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1.2 潜む真実と揺れる忠誠

男の口から語られたのは、驚くべき情報だった。深見は、その男――実は武沢という名の日本側の副官(金子という名の別の副官もいることが後に判明)――の言葉に耳を傾ける。


「もうここを出ようぜ」有里が不気味な周囲を腰が引けた状態でおそるおそる警戒している。「十分に任務は果たした。後は上が始末してくれる。我々はこいつらの居場所を確認することが任務だ。それ以上のことをする必要はない。」


深見は有里の話を無視した。彼の心には、武沢が語る言葉の背後に隠された、より深い真実への疑問が湧いていた。「あんたの本当の目的を話すんだ」深見はしつこく武沢に詰め寄った。だが、彼の目は深見の心の奥底を見透かすような冷たい眼光を放つだけだった。


「我々の任務はゲリラの掃討だ。それ以外にない。彼らに寝返ったように見せたのはCIAの立てた作戦だ。任務は完了した。我々を解放しろ。君たちは同胞を傷つけようとしている。この任務は極めて限定された上層部しか知らされていない。君たちに我々の拘束を命じた指揮官は、そのことを知らないのだ」後ろ手に縛られている武沢の副官は、きわめてもっともらしいことを言った。何が真実で何が嘘なのか。我々は何をなすべきで、何をなすべきではないのか。深見は混乱の淵に立たされた。


「俺たちは極めて信頼できる筋から、この作戦命令を受けた。我々の任務は簡単明瞭だった。作戦行動中に無断で戦線を離脱したコマンドーの一分隊がいる。彼らの正確な居場所を突き止め、司令部に報告しろ。我々は任務を完了した。だが、私は君たちがなぜ勝手に戦線を離脱したのか、それを知りたい」


副官は首を振りながら、なぜわからないのかという困った表情を見せた。「我々は勝手に戦線を離脱したのではない、特殊命令を受けていたのだ。」


「特殊命令とはなんだ」深見は同じ質問を繰り返した。「それはさっきから言っているはずだ。君に言うことはできない」地べたに後ろ手をして座らされている副官は、部屋の中をうろうろと動き回りながら、考え込む深見のほうを見上げながら言った。武沢は以前として無表情で虚空を見つめている。


「ヒントをやろう。」武沢が言った。「我々の任務は当初司令部の想定どおりに進んでいった。だが途中で状況が大きく変わった。司令部はそれに驚き、混乱した。その混乱を収拾させるために君たちをよこしたというわけだ」深見にとってまったく理解できない、抽象的な表現だった。


「謎かけをやっている時間はない。すでにここの位置は司令部に連絡済みだ。上がどういう手段に出るか。少なくとも君たちをこのままにしておくはずはない。すぐにヘリに搭乗して、一個小隊のレンジャー部隊が投入されるぞ。真実を話せば、事と次第によれば逃がしてやってもいい」


有里は深見のその言葉を聞いて目玉が飛び出るほど驚いた。「お前、何言ってんだよ。俺たちの任務を忘れたのか、こいつらを確保することが任務だろう。場合によっては処分しても構わんという……」


そこまで言って有里は口を噤んだ。「やはりそういうことだったのか」有里は「しまった」と言ったと後悔した。


「そういうことだ。だからヘリが来た時点で、君たちは軍事刑務所で一生を暮らすか、彼らに処分されるかの二つしかない。」武沢は洗面器に入れた水を両手ですくい、そこに顔を埋めた。次にあげた顔は、老僧のような悟りを滲ませていた。


「君たちはまだ気づかないのか、君たちは我々と接触した。つまり病原体に触れたわけだ。上は我々を除染しようとしている。隔離などという生ぬるい方法は取るつもりはない。病原体に触れた君たちは感染している可能性が否定できない。そうしたとき上はどうするかと思うかね。」深見の顔が曇った。「分かっただろう。彼らはヘリで人を送り込んで我々を抹殺しにきたりはしない。ましてや拘束して刑務所に入れたりもしない。感染を広めることになりかねないからだ。」


