表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/42

レクティータ~続・借家・弐~

「今日は料理本に載っていた、ミルクリゾットというものを作ってみたのですが……いかがでしょうか?」

「うむ、美味い……」

『すごく美味しいですよ!月夜さんは秋穂の料理だけでなく大陸の料理もお上手ですね!』

「そ、そうですか?お口に合ったようで良かったです」

 月夜ははにかみながらも嬉しそうに微笑んだ。


 ヴァイスの幼児化騒動から約一週間後。

 最近、月夜はミルクを使った料理に凝っている。


 母乳というのは血液から作られている。吸血鬼が血液中のどの成分をエネルギーにしているのかは定かではないが、何かしら健康に良い影響を与えてくれるのではないか、と月夜は考えたのである。


 また、月夜は普段の生活や料理本を通じ、随分と大陸の言葉を覚えてきた。ちなみにこの料理本、ルーシスが彼女に買い与えた物である。


 そう、これもルーシスの策略の一つなのであった。


 将来魔王の妃として大陸で暮らしていくならば、ある程度の知識を得ておいて欲しいと考えたからである。

 そんな一人と一匹の思いやりやら思惑やらに気づくことなく、偉大なる魔王候補様はただただ月夜の手料理に舌鼓を打っているのだった。


 なお、ヴァイスはつい昨日の朝、起きたら元のサイズに戻っていた。それまでの間、ロートに奇襲される事もなかった。

 恐らく先日ヴァイスが放った氷結の呪いがまだ解呪出来ていないのだろう。


 蛇族はとても執念深い種族だ。ゆえに彼等の使用する魔法もその性質を帯びている。


 呪いを受けた直後、ロートは自身の炎の力で呪いを捩じ伏せていたが、完全に消し去ることは出来なかった。気を抜けば再び血液が凍りついてくるのだ。完全回復するまでもうしばらく時間が掛かる事だろう。


『あ、そうそう。昨夜【白銀の風】について少しだけ情報が手に入りましたよ』

「何……?」

「ほ、本当ですか……!?」

 月夜は思わず身を乗り出した。反動でこたつのテーブル部分が少しずれた。ばつが悪そうにそそくさと元に戻す。


 情報収集といえば、様々な人々が行き交う酒場と相場が決まっている。ルーシスはバイトが無い日にはしばしば街中の酒場を巡っていた。

 ……本音を言えば、月夜が兄と再会してしまったら、彼女との旅が終わってしまうかもしれない。ならば彼女の兄を本気で探す必要などない、探している振りをしていれば良いのではないか、とルーシスは思うのである。勿論主君にその事を提案してみたが、ヴァイスは首を縦には振らなかった。

 彼女は兄に会いたい一心で、【巫覡】を得た今も見知らぬ土地を旅し続けているのだ。そんな健気な彼女を裏切るような真似は出来ない、と。

 ヴァイスは裏表のない性格をしている分、根は誠実なのである。そんな彼に肩を竦めながらも、「やれやれ、仕方ないですね」と協力してしまう主君想いのルーシスなのであった。


「――ふん、どうやらそれなりに仕事はしていたようだな。てっきり情報収集を口実に酒場に入り浸っているのかと思っていたぞ」

『ひ、酷いですよ殿下ぁ〜……!俺とて使い魔の端くれ、仕事はきっちりこなしますよ!……ま、まあ、意気投合した相手から一杯奢って貰ったりとかはありましたけど……!』

「そんな事だろうと思った」

『と、とにかく!俺の入手した情報によりますと、【白銀の風】への依頼は、五大陸それぞれに一カ所ずつある支店にて受け付けているそうです』

「という事はこの北大陸にも支店があるって事ですよね?ならわざわざ中央大陸に渡る必要はないって事ですか?」

『あ、いえ……北大陸の支店は大陸の北東の果てにあるそうでして、ここからだと中央大陸の中心部にある支店のほうが遥かに近いかと……』

「……おい、ちょっと待て。ならば秋穂から北大陸に到着した際にそのままあの地域を捜索していれば良かったのではないか?」

『あ、あくまで結果論ですから!ここに来たからこそ得られた情報でありまして……!と、とにかくですね!我々はこれまでどおり中央大陸を目指せばオーケーです!予定通り次の船を待ちましょう!ね!?』

