夢
Oという友人から、こんなことを聞いた。
Eという女子高校生は悩み事を抱えていた。しかし、家族にも友達にもその悩みを相談できないでいた。
Eは最近、同じような夢を繰り返し見ていた。夢の中に、白髪頭の老婆の姿が出ていた。
その腰の曲がった老婆の顔をうかがう機会は一度もなかった。当然、目を合わせたこともないということになるが、夢の中のいたる所で老婆に遭遇をしていた。
ある時には、海岸の砂浜に一人でぽつんとたたずんでいる老婆がいた。またある時には、頭を極端にかがめた姿勢のまま山道をとぼとぼと歩いていく老婆がいた。またある時には、町中をのっそりした動きで徘徊している老婆がいた。その老婆は一ヶ所にとどまるということを知らなかった。
そして、ある夜の夢の中で、老婆はEの家の中に上がり込んできたのだという。
大きく湾曲をした小さな背中と、ぼさぼさと乱れた白髪頭をEに向けながら、台所で何やらがさがさとしていたのだという。Eはその様子を呆然と見つめていた。
全てが夢の中の出来事で、全てが老婆だった。
この段階にいたりEはさすがにたまらなくなったらしく、学校の友達であるCに相談をすることにした。Cには多少の霊感があるということを本人の口から聞いていた。
昼休みに、教室でEから相談を受けたCは、わかったとうなずいた。Eの家に一晩泊まり、真相を確かめてみようということだった。
その週の土曜日だった。CはEの家へとやって来た。そこで夜を迎えて、CはEがいつも寝ているベッドの上に横になることになった。Eは代わりに、ゆかにふとんをしいて眠ることにした。
二人は電気を消して横になった。始めのうちは、なかなか寝付くことができなかった。だがしばらくすると、二人は自然に眠りの中へと入っていった。
静まりかえっっている部屋の中で、EとCはちょうど体を平行にして横になっている。Eはふと目をさましたのだった。
夢はまだ見ていなかった。いつもと違う場所から見る部屋の光景の中で、ふと部屋の入口のドアが目にとまった。少しだけすき間があいていたのだという。斜めに開いていた。その向こう側に、何かが揺れるのを感じた。
薄暗い室内で、ぼんやりとそのりんかくが見えてきた。
乱れた白髪があった。その下にある体は、つんのめるようにして曲がった腰をしていた。無数のしわが刻み込まれたしわくちゃの顔が上に乗っていた。
老婆だった。Eにとっては初めてかいま見る老婆の顔だった。
ドアと壁とのすき間から、何やらぎらぎらとした目がはさまれていた。寝ている二人の様子を、食い入るようにのぞき込んでいるようだった。まるで置物のように体を動かさず、目だけがぎょろぎょろとせわしなく動いている。その様子にEは息を飲んだ。身じろぎもできないでいた。
ドアの向こうの暗闇に木の小枝のようなものが浮かび上がった。よく見ると、その木の小枝は伸びている。老婆の指だったのだという。老婆はその節くれだった指先を、ドアの先に音もたてずからませていた。皮と骨だけしかないような指先が、かっちりドアにからんでいた。
Eは体が固まってしまったかのようにして床から動けずにいた。ただ目だけを、老婆の顔と、その針のように尖っている老婆の指先に向けていた。
しばらくのあいだ、老婆は中の様子をうかがっているようだった。目だけが中を凝視していた。
だがふいに、ドアに張り付いていたその指が暗闇にもぐり込んだ。物音がたたないまま、影のようなものがぬるりと動き、そのままその場所から消えていった。Eは、Cに声をかけることができなかった。再び眠りに落ちてしまった。
夜が明けた。
老婆の姿は影も形も無く、普段通りの室内だった。ほっと胸をなでおろしたしたEは、おそるおそるCに昨夜のことをたずねてみた。
だがCは、自分は夢を見なかったと言った。何もなかったと説明した。
ここまで話し終えたOが、はわたしにどう思うかと聞いてきた。
そこでわたしは、その老婆というのは実在するEの祖母ではないのかと言った。するとOがこう答えた。いやちがうんだ、問題はCにあるんだ、と。
そもそもこの老婆は、世にありうべくもない存在なのだという。そしてそれは、もともとはEに全く無縁のものであるはずだったのだが、どうしたわけか、霊感のあるというCが、Eの世界に引っ張ってしまったのだという。Cというのは、実はOの姉だった。
日常において、何らかの拍子でEにうつってしまったというこの老婆だが、では何者であるかということについては、Oは何も言わなかった。
思い込みの激しい人間というのは、たしかにこういった問題をかかえうるかもしれない。わたしにはそれがわからないでもない。だが、おそらくこの老婆は現に実在している人間なのだとわたし自身は考えている。真実は果たしてどうなのかと聞かれれば、それについては答えないだろう。わたしは、その夢を見ていないから。