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アルガラユ~喫茶店~

 月夜のアルバイト面接は本当にすぐさま合格した。


 そこは小さな店であり、メニューも特別目を引くものもなく、客の入りはお世辞にも良いとは言えない店だった。だが月夜を雇ってからはみるみるうちに客足が増えていった。純銀髪効果恐るべし。


 一方で、ヴァイスとルーシスは再び役場に赴き、この町付近で賞金首になっている邪眼がいないか尋ねた。するとこの町の近くにはアルガラユとサンタラレスとを結ぶ道以外にも百足の邪眼が出没しており、むしろ他の種類の邪眼はいないらしい。月夜を連れてくることはどちらにせよ無理だったようだ。


 ある日、ヴァイスとルーシスは百足を二匹ほど退治し、まだ明るいうちに帰還した。

 邪眼にも縄張りというものがあるものの、その範囲は非常に広く、常に目撃情報の寄せられた場所にいるとは限らない。その為運が良ければすぐに邪眼を見つける事が出来るが、場合によっては一日中気配を探りながら歩いていても見つからない日もある。この日はまだ明るいうちに敵を二匹見つけることができたので、少し早目に切り上げてきたのだ。

 そしてルーシスが『折角なので月夜さんの様子を見てみませんか』と提案したことにより、彼等は月夜の働く喫茶店へと向かった。


「いらっしゃいま……あ」

『お疲れ様です月夜さん』

「……邪魔するぞ」


 唐突に客としてやってきた旅の仲間に月夜は目を丸くし、やがてカァッと顔を赤らめる。知り合いに働いているところを見られるというのは気恥ずかしいものがある。

 だが客は客だ、きちんと接客しなければならない。

 そしてぎこちない動きで二人用の席に案内し、メニューとおしぼりとお冷を持ってくる。


 今、月夜はフリルエプロンの付いたスカートとカチューシャのウェイトレス服を着ていた。

 感情の起伏ですぐ動いてしまう角は、カチューシャで留められているので動く恐れはなさそうだが、感覚の鋭い部分ゆえ痛いのではないかとヴァイスは少しだけ心配になった。


『彼女、似合ってますねぇ。普段は和服な分ああいう恰好は新鮮ですね』


 向かいの椅子……には背が届かないので、テーブルに直接座りながらルーシスが言う。ヴァイスはその言葉には答えず、月夜の置いていったメニューに目を落とす。

 ちなみにヴァイスは血の味に関しては非常に偏食家であるが、一般的な料理に対してはあまり好き嫌いがない。何事にも興味の無かった彼は食事に関してもあまり興味が無かったのだ。特別好きな物も無いので、最初に目に入ったサンドイッチを頼むことにした。

 そういえば月夜と初めて食事を共にした時もサンドイッチがあったな、などとしみじみと物思いに耽る。


『殿下お決まりになりましたか?』

「これでいい……」


 ヴァイスはメニューのサンドイッチをトントンと指差した。だがその目線は既にあくせくと働く月夜に注がれている。


 ――……口では何も言わないけど、なんだかんだで見惚れてんじゃないスか。


 とルーシスは心の中で呟いたが、勿論口には出さなかった。


『お飲み物はいかがなさいます?』

「任せる」

『かしこまりました。月夜さーん! 注文お願いします』

「……あの、名指しで呼ぶのやめて頂けますか……?」


 頬を赤く染めながら月夜がやってきた。よく見るとカチューシャがほんのわずかに揺れている。角が動きそうになっている証だろう。


 純銀髪は非常に目立つ。それゆえに面接を一発合格出来たわけだし、充分覚悟もしていた。だがだからこそ、月夜としてはこれ以上目立ちたくないののである。ただでさえこのスカートというのは足が出ているので恥ずかしいのだ、いつもは袴で完全ガードしている身にはきつい。


