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28 沈黙の継承

「クロウリー公閣下、ご無沙汰しております。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」


 丁寧に一礼するエドガーに、クロウリーは軽く手を上げてソファを示した。

「レイブンズ殿、どうぞ楽にしてほしい」


 エドガーは示された席に浅く腰を下ろす。

 向かいに座る公爵の手元で、茶器が静かに音を立てた。

「今日は一段と冷えますね」

「うむ、この老骨にはこたえる」


 注がれた茶を見つめながら、エドガーは香りを嗅いだ。

「……ハーブティーでしょうか。あまり馴染みのない香りですね」

「体が温まるらしい。うちの庭師が趣味で調合しておる」

「へぇ、いい香りです。そのうえ飲みやすい」


 クロウリーはわずかに口角を上げ、執事に視線を送った。

「土産に持たせてやりなさい」

「催促したようで恐縮です」

「君も忙しいだろう。お茶くらい、いくらでも分けてやる」


 エドガーは穏やかに笑い、静かにカップを置いた。

 その瞳が、ふっと鋭く細まる。


「先日、セント・アシュウェル修道院を訪れました。閣下も長年、寄付を続けておられますね」


 クロウリーの横顔がわずかに揺れた。

 暖炉の赤い光が、老いた頬を照らす。


「……あぁ」

「寄付記録を拝見しました。ある年を境に、金額が大きく増えています」


 エドガーはフォリオを開き、一枚の記録を取り出してテーブルに置いた。

 紙の上を指先で押し、そっと公爵の方へ滑らせる。


「――リリアン嬢が生まれた年からです」


 灰色の瞳が、記録簿を静かに見下ろしている。

「その年、エリス・オルドウィン侯爵令嬢が、同修道院で亡くなっております」


 暖炉がパチリと音を立てた。

 窓の外は重い雲に覆われ、カーテン越しの光も届かない。

 赤い炎だけが、二人の顔を浮かび上がらせていた。

 壁際の使用人たちは、一言も発さずに沈黙を守っている。


「オルドウィン家は同年、忽然と姿を消しました」


 クロウリーの膝の上で、拳がゆっくりと握られた。


「――ノルドレア公国におられるのでしょう。

 エリス・オルドウィン侯爵令嬢は、身篭ってはならぬ人物の子を身篭った。

 彼女は修道院に身を寄せ、そこで出産し、命を落とした。

 そして閣下は、その子を引き取り、オルドウィン家を国外へ逃した。

 ……そうですね?」


 長い沈黙。

 時計の針が一つ、また一つと刻む音だけが響く。


「……そうだ」


 低く、重く、灰の瞳が群青の瞳を捉える。


「……間違いありませんか?」


 クロウリーは、ゆっくりと頷いた。

 エドガーの唇に、かすかな笑みが浮かぶ。


「今は、それ以上を仰らないでしょう。それで十分です。

 ――閣下、追手がかかっています。

 この沈黙は、そう長くは守れません。

 私も、誰かを傷つけたいわけではないのです」


 静かに立ち上がり、一礼。

 クロウリーもまた、杖を手にして立ち上がった。


「それでは、失礼します」


「……よく、ノルドレア公国まで辿り着けたな」


 エドガーは金鎖を指でなぞり、穏やかに微笑んだ。

「――はったりです」


 灰の瞳が見開かれる。


「閣下の資金の流れを追いました。

 あらゆる慈善団体や修道院に寄付をなさっていて、絞り込むのは骨でした。

 けれど、金の巡り方、人脈、時勢……それらを照らし合わせれば、“ノルドレア公国”が最も自然な答えだと考えたのです」


「……はは」


 クロウリーは腹をぽんぽんと二度叩き、額を押さえて笑った。

「はっはっはっは! はったりとは……想像していたより豪胆な男だな。

 まったく、してやられた」


 エドガーは深く一礼した。

「お茶、ご馳走さまでした。どうかお身体をお大事に」

「エドガー、お前もな」


 クロウリーは彼の肩を軽く叩いた。

 その一瞬、二人の間に通った空気は、敵対でも隠蔽でもない。

 ――同じ“真実の重さ”を背負う者の、静かな共鳴だった。

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