世間知らずの第10王女、街で助けてくれた無精髭の男のことが忘れられないので押しかけます!
ゆるふわな世界観でお送りする一本道のラブコメです。
城の窓から眺めるばかりの日々には、もう飽き飽きしていました。
だって、毎日同じ庭、同じような食事、同じ顔ぶれなのですもの。お兄様やお姉様方は毎日色々お忙しそうにしているけれど、わたくしは放置されているのか、ゆるめの教育方針なのか、毎日暇なんですもの。
わたくし、第10王女エリシアは、13歳にして決意いたしました。
「城下の人々の暮らしを、この目で見たいですわ!」
そうして衣装部屋へ駆け込むと、ふわふわの金の髪と紫の瞳が鏡に映ります。宝飾の少ないドレスをひっつかみ、外套を羽織り、抜け道を通って城を抜け出しました。
――まあ、庶民の格好にしたつもりだったのですが、すれ違う人々がやたらと振り返るのは、なぜでしょう?
最初に立ち寄ったのは果物屋。
つやつやしたリンゴが並んでいて、思わず目を奪われます。城では果物を食べることなど日常茶飯事ですが、こうして並んでいると格別に見えるのです。
店主がわたくしに話しかけてくれました。
「お嬢ちゃん、このリンゴ、ひとつ銀貨3枚だよ」
「あら……思ってたより高いけれど、これを買えば“庶民感覚”を味わえますわね!」
「そんな高いリンゴを買う庶民なんかいねぇよ!」
後ろから大きな声が飛んできて、びくりとしました。振り返れば、無精髭を生やし、長い黒髪を後ろで結んでいる背の高い男が、わたくしを見下ろしています。よく見ると服もだいぶくたびれています。もしやこれは……。
「あなた、大変な思いをしているのですね。大丈夫です。わたくしが恵んで差し上げますわ」
「物乞いじゃねぇ! ただの通りすがりだ。一応金銭感覚はあるのか?」
男はわたくしを心配してくれているようでした。
「大丈夫、わかりますわ。銀貨1枚くらいでしょうか?」
「全然わかってねぇな。高くて銅貨3枚程度だ」
店主がこちらを睨もうとして、無精髭の男を見てびっくりしたような顔になりました。
「あ、あなたは……!? し、失礼しました。お詫びにいくつか持っていってください」
急に店主がしおらしくなりました。わたくしの隣にいる方は何者なのでしょう?
わたくしを助けてくれましたし、お店の人もこの人にはかなわなそうです。タダでリンゴをもらえそうですし、連れて歩くといいことがありそうです。ここは一つお願いしてみましょう。
「あら、あなた。この調子でわたくしについてきて、モノの値段を教えてくださいな!」
「なんで俺がそんなことを……」
ぶつぶつ言いながらも、ついてきてくれますわ。彼、いい人ですのね。
頼りになる助っ人もいることですし、どんどんお店を回りますわ!
