27 沈黙の門
霧雨が降っていた。
暗い窓を一瞥しながら、エドガーは静かにクラヴァットを結ぶ。ウェストコートを整え、懐中時計を胸のポケットに滑らせ、鎖を指で軽く撫でる。髪を整え、背に流し、白い手袋をはめた。
小さく息を吐き、窓辺に立つ。ガラスに近づくだけで、外気の冷たさが肌を刺した。
目を閉じ、呼吸を整える。再び瞳を開けたとき、そこにはいつもの穏やかな群青の光が戻っていた。
扉の方では、ピップが彼のコートを抱えて待っていた。
「緊張してるんですか?」
「……え?」
思わず自分の頬に触れる。感情を表に出すことは滅多にない。
ふっと微笑み、ピップの栗色の髪を軽く撫でた。
「君は聡い子だ」
最初は撫でられるのを嫌がっていた少年も、いまでは素直に笑って受け入れるようになった。その笑顔に、エドガーの胸の緊張が少しだけ解ける。
コートを受け取り、マフラーを肩にかけ、帽子を被る。書類用フォリオと杖を手に取った。
「行ってくるよ。今日は雪になるかもしれない」
「はい。サー、いってらっしゃいませ」
扉が閉まる直前、エドガーは振り返る。
深く頭を下げて見送るピップに、胸を軽くトンと叩いてから前を向いた。
群青の瞳は、陽の差さない廊下の中でも燃えるように光を宿していた。
◇◇◇
辻馬車を拾い、「クロウリー公爵邸まで」と告げる。
馬車がゆっくりと動き出す。
エドガーは襟を立て、帽子を深く被り直した。小窓の向こう、霧の街がぼんやりと滲んでいく。
――この霧は、何もかもを隠してしまう。
指先で杖の銀細工をなぞる。
自分もまた、明け透けな人間ではない。だが、隠すことが悪であるとは限らない。
この霧が、誰かの秘密を守ってきたのかもしれない。
◇◇◇
クロウリー公爵邸。
黒鉄の門は、あらゆる者を拒むように冷たく閉ざされていた。
エドガーは馬車を降り、呼び鈴を鳴らす。
コツコツと杖を鳴らしながら並木を進み、邸内へ。
執事に導かれ、奥へ奥へと進む。
以前も見た廊下の突き当たり――灰色の瞳の若きクロウリー卿の肖像画が、沈黙の中でこちらを見つめていた。
――この頃の貴方は、何を知っておられたのか。
何が貴方に、沈黙を選ばせたのか。
執事が応接室の扉を開ける。
そこには、ソファに腰掛け、静かに待つアルバート・クロウリー公爵の姿があった。
かつての英雄。
孫娘の婚約を、無理やり破棄した男。
――そして、沈黙を選んだ男。




