11 王の影
籐椅子に腰掛け、彼は雨が打ちつける窓を見上げていた。時折、雷光が走り、遠くで雷鳴が低く響く。
従者にカーテンを開けさせたものの、王都の灯りは雨に滲み、ぼんやりとした輪郭しか見えない。
現老王エドマンドは、長く息を吐いた。先ほど届けられた密書を膝に置き、節ばった指で一定のリズムを刻む。王太子リチャードが“影”を動かしたという密告。
あの男に王位を譲ってはならぬ――その疑念が、日に日に濃くなっていく。
先王エドワード四世は、政治家としても一流だった。三十五年前のオルデン戦争を終わらせた英雄としてアルバート・クロウリーの名が世に轟いたが、彼を見出し、信じ、英雄へとのし上げたのは他ならぬ兄エドワード四世である。
戦後、兄は財政再建をクロウリーに託した。彼は重税を避けつつ国庫を立て直すため、王国初の王国証券を導入し、庶民や商人にも王国への投資を可能にした。貴族だけでなく商工層からも支持を集めたその制度は、やがて産業革命の基盤となり、「黄金勅令」として歴史に刻まれることになる。――アルバート・クロウリーとエドワード四世、二人が揃わねば到底成し得なかった偉業だった。
だが、兄には子がいなかった。
正妃イザベラは美しくも苛烈な女性で、二人の間に子は授からず、やがて共に鬼籍に入った。
そして、王位は弟である自分――エドマンドに巡ってきた。兄の子こそが継ぐべきだと考え、いつでも臣籍降下できるよう領地に籠っていた矢先の知らせだった。
だが、自分にも子はない。
弟ヘンリーには孫がいた。ヘンリーの死後、エドマンドの後を継ぐ継承権第一位となったのが、その孫リチャードである。だが、あまりにも血が遠い。
そして根強く残る噂――先王エドワード四世には非嫡出子がいると。
あらゆる手を尽くして探したが、どうしても見つからなかった。
政治は有能な家臣たちで回る。彼らの後継も育っている。王は必ずしも有能である必要はない。
王に求められるのは、ただ一つ――正しい血統だけだ。
リチャードは、不運にも野心家だった。
先王の非嫡出子の存在を諦めずに探し出し、そして始末しようとしている。
正統な王位継承者を、抹殺しようとしているのだ。
到底、許されることではない。
本当に存在するのならば、見つけ出さねばならぬ。
エドマンドは静かに目を閉じ、白く濁り始めた瞳を再び開いた。
「……影を呼べ。王太子に監視をつけよ」
部屋に落ちるような、しわがれた声だった。
稲光が走り、皺だらけの指を白く照らす。
その表情を知る者は、打ちつける冷たい雨のほかにはいない。