まずは武器屋を訪れ、いかにも強そうな剣を見つけました。
「この剣、とても素敵ですわ! おいくら?」
「金貨1枚だよ」
「わかりました。それでは……この後ろの屈強な方々も抱き合わせでいただきますわ!」
「ただの客を巻き込むな! 高いと思ったなら普通に値切れ!!」
次に菓子屋に立ち寄り、試食があったのでいただきました。
「まぁ! 甘くて美味しいですわ! 2袋ください!」
「銅貨8枚だよ」
「ではあなた、明日からわたくし専属でお菓子を焼いてくださいませ!」
「パティシエごと持ち帰るな! なんでお前は人材ごと欲しがるんだよ……」
次は道具屋に行き、素敵なランタンを見つけました。
「このランタン、銀貨5枚? お安いですわ!」
「実用的ですからね」
「ではおまけに……ランタンを使うための漆黒の夜空もつけてくださいな!」
「なんてロマンチックなことを……じゃない!! 普通に夜になるまで待て! お前、さっきから俺と店主をおちょくってんのか……?」
お店から出た後、ちょっと気になったことがあったので無精髭の男に聞いてみました。
「わたくし、さっきからぼったくられてます?」
「ああ。でもぼったくられた後のお前の返しの方がエグいと思うんだが……」
……でもどうなんでしょうね? 年端もいかない女の子を揃いも揃ってぼったくろうとするなんて。
けれど、その無精髭の男が横から口を挟むたび、商人たちはびっくりして値段を下げたり、変な売り方を諦めたりしました。
なんだかよくわからないけれど、その妙に的確な突っ込み方が、とても頼もしく見えました。
胸の奥が、なんだかじんわり温かくなります。
その後も彼と色々なお店を回りました。そして気になっていたので聞いてみることにしました。
「それで……あなたは何者なのです?」
「ただの村人だよ」
「ただの村人なのに皆から恐れられているのですね……やはりその見た目でしょうか?」
「……やはりってなんだ、やはりって」
そうして歩きながら、彼は色々と教えてくれました。
銅貨一枚の重み、庶民の暮らしぶり、果ては税と領地運営の仕組みまで。
「お金って……こんなに色んなことに使えるのですね」
「お前、今までどんな暮らししてきたんだよ」
「だって、欲しいと言えばいつも用意されますもの」
「……やっぱり相当なお嬢様か」
呟くように言われて、少し胸がどきりとしました。
けれど同時に、妙に安心もしました。
この人の隣なら、思うままに行動しても大丈夫な気がして。
陽が傾き始めたころでした。
適正価格で買ったパンをかじりながら歩いていると、通りの向こうから鎧の音が近づいてきます。
「――第10王女殿下!」
同じくパンを食べていた隣の無精髭さんが、パンを吹き出していました。
あらいやだ、見つかってしまいましたわ。
「……王女?」
彼がわたくしを凝視しています。身分がバレそうなので、何とか誤魔化さないと。
「違いますわ。わたくしはただの、パン好きの、ええと……パン・ジェンヌですわ」
「……偽名が雑すぎるだろ」
近づいてきた兵士たちは彼を見るなりギョッとして、深々と頭を下げました。ただの村人の彼は有名人なのでしょうか。兵士たちはその後、慌てて馬車の準備を始めました。
やむなく連れ戻されるのだと悟り、わたくしは唇を噛みしめました。
もっと街を見たかった。もっと、この人と話したかった。
けれどそれを言い出す勇気がなくて、わたくしはせめて最後に一つだけ尋ねました。
「……あの」
「ん?」
「お名前を……教えてくださらない?」
彼は少しだけ驚いた顔をして、それから短く答えました。
「ロークだ」
ローク。
その名を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなるのを感じました。
どうしてかわかりませんけれど、わたくしはその音を心に刻み込むように、何度も繰り返しました。
