39 老公爵の手紙
雪明かりに照らされた執務室。
机上の銀の燭台が、老いた指に長い影を落とす。
クロウリーは羽根ペンを取り、淡い青の封蝋を傍らに置いた。
封筒には、ノルドレア公国の紋章を金で縁取った古い印章。
――戦後の財政再建の折、彼が最も信頼した異国の友人、アントン・ヴァルター公宛である。
『親愛なるアントン公へ
久しく筆を交わさずにおりました。
あの戦火の後、貴国の制度に学ばせていただいた日々を、今も感謝しております。
あの時、貴公のご助力なくして我が王国は立ち直れなかったでしょう。
実は、ひとつお願いがございます。
かつて私が深く関わった家の血を継ぐ娘が、今危うい立場にあります。
彼女は何も知らず、ただ静かに生きようとしている。
しかし王都は、もはやその静けさを許さぬ空気に満ちております。
ゆえに私は、貴公のご領地にて、
彼女が安らかに暮らせる場と、温かい伴侶を求めています。
彼女は才知と教養に恵まれ、穏やかで聡い娘です。
どうか、信頼に足る方をご紹介いただけませんか。
彼女の名を、ここには記しません。
詳細は、私の代理人より口頭で伝えさせます。
雪の季節、貴公もご自愛を。
あの日と変わらぬ友情に、心より感謝を。
敬具
アルバート・クロウリー』
手紙を書き終えたクロウリーは、長く息を吐き、封蝋を押す。
灯を吹き消すと、部屋には雪明かりだけが残った。
「エドワード陛下……」
誰にも聞こえぬ声で、彼はかつての友の名を呟いた。




