8 独身男たちの休日
「いつまで寝てるんだ。起きろ」
エドガーがぼんやりと目を開けると、ルシアンが銀のワゴンを押して部屋に入ってきて、ベッドの横に仁王立ちしていた。
「……いつから君は給仕係になったんだ? それとも僕の妻になったのか」
「気色悪いこと言うな。マッケンジー夫人に押し付けられたんだ。もう十時だ。朝食を食え」
「まだ十時じゃないか。おやすみ」
枕を抱えて再び寝ようとしたエドガーの長髪を、ルシアンが無造作に引っ張った。
「痛い痛い!」
渋々起き上がったエドガーは、散らばっていたスリッパを探し当て、顔を洗い、ゆっくりと着替え始めた。
ルシアンは一つしかないソファに腰掛け、部屋を見回す。
王都オルドンの裁定院近く、下町寄りのブラクストン街。その二階の角部屋こそが、エドガーの借りている下宿部屋だった。
大きな窓と暖炉があり、一人がけソファが一つ、本棚が二つ、デスクとクローゼットが一つずつ。寝台が一つ、紅茶が淹れられる程度の小さなキッチンも付いている。
マントルピースの上には新聞の切り抜き、筆記具、手紙、文鎮、そして貰い物の葉巻箱が雑然と転がっていた。
本棚は法典、判例集、歴史書だけが整然と並び、文学書は乱雑に押し込まれている。
窓辺の観葉植物は、おそらく管理人のマッケンジー夫人が勝手に置いたものだろう。彼が植物に興味を持つとは思えない。
エドガーという男は、仕事には几帳面さを発揮するが、それ以外のことにはとんと無頓着だった。
「僕の記憶が確かなら、今日は休日のはずだ」
黒の革紐で髪をまとめながら、エドガーがこぼす。
「間違っていない。その通りだ」
ルシアンは夫人が用意した朝食のソーセージを一本つまみ、口に放り込む。なかなか美味い。
「なぜ君は今日もオリーブグリーンの制服を着ている」
エドガーは髪を背に流し、手にしたクラヴァットをつけるかどうか迷っている。
「似合うだろう?」
「君は僕の休日を頻繁に邪魔しに来て、怠惰だのなんだのと言うが、君も大概だと思うんだが」
結局クラヴァットは肩にかけられたまま放置された。
「お前よりマシだ」
「どうだか」
エドガーはルシアンから自分の朝食の盆を取り返し、デスクに置いて本を読みながらマイペースに食べ始めた。
それを横目に、ルシアンは勝手にポットを火にかける。
「エドガー、夜は外に食べに出ないか」
「……夜までいるつもり?」
「何か予定が?」
「……寝る予定があったんだ」
「却下」
それから二人は言葉をほとんど交わすことなく、本や新聞を読み、ワゴンと食器を回収しにきた夫人に小言を言われながらも静かな時間を過ごした。
陽が落ちる頃、クラヴァットとウェストコートをきちんと着込み、エドガーは引きずられるようにして外へ連れ出される。
こうして独身男二人の休日は、ゆるやかに暮れていった。




