜人と戦う冒険者の需要が多いということだ。
しばらく待っても俺以外の転移者が現れないのでナルヴァに移動する。
水運が物流の中心なので、ナルヴァへの街道はあまり丁寧に維持されてはいないようだ。当然、街道を旅する旅人も少ない。
一時間ほど歩くとナルヴァの旧市街の城門たどり着いた。ナルヴァは東方の防衛拠点だけあって立派な石造りの城壁を持つ都市である。無論、その立派な城壁を維持する経済力も持っているのだろう。
門の前には並ぶような行列はないが、城門の周辺には困難な状況にあるらしい人達がたくさんいてこちらを見つめている。可哀想ではあるが関わるとすごく面倒そうなので無視することにした。
城門では革鎧と槍を装備した番兵さんがナルヴァへの訪問者の中に不審な人物が混じっていないか確認している。
「見ない顔だな。転移者か?」
番兵さんはいきなり転移者かと聞いてきた。転移者は珍しい存在ではないみたいだし、ここは正直に答えておこう。
「はい」
「身分証のない輩の入市税は大銀貨一枚。冒険者ギルドはこの城門からまっすぐ歩いて、渡し船で川を渡った新市街にある。渡し賃は入市税に含まれてる」
「お仕事お疲れ様です」
俺は大銀貨一枚を門番さんに渡してナルヴァの街に入る。入市税がやたら高いような気もするが、冒険者ギルドで登録すれば安くなるのだろう。「身分証がない奴は」と言っていたし。それにしても転移者は一般的なんだな。
都市の内部はさまざまな商店やヒトで活気にあふれているが、衛生状況が良くないというかまともな下水道がないのであろう。とても臭い。正直、異世界に来たことを後悔するレベルだ。異世界の良いところは良い子のみんなにはほとんど関係ないが、人件費が極端に安いという点だけだな。
大通りを歩いていると表向きの賑やかさとその裏側にある怪しさが嫌でも目に入る。裏通りどころか人目に映る横道にさえ行き倒れの死体や排泄物や嘔吐物、元は人体の一部であったあろう様々な物体が異臭と共に転がっている。それらの怪しげな物体はここは見せかけだけでも法と秩序が支配する日本ではなく、ファンタジーな異世界なのだと実感させてくれる。感謝する気には全くなれないがな。
俺は生と死と善行と悪行の入り混じった猥雑な空間を通り抜け、何とか旧市街側の渡し場についた。ナルヴァ川に橋がないのは都市生活の利便さよりも防衛を優先しているからだからだろう。
しばらく待つと渡し船は向こう岸の新市街に渡してくれる。
ナルヴァの街の新市街はほぼ軍事中心の城塞であるらしい。商店らしきものはほとんどなく、王国騎士団や傭兵団の宿舎が並んでいる。大通りを歩いている連中も王国騎士団所属の騎士や従兵、革鎧を装備した傭兵達がほとんどだ。新市街は軍事上の問題から下水道がそれなりに整備されているらしく、旧市街ほど臭くはない。
目的地の冒険者ギルドは新市街の正門の傍にあった。
冒険者ギルドは木造四階建ての立派な建物であるが、ガラス窓らしきものはない。木製の窓のようなものは存在するので換気は問題ないだろう。
お疲れ様です。




