ある街で
ある街に、私は訪れた。
そこは西洋風の街で、華やかな雰囲気を纏っていた。人々が行き交う中、私はきょろきょろと、煉瓦造りの建物の街並みを歩いていた。
そこで不思議なことに気がついたのだ。
一台のバスが通った瞬間、歩行者用の信号が赤に変わった。それ自体、別段おかしいことではないのだが、ふと視線を上げると車用の信号がない。
これはさすがにおかしいだろう。信号がないなんて、事故の原因になってしまう。歩行者用の信号だけでは危険だと思った。
けれども旅行中の私の身で、とやかく言うことではないし、事故が多発するようなら信号を取り付けているだろう。ないということは、事故が起こることは少ないのかもしれない。
それで納得し、私はバス停の前に立つ。
大分長いこと歩いていたから、足も疲れていた。そこで私はバスに乗ることにした。
数分でバスが来、私はそれに乗る。
二人掛けの席に座っていると、一人の男が隣に座った。彼は黒い背広に、シルクハットを被り、英国紳士、という風な人だった。
「失礼」
男は柔らかな声でそう言った。
私は軽く礼をする。バスはエンジンをかけ、発車した。
車窓から景色を眺めていると、バスが歩行者用信号を通り過ぎた時、やはり信号が変わる。珍しいものだ、この街は。
「珍しいかね?」
「あ……ええ」
それほど信号を凝視していたのだろうか、男が声をかけてきた。
「事故とか、起きないんですか?」
せっかくなので、私は問うた。男は答える。
「まあ、起きないね」
男が、静かに言い、パイプを取り出した。それを口に咥える。
その瞬間、衝撃音が鳴り響いた。
何事かと私は窓の外を見る。
「ああ……。たまに、こうやって余所者がルールを知らず、事故が起こることはあるけれどね」
「……危ないですね」
「そう、危ないね。それに信号がないので、連鎖する。……こちらは大丈夫さ」
男がそう言ったので、私は背中を椅子に預けた。
「さて」
男は立ち上がる。会釈をしたので、私も軽く会釈をする。直にバスが停車し、彼はバスから降りて行った。
私はそれを見送り、流れる街並みを見た。
やはり事故は起こるのか。
まあ、あの男は『こちら』は大丈夫だと言ったので、大丈夫なのだろう。
そして衝撃音がまた鳴り響いた。