3.2 爆撃の刻限
「爆撃が始まる」。深見が、無線機から聞こえる微かなノイズに耳を澄ませながら呟いた。金子の狂気に満ちた笑みが、深見の脳裏に焼き付く。
「それですべてが終わる」。金子が、薄気味悪い笑みを浮かべながら幽霊のように言った。彼の表情は、すでに精神が崩壊しつつある者のそれだった。彼にとって、この結末は、自らが仕掛けた情報戦の壮大な舞台の幕引きに過ぎないかのようだ。
深見は、武沢の静かな決意と、金子の嘲笑に満ちた言葉の狭間で、激しく葛藤していた。時間がない。司令部からの爆撃は、刻一刻と迫っている。彼の胸中には、部下たちの顔、そして監禁されている武沢の仲間たちの姿が次々と浮かび上がった。彼らを救うために、何をするべきなのか。
「まだ、間に合う」。深見は、残された最後の希望にすがるように、そう口にした。彼の脳裏には、金子が突きつけた起爆スイッチの冷たい感触が蘇る。このボタン一つで、すべてを終わらせることができる。彼自身の良心をも。
深見は、意を決したように武沢と金子に向き直った。彼の顔には、それまでの逡巡を押し殺した、固い決意が刻まれている。この狂った戦場で、正義や大義といったものは、すでに意味をなさなかった。彼に残されたのは、ただ命を救うという、根源的な衝動だけだった。