寄り道
「分け入つても分け入つても青い山」種田山頭火
戦前の自由律俳句俳人。
雲水姿で行乞しつつ流離いながら句作をする。
酒と乱行の日々の中で、珠玉のような句を残した。
わけいってもわけいっても・・・
だーっ!白い紙!
決算ですから青い山になんか行く暇はないです、山頭火先生。
オフィスの夜は長い。
「晩飯のオーダーとりまーすっ!」
やけに元気な新人君、こっちはもうメシよりも家に帰って寝たい。
そりゃあ、忙しいのが嬉しい時代もあったさ。
夜中まで働くことが「デキる女」の証明みたいに思ったこともあった。
「・・・あたし、鶏飯弁当。烏龍茶付きで」
なんかね、すっごく空疎な気がするわけよ。
こんな会社、潰れたって日本の経済には何のダメージもない。
せいぜい社員百人足らずと不渡り掴まされる何軒かの取引先のダメージ。
そんなもののためにPCに感性開け渡して、言われるがままにキーボードを叩く。
あたしのっ!あたしの感性を返せっ!
こんなところで鶏飯弁当なんか食ってる場合じゃない!
「俺、先に帰るから。ラストの人は守衛さんに報告を忘れないように」
裏切り者の課長が背広を羽織る。
おいっ!キリがついたからって、あんた責任者でしょうが!
あたしも帰るぅ。このバウチャー打ち終わったら。
「お先にー!」
お先ったって十時過ぎてるじゃない。
他のビルについてる灯りに「お互いさん、お疲れさん」と手を振ってみたくなる。
こんなにささくれ立ってても、世間様はあたしにお構いなしで動いてく。
世知辛いのは、現実だから仕方がない。
都会のビルに緑地帯が義務付けられたのは、いつからだったろう。
役目を終えた葉が散っても、土に還ることは許されずに不要物として扱われる。
それでも、と思う。
それでも木々は葉を繁らせ、夏には木陰を作り、汚れた空気を浄化し、ささやかに花を咲かせて実をつける。
暖かい缶コーヒーを買って、ベンチに腰掛ける。
決算終了まであと少し。
目を閉じると葉ずれの音がする。
木を一本隔てて走る車の音はノイジィで、それを聞かないようにするために葉の音に意識を集中する。
閉じた目の裏で、光を浴び枝を広げすっくと立ち上がる大きな木。
それに続いて行く明るい影のさす緑色の小道。
鳥が啼くだろうか。
手の中の缶コーヒーが温くなって、目を開ける。
大丈夫、森に遊びに行って来たから明日も頑張れる。
疲れた時には、またお願いしますね。
立ち上がって、地下鉄の入口目指して歩きだす。
青い山なんて志はなくたって、都会にも森を見つけられる。
山頭火先生、俗世を捨てられないあたしにできることって、こんなもんです。
お読みいただき、ありがとうございます。