「……ローク」
馬車に押し込まれる直前、わたくしはこっそり振り返りました。
そこには、面倒くさそうに片手を上げる背中。
その姿が、どうしようもなく目に焼きついて離れなかったのです。
――その夜。
城に戻ったわたくしは、自室に閉じこもりました。
廊下や大広間は、どこか窮屈に感じられます。
市場の人々の笑い声や、子どもたちのはしゃぎ声がまだ耳に残っているからでしょうか。
わたくしは、あの黒髪で無精髭の男――ロークのことを思い出します。
あの頼もしさ、あの少しぶっきらぼうな態度、でも確かな優しさ……。
帰り道、馬車に同乗していた兵士に彼のことを聞いてみると、先の大戦で国のために戦った英雄であることを知りました。
わたくしは決意を胸に、城の図書室や書庫で彼の情報を探し始めました。英雄ということは、何か記録に残っているはず。
すぐに見つけたのは、軍務の記録と過去の戦歴、そして退役後の暮らしぶり。
なるほど、国の英雄で、元兵士……今は報奨金で細々と暮らしているのね。
さらに調べると、第7王女との婚約を打診されたこともわかりました。
だが、彼は静かに暮らしたいからという理由で辞退しています。
お姉様との婚約を辞退。となるとやはり王女のわたくしなんて、全くもってお呼びでないでしょう。しかも彼から見たら子供。でも……。
ロークとの出会いを、ただの一日の出会いで終わらせたくない。
彼を困らせるだけの単なるわたくしのわがままでも、どうしても諦められません。
頭の中で、今後どうすればいいかの計画を立てます。
父である王もまた、英雄を王家に迎えることを望んでいました。
「英雄と縁ある王家」という看板は、戦後の王権にとって価値があります。ということは政略結婚として価値があるということでしょう。後ほど父に打診しに行きましょう。ロークには大変申し訳ないですが、使えるものは使わせてもらいます。ただし、ロークが婚約を嫌がった際は断れるようにしておかないと。
とりあえず子供として扱われないために18歳まで待ちましょう。この間にロークが誰とも結婚しないことを祈って――
18歳までの5年間、わたくしは市政や村の暮らしを学び、少しずつ自分の価値を作らないと。
本当はわかっていました。わたくしへの教育が少ないのは、わたくしが側室の娘で、あまり期待されていないこと。どこかの領地の第2、第3夫人あたりに据えるため、嫁ぎ先のやり方に口出しすることのないように無知な方がいいこと。
でもわたくしが勉強したいと言っても止める者はいないはず。とりあえずこれからのわたくしの学習方法についても父に相談してみないと。
「よし……やるしかありませんわね、エリシア」
なんだか目の前が明るく開けたような気がしました。
城下街での冒険は、単なる遊びではなくなりました。わたくしが自分の人生を切り拓くための、小さな一歩になりました。
***
18歳の誕生日を迎えたわたくしは、意気揚々と馬車を降りました。
目の前に広がるのは、のどかな田畑と小さな家々。ロークが住んでいる村です。
「みつけました。ローク! 久しぶりですわ!」
ロークがこちらを見て目を細めながら、わたくしに気づきました。
「もしかして、あん時のお嬢さんか……? おっきくなったなぁ。……あとその後ろの大荷物はなんだ?」
ロークは自分の家の前にある畑にいました。相変わらず無精髭で眠そうな目をしています。
そして早速子供扱いしてきます。まぁ仕方ありませんわね。前は本当に子供でしたから。ふふん、今に見てなさいよ。
「今日からここに住みますわ!」
「……………………は?」
後ろからずらりとついてきた城のメイドや兵士たちが家具を次々と運び込み、あっという間にロークの家の中は王女仕様になりました。
「ベッドはこちらに」「書き物机はこちら」
「おい待て! 狭ぇ家にそんなもん入るか!」
