第九話 地上で休憩しましょう。
地下二階をうろついているといつの間にかレベルが上がった、などと都合のいいことは残念ながら起こらない。俺達は蟻さんとスライム君達をペシペシと潰しながら歩いていると、そのうちに全員の両手が蟻さんで塞がった。
「一回、地上に戻ろうか」
「街に戻らないんですか?」
「うん」
「蟻さん達はどうするんですか?」
「地上にいる人たちに預かってもらう」
「この預かり賃が結構いい小遣いになるんだよな」
それで報酬が安くてもオークと戦える、それなりの腕を持つ人が集まるわけか。初心者が搾取されてるというほどでもなさそうだし。
「預かり賃ってどのくらいなんですか?」
「一人蟻さん一匹だよ」
「結構高いんですね」
「街に帰ると往復で四時間かかる。初心者はその分遺跡で稼いだ方がいいって」
それは確かにハルさんの言う通りだな。レベルが上がれば稼ぎも増えるだろうし。四時間歩いた後では戦闘どころではないだろうしな。
「信用できる人間も少ないしね」
「上にいる人たちは信用できるんですか?」
タクミさん達なら知り合いだろうし、腕の良い白魔法使いを騙そうとする馬鹿もいないだろうから安心して預けられるんだろう。
「預かってもらえば解るよ」
というわけで、俺達は地上に戻って昼寝をしている門番の人たちに蟻さんを預けることにした。昼寝しながら小遣いが稼げるのだからいい御身分である。地上ではお昼時なのでいくつかのパーティが食事を取っていた。
「これ、預かり証の代わりな。一匹が銀貨一枚」
俺達は一人一人が蟻さんを渡して、預かり証の代わりの半銀貨を受け取った。パーティのリーダーがまとめて受け取ることはないらしい。門番パーティの面々は蟻さん達の御遺体を木陰の涼しい場所に持っていった。
「銀貨一枚って蟻さんの売値と同じですよね?」
「そう。だから預かり証の代わり」
「ちなみにこのお金はギルドのお金で、持ち逃げしたらギルド追放です」
門番パーティの女の子達が説明してくれる。一人はセミロングで、もう一人はショートカットのボーイッシュな子だ。
「タクミさんがいるからその辺は信用してますけどね」
最後にリーダーらしい男性がフォローを入れる。
「ありがとう。期待に背かないように努力するよ」
「蟻さんはあそこに置いておいて大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。むしろ、蟻さんの匂いを嫌う動物が多いから」
便利にできてるなあ。
「蟻さんも預かってもらったし、ご飯にしようか」
「はい、はい、待ってました」
ハルさんが背負い袋を下ろした所で、アンさんに取り上げられた。
「私たちは薪と木の実を集めてきます。ハルは着いて来て」
「僕は怪我人の治療だね。あ、ノゾム君とエリちゃんは見ているといい。今後の役に立つから」
タクミさんは簡易診療所を開設し始めた。水の入った水筒、蒸留酒の入った水筒、聞くところによれば熱湯で消毒した布が入った袋などを地面に無造作に並べる。準備が終わると食事をしていたパーティから数人の怪我人が寄ってきて、タクミさんに怪我の消毒をしてもらっている。怪我自体は大したことはないのが、タクミさんの化膿したり、壊疽になったりしない「おまじない」はこの辺の冒険者に受け入れられているようだ。
「現地人の方だと意味不明な行為だけど、転移者の君には何をしてるか分かるだろう?」
「もちろんですよ」
「君はもったいないとは言わないよな?」
タクミさんの顔は笑っているが目は笑っていない。正直、ちょっと怖い。
正直に言えば嗜好品である蒸留酒と実用品である消毒薬、付けられる付加価値の差を考えると蒸留酒を消毒薬に使うのは正直もったいない。政治的に正しい表現風に言えば、金儲けに適した方法ではない。この世界の方に消毒という概念がないのだからなおさらだ。
「一般的な日本人で消毒用アルコールがもったいないという奴はいないですよ。ところで、自分はグロいのに慣れてないんですが」
タクミさんの目が怖いので、強引に話題の転換を図ってみる。
「すぐに慣れるよ。内臓がはみ出してるような本当にひどいのは魔法でも無理だから。内科医に毛が生えた程度だと思えばいい。むしろ、戦士系の方がグロ耐性がいるんじゃないかな」
言われてみれば戦士系の方がグロ耐性がいるか。なんといっても自分の行為でグロい死体を作るわけだし。それがイヤなら自分がグロい死体になってしまう。これは白魔法使いを選んだ方が正解っぽいな。
「ゲームみたいに光って消えてくれたらいいんですけどね」
「確かに。しかし、待つのは辛いもんだね」