『ああ、これは失礼しました。でですね、サンドイッチとチョコパフェ、あと飲み物はアールグレイを二つお願いします』

「あ、は、はい。えーとサンドイッチとチョコパフェと紅茶のアールグレイをお二つですね」


 慌てて伝票に書き込んでいき、「お飲み物はいつ頃お持ち致しましょうか」などの一連のやり取りを終え、厨房に戻っていく。


「……お前、割と甘党だよな…」

『ええ、まあ甘い物はそれなりに好きですね。ただ本来のイッケメーンな恰好でスイーツを食べに行くのは流石に抵抗ありますけどね。けれどこの姿だと「似合う~、可愛い~!」とか言われて女の子達にモテるんですよねー』


 言いながら、ルーシスは右隣りの席に向かって前足を振った。するとそこに座っていた若い女性客のグループが「きゃー、可愛い~!」「こっち向いてー!」などと黄色い声を上げていた。


 そういえば蝙蝠姿のルーシスは若い女性達に人気があるのだった。普通のヴァンパイアは基本的に血吸い蝙蝠の姿になる為、いわゆる豚鼻だ。ヴァンパイアの血の濃いヴァイスも例に漏れないのだが、その姿を周りから忌み嫌われる蛇の姿よりも醜いと感じている彼は、特別な理由がない限り変身しようとはしなかった。しかしルーシスの場合は悪魔とのハーフであり血が薄いせいか、このようなマスコットのごとき姿となる。


(……女というのはこういうのが好みなのか? ならば月夜も……?)


 そういえばあいつは猫が好きだと言っていたな……ならばやはり可愛らしいものが好きなのだろうか……、などと考え、はっと我に返る。気づけばまた月夜の事を考えていた。あの日ルーシスが変な質問をしてきて以来、どうにも自分はおかしくなってしまったようだ……。


 ヴァイスがまた考え込み始めると、月夜が紅茶を二つ持ってきた。

 ちなみに不運体質な彼女は仕事中も失敗続き……かと思いきや、意外にも器用に料理や食器を運んでいる。前にも飲食店で働いていたそうなので、慣れなのであろう。

 ぶきっちょなのは偉大なる魔王候補様だけである。


 食事が運ばれてきてからも、ヴァイスはもそもそと食事を口に含みながらぼんやりと月夜の仕事を眺めていた。恐らく無意識なのだろうとルーシスは思う。

 すると少し離れた席から「月夜ちゃーん! 注文おねがーい!」という声が聞こえてきた。それだけでなく、至る所から「月夜さん、デザートお願い」「月夜ちゃんこっちこっちー」「月夜ちゃーん!」などと呼ばれ始めた。


 この店はいつから指名制になったのか。


(何なのこの状況…!? うう、ルーシス様のせいです……!)


 月夜は恥ずかしさのあまり死にそうだった。恨めしそうにルーシスを見遣ると、ウインクしながら舌を出していた。


(てへぺろ☆ じゃないです……!)


 無駄に可愛らしいのが余計に腹立たしい。


「あの、すみません。月夜さんとおっしゃるのですか?」


 ――ああ、また声を掛けられてしまった。だがお客様は神より偉大だ。きちんと接客しなければ。


 振り返ると、声の主はヴァイス達の左隣りに座っている客だった。栗色の髪と瞳の柔和な顔つきをした男性だ。もともとこの店の常連らしく、彼の事は何度も見かけた事がある。特にこれといった特徴もなく、いまいち冴えない見た目と言ってしまえばそれまでだが、その純朴そうな雰囲気に男性が苦手な月夜でさえ割と好印象を持っていた。


「名前の感じから察するに、貴女はもしや秋穂出身ですか?」

「あ、はい。よくわかりましたね」

「ええ、秋穂出身者のお名前は独特ですからね。僕、実は秋穂文化に興味がありまして。月の夜と言えば秋穂では秋になるとお月見というものをなさるそうですね」

「ええ、すすきを飾ったりお供え物をしながら月を眺めるんです。ふふ、よくご存じですね」


 そんなふうに男性と二言三言話す。あくまで仕事中である為、一分にも満たぬ程の短い会話だ。けれど……。


 くい。


 制服の袖を引っ張られた。振り返ると、ヴァイスが袖を掴んだ状態のまま下を向いていた。


「ヴァ……お客様、いかがなさいましたか……?」

「………水」

「え?」

「水をいでくれぬか」

「あ、は、はい」


 紅茶はまだ残っている。お冷なんて一口も飲んでいないのではと思える程たっぷりと残っている。いささか疑問ではあったが、言われたとおりに水差しを持ってきて水を注いであげた。するとヴァイスはすぐさまそれを一気飲みした。


 どうしたのだろう、暑くて喉が渇いたのだろうか?