 半ば強引に押し切られた気もしないでもないが、ルーシスの言葉に従うほかないのもまた事実であった。

「……でもいいんですかヴァイス様?この街を離れてしまって」

「……?どういう意味だ?」

 ミルクリゾットを食べ終え、紅茶のカップに口を付けながら首を傾げる。

 ヴァイスには特にこれといってこの街への未練などない。むしろ使い魔喫茶での仕事にだいぶ慣れてきたであろう彼女やルーシスのほうが、仕事仲間や常連客との別れを惜しいと感じているのではあるまいか。

「だって恋人さんをこの街に置いていってしまうんですよ?いいんですか?」


 ――ゲホッ、ゲホッ!

 むせた。


「は……?え…………?」

 不意打ちの如く浴びせられた言葉に思考が追い付いていないヴァイスに、月夜はきょとんと首を傾げる。

「路地裏でヴァイス様と一緒にいた女性ですよ。ヴァイス様の恋人さんなんでしょう?」

「違う!!」


 まだあの女の事を勘違いしているのか……!自分はもはや彼女の顔すらろくに覚えていないというのに。なんだか派手な女だった、というイメージしか記憶にない。

 そもそもあの女はヴァイスが蛇化した途端にとっとと逃げ出したのだ。そんな女を愛すはずなど無いではないか。それに比べて、月夜は自分が蛇化した時にはいつも優しく手を差し伸べてくれていた。なんと尊い事か。

「え、違うんですか?じゃああの方はどなただったのですか?」

「それは……」

 ただの吸血の為の獲物だ。だが、それを言うわけにはいかない。とはいえ何と言い訳すれば良いやら……。

 ヴァイスが答えあぐねていると。

『――その女性はきっと殿下に一目惚れして無理矢理殿下について来ていたのでしょう。我々ヴァンパイアは純銀髪程ではないですが、魅了の力が強いものでして、ナンパされやすいんです。殿下はこう見えて割と紳士的ですからね、女性の好意を無下にできずになかなか断る事が出来なかったのでしょう。ですよね、殿下?』

「あ、ああ……まあ、そんなところだ……」

 彼女が自分からヴァイスに話しかけ、彼について来たのは事実である。あながち間違いではない。

「まあ、そうだったんですか。ヴァイス様はお優しいですね!」

 月夜はルーシスの話をすっかり信じてしまった。相変わらず頭と舌の回る使い魔である。


 ルーシスは恐らく、ヴァイスが狩りの為に件の女に近づいた事に気が付いているのだろう。ルーシス自身はその場にいなかったというのに、察しの良い奴である。


『そういう月夜さんこそ浮いた話の一つや二つあるんじゃないですか?実は故郷に許嫁を残してきてるとか』

「え!?わ、私ですか……!?」

「……!」

 それはヴァイスも常々気になっていた事であった。

 仮にも王の一族であるならば、許嫁がいてもおかしくはなかろう。もしくは意中の相手がいる可能性も……。

「そ、そういった方はおりませんよ……!旅に出た頃はまだ【巫覡】のいない半人前でしたから。そういった話は一人前になってからですから……!」

 つまり今はまだフリーという事か。その言葉にヴァイスはとりあえずほっとした。が、まだ安心は出来ない。彼女は今やヴァイスという【巫覡】を得ているのだ。故郷に帰るや否や見合い写真の山に囲まれる事態は想像に難くない。

『じゃあ今後はお見合い話が沢山来てしまうかもしれませんねぇ。もしかしたら人竜だけでなく他種族からも……。ね、もしもヴァンパイアから「僕の血を飲んでヴァンパイアになって、結婚してください!」とか言われたら、どうします?やっぱり自分達の血筋に誇りを持っている竜族としては、そういうの無理ですか??』

