第六話 冒険初日ですからがんばりましょう。
夜明けとともに人々が動き出す。
冒険者の宿と冒険者も例外ではない。朝食の準備が始まり、冒険者達が一階の食堂に降りてくる。俺達もその中の一組として気だるげな足取りで、やたらと急な階段を降りていた。
冒険者の宿といっても想像していた宿とは全く違う。ベッドや布団の類が全くない大部屋で、床に藁を敷いて雑魚寝する。今は暖かいので問題ないが、今のままだと冬場は凍死しそうな気がする。
「おはようございます」
俺たちが寝ぼけ眼をこすりながら食堂のテーブルにつくと、宿の娘さんが配膳の合間に挨拶してくれる。
「おはようございます」
エリとマリがお嬢ちゃんに挨拶を返している間に、朝食のトレイがテーブルに載った。今日の朝食は丼にたっぷり盛られたオート麦のカーシャである。正直、冒険者の朝食なのだからもう少し動物性タンパク質が欲しい。
俺はオート麦のカーシャに慣れないので、正直美味いとは言い難い。だが、エリとマリを始めこの世界の人々は実に美味しそうに薄い塩味しかしないカーシャを食べている。俺としては出来ればアイリッシュ・ブレックファースト風に目玉焼きとソーセージを追加してコーヒーを所望したい。この世界ではソーセージも卵も高級品だから我慢するけどな。
「今日は野宿するために必要な物を買ってから遺跡に潜ろうと思うんだが、何か欲しいものがある?」
「火打石と鍋と日持ちする食べ物があれば良いと思います」
マリが指を折りながら必要なものを数えている。火打石がいるということは剣と魔法の世界なのに「発火」の魔法は存在しないのだろうか?
「食料はその日の分があればいいでしょう」
「用心しておいた方がいいと思うけどな」
「用心するのはいいが、パンが欲しい場合は前の晩に言っておいてくれ。急に言われても売るモノがないからな。支払いは当然前払いだ」
用心したら宿の主にダメ出しされた。このあたりではパンとはライ麦パンで、保存食も兼ねているらしい。この場合、あまり美味くないのは利点かもしれない。聞くところによれば米軍の戦闘用レーションは栄養は十分だが兵隊さん達がこっそり盗み食いしないように、誰が食べても平等にゲロ不味いように味付けされているそうだ。
ちなみに、腹が減っては戦が出来ないは間違いらしい。戦闘時には胃の中身を空っぽにしておいた方がいいそうだ。胃の中身が腹の中にぶちまけられたら救からないらしいからな。有名なノルマンディー上陸作戦前のステーキを食ったのは何も知らない新兵さん達だけだったそうだ。
「じゃあ食事はどうする? さすがにここまで帰ると時間がかかり過ぎる」
「ライ麦パンよりもリンゴの方が安いし美味いぞ。ほれ、一個おまけして四個で銀貨一枚だ」
宿の主人が押し売りするので、昼食用に林檎四個を銀貨一枚で買うことにする。商売が上手だな。
「ところでエールもどうだ?」
「いただきます」
飲める水が簡単に手に入ればエールを買う必要はないんだが、困った事にこの辺では飲める水は安物のエールより高いらしい。
「頑張って金儲けしろよ」
俺達はエール三クォートを買い、銀貨三枚を支払った。物価が安いのはありがたいが、収入は非常にさびしい。俺たちは無事に冬を超えられるだろうか?
