嘘じゃないです、ごめんなさい
彼は頷いた。とても気になった。
この力はなんなのか、彼らは一体、誰なのか。
「ついて言ったら、教えてもらえるわけ?」
「もちろん。仲間も紹介する。僕らは神の祝福を受けた者たちなのだから」
仲間?神の祝福?
…新興宗教か何かなのだろうか?少年は間違った領域に足を踏み込んでしまったか、と頭を抱える。
神がどうの…ということは「仲間」というのは信者か何かなのだろうか?
ただ単に「神様は素晴らしいです、教えに従い生きましょう」程度だったらまだしも「神の教えは絶対!逆らうものの命を奪うことも厭わない!!」というものだったら…
宗教という仮説が、みるみる現実味を帯びていき、サーッと血の気が引く。
この疲弊しきった体でそんな所に連れて行かれたら「ハイ。私ハ神ヲ信シマス。」と簡単に言ってしまいそうだった。
ただでさえ摩訶不思議な現象に巻き込まれ、尚且つ傍観者ではなく、自身もその仲間だと言われ…それを否定できない不思議な力を生み出してしまった。
冷静になったところで脳の処理機能は追いつかない。
先ほどの興味などとうに消え失せ、丁重にお断りをしようとした。
が、視界が揺らいだ。目の前に広がる世界がゆらりと半回転し、そのまま目線の高さは下がっていく。
驚きの表情を隠さず、慌ててこちらへ近づく少年達を見る限り、彼らがなにかをしたというわけではなさそうだ。
ああ、これは…
心労だ、と理解する前に彼の目の前は真っ暗になった。
目が覚めると、自分の部屋だった。
意識が途切れる前の映像と著しく異なる自分の今の状況に、軽く混乱に陥った。
そして一つの結論に達する。
「夢オチか。夢オチなんか。」
エセですらないような微妙な関西弁で自分の状況にツッコミを入れる。ちなみに関西へ行ったのは中学生の時の修学旅行だけである。
夢だとしたら、いきなり不思議な力に目覚め、自分よりも何杯もの大きさの化け物を倒してしまう…なんてことも有りうる。なんせ夢なのだから。
あれは夢だったのだ、と結論づけ、とりあえずベッドから起き上がると、自身が未だに制服姿であることに気いた。
確か帰り道に土砂降りに合ったはずだが…そうか、遊んでから家に帰り、制服も着替えず、そのままベッドへとダイブしたのだ、そうだ間違いない。
一旦推測が落ち着いた所で、土砂降りに巻き込まれたであろうあるものを探す。しかし、なかった。
「鞄…どこだ?」
普段なら自分の部屋までもってあがるのだが…。
きっと疲れていて玄関先に荷物を置いて部屋に戻ったのだろう。
先程から推量が多すぎて古文の授業のようになっているが、気にしてはいられない。
カバンを回収すべく、1階へ下りた。
階下に下りると、リビングに電気が付いていた。
「あら、やっと起きてきたの。」
テレビを横目で見ながら雑誌をめくっていた母親が声をかけてきた。
家で一番大きいリビングの掛け時計を見ると、短針が9と10の間、長針が6と7の間にある。
食卓にはラップが掛けられた夕食が、自分の定位置にあった。
ナチュラルに腰をその前の椅子に腰を下ろす。それを見て母はご飯をお茶碗に盛りはじめる。
「遊ぶのはいいけど疲れて寝るような真似はやめてよね。」
やはり疲れて寝落ちしてしまったのか。
夕食にかけられたラップを剥がしつつ、自身の推測が(多少おかしなところもあったが)あたっていたのか、と安堵した。
「まったく、友達に家まで連れてきてもらうなんて…ちゃんと明日お礼を言っておきなさいよ。」
「…は?」
山盛りに盛られたご飯を手渡しながら呆れたように母が言った。
「あんた覚えてないの?メガネかけた男の子と、女の子二人『遊び疲れたみたいで、最後に寄ったカラオケで寝ちゃいました』なんて言って、家まで送ってくれたのよ?」
茶碗を受け取った体制から動けず、そのまま体は思考のみへと移る。
遠くで「自転車まで運んでもらっちゃって…」と母は文句を言い続けている。
自分が今日遊んでいたのは、学校の友人二名。まず人数から合わない。
そして性別はもちろん男。「女の子」が登場するわけがない。もちろん友人の中に女に見えるような人物などいない。
カラオケにも行っていない。
人物だけを限定すれば、今の会話の登場人物とリンクする人々が、頭の中に現れる。
夢だと思っていた、あいつらだ。
彼らは律儀にも、自分を家まで運んでくれたのか?
なぜ、家を知っているのか…いやもしかしたら「仲間」のうちにそういった…場所を特定するような力の持ち主がいるのかもしれない。
つい3時間前まで考えていた「新興宗教」の説は彼の中でまたたく間に掠れていった。
母は怪訝そうに「どうしたの?」と尋ねてきた。
そして、彼の意識が現実に引き戻されたのを確認して、味噌汁を温め直すためにキッチンへと向かう。
本当に、あれは現実だったのではないか?
否定したいがしきれない、そういった心のざわめきが、脳を侵食する。
「そうだ、鞄…」
ぼそぼそと呟くと、茶碗を持っていた手をおろし、母の「どうしたのー」という声を軽く無視して玄関へ向かう。
鞄はなかった。
携帯電話は制服のポケットにいれたままだった事を思い出し、友人に、今日起こった事実を確かめようと二つ折りのそれを開く。画面は真っ暗だった。
電源ボタンをおしても付かない。顔を近づけると、すこし焦げ臭い。
まるで、感電し、ショートしてしまったかのような状態で、その最後の通信手段は絶たれていた。
諦めて利き手で携帯を閉じた。その利き手の…つまり右手の人差し指には、「夢の中で見たはずの」小さなあざがあった。