 なんというド直球の質問。

 この使い魔、まだ月夜をヴァンパイアの血族に迎え入れたいと思っているらしい。

「ああ、吸血鬼さん方は他者を吸血鬼に変える能力があるんでしたね。でも、それは竜族の誇り以前の問題として不可能なんです。私の一族には『血の絶対性』というものがあるものでして」

『血の絶対性?』

 きょとんとするルーシスとヴァイスに、月夜は説明した。


 人竜王の一族は他種族との間に子を設けても混血児とはならず、純血の人竜として生まれてくるのだと。また、吸血鬼化のような、種族の血に影響を与えるような力は無効化してしまうのだと。


 それを聞いたヴァイスは驚きに多少目を見開いたものの、「ほう、そうなのか」程度の感想で終わり、すぐにいつもの無表情に戻った。しかしルーシスは唖然とした表情で硬直し、ようやく動き出したかと思えばヴァイスにゴニョゴニョと耳打ちした。

『殿下、後で少々お話が……』


『これはヤバイ事ですよ!激ヤバです!由々しき事態です!』

 月夜が洗濯物を干している間、ヴァイスとルーシスは食事の後片付けをしていた。

 勿論、不器用王たるヴァイスに割れ物を洗わせる程ルーシスも無謀ではない。洗い物はルーシスが行い、ヴァイスは食器拭きに専念している。もっとも、少し前まではそれすらも力の加減が上手く出来ず、しばしば皿にひびを入れたりしていたのだが。

「先程月夜が言っていた血の絶対性とやらの事か?何か問題でもあるのか?」

『いや問題大ありでしょうよ!殿下は将来的に月夜さんとご結婚されたいとお思いなのでしょう!?』

「当然だ」

 きっぱりと言い放つヴァイスに、何故想い人に対してはその積極性を発揮出来ないのかと、ルーシスは内心頭を抱えた。まあそれは置いておいて。

『貴方様は魔族の王の一柱となろうとしているのですよ!?それもヴァンパイア一族の王です。数少ない我々の味方である混血支持派の支持とて、それはヴァンパイアの血があってこそです』


 通常、純血は混血を忌み嫌っている。しかし全ての純血がそうだとは限らない。

 様々な種族の血を取り入れる事は、それぞれの種族の欠点を補い、かつ各々の長所を獲得する事に繋がる。それは生物が環境に適合する為の、ごく自然な進化の形であると言える。そう主張し、純血でありながら混血の立場向上を訴えているのが混血支持派と呼ばれる派閥である。

 ……もっとも、血が混ざったがゆえに寒がりかつカナヅチという、ヴァイスのような欠点だらけの存在もいるわけだが。


『生まれてくるお世継ぎが純血の人竜になるという事は、種族としてのヴァンパイアの血は一滴たりとも受け継がれません。それどころか竜族は神の一族、魔族ですらないのですよ!?そのようなご結婚が許されるはずがないではありませんか!』

「それは……そうかもしれんが……」

『まあ月夜さんを側室に迎えて純血のヴァンパイアの女性を正妻にするならアリかもしれま』

「断る」

 アリかもしれませんが、と言い終える前にズバッと拒否されてしまった。

「私は月夜以外の女を愛すつもりはない。それに……」

 ヴァイスは続ける。思わず皿を拭く手に力が入る。ミシリ。

「私はこの混血の体に随分と苦労させられてきたからな。我が子にこの苦しみを引き継がせずに済むのならば、それに越した事はない」

『まあ、それは一理ありますが……』

 ルーシスもまたヴァンパイアと悪魔との混血の身。気持ちはわからなくもないのだ。混血の子孫は未来永劫、混血の血筋として生きていかねばならないのだから。

『……俺ね、殿下。好きな言葉は下克上なんですよ』

 急に何を言い出すのか、とヴァイスは一瞬目を丸くしたものの、すぐさま「ああ、成程な」と頷いた。

「私が魔王になったあかつきにはすぐさま寝首を掻き、その座を奪う魂胆か。よかろう、受けてたつ。返り討ちにしてくれる。むしろ今のうちに災いの芽を摘んでおくとしようか」