 寒がりな彼にしては珍しいことだ。


 だがちらりと見えた顔はなんだか赤く染まっていた気がするし、やはり暑かったのだろう。今日は特別気温が高いわけではないけれども。

 月夜が思案していると再び周りの客達に呼び止められ、彼女は考えるのをやめてそのまま仕事に戻っていった。




 ……つい袖を掴んでしまった。

 ヴァイスは自分の軽率な行動に、額に手を当ててうなだれていた。


 何故だかわからないが、月夜があの男と故郷の話で盛り上がっているのが無性に腹立たしかった。いや、そもそも盛り上がってなどいない。恐らく一分にも満たない、秒単位の会話だ。それなのに、まるで一時間は二人きりの会話をされていたような気分だ。

 おまけにあの時、月夜は小さく微笑んでいた。自分にはほとんど向けられたことのない笑顔。

 ……彼女をいつも怒らせたり泣かせたりしているのは他ならぬヴァイス自身だ。だからこれは当然の事。そのはずなのに……。


(他の奴と楽しそうにするな……っ)


 たったそれだけの事が何故こんなにも辛いのか。相手はただの人間風情なのに、何故こんなにも悔しい気持ちに駆られるのか。わからない。さっぱりわからない。


 顔が火照っているのを感じる。色白のこの肌だ。赤くなっている事がすぐにばれてしまう。だから顔を伏せたまま、さらに袖を掴んだ理由をごまかす為、月夜に水を注ぐよう頼んだ。

 そしてこのもやもやとした気持ちを押し流すように水を一気に飲み干した。



 夕食時が終わり、月夜の本日の仕事はようやく終わりを告げた。

 フード付きのローブを羽織り、店から出て宿に戻ろうと通りを歩いていると。


「ねえねえそこの赤い瞳の君。月夜ちゃんって言うんだって?」


 路地裏から突然現れた男に呼び止められた。まるで待ち伏せでもされていたかのように。

 男は濃い金の髪に深い青の瞳をしており、ジャラジャラとアクセサリーを大量に身に着けている。サンタラレスの路地裏で会ったチンピラと同じタイプの人間だろうと月夜は思った。


「俺の事わかる? 今日昼間、客として来てたんだけど」


 言われてみれば見かけていたかもしれない。自分を名指しで呼んで注文をしてきた客の一人だ。だがあの時は本当に沢山の客から声を掛けられていたのでうろ覚えでしかないけれど。


「まあ覚えてても覚えてなくても、どっちでもいいさ。そんな事より、まさかあの店にこんな可愛い純銀髪の子が入るなんてねー。ねえねえ、どこ住んでるの?」

「いえ、旅の途中ですので、この町に住んでいるというわけでは……」

「へー、旅してんの!? 大人しそうなのに割と行動派なんだねー。あ、じゃあさ、俺がこの町の案内してあげよっか?」

「い、いえ、お心遣いは大変嬉しいのですが、大丈夫ですので……!」

「えー、遠慮しなくてもいいんだよ? あ、それとさ、どこの宿に泊まってるの? これから遊びに行っていい?」

「こ、困ります……!」

「えーいいじゃんつれないなー。あ、じゃあさじゃあさ、俺んち来いよ。すぐ近くだからさ」

「け、結構です!」

「なんだよ、さっきからお堅い奴だな……! ……いいから来いよ!」


 グイッと腕を引っ張られる。月夜は咄嗟に振り払おうとしたが、サンタラレスの時のようにまたうっかり術を発動してしまうかもしれない。あの時は軽傷で済んだが、次は重傷を負わせてしまうかもしれない。そう思うと体が竦んでしまい、抗う事が出来なくなる。


