40 沈黙の雪
窓の外では、粉雪が絶え間なく降り続いていた。
音という音をすべて包み隠すように、白が街を満たしていく。
遠くの鐘の音さえ、雪に吸われて霞んで聞こえるほどだ。
法務官室の片隅では、小ぶりの石炭ストーブが パチ、パチ……コン と気まぐれに音を立てている。
その小さな響きだけが、紙とペンの擦れる音に寄り添い、静寂の中にわずかな“生”を刻んでいた。
エドガーは手帳を開き、新しい案件の帳簿を丁寧に書き込んでいた。
雪の明るさが、机上の白紙までも照らしている。
――トントン。
扉を叩く音。
彼は立ち上がり、扉へ向かう。僅かな衣擦れの音が部屋に響く。
「どうしました?」
「マルコム上級法務官殿から伝言を承りました。来客対応のため、レイブンズ法務官はしばらく部屋から出ないように……と」
エドガーは眉を少しひそめる。
「どういうことです?」
「……王太子殿下がおいでです。殿下は、レイブンズ法務官殿を出せ、と」
「殿下が……自ら?」
「はい」
わずかに息を呑み、エドガーは書記官に静かに頷いた。
「分かりました。伝言、ありがとう」
◇◇◇
「だから、私が話したいのはお前ではない。レイブンズ法務官とやらを出せ」
裁定院の応接室。
冬の光が差し込む窓辺で、金の髪を持つ青年が傲然と腰を下ろしていた。
アルストリア王国王太子リチャード。
マルコムは扉の前に立ち、朗らかな笑みを崩さない。
「生憎レイブンズは新しい案件にかかりきりでして。私が彼の上司です。代理で伺いましょう」
「お前ではないと言っている」
「左様ですか。……ではご用件を」
「お前に話す気はない」
「それは困りましたね」
同じやり取りが、雪の静けさに溶けていく。
護衛の男たちは無表情のまま、けれどその肩にも細かな雪がまだ残っていた。
◇◇◇
エドガーは廊下に出ていた。
窓の外に目をやると、王家の馬車が門前で白く霞んで見える。
従者に傘を持たせ、金の髪の男が外へ出てきた。
――リチャード王太子。
彼はここへ、探りに来たのだろう。
まだ真実を掴んではいない。
だが、確実に近づいている。
雪は絶えず降り続け、街も屋根も、静かに埋めていく。
いずれ全てを覆い隠すだろう。
――決めたのだ。自らの手で隠し、守り抜くと。
沈黙という名の雪で。
その瞬間、王太子がふと振り返る。
青い瞳が、上階の廊下に立つ群青の瞳をまっすぐに射抜いた。
エドガーは目を伏せ、そっと背を向けて部屋に戻る。
足元で、ストーブがひとつ「コン……」と鳴った。
雪の光が、彼の横顔を淡く照らしていた。




