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44 青の汽笛

 貨物ホームには、すでに蒸気の白が立ちこめていた。

 ノルデン公が手配した特別列車。

 ノルドレア公国の護衛たちが待ち受け、彼らを迎え入れる。


 ルシアンが肩で息をしながら駆け込む。

「全員、無事だ!」


 エドガーが息を整えながらリリアンを下ろし、そっと立たせた。

 彼女は震える手を胸に当て、深く息をつく。


「お怪我はありませんか」

 エドガーの低い声が、かすかに掠れていた。

「……貴方が、わたくしを守ってくださったから。怪我なんて……ありませんわ」


 震える声。

 彼の頬の傷に、そっと指が触れる。

 雪の冷たさと、彼の体温がわずかに混じる。


 エドガーは穏やかに微笑んだ。

「守れてよかった……」


 護衛たちが荷を積み込み、汽車のベルが鳴る。

「お嬢様、そろそろお時間です」

 侍女が声をかける。


 エドガーは一歩進み、手を差し出した。

 雪の残る階段を、ゆっくりと――

 リリアンの小さな手が彼の手に重なり、二人の影が白の中で溶け合う。


 汽車の扉の前。

 彼は彼女を立たせ、静かに告げた。

「ご達者で」


 手を離すと、彼は一歩だけ下がった。

 白い息が二人の間を流れる。


「……」

 潤んだ紫の瞳が、彼をまっすぐに見上げる。

「……ありがとうございました」


 リリアンは勇気を振り絞り、一歩踏み出す。

 そして、エドガーの頬にそっと唇を寄せた。


 一瞬、時間が止まる。

 雪の粒さえ、空中で凍りついたようだった。

 驚いたように瞬きをするエドガー。


 リリアンは微笑んだ。

「……さようなら」


 汽車の扉が閉まる。

 蒸気が立ち上り、白がすべてを包み込む。

 鈍く長い汽笛が、霧の街に響いた。


 ホームに残ったエドガーとルシアンは、深く頭を下げる。

 遠ざかる列車の光が、やがて雪の帳に消えた。


「行っちまったな」

「……うん」

「終わったな」

「まだだよ」


 エドガーはまっすぐに雪を見つめた。

「仕上げがある」


 ルシアンは片眉を上げ、苦笑した。

「……そうか」


 雪の夜に、汽笛の余韻だけが静かに残った。


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