第八話 冒険二日目もがんばりましょう。
俺達は二時間弱歩いて森の遺跡に着いた。移動中はその辺をうろちょろしているスライムを行きがけの駄賃でつぶすぐらいで戦闘らしい戦闘はない。
遺跡の入り口を宿代わりにしているパーティを挨拶して地下に降りる。
「いつもいますね、あの人達」
「ギルドの規則で、誰かが門番の代わりにいることになってるからね」
「ギルドのお仕事なんですか?」
「うん。もちろん報酬は凄く安いけど」
ということはハルさん達もやったことがあるんだろうな。タクミさんは魔法使いだから、睡眠時間を確保するためにこーゆー不寝番なバイトはしないんだろうけど。やっぱり、一定以上睡眠時間を必要とする魔法使いは面倒だな。戦士なら二十四時間ぐらいは戦えるだろうし。
「たまにオークが入ってくるんでしょう?」
「深夜だと不寝番全員で寝ちゃうこともあるから」
ハルさんがボケてタクミさん達も笑ってる。レッサー・オークの一匹や二匹なら初心者でもいいボーナスになるからみんな気にしないそうだ。本当に危険なノーマル・オーク以上の集団がうろついていると野生動物の動きで解る。遠方で野鳥の群れで飛び立ったらノーマル・オークさん達の集団で徘徊している可能性が高いんだそうだ。同業者の場合もあるけどな。
「地下一階はスルーするよ。時間もないし」
「はい」
ちょっともったいない気もするが時間は限られているのだから仕方がない。
遺跡の壁や廊下は均等な大きさに切られた石を使った石組みで造られている。天井は原理が不明だが石材が平坦に組まれており、一定間隔で非常灯らしい照明設備が設置されている。正面の扉先にある通路をまっすぐ進む。
通路の先は十字路になっていて、正面の通路がそのまま地下二階への階段になっている。
「何で階段を一箇所に纏めないんでしょう?」
階段が階の両端に設置してあると移動が面倒で仕方がないと思うのだが。
「ヒトが生活するための施設ではないようだし、強度の問題もあるんじゃないかな?」
「なるほど」
確かに階段を一か所にまとめるとそこだけ脆弱になるか。強度設計して鉄筋コンクリートで造ってるわけじゃなさそうだしな。
「当面は移動時はハルとアンのコンビが前衛。僕とエリちゃんが中央。ノゾム君とマリちゃんが後衛で行くよ。戦闘が始まったらノゾム君は前衛に回ってね。僕らがいるから地下二階で死ぬようなことはまずないから落ち着いて行動して欲しい。でも、油断したら蟻さんに噛みつかれて痛い思いをするから油断しちゃダメだよ。解った?」
「はい」
タクミさんは主に俺達に向かって説明してるのだろう。どこかの小学校の先生のようだ。
「じゃ降りようか。エリちゃんもマリちゃんもそんなに緊張しなくていいからね」
「へ~~い」
ハルさんがいかにも不真面目な返事で女の子達の笑いを取っている。なんやかんや言ってタクミさんとハルさんは良いコンビだ。羨ましくなんかないけどな。
通路と同じ幅と高さのゆったりとした階段を下りて地下二階に降りる。降りた部屋にはさっそく六匹の蟻さんが出迎えてくれた。蟻さん達は俺達を自分たちの縄張りへの侵入者だと理解したようで、早速排除行動に出る。こっちもその方が移動の手間や罪悪感がなくていい。
「じゃ、こっちも行きますか」
ハルさんとアンさんが危な気なく軽戦棍で蟻さん達を撲殺していく。俺も出遅れないようにしよう。
「お疲れ様」
「いえいえ。もはや蟻さんなら楽勝ですし」
つまり、以前は苦労していたわけか。
「それは心強い発言だな」
「でしょでしょ」
「一週間ぐらいで戦闘に慣れたら本物のダンジョンに移る予定だから」
「えーーー。一週間はきつくないです?」
タクミさんは平然と言うがハルさんはかなり不安そうだ。この人たちの場合はもっと時間的な余裕があったんだろうな。正直羨ましい。
「大丈夫、カールが暇そうにしてたから増援で呼ぶし、それでも駄目ならギルドの支部長に参加してもらうから」
「マジすか?」
ハルさんは本当にそんな事が出来るのか、という顔をしている。エロいヒトなのは解るが一体何者なんだ、ギルドの支部長って人は。
「辺境伯様から圧力をかけてもらうからね。支部長でも無視はできないさ」
「何者なんですか、支部長って?」
「戦士系の熟練冒険者かな。二十年以上迷宮に潜ってる猛者だよ」
「支部長さんって強いんですよね?」
「そりゃもうオーク・ウォリアーより強いよ、あの人は」
この世界では冒険者が二十年以上迷宮に潜ってもオーク・ウォリアー、オークの上位種に勝てる程度らしい。これはもしかして俺は大ハズレな世界に来てしまったのではないか?
