4 違和感の名を持たないもの
「で、具体的に何を調べてきたらいいんだ?」
エドガーの机に軽く腰を掛けた男が、わざとらしく肩をすくめる。
ルシアン・ヴェイル――外部調査局の特別調査員。法務官につき、証言の裏付けや現地確認を担当する職員である。
陽光を受けた金の短髪、琥珀の瞳。鍛えられた体躯に、オリーブグリーンの制服がよく映えていた。その姿だけを見れば、軍人か王都の衛兵と言われても誰も疑わない。
エドガーは机に肘をつき、額を軽く押さえていた。書類の山の上、同じページの調書が何度も読み返されたままだ。
「……」
「まさか、また“違和感”か?」
からかう声に、エドガーは顔を上げた。
群青の瞳が静かに光る。
「……すまない」
ルシアンは大袈裟に両手を広げ、天井を仰いだ。
「おいおい、勘弁してくれ」
体を捻り、指を突きつける。
「つまり―― 一から全部調査し直せってことだろ? 相棒」
エドガーは淡く笑い、調書を閉じて両手を重ねた。逃げず、真っ直ぐにルシアンの目を見据える。
「君のことは、頼りにしているよ」
さらりと告げられたその言葉に、ルシアンは肩をすくめた。
「言ってくれるな。こっちは命削ってるんだ」
エドガーは鍵付きの引き出しを開け、調書を収めると、立ち上がった。
ダークブルーのコートを羽織り、襟を正す。
「少し頭を冷やしに散歩してくるよ。君も行くか?」
「いや、俺はこれからお前のせいで忙しくなる」
ルシアンは軽く笑いながら、指を鳴らした。
「せいぜい俺の分まで気晴らししてきてくれ」
「ははっ」
エドガーは声をあげて笑い、軽く手を振る。そのまま部屋を出て行った。
残されたルシアンは、整然と並ぶ書類棚を見回し、ふうとため息を漏らす。
きっちり整えられた部屋――それが彼の几帳面さを物語っていた。
「さて……どこから調べるかな」
彼は頭をかきながら、椅子を引き寄せた。
窓の外では、午後の霧がまた濃くなり始めている。