「結婚生活に必要な物品を揃えてまいりましたので!」
「誰と誰との結婚生活だって!?」
「あなたとわたくしのよ」
「なんだ? また婚約の話が上がったのか?? 俺は一度断ったはずだが……」
「20歳までにロークがわたくしを認めていただければ結婚しても良いと、王の許しを得ています」
「俺の許しは出てないんだが……」
「わたくしが20歳になるまでは、とりあえず一緒に暮らしましょう! ちなみに今は18歳ですわ!」
ロークがあっけに取られているのをよそに、メイドたちはきっちり整頓し、満面の笑みで去っていきました。
残されたのは、呆然と立つロークと、胸を張るわたくし。
「なんで急にこんなことに……」
「では、本日からよろしくお願いいたしますわ、未来の旦那様!」
「……」
こうして無言の肯定を受け取ったわたくしとロークとの共同生活が始まりました。
***
村での暮らしは……思っていた以上に大変でした。
頑張って洗濯して干したシーツが、風で飛んでいってしまいました。
「まぁ! どこまでも続く青い空に真っ白なシーツが映えますわね」
「映えねえよ! 早くシーツ取ってこいよ!!」
意気込んで畑に出て雑草を抜こうとして――
「きゃああっ! ど、ドラゴンの幼体がっ!」
「ただの芋虫だ!! この世界にドラゴンいねぇだろ!」
……確かにドラゴンではありませんでした。心臓が止まるかと思いましたわ。
そして数日後。お料理に挑戦しようと台所に立ちました。
「今日はホワイトシチューですわ!」
「……なんで鍋の中が真っ黒なんだ?」
「ブラウンシチューになったのかしら?」
「ブラックシチューだよ! 焦げてんだ!!」
……持てる知識を総動員しましたが、見るのとやるのとでは大違い。なかなかうまく行きませんわ。
「はぁ……お前のポジティブさはどこからきてんだ?」
ロークは呆れつつも、ちゃんとフォローをしてくれます。それがまた、嬉しくて仕方がないのですわ。
「ふふん、こうして失敗するたびに、わたくしとロークとの絆は深まるのですわ!」
「深まってんのは俺のシワと胃痛だ」
「まあ! それは困りましたわね! では美容と胃にやさしいシチューを……」
「それさっきの焦げたやつだろ!!」
***
村にやってきてから半年後、村の生活に慣れ、畑仕事や家事がある程度できるようになったある日のこと、わたくしは唐突に宣言いたしました。
「決めましたわ! わたくし、子供教室を開きます!」
「……は?」
ロークが作業を止め、目を細めます。
「村の子供たちに読み書きや計算を教えて差し上げますの! 王女としての知識を役立てられますわ!」
「いや、気持ちは立派だがな。まず場所もねぇし、道具もねぇだろ」
「大丈夫ですわ! 納屋を使えばいいのです!」
「いや、納屋めっちゃ狭いし、普通に物が入ってるから、勘弁してください」
あら、これは本気ですわね。結局、村人のご厚意で空き小屋を借りることになり、即席の子供教室が誕生しました。ですが――
「お月謝? そんなもの取りませんわ!」
「はぁ!? どうやって暮らすつもりだよ」
「ほんの時々、ロークの畑をお手伝いして、その代わりにご飯をいただければいいのです!」
「畑を手伝う時間減るのに今までと変わらず飯をよこせと……」
「未来の旦那様は妻を養うものですわ」
「お前の親父に俺の報奨金上げろと言ってくれよ……」
***
最初の授業の日。子供たちは珍しいものを見るように集まりました。
「では皆さま! 今日は自分の名前をかいてみましょう!」
なんとか用意した読み書きの道具を使い、子供たちに自分の名前の文字を教えることにしました。次は基本文字、次は数字。どうやったら効率がいいかしら? 楽しくなってきましたわ。
子供たちにそれぞれお手本の名前を書いてあげた後、楽しそうに書いています。中には遊んでいる子もいましたが、それもいいですわ。楽しくやりましょう!
