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極悪人が白い蜘蛛を助けたら、地獄で出会った神様が「貴方様の為に世界を壊します」と言い始めた

作者: 月神世一
掲載日:2026/09/04

極悪人が白い蜘蛛を助けたら、地獄で出会った神様が「貴方様の為に世界を壊します」と言い始めた


 時は江戸。


 町が燃えていた。


 家屋は炎に包まれ、人々の悲鳴が夜空を裂く。


 その業火の中を、一人の男が走っていた。


「へへっ……こいつは大した稼ぎだぜ」


 男の名は世一。


 盗賊。


 人を殺し、仲間を裏切り、奪った財宝を独り占めすることに何の罪悪感も抱かない男だった。


「俺が殺した連中には悪いがな。金は生きてる奴の物だ」


 笑いながら、財宝の詰まった袋を担ぐ。


 その瞬間だった。


 轟音と共に、大木が倒れてきた。


「なっ――」


 炎に焼かれた大木が、世一の進路を塞ぐ。


 そして、その根元に。


 白い蜘蛛がいた。


「……蜘蛛?」


 蜘蛛は逃げようとしていた。


 だが、倒木に足を挟まれて動けない。


 炎が近づいている。


 このままなら、焼け死ぬ。


「……チッ」


 世一は舌打ちした。


「俺は何やってんだ」


 財宝を放り出す。


 燃え盛る木に手をかける。


「こんな蜘蛛一匹、助けて何になるってんだよ!」


 世一は力任せに木を押し退けた。


 白い蜘蛛が這い出していく。


「さっさと逃げろ、馬鹿」


 その直後。


 炎に包まれた建物が崩れ落ちた。


「……あ?」


 世一の視界が真っ赤に染まる。


 最後に見えたのは。


 遠ざかっていく白い蜘蛛だった。


「……生きろよ」


 それが、世一の最期の言葉だった。


     ◇


「……お願い、お願いします!」


「駄目です。私が怒られてしまいます!」


「そこを何とか!」


「規則なのです!」


「……ん?」


 世一が目を開ける。


 そこには巨大な門があった。


 そして、筋骨隆々の鬼が一人。


 その後ろに、震えながら隠れている少女がいた。


「……ここ、どこだ?」


「気づいたか、極悪人よ」


 鬼が睨む。


「貴様はこれより地獄の業火に――」


「おい」


「あ?」


「お前じゃねえ」


「何?」


 世一は鬼の横を見る。


「そこに隠れてる可愛い姉ちゃんに聞いてんだよ」


「……っ!」


 少女がびくっと震えた。


「き、貴様! 誰に向かって――」


「首を刎ねるぞ!」


「やってみろよ」


「ぬうっ!」


「やめてください!」


 少女が叫んだ。


「姫様!」


「和勇牛。下がりなさい」


「しかし!」


「下がりなさい!」


「……はっ!」


 鬼――和勇牛は渋々引いた。


 世一は少女を見る。


「で、姉ちゃん」


「は、はい!」


「ヤニ持ってねえか?」


「……ヤニ?」


「煙草だよ」


「煙草……?」


「知らねえのか。使えねえな」


「うっ……」


 少女の目に涙が浮かぶ。


「泣くなよ」


「……はい」


「和勇牛に持ってこさせろ」


「は、はい!」


 少女が鬼に命じる。


 しばらくして、和勇牛が一本の煙草を持ってきた。


「これが外界の者から奉納された『忘れ草』にございます」


「おう。これだ」


 世一は煙草を咥える。


「火」


「ひ?」


「火を寄越せ」


「はい!」


 少女は慌てて地獄の釜から火を持ってこさせた。


「……ふーっ」


 煙が漂う。


「うめえ」


「……よ、よかったです」


「ところで」


「はい?」


「ここはどこだ?」


「裁きの間です」


「俺は死んだのか」


「はい……」


「そうか」


 世一は煙草を吸いながら、妙に納得した。


「じゃあ、俺は地獄行きか?」


「……本来なら」


「本来なら?」


 少女が俯く。


「貴方様の地獄行きを、取り消したいのです」


「なんで?」


「……それは」


 少女の手が震えた。


「私のせいだからです」


「?」


「私は神として、現世へ赴くことがあります。その時は蜘蛛の姿になって……」


「……蜘蛛?」


 世一の目が細くなる。


「まさか」


 少女は小さく頷いた。


「はい」


「お前……あの白い蜘蛛か?」


「……はい」


 少女の瞳から涙が零れた。


「私はずっと、貴方様を見ていました」


「気持ち悪ぃな」


「す、すみません!」


「いや、別にいい」


 世一は煙を吐く。


「で?」


「私は神です」


「見りゃ分かる」


「私は多くの人々の願いを叶えています」


「へえ」


「病気を治してほしい」


「……」


「家族を救ってほしい」


「……」


「もっと強くしてほしい」


 少女は俯いた。


「皆、私に力を求めます」


「神だからな」


「でも……」


 少女は胸元を握り締めた。


「誰も、私自身を見てくれない」


「……」


「私が何を思っているのか。私が何を欲しがっているのか。誰も聞いてくれない」


 少女は泣いた。


「だから……貴方様を見つけた時、羨ましかったのです」


「俺が?」


「はい」


「何十人もの男に囲まれても怯まず、自分の好きなように生きて、誰にも媚びず……」


「俺はただ気に入らねえ奴を殺してただけだぞ」


「それでも」


 少女は微笑んだ。


「貴方様は自由でした」


 世一は煙草を口に咥える。


「……で、俺をどうしたい?」


「貴方様に私の力を差し上げます」


「いらねえ」


