14 静寂の墓所へ
翌朝。
霧がまだ地を這っていた。
朝日を受けて淡く光り、遠くのガス灯が燻るように霞んでいる。
その中を、エドガー・レイブンズの黒革のブーツが石畳を打っていた。ダークブルーのコートに身を包み、手には小ぶりな革鞄をひとつ。
中には、替えのシャツ、書類用フォリオ、銀の櫛、そして薄い文庫本が一冊。香りを染み込ませた白いハンカチが、きちんと畳まれて収められている。
辻馬車の列から一台を選び、御者に「中央駅まで」と告げる。銀貨を受け取った御者が帽子を押さえ、黒馬を軽く叩いた。
エドガーの黒髪は湿気を含み、光の角度で青く滲む。
新聞売りの少年の声、行き交う人々の靴音、霧に濡れた街の匂い。
それらすべてが、彼の足取りとともに流れていく。
やがて、オルドン中央駅の鉄とガラスの屋根が見えてきた。朝の光を透かして、巨大な時計が白く浮かび上がっている。
◇
駅構内。
電信局の小窓から、眼鏡をかけた職員が顔を出した。エドガーは電信用紙を受け取り、静かな筆致で書き込む。
「セント・アシュウェル修道院宛、法務官レイブンズ。
本日正午頃到着予定、面会を願う。」
汽笛の音が遠くで鳴った。
電報を出した後、駅構内の喫茶室へと足を向ける。
店に入り、窓際の席に腰を下ろす。ガラス窓の外では、蒸気が白く立ちのぼり、車輪のきしむ音がこだました。注文したのは紅茶と焼きたてのスコーン。
給仕の青年は彼を覚えていて、小さく会釈をする。エドガーも、いつもの穏やかな笑みでそれに応えた。
銀のポットから立つ湯気に、ベルガモットの香りが混じる。
静かな時間だった。
クロテッドクリームをたっぷりと塗り、ナイフで割ったスコーンを口に運ぶ。
外の時計をちらりと見る。
霧の街が遠ざかる前の、最後の一呼吸。
修道院の鐘の音を想像しながら、群青の瞳が曇ったガラスの向こうを見つめた。
◇
汽笛が鳴る。
鞄を手に汽車へと乗り込み、ゆっくりと腰を下ろす。列車が動き出すと、霧の王都が少しずつ遠ざかり、窓の外には草原と丘陵が広がっていった。
エドガーは本を開いた。
けれど、視線は文字の上をただ滑っていくだけだった。心のどこかで、まだ王都の霧が晴れきっていない。
◇◇◇
ぽつんと建つセイブル原駅に降り立つと、構内の外に一台の小さな二輪馬車が待っていた。
「レイブンズ様でいらっしゃいますね。修道院からお迎えに上がりました」
手綱を握るのは若い司祭。灰色の馬が鼻を鳴らし、のどかに蹄を打つ。馬車はガラガラと音を立てて丘陵を登り、草と土の匂いがエドガーの黒髪を撫でた。
目を瞑り、柔らかな風を頬に受ける。
空気が次第に湿り気を帯び、やがて眼前には森と霧が広がった。
遠くに、煉瓦造りの塔が霞んで見える。
――ゴォォーン。
セント・アシュウェル修道院の鐘の音が、森を渡っていった。
エドガーは背を伸ばし、ほとんど無意識に膝の上で指を強く組んだ。