「いや、は、放して……!」

「君、放してあげなよ。彼女嫌がっているじゃないか」

「!?」


 月夜は突如現れた青年に目を丸くした。そう、「突如現れた」のだ。今の今まで、まったく気配を感じなかった。


「なんだよお前。この女の知り合いか?」

「いいや、ただの通りすがりさ。けれど君のその行為は紳士的ではないんでね。ついつい口を挟んでしまったよ。女性には優しくしないと駄目だよ?」


 優雅に首を傾げながら放つ言葉は、その一つ一つが気品を帯びていた。

 相対するチャラい男と同じ青の瞳をしているが、チャラ男のものよりも明るく鮮やかな色をしている。一つに束ねた柔らかそうな髪も鮮やかな赤に染まっており、前髪に一房だけオレンジ色が混じっている。その様は燃え盛る炎を彷彿とさせた。体の線は細く、華奢と言ってもいいかもしれない。肌もヴァイス並に白く、年は十六、七くらいか。服装はいわゆる貴族服。彼がやんごとない身分である事は明白であった。


 けれどもチャラ男は権力に屈しない勇敢な精神の持ち主なのか、はたまた教養がなくて身分差というものに疎いのか、青年に食って掛かった。


「うるせぇ! カッコつけやがって! 部外者は黙ってろ!」


 チャラ男は月夜の腕を掴んでいた手を放すと、青年に殴り掛かっていった。見るからに箱入りお坊ちゃんの青年は、あっという間にボコボコにされ――……る事はなかった。


 青年はその細い腕のどこからそのような力が出ているのか、チャラ男の拳を片手で軽く受け止めていた。チャラ男はまさかの展開に驚愕し、すぐさま青年から離れようとするが、握られた拳はびくともしない。


「いいかい? 今日の事は忘れるんだ。彼女の事も、僕の事も、ね……」


 青年はチャラ男の瞳を覗き込むようにして言った。


「てめぇ! ふざけんじゃ……ね、え……」


 するとチャラ男はまるで糸の切れた操り人形のように全身から力が抜け落ち、その場に突っ伏してしまった。そのまま気を失う。


「あ、あの……一体何を……? 彼は大丈夫なんですか……?」

「ああ、大丈夫、心配いらないよ。ちょっと魔法で気を失わせただけさ。ついでに君に関する記憶も抜いておいたから、安心して」

「あ、ありがとうございます。けれど貴方は……魔法使いというより……妖魔のお方、ですか……?」


 柔和な眼差しを持つ目が、一瞬驚きで見開かれた。


「へぇ……よくわかったね。耳も人間のように丸くしているし、気配も割と上手く消せていると思ってたんだけどな」

「わ、私、そういうの見分けるのが得意なものでして……すみません」

「プッ、なんで謝るのさ。変な子だね」

「うっ……す、すみません…」


 また謝ってしまった。腰の低い事を美徳と考える秋穂文化が身体の芯まで身についてしまっている月夜は、少々謝り癖があるのだった。


「……で、これから僕の事を町の自警団にでも報告するわけ? 『ここに妖魔がいますよ』って」

「いえ、そんな……。恩人に対してそのような事は出来ませんよ。それに、人間の町に人外の者が紛れているなんて、よくある事ですから……」


 実際、自分もその人外の一人なのだから。


「おや、そう言って貰えると助かるよ。それじゃ僕はこの男を路地裏にでも寝かしに行ってくるよ。夜道にはくれぐれも気を付けてね、お嬢さん」


 青年はチャラ男を軽々と肩に担いだ。


「あ、あの……本当に、ありがとうございました……!」


 月夜の言葉に、青年は後ろを振り向かずに片手をひらひらとさせて応えると、そのまま宵闇の中へと消えていったのだった……。

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