深見はある考えに到達しようとしていた。それは武沢が言わんとするところだった。「こいつ何を言おうとしているんだ。」話しの進展についていけない有里が口を挟んだ。


「君はもう気づいたようだな。私には時間はもうあまり残されていない。それは君の言うとおりだ。だがそれは君たちにも言えることだ」


深見はそばにある無線機を掴み、後方で待機している通信士に連絡した。「聞こえるか、深見だ。司令部から何か連絡は入ったか。」


「いえ、何も。目標を確認、一部確保という意味の暗号文をデジタルバースト通信した後は音沙汰ありません。」


「ただ……」


「ただなんだ?」


「一つだけ連絡がありました。正確な座標を教えろと」


「どの程度だ?」


「私も知らなかったんですが、この通信機には我々の携帯しているマゼランよりもはるかに精度の高いGPSが搭載されていました。その数値を報告したんです。」しばらくの間沈黙があった。「それは例えば巡航ミサイルの目標設定にできるほどの値か」


「はい、十分に」通信士は不安げな声で答えた。


深見は無線を切ると、武沢のほうを振り返った。「ゲームは時間切れになりそうだ。決着がつかないままプレイヤーが舞台から降ろされようとしている。」


副官も驚いたようだった。「それは本当か」副官は深見に向かって言った。「ああ、間違いない。」副官の動揺ぶりに、武沢はなぜか軽く頷いた。


「我々はある政治的な任務についていた。」


「政治的?」武沢はある決心をしたようだった。「簡単に言えば暗殺だ。」深見は驚き沈黙した。「通常このような任務につく場合にはCIAの情報担当官が同行する。だが今回はそれがなかった。だが付けないはずはないと私は考えていた。つまり分隊に潜伏させたのだ。まあ、それはそれでいい。だがなぜ今回に限りそんなことをするのか」


「答えを言おう。金子くん。」そう言って武沢は副官の金子の方を見た。深見は初めてこの副官の名前が金子というのだと知った。金子はうつむき目をそらした。「我々の任務は正当な政府の暗殺命令ではなかった。そういうことだな金子くん」深見は意味が分からなかった。暗殺に正当も非正当もあるというのだろうか。金子は黙ったままだった。


「一つのおとぎ話をしよう。ある政府高官がいた。彼は紛争地域すぐそばにどうしても私的な事柄で始末しなければならない人物がいた。彼は知恵を絞った。そしてある計画を思いついた。政府の正規の軍事作戦としてこれを立案し、実行させようと。暗殺計画はCIAの立派な正規の軍事作戦だった。だがその目的が違った。私的な目的である。同じ暗殺でも国益で行うのと私的に行うのとでは訳が違う。私的な暗殺は殺人以外の何物でもない。これが私の描いたおとぎ話だ。なかなか面白いだろう」


「そういうことか」深見は初めて深く納得し、同時にため息をついた。「政治だ。政治だよ。みんな政治。戦争も暗殺も、人殺しも」有里は吐き出すように言った。彼の薄っぺらい脳みそでも、今の武沢の暗喩で事の核心は理解できたようだった。


「そうです。私がCIAの工作員です。なぜ私が送り込まれたかはあなたの想像どおりです。あなたが指揮するこの部隊が確実に暗殺を遂行したか確認するために送り込まれました。途中でこの暗殺の目的に不信感を抱かないかどうか監視するのもその目的の一つでした。あなたは任務を全うされた。そこまではよかった。だがその後不信感を持った。この作戦に。そしてあなたは独自に調査をされた。それが戦線を離脱した理由。ゲリラに寝返った形でこの街に留まった。そしてついにゲリラ側から暗殺された首領と米国のある高官とのきわどい関係を知るに至った。私はその事実を司令部に報告した。その結果、君たちが送り込まれた。それが真相だ。」そこまで一気にはなすと金子は薄ら笑いを浮かべた。


「何を笑っている」武沢は言った。


「だって、おかしいじゃないですか。裏の裏として送り込まれた私の後ろに、さらに彼らという処理部隊という裏が登場し、そしてこの舞台の役者のすべてをひっくりかえす奈落の仕掛けがあったとは。国とは政府とは政治とは奇々怪々ですな。ハハハハハ」情報戦の裏の裏まで精通しているだろう金子の今の言葉は、ここにいるすべての者の心に深く鋭く突き刺さった。


「爆撃が始まる」深見が言った。「それですべてが終わる」金子が薄気味悪い笑みを浮かべながら幽霊のように言った。精神が崩壊しつつある者の表情だった。


「まだ、間に合う」深見が言った。



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