「え?」


「神の力なんざ興味ねえ」


「ですが!」


 少女は立ち上がった。


「私の力を使えば、貴方様は全てを支配できます!」


「いらねえ」


「大神様すら超えられます!」


「いらねえ」


「絶対神になれます!」


「だから、いらねえって」


 少女が黙った。


 世一は煙草を灰に落とす。


「お前」


「はい……」


「その力を使ったら、お前はどうなる?」


「……」


「答えろ」


「……私は」


 少女は震えながら笑った。


「貴方様の為に働き続けます」


「そうか」


 世一は立ち上がった。


「じゃあ、駄目だな」


「……え?」


「俺はお前を奴隷にするために蜘蛛を助けたんじゃねえ」


「!」


「お前が欲しいのは力じゃねえだろ」


 世一は少女を見る。


「自分の人生だ」


「……」


「なら、俺の力になるんじゃねえ」


「……世一、様」


「俺がお前の邪魔してる奴をぶっ壊してやる」


「え……?」


「おい、門番」


「な、なんだ!」


「俺の首を刎ねるって言ったな」


「……!」


「やってみろ」


「貴様!」


 和勇牛が刀を抜く。


 しかし。


 世一が一歩踏み込んだ。


「遅ぇ」


「ぐっ!」


 鬼の巨体が吹き飛ぶ。


「な……」


「お前、武人なんだろ?」


 世一は拳を握る。


「だったら負けた奴は黙って俺について来い」


「……!」


 和勇牛は立ち上がる。


 そして、世一の前に跪いた。


「我、和勇牛」


「……」


「敗者として、主に従います」


「よし」


 世一は笑った。


「結」


「は、はい!」


「大神って奴はどこにいる?」


「……神殿です」


「案内しろ」


「はい!」


 少女――結の顔が初めて明るくなった。


     ◇


 地獄門を抜ける。


 神殿へ向かう途中、何百もの鬼が立ちはだかった。


「止まれ!」


「人間風情が大神様の神殿へ――」


「邪魔だ」


 世一が踏み込む。


 鬼が吹き飛ぶ。


「なっ……!」


「主への無礼は許さぬ!」


 和勇牛も続いた。


「我が主の道を開けい!」


 鬼たちが次々と倒れていく。


 やがて。


 大神の間。


 そこに、一人の老人がいた。


「ひ、ひいっ……!」


「お前が大神か?」


「そ、そうじゃ!」


「俺に何をくれる?」


「な、何でもやろう!」


「金か?」


「ある!」


「力か?」


「与えよう!」


「女か?」


「好きなだけ!」


「いらねえ」


「……え?」


 世一は神殿の奥を見る。


 巨大な宝玉が鎮座していた。


「それは何だ?」


「世界の神力を司る宝玉じゃ!」


「それがあるから、結は苦しんでるのか?」


「そ、それは違う!」


 大神が叫ぶ。


「神は人々の願いを叶える! 誰も苦しまぬ世界を作るのじゃ!」


「違うな」


「何がじゃ!」


「苦しまないことと、生きることは同じじゃねえ」


 世一は宝玉へ歩いていく。


「飯は自分で探して食う」


 一歩。


「負けたら悔しがる」


 一歩。


「好きな奴がいれば、自分で守る」


 一歩。


「失敗したら、自分で立ち上がる」


 宝玉の前に立つ。


「それが生きるってことだ」


「や、やめろ!」


「神に全部与えられて、何も自分で決められねえなら――」


 世一は拳を握った。


「そいつは生きてるんじゃねえ」


「やめろおおお!」


「ただ、飼われてるだけだ」


 拳が宝玉へ叩き込まれる。


 ――パキン。


 世界に亀裂が走った。


「世一様!」


 結が叫ぶ。


「俺はな」


 世一は振り返った。


「お前の力が欲しかったんじゃねえ」


「……!」


「お前が自分の足で歩ける世界が欲しかったんだ」


「世一様……」


「だから」


 世一は笑う。


「俺は、この世界を壊す」


 宝玉が砕けた。


 光が世界を覆った。


     ◇


 神はいなくなった。


 誰も願いを叶えてくれない。


 誰も奇跡を起こしてくれない。


 人々は最初、恐怖した。


 自分たちだけで生きなければならなくなったからだ。


 だが。


 人々は歩き始めた。


 自分で畑を耕し。


 自分で家を建て。


 自分で誰かを守り。


 自分で明日を選ぶ。


 神のいない世界。


 それは、不自由な世界だった。


 だからこそ。


 自由な世界でもあった。


     ◇


 ――それから、幾千年。


「はー……今日もついてねえな」


 一人の青年が夜道を歩いていた。


 月を見上げる。


「あー……今日は月が綺麗だ」


「こんばんは」


「……え?」


 振り返る。


 そこには、一人の少女が立っていた。


 白い髪。


 穏やかな瞳。


 どこか懐かしい笑顔。


「月が綺麗ですね」


 青年は目を見開く。


「……あんた、誰だ?」


「さあ?」


 少女は笑った。


「でも、ずっと貴方を探していた気がします」


「……変な奴」


「ふふっ」


 少女が月を見上げる。


「今度は、私が貴方の隣を歩いてもいいですか?」


 青年は少しだけ考えて。


「……好きにしろ」


「はい!」


 月明かりの下。


 二人は歩き出した。


 誰にも命令されず。


 誰にも導かれず。


 自分たちの足で。


 ――自由な世界を。

読んでいただきありがとうございます。

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