「正直に言って、二十年現役で冒険者やって強めのオークに勝てる程度というと将来がすごく不安なんですが……」
「心配ないよ。この世界で冒険者が遭遇するモンスターもオーク・ウォリアーが上限ぐらいだからね。オークロードが出てくるような状況は戦争だし」
「じゃ、ドラゴンとかはいないんですか?」
「いる事はいるらしい。でも実物を見たことがある人はいないんじゃないかな」
「見た人は全員死んだとか?」
「冒険者ギルドの記録ではここ数十年は出てないですよ、ドラゴンは」
ハルさんの相方のアンさんも物知りなのか。それとも誰でも知ってる有名な事実なのだろうか。問題なのは冒険者ギルドの記録以外でドラゴンとかが出現した事があるかどうかだな。多分、あるんだろうけど。
「後、いくつか知ってほしい事ある」
「なんでしょう?」
「オークさんや野生動物から隠れる事は出来ない」
「なんでです?」
「そりゃオークさんは嗅覚で索敵するからだよ」
「そのかわりにオークさん達は視力が良くないけどね」
脳の容積に限りがある以上、視覚も嗅覚も優れてるってのは難しいのだろう。俺達ヒトにとってはありがたい事である。
「と言う事で、オークさん達から奇襲には注意すること」
「奇襲されたではどうするんですか?」
「ノーマル・オークさん以下なら普通に戦闘するけど。もちろん数がやたら多い場合は当然逃げるよ」
「解りました。ところでトイレはどうなってるんですか?」
「ドアにWCと書かれた部屋を使う。その部屋のスライムは攻撃しちゃダメだよ。下水処理装置の代わりだから」
「紙はあるんですか?」
「ない。僕は大きめの葉っぱとか使うけど。あ、持ってないなら後で分けてあげるよ」
「ありがとうございます」
それからもハルさんとアンさんを先頭に戦闘していくわけだが、蟻さんはなかなか強敵である。タクミさんは油断しなければ大丈夫と言っていたが、俺達初心者組は油断してなくてもたまに蟻さんに噛みつかれる。救いは蟻さんに噛みつかれても、丈夫な旅人の服と旅人の外套が守ってくれるのでほとんど痛くない事か。たまに痛い時があるけど、これは戦闘している以上しかたがないから諦めるしかない。
「僕は下戸だからかもしれないけど、蒸留酒を嗜好品として浪費する連中の正気を疑うね」
休憩中に俺の怪我を蒸留酒をつけたガーゼっぽい何かで消毒しながら、タクミさんが物騒な事を呟いた。
「またそんな危ないことを……」
「病原菌についての異世界の知識と蒸留酒という消毒薬があれば、この世界の在り方を変えられる。破傷風や壊疽に怯えることない。乳幼児死亡率を四割なんてバカみたいな数字からそこそこ下げる事も不可能じゃないはずだ。はっきり言えば、そんな魔法の薬を既知外水として消費することこそ正気の沙汰じゃないはずだよ」
どうやらタクミさんは本気で憤っているようだ。
「それはその通りでしょうが、酒飲みにはアクア・ヴィータなんですよ」
「お酒が飲みたければ醸造酒を飲めばいいじゃないか。わざわざ乏しい燃料で蒸留するなら出来た製品は浪費される嗜好品より医薬品であるべきだ」
この人は生産量の少ない蒸留酒を日常的に酒飲みと奪い合ってるから酒飲みが嫌いなんだろう。本人の主張では下戸らしいし。鍋や鍬などの金属製耐久消費財の生産も十分とは言えないのに、嗜好品である蒸留酒の生産で燃料を使うのはもったいないのも否定できない事実ではある。
「はいはい。お酒の話はそのぐらいにしてレベリングを続けますよ」
タイミング良くハルさんがタクミさんの意識を現世に戻してくれる。
「そうだね。そうしようか」
俺達はたまに蟻さん達に噛まれながら地下二階を歩いていく。ここは調査されつくした遺跡なわけで、探索とか冒険らしい要素は全くない。俺達初心者はビクビクしてるが、タクミさん達は本当にのんびりと歩いている。問題なのはこの世界にパーティを組んでいれば自動的に経験値を分配してくれるような便利なシステムがない。つまり、戦闘に参加しているだけでは経験値が入ってこない。見ているだけではレベルが上がらないので必ず戦わないといけない。全く面倒な事この上ない。
責任者出てこい! 出てこられても困るけど。
「今回のレベリングはうまくいっても一波乱ありそうですね」
「むしろ、上手くいけば一波乱ありそう」
ハルさんとアンさんが何やら物騒な事を他人事だと思って楽しげに話している。正直、ムカつく。リア充爆発しろ。
「最近、騎士団の連中がいろいろ煩くてね。白魔法使いが二人いると一人は騎士団に回さないといけないかもしれない。まあ、そうならないように努力するけど」
「何か問題あるんですか?」
「あの連中も平時は悪い人達じゃないよ」
騎士様方を「あの連中」というのもどうかと思うが、それだけ問題の根が深いのだろう。
「そうなんですか?」
「問題は大規模な戦闘があった後でね。うちのお世継ぎ様を助けるためなら白魔法使いの一人や二人は潰しても、とか平気で言う連中だから。気持ちは解らないでもないけど人使いが荒い割に報酬は渋いし。できれば僕はあの連中とは関わりたくないな」
結構面倒な目にあってるんだな、タクミさんも。
「でも、白魔法使いが戦士よりも優遇されてるのは間違いないよ。戦士は最悪死んで来いがあるから」
生暖かい笑顔を浮かべるハルさんとアンさん。この人たちもいろいろと苦労してるらしい。どうやら俺の前途は多難そうだ。




