5 公園の午後
王立裁定院の近くには、王立の自然公園がある。
昼下がりの石畳を、エドガーはゆったりと歩いた。
花を眺めるご婦人たち、噴水広場で走り回る子ども。
芝の上では白い鳩が日向ぼっこをしている。
その穏やかな風景を、エドガーは目に映しながらも、思考の底では依然として重い霧が漂っていた。
――クロウリー卿の瞳の色。
あの灰色は、ただの老いではない。
沈黙を宿した、あの瞳。
彼は何を隠しているのか。
群青の瞳を細め、空を仰ぐ。
空もまた、あの灰の色をしていた。
汽笛が遠くで鳴る。
セント・ブリッジ駅に汽車が入る時刻だ。
エドガーはウェストコートのポケットから金時計を取り出す。金の鎖が、霧の中で小さく鳴った。
時計を戻し、再び歩き出す。
そのとき、ベンチに座る見覚えのある姿が目に入った。
――リリアン・グレイ。
彼女の隣には侍女らしき女性がいた。侍女が先にこちらに気づき、会釈をしてから静かに立ち上がる。
「お嬢さん、こんにちは」
声をかけると、リリアンはわずかに頬を朱に染めた。
「……こんにちは。レイブンズさん」
「隣に座っても?」
「えぇ、どうぞ」
淡いピンクのデイドレス。帽子のリボンにも同色の花が咲いている。彼女が軽く頭を下げると、花飾りも一緒に揺れた。
「今日の装いも、可憐でよくお似合いですね」
彼女の薄紫の瞳が一瞬だけこちらを見たが、すぐに逸らされる。帽子を少し深く被り直した。
「……レイブンズさんも、素敵です」
「ふふ、ありがとうございます」
軽い笑みを返しながら、エドガーは少し間を置いて尋ねた。
「あの、いきなり不躾かもしれませんが――
貴女ご自身は、この婚約破棄についてどうお考えですか?」
リリアンの肩がわずかに揺れた。意外だったのだろう。この国では、若い令嬢の意見など、記録にも残らないのが常だ。
彼女は膝の上で指を重ね、美しい所作で姿勢を正した。薄紫の瞳が、真っ直ぐにエドガーを見つめ返す。
「アドリアン様のことは……お慕いしていました。
でも、祖父が間違ったことをするとは思えません。
ですから私は――婚約を破棄することを、拒否もしませんし、否定もしませんわ」
その声音には、悲しみよりも確信があった。信仰に似た強さ。エドガーは静かに頷いた。
――慕っていたのに。
なぜ、そこまで祖父を信じ切れる?
「……そうですか」
その言葉しか出なかった。
汽笛が再び鳴り、今度は汽車が駅を出ていく音だった。
あまりにも、ピースが足りない。
パズルの絵柄さえ見えない。
エドガーは灰色の空を見上げた。
その空が何を語ろうとしているのか、
まだ、彼にはわからなかった。