――そうして、わたくしの子供教室は始まりました。稼ぎはなくとも、子供たちの笑顔と、ロークの溜息と、わたくしの胸の高鳴りで、毎日はとても充実していったのですわ。
***
子供教室を開いて半年。最初は物珍しさで集まった子供たちでしたが、次第に「字が読めるようになった!」「計算ができるようになった!」と親たちに自慢し始め、村での評判は日に日に上がっていきました。
また、村の人々は月謝の代わりに農作物を持ってきてくれるようになりました。まあ、そんなのいいですのに断ろうとしたところ、近くにいたロークに食い気味に
「ぜひもらってくれ!」
と言われたのでもらうことにしました。あら、そんなに逼迫していたのね。これからは皆様のご厚意に甘えることにしましょう。
そんなある日、授業を終えたわたくしは、子供たちにこう言ったのですわ。
「いいですか皆さま? 勉強を頑張れば未来は明るいのですわ! そしてわたくしの明るい未来の旦那様は――」
そこで教室の入口で腕を組んでいたロークを指差しました。
「このローク様ですわ!」
「おい待て」
子供たちが「ええー!?」「先生とロークおじさん!?」「結婚! 結婚!」と大はしゃぎ。ロークは顔を覆い、深いため息を吐きました。
家に帰ってからロークに言われました。
「……お前なぁ。勝手に外堀埋めんなよ」
「外堀を埋めてなどいませんわ! わたくし、ちょっとずつ“下地作り”しているだけですの!」
「言い換えたところで意味同じだろ!」
そのあとロークはポツリと下を見ながら言いました。
「……あとそんなのやったところで意味ないぞ」
……あ、それはもしかして拒絶の言葉……? 目の前が真っ暗になってしまいましたわ。いずれ拒否されるかもしれないことはわかっていたのに、いざその時が来ると全然ダメですわね。
「そ、そうですわね。正攻法で行かなくてはね」
かろうじて話せましたが、震えが止まりません。ちゃんとしなきゃ。ちゃんとしなきゃ……。
「あ、いや、そういう意味じゃなくて……」
ロークが何か言っていましたが、聞こえなくなり、そのあとわたくしは意識を手放してしまいました。
***
目を覚ますと、視界に飛び込んできたのは見慣れた無精髭の顔でした。ひどく眉を寄せて、まるで子犬でも看病しているみたいに、わたくしを覗き込んでいます。
「……起きたか」
声が震えていました。珍しいですわ。わたくしは気絶してしまったのですね。またロークに迷惑をかけてしまいましたわ。
「……ローク……」
彼は安堵したかのように大きく息を吐きました。
「もう大丈夫か?」
心配している彼の顔を見ると涙が溢れてきます。
「うう、ロークぅぅ、突然押しかけて王の許可まで取って、色々画策してごめんなさいぃぃぃ!」
「一応悪いとは思ってんのかよ……でもすまねぇ、俺の言い方が悪かった。勘違いさせちまったな」
わたくしは言葉が出せず、ただじっと見上げました。胸の奥がまた苦しくなります。
「外堀なんか埋めなくても……」
そこで少し言い淀んで、けれど視線を逸らさず続けます。
「エリシア、お前のことは一生かけて守る。お前も、そんなに気張らず俺を頼ってくれ」
まさか、そんなことって……夢にまで見た光景。
またぶわっと涙が溢れて、わたくしはその場で泣き崩れてしまいました。
「うわっ……ちょ、泣くな! いや泣くなって……!」
慌てふためくロークの声が、なんだかとても愛おしくて。涙は止まらないのに、口元だけが笑ってしまいました。
「でもローク……まだ全然わたくしのこと子供扱いしてますわよね?」
「うっ……それは」
図星ですわね。でもそんなところもロークのいいところですわ。
「何年後なら大人扱いしてくれますの?」
「5年……いや、10年後くらいか……?」
「10年!!? そんなに待ってたらロークがおじいちゃんになっちゃいますわ!」
「お前俺をいくつだと思ってる……!? まだ26だぞ!!」
「……………………」
「申し訳なさそうに目をそらすな! そういうのが一番ショックだわ」
「……だってローク、たまに本当におじいちゃんみたいなんですもの」
「おい!!」
「でもそんなおじいちゃんみたいなローク……わたくしは大好きですわ!」
どさくさに紛れて抱きつきましょう! こんな機会じゃないとこんなことできませんわ!
「!? この細腕にこんな力が……!? 勢いでごまかそうとしてねぇか?」
呆れつつも、わたくしの頭を優しく撫でてくれました。
こうして、わたくしは世界で一番安心できる場所がここにあることを、改めて感じたのでした。
甘くて、くすぐったくて、幸せすぎる未来――これから毎日が、少しずつ二人の笑い声で満たされていくのですわ。
明日には村全体にこの幸せな出来事を知らせますわ!!
