土砂降り、こんにちは
制服の学生が、土砂降りの中自転車で自然公園を駆け抜けている。
時刻は6時半。公園に取り付けられた街灯より頭一つ大きな時計が時刻を示している。
制服はこの公園近くの私立高校のものだ。
まくりあげられたYシャツの左腕に、その高校を表す筆記体風「k」の文字が刺繍されていた。
ズボンの色はグレー。性別は男。
外見に特徴はない。ただ、不運に出会った顔をしていた。
天気予報では一日晴れのはずだった。
夏休みも近くなる中、平常時より早い授業を終え、
親しい友人と近くで遊ぶ。
いたって普通の、少し勉強しない高校生活の一日。
友人と遊ぶのに邪魔で置いていった自転車を学校へ取りに戻り、自宅へ向かう途中だった。
ところがこの森林公園に差し掛かってからにわかにそらは曇りだし、最初はぽつぽつと、次第に土砂降りとなって雨が降り始めた。
楽しかった一日が、ちょっとだけ台無しになった帰り道。
傘も持たぬまま少しでも濡れまいと自宅へ急ぐ。
時折雷がなり、遠くで空が光る。
強い水の粒が体を冷やしていく。
「落ちたり…しないよな?」
間近まで音が迫る。
度々テレビで見る落雷映像を思い出し、体が冷えたこととは別に身震いした。
ペダルに一層の力を込める
。
森林公園は中々に大きい。
それひとつでランニングコースになるほどの大きさで、そこをほぼ突っ切る形で自転車は進んでいく。
一般道を回り込んで帰宅するよりはよっぽど早いが、薄暗く人影もなく等間隔で街灯だけが並ぶ道は、不安を煽るには十分だった。
さらに雷の音は近づく。光と音にほとんど差がない。
雷の光に合わせて、フラッシュバックのように思い出される雷。
『雷落ちませんように、落ちませんように、落ちませんように…!』
もはや念仏のように唱えるだけだ。
雨が止むのが先か、家に着くのが先か。後者の方が早そうだった。
その時、
バリバリバリッ!!
「ひっ!?」
凄まじい音と主に彼の横の街路樹に雷が落ちた。
驚きのあまりバランスを崩し、自転車ごと水の溜まったコンクリート道路に転げ落ちる。
水しぶきがあがり、タイヤは空転し、彼の横に倒れる。
体の右半分がすっかり濡れてしまっていることに気付く余裕もない。
後輪の空転音がおさまった頃、ようやく平静を鳥戻り、現状を確認した。
落雷現場は距離にして3メートルほど。
まだ恐怖心が残っているのか、右手の指にビリビリと震えるような感覚が残っている。
自転車は無事。制服は
「気持ちわる…」
見事にびしょ濡れだった。
もう少しで公園を抜けるところだった。
公園を出た先には高い建物が多くない。タイミングが少しずれていれば、死んでいたかもしれなかった。
「危なかったな…」
死の危険があったとは思えないほど、落ち着いていた。
友人達との会話のネタにでもなるとすら考えていた。
これが笑いごとでも、話のネタでもなく、命の危機ですらなかったことにまだ彼は気づいていない。
この森林公園の中に三人の人間と一つのバケモノがいたことも。
自転車を持ち上げる彼の耳に、爆発音が聞こえた。