愚痴っているとアンさん達が薪や食べられそうな植物を帰ってきた。
「お待たせしました」
「お疲れ様」
「すいません。果物探してたら遅くなっちゃって」
「女の子が多いときは森に深入りしちゃダメだよ。ハルはそれほど当てにならないからね」
タクミさんのハルさんに対する評価がいまいちよくわからない。
「はい。ハルが肝心な時に頼りにならないのは十分解ってますから」
「ひでえ!」
アンさんが謝ってる間にマリが手際よく火を起こして、お湯を沸かしている。少しだけマリを見直すことにした。エリちゃんは明後日の方を見ながら座ってる。
「布を消毒するから、後でその分のお湯を沸かしておいてね」
タクミさんがいつもよりも丁寧な口調でマリにお願いしている。なんでかな、と思ったのだが理由はすぐに解った。
「いつも思うんですけど、綺麗に洗っただけじゃダメなんですか?」
マリとしては自分の仕事が認められていないと思うのだろう。
「綺麗に洗えてるようでも病気の元は全部落ちないんだよ。目に見えないから」
タクミさんが視線で何とかしろと言っているみたいなので、とりあえず助け船を出す。出来れば火中の栗を拾いたくないのだが、そーゆーわけにもいかないらしい。ハルさんはと言えばアンさんが鍋でつくってるスープの中のベーコンにしか関心がないフリをしている。確かに肝心な時に役に立たない人だ。
「ノゾムさんには訊いていません」
「傷口をぬぐう布は洗っただけじゃダメなんだよ。沸騰したお湯で綺麗にしないと。ほら、スープを放っておくより、もう一回火を通した腐りにくくなるだろ。アレと一緒で、熱いお湯には悪いものがいなくなるんだ」
しどろもどろで言い訳してみるが、解ってくれだろうか? 正直言って怪しい。地球で細菌を発見した人もその事実を認められずに苦労したらしいし。
「無理に理屈付けしなくてもいいんですよ。現実に効果が出てるんですから。マリも意固地にならずに認めればいいのに」
エリちゃんがめずらしく助けてくれた。白魔法使いとして修業してる間に効果の違いを見せつけられたのだろう。水洗いして薬草を使った在来の治療法より、蒸留酒で消毒した方がはるかに感染症の発生率が低いはずだ。大体、傷口の汚れを落とす布を洗う水でさえ飲めそうにない川の生水とかだし。ちなみに石鹸はあるぞ。偉大な先人の努力のおかげでな。
「そろそろスープが出来ますから、喧嘩してないでお昼ご飯にしましょう」
「そうそう。お昼にしましょう」
アンさんとハルさんがニコニコと笑いながら割り込んでくる。その目はぐだぐだ言ってないで飯にするぞ、と雄弁に語っていた。
「お昼にしようか」
「うーー」
マリは納得してないらしいが空腹には勝てないらしい。
タクミさんがライ麦パンを切り分ける。この作業は伝統的にパーティ・リーダーの仕事らしい、アンさん達が各自に木製のカップにスープを注いでいく。俺達のカップまで準備してるのだから手際がいいのか、予備のカップがあったのか。良く見れば俺達のコップはかなり使い込んであるみたいだから予備の古いコップなのだろう。
「いただきます」
全員で唱和してライ麦パンを齧って、ベーコンと酢漬けキャベツのスープを飲む。やはり空腹は最良の調味量だ。正直に言えば日本にいた頃ならそれほど美味いとは思えないこの昼食がこの上なく美味い。最近は肉食ってなかったし。
「飯が食えるのって生きてる証拠ですよね」
ハルさんがしみじみ呟く。さすがに戦士系だけあって、ハルさんのライ麦パンは俺達の分よりも一回り大きい。一番儲けていたのはタクミさんだけどな。怪我の治療が消毒込で一人大銀貨一枚は適正価格かどうかは解らない。ただ大銀貨一枚で感染症の可能性が大幅に減るなら間違いなく安いだろう。アルコール消毒の痛みも問題ないぐらいに。
「カレーとラーメンが食べたいというのは贅沢ですかね?」
俺はタクミさん達にこの世界に来てから最大の疑問をぶつけてみた。
「だよねえ。カレーもラーメンもすっごく高いから」
「カレーが金貨一枚で、ラーメンが大銀貨一枚でしたっけ? そうそう食べれませんよね」
やはり、日本人転移者が多いだけあって、カレーもラーメンもあることはあるらしいが無闇に高価だ。懐があったかいうちに……、いやいや、これは越冬資金だ。御馳走食べて使い切るわけにはいかない。
「ラーメンは小麦粉も豚肉も何とかなるけど、カレーは米も香辛料も南方から輸入だからやたら高くなるんだよねえ」
この国は日本人には住みずらいところだ。南方には米も香辛料もあるということは毎日カレー食い放題かよ。
やり直しを要求する!!
お疲れ様です。