*** ローク視点(出会いから現在まで)
村の買い出しで街へ出ていたときのことだ。そろそろ帰ろうかと思った矢先――どう見ても世間知らずなお嬢ちゃんが、護衛も連れずに城下で買い物をしているのを見かけた。仕立ても育ちもよすぎる。あれじゃあ、誰の目にも目立つ。
「こりゃ抜け出してきたな」
そう直感した。危なっかしいから、護衛が来るまで陰ながら見張っておこうと決めた。
案の定、ぼったくられていた。店主のやつ、お嬢ちゃんが近寄る前に巧妙に値札を隠しやがった。
あまりに無防備すぎて、思わず助けに入ろうとしたら――物乞いと勘違いされた。
……あの時の俺の気持ちを説明する言葉は、今でも見つからない。
けど不思議なことに、話をしてみれば案外素直に耳を傾ける子だった。世間のことをほとんど知らないようで、金や税や領地の仕組みをかいつまんで話したら、楽しそうに、目を輝かせて聞いていたのを覚えている。
「へえ、領民はそんなに苦労しているのね」
「商人はただ物を売ってるんじゃなくて、人の流れや需要を見てるのね」
次々に問いを重ねてくる姿は、面倒くささよりも愛嬌を感じた。
そこへ迎えがやってきて、初めて気づいた。お嬢ちゃんが第10王女だと。
俺は昔、王家からの縁談を断っていた。仲間を戦で次々と失って気持ちが沈んでいた頃で、とても結婚なんて考えられなかった。だから王女に気づいた瞬間、正直かなり気まずかった。
それから村に戻り、日常に戻った。街での王女との出会いも、次第に記憶の隅に追いやられていった――はずだった。
ところが、ある日。
「ローク!」
呼ばれて振り返ると、あの王女が立っていた。村に。俺の前に。まるで当然のように。
唖然として、口を開けたまま言葉が出なかった。
再会した時は18歳で、とても大きくなったと思ったが、俺からすればまだまだ子供にしか見えなかった。それでも、城を飛び出してここまで来たという気概を無視できず、結局俺は彼女を放り出せなかった。ちゃっかり王の許可取ってやがるし。
「すぐに嫌になって戻るだろ」
そう思っていたが、予想は外れた。
思ったより長く居座るもんで、最初の頃は生活がカツカツで苦しかった。王女を路頭に迷わせるわけにはいかず、俺は仕事を増やした。日中の畑仕事を彼女が少し手伝えるようになったおかげで、俺は護衛や力仕事を受け持つようになった。
そんな中、王女が言い出した。
「わたくし、子供教室を開きます!!」
また無謀なことを――と思ったが、始めてみれば彼女は必死だった。夜遅くまで子供一人一人にカリキュラムを考え、朝には笑顔で授業をしていた。
そんな彼女の姿を見ていると尊敬の気持ちが芽生えてきた。村人に困りごとがないかを尋ね、王家の使者が来たときには自分の村だけでなく、周囲の村々のことまで訴えていた。
――いつの間にか、村にとって、彼女はなくてはならない存在になっていた。いや、俺にとっても。
出会った時が子供だったので、やはりまだ子供にしか見えないが、健気に頑張る彼女を守りたいという思いが芽生えてきた。これは俺も腹を括らなくてはな。
そんな矢先、俺の失言で彼女が倒れてしまった。すぐに撤回しなくてはと思い、彼女に俺の想いを告げた。その時彼女は泣きじゃくっていた。
ああ、普段は強がって頑張ってたんだ。俺はこんな子に無理をさせてしまっていたんだなと、後悔の気持ちでいっぱいだった。これからは後悔しないよう、彼女を大事にしていかないと。
そんな決意の後――。
俺の隣で、「ローク! 火が勝手に暴れてますわ!」なんて叫ぶ王女がいる。
ふーー……。これは頑張らないとな。
「鍋貸せ! お前は水のところにでも行ってろ」
出会った頃と同じように、この第10王女に今でも振り回されている。
……死ぬまで、振り回されてやるつもりだ。
お読みいただきありがとうございました!




