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9 霧の中の小さな影

 王都オルドンの路地裏。古びた外套をまとった琥珀色の瞳の男が、壊れかけた木箱に腰を下ろしていた。夕陽がゆっくりと沈み、霧が立ちこめると、路地はたちまち息の詰まるような熱気に包まれる。


 その中で、場違いなほど軽やかな声が響いた。姿は見えない。

「やぁ、兄さん。何か欲しいものがあるのかい?」

「白いリンゴを一つ」

「へぇ。どこにあると思う?」

「霧の中」


 その言葉と同時に、くるくるとした栗毛の髪を持つ十二歳の少年が、薄暗がりの奥から飛び出した。サスペンダーの紐をパチンと弾き、にっこり笑う。


「やぁ、ピップ」

 外套の男――ルシアンは掌に琥珀色のトフィーを五つ乗せて見せる。少年は素早くそれを受け取り、片手で数えながらにんまり笑った。

「兄貴、何が知りたいの?」


 トフィーをポケットにしまおうとして、一つ落とす。慌てて拾い、ポケットを軽く叩く仕草に、ルシアンの口元が緩んだ。


 ピップ――それがこの少年の名だ。貧民街の子どもたちから成る小さな情報屋〈ミストラッツ〉のリーダー。大人よりも小回りが利き、そしてよく働く。大人は子どもには警戒が薄い。言葉巧みに情報を引き出し、狭い路地や屋根裏にも忍び込むことができる。報酬はパンと温かいスープ。それで十分だった。


「ハートレー家について」

 ピップは眉を上げて笑う。「あの人たちはいい人だよ」

 ルシアンは苦笑した。彼らの目から見て“いい人”なら、おそらく何も出てこないのだろう。


「まぁいい。ハートレー家の息子と婚約者の関係、それから当主の素行。調べられるか? 何人動ける」

「うーん、五人は動けるかな」

「分かった。じゃあ三日後に」

「ばいばーい!」


 ピップはにこっと笑い、霧の奥へと姿を消した。

 ルシアンはその背を見送り、外套の襟を立てる。冷たい湿気の中で、長靴が小さく泥をはねた。


 夜のオルドンに、外套の男が溶けていく。霧の向こうで、子どもたちの笑い声が小さく響いた。

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