『あ、いえ、別に貴方様に対してというわけではなくてですね。……ああ!痛い痛い!ブレーンクローやめて!!』

 片方の手でルーシスの頭を鷲掴みにする。すると皿を掴んだままのもう片方の手も、釣られて幾分か力が入る。ミシミシ。

 ヴァイスの手からやっとこさ逃れたルーシスは必死に説明する。

『げ、現在、我々混血は純血共に見下される存在です。だからこそ、混血である殿下が魔王となられる事で、混血が優位に立てる国にして頂きたいと俺は考えているのですよ』

「お前勝手にそんな野望を抱いていたのか……」

『ええ、ほんのささやかで可愛らしい野望でしょう?』

「どこがだ。革命レベルではないか」

『でもヴァンパイアの血族のお世継ぎが出来ない以上、いくら強大な力をお持ちであったとしても、民は貴方様を魔王として認めはしないでしょう』

「……つまり魔王になれぬのならば、私はお前にとっては何の価値もないという事か。……月夜との恋も、もう協力はしてくれないという事か……」

 忠臣たるルーシスとて、結局はヴァイスが次期魔王のポジションに就いていたからこそ、これまで彼に尽くしてくれていたのだろう。月夜との恋を取る事により魔王への道から遠ざかるというのなら、ルーシスがヴァイスに仕える理由などもうないはずなのだ。

 いつになくショボンとした顔をするヴァイスに、ルーシスの胸はズキリと痛む。


 ――普段は仏頂面のくせに、何故こういう時だけ情に訴えるような顔をするのか……!


 その後も、ならばもう私に仕える必要はないわけか、今まで世話になったな、などとヴァイスは殊勝な言葉をぶつぶつと呟いていく。

 ルーシスはなんだかんだでヴァイスに長く仕えてきた。いつの間にやら彼にすっかり愛着が湧いていたのも事実である。それゆえ、予想以上にしょぼくれている主人を見捨てる事など出来なかった。

『――あー、もう!わかりましたよ!貴方様にはこれからもお仕えしますし、月夜さんとの恋も応援させて頂きますよ!もともと俺が焚き付けたのが原因ですしね!』

 月夜への恋心を自覚させたのは他ならぬルーシス自身なのだ。こうなったらヴァイスの恋が成就するにせよ、玉砕するにせよ、最後まで付きあってやろうではないか。

「……いいのか……?」

 ヴァイスの言葉にルーシスが頷くと、ヴァイスの表情は少しだけ明るくなった。本当に微々たるものではあったが。

 千年生きてきて初めての恋、しかも障害だらけの恋ときている。天然であるがゆえに普段は強メンタルの主人でも、やはり不安でいっぱいなのだろう。そう思うと少しは可愛いげを感じなくもない。

『これも乗り掛かった船というもの、沈没するまでお付き合いしますよ!』

「おい待て、勝手に沈没させるんじゃない……!」

 ヴァイスとしては恋の大海原を渡り切りたいのである。縁起でもない事を言わないで欲しい。

『ですが!このままでは王位継承戦争に勝利したとしても魔王に即位出来ないかもしれないんですからね!その事はゆめゆめお忘れなきよう!まーったく、殿下は俺がいないとダメダメなんですからー。天然だし、空気読めないし、それでいて恋愛になるととたんに意気地がなくなるし……』

「……おい貴様、それ以上言うと承知せ」


 バキッ!!


「あ」

『あ』


 つい力みすぎ、かれこれ通算8枚目の皿が犠牲となった。しかもよりにもよって、黒猫のデフォルメイラストが描かれた可愛らしい皿――そう、月夜のお気に入りの皿が。


『貴方様の一番の欠点であるその不器用っぷりは、混血云々関係ないんですよねぇ。大変遺憾です』

「…………蛇は本来、手がないから……」

『そんな言い訳が通用するとお思いですか?』

「…………」

 月夜に好かれたいのに、空回りしてばかりの自分自身の不甲斐なさと情けなさに、ヴァイスは無言でうなだれるしかないのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