俺達は宿を出て森まで余計な体力を使わないようにゆっくりと歩き始める。
ナルヴァの街から森の遺跡へと至る道は冒険者が頻繁に通るので、群れから叩き出されたレッサー・オークも滅多に近づかない安全な道である。俺達は道の隅の方にいるスライムを潰して感触を確かめながら歩いていた。野良スライムを倒してもさほど儲けにはならないが戦闘の練習にはなる。
二時間ほど歩くと目的地につく。森の中の石造りの建物、迷宮の入り口の付近で深夜組らしき四人パーティが休息している。全員が二十歳前ぐらいの中堅ぐらいのパーティだろう。全員が革鎧をつけて戦闘に備えているが、俺達と戦う気はないのだろう。彼らから殺気は感じられない。
「いってらっしゃい」
「気をつけてな、新人君達」
休憩していたパーティの不寝番の人達が挨拶してくれた。他の二人は夢の国にいるらしい。深夜に一稼ぎして街に帰る前に休憩してるのだろう。
「ありがとうございます。行ってきます」
俺達も挨拶を返して遺跡に潜る。この通路の幅は十フィート、高さは十フィートらしい。メートル法ならば幅三メートルに高さ三メートルだな。
迷宮内部は石造りのオーソドックスな作りで、天井部分にはまだ機能している照明器具らしきものが残っている。そのおかげでかなり暗いが全く先が見えないということはない。
階段を降りた場所はエントランス・ルームになっていて、正面と左右に通路が続いている。
「右側から順番に回るぞ」
「お任せします」
右側の通路は二十メートルほど先で左に曲がっている。その先には通路の両側に部屋が配置されている。まるでマンションのようだが、元々はスライムの養殖施設らしい。ここでスライムを育てて魔法石を集めてたそうだ。
右側の最初の部屋に入る。扉の類や罠はない。最初からなかったのか、冒険者にぶち壊されたんだろう。そこには最初の敵であるスライムが一匹いた。
俺は軽戦鎚で攻撃し、動かなくなったスライムの内部から魔法石を取り出す。他にスライムがいないか部屋の中を探してみるが残念なことに見つからなかった。やはり、早めに宿を出て夜のうちに分裂したスライムを叩いておくべきだったかもしれない。真夜中でも深夜組が潜ってはいるが、深夜組は数が少ないらしいからな。
午前中の成果は魔法石が七個だった。三時間以上潜った結果としては少ない気もするが、肝心のスライムが見つからないから仕方がない。
「午後はマリちゃんが前衛する?」
「いいんですか?」
「俺だけじゃ心もとないからな」
午後は魔法石五個を確保した時点で、一休みしてから街に戻ることにした。もうちょっと頑張っても良かったのだが、腹は減るし喉も乾くので早めに引き上げることになった。
地上に戻ると陽はまだ南の空にある。慣れたパーティはまだまだ地下で頑張ってる頃だ。村まで帰るまでに二時間かかるから、俺たちのような初心者は早めに迷宮から引き上げる必要がある。帰る途中で陽が暮れると身動きが取れなくなるからな。
「まだ時間に余裕はある。少し休んでいくか?」
「すいません」
街に帰る途中、エリちゃんが辛そうだったので休憩することにする。正直、俺も一休みしたい。
「今晩の野宿の準備がありますから長時間は無理ですけどね」
マリは相変わらずしっかりしている。今日は赤字だから野宿は仕方がないとは言え、早めに収支を黒字化したいものである。
「やたら野宿に拘るんだな」
「お金は大事です。いつ何があるか予測できませんから」
「それはその通りだと思うが……」
「ところで、あなたは野心をお持ちですか?」
「特にないけど」
多くを望めば多くを支払う必要がある。当然のことだ。俺はどちらかというと人生を楽しみたい人間だから、人生に必要以上は望まない事にしている。
「男なら野心の一つや二つは持っておくべきです!!」
「そう言われてもな。世界を救いたいならともかく、お貴族様になって家臣と領民の生活を安定させるとか絶対に割にあわんだろ」
領主は領民を収奪の対象として見るのならば美味しいお仕事かもしれないが、領民と家臣の皆様の幸福を可能な限り追求するとそれはそれは面倒な事になる。領民の皆様はひっきりなしに面倒事を起こすし、税として取れる金は限られているが家臣の皆様のお給料や産業振興や災害対策のために出ていく金は増える一方だからな。
「あなたは一介の冒険者として人生を終わらせるわけですか?」
「成功した冒険者はとして引退できればそう悪い人生ではないと思うよ」
タクミさんとか医者として大忙しだしな。俺は冒険者として成功して、開拓民として悠々自適の生活を家族と一緒に送れたらそれ以上は欲をかかない方が無難だと思うのだけどね。
「多くを望んで失敗するより、多くを望まずに失敗しないほうがマシですよね」
幸運な事にエリちゃんはどうやら人生について俺と似たような見解を持っているらしい。マリもそのうちに立身出世とかは面倒な事は諦めるだろう、多分。
お疲